7-1:魔導石の行きつくところ
前回までのあらすじ
『ラピス・ラズリ』の手から逃れ、ルージュの下に再び身を寄せたストロヴェル。あくまでストロヴェルを庇い続けるバミューダに業を煮やしたエルダーメンバーは、カメリアを刺客に差し向けた。”魔力消去”の弱点を衝き闘いを優位に進めるカメリアだったが、突如ストロヴェルの魔力が復活! 形勢はストロヴェルに傾いたかに思えたが……。
***
そっと、ストロヴェルの身体をベッドに寝かせる。
『ファイア・トパーズ』事務所からほど近いルージュのワンルーム。そこで、ルージュとパプリカ、それにアクエリアスは、死んだ様に眠るストロヴェルを見下ろした。
半壊した『ファイア・トパーズ』の事務所では、ストロヴェルを安静に寝かせられない為、こちらに移動して来たのだ。
かかった時間は僅かに数分ほどでしかないが”VERDIGRIS”によるストロヴェルの浸食は、恐ろしいスピードで進んでいる。身体は、既に上半身のほとんどが、緑青に変色し、至るところに結晶のウロコがびっしりと生えていた。
「……本当に申し訳ありません。わたしがもっと早く気付いていれば……」
ベッドの横に移動したイスに座り、パプリカが肩を落とした。
「貴女のせいではないわ。それより、いったいどうして突然こんな事に……!?」
眠ったままのストロヴェルの横に突っ立ったまま、ルージュが歯ぎしりする。
少なくとも、昨日まではストロヴェルに何の変化もなかった。それが今日になって急に激変するとは……。
「ヴェルさん……カメリアさんと闘っている時に、急に魔法が使える様になったんです」
ソファに座り、身体をすぼめて震えながら、アクエリアスがぽつりと呟く。その言葉を聞いてパプリカが頷いた。
「合点が行きました」
「どう言う事よ?」
パプリカがルージュを見上げる。
「スィートハートの特殊能力”魔力消去”。あれは、魔法を消去していたのではなく、スィートハートの身体に埋め込まれた”VERDIGRIS”が、魔力として吸収していたのです。おそらく、本人の魔力も……。それで、魔法が使えなくなっていたのでしょう」
「それなら、何でヴェルは急に魔法が使える様になったの? 何で急にこんな身体になっちゃったのよ!?」
自然と口調がきつくなるルージュ。
パプリカも努めて冷静な表情で説明を続けるが、その筋肉が緊張でこわばっているのが伝わって来た。
「”VERDIGRIS”が吸収出来る魔力量が限界を超えたのです。おそらく、この子の身体は既に臨界ギリギリの状態だった……。そこに、カメリアの高密度の魔力を吸収した結果、臨界点を超えてしまったのでしょう……」
”VERDIGRIS”が魔力の吸収を止めた結果、ストロヴェルは魔力を放出出来る様になったのだ。しかし――
それと引き換えに、”VERDIGRIS”の魔力がストロヴェルの身体を侵食し始めた。このまま浸食が進めば、彼女の身体はすべて緑の結晶に覆われ……。
「”魔染獣”と化します」
「ちくしょうッ!」
ルージュが壁を、思い切り拳で叩いた! その音の大きさにびくっとアクエリアスが身体を縮める。
「それじゃあ何よ!? カメリアの奴は、ヴェルの身体に”魔動炉”のエネルギー源に使われる様な魔導石を埋め込んだって言うの!?
冗談じゃないわよ! イタズラじゃ済まされないわ!」
「落ち着きなさい、エンバーラスト!」
パプリカに一喝され、ルージュは言葉に詰まる。
「カメリアとて、自分がすり替えた魔導石が、まさか”VERDIGRIS”だとは思っていなかったでしょう。今は、誰が悪いとかそう言う話をしている時ではありません」
ルージュは無言で頷いた。
早急に考えなければならない。ストロヴェルを助ける方法を。あるいは、ストロヴェルを……処分する方法を。
このまま放置すれば、彼女は”魔染獣”となって暴れ始める。
「……お願い、パプリカさん。何か……何か方法を考えて……っ!」
震える両手でパプリカの肩を掴み、懇願する。そのルージュの頬を、大粒の涙がいくつも伝う。
「ヴェルを……助けて……!」
考える様な表情で、パプリカがストロヴェルの胸に手を当てる。
彼女のその手に反応する様に、”VERDIGRIS”が一瞬、碧い光を放った。ストロヴェルが苦しそうに呻く。
「考えられる方法は、新たに”VERDIGRIS”を用意し、スィートハートの身体に溜まった魔力を、移し替える事です。そうすれば、この臨界状態も収まるハズです」
「もうひとつ……となると、手っ取り早く手に入る”VERDIGRIS”は、カメリアに奪われた”VERDIGRIS”しかないわね」
涙を拭って、ルージュは窓の外を見た。
見据えたのは、夕暮れに霞んだ空の向こうにそびえる、巨大なタワー。
カメリアは”VERDIGRIS”を破壊し証拠を隠滅する命を受けている。ならば、その行き先は魔導石破壊塔『ディス・カ・リカ』だ。
「アタシが行って、カメリアから”VERDIGRIS”を奪い取って来るわ! パプリカさんとアクエリアスは、ヴェルをお願い!」
「解かりました。宜しくお願いします」
ルージュは、ソファにうずくまるアクエリアスに歩み寄り、その肩を抱いた。
「ヴェルのこと、お願いね?」
こくんと頷くアクエリアス。
ルージュは気を引き締めて立ち上がると、ジャケットを羽織る!
部屋の扉を蹴破る様に開け放つと、一路『ディス・カ・リカ』を目指した!
「お願い……どうか間に合って……!」
***
うっすらと――ストロヴェルは意識を取り戻した。
いや、元々意識はあったのだ。かなり微睡んだ状態ではあったが、ルージュやパプリカの会話はしっかりと聞こえていた。
「大丈夫ですか、スィートハート?」
真上からパプリカが覗き込んで来る。
どうやらベッドに寝かされているらしい。見上げた風景は見慣れた部屋――ルージュの部屋の様だ。
「……カメリアがわたしの身体に埋め込んだ魔導石は……”VERDIGRIS”だったんですね?」
「聞いていたのですか」
頷くストロヴェル。ゆっくりと自分の左手を上げる。
既に感覚がなくなりつつある左腕は青緑色に変色し、ウロコがびっしりと生えている。きっと、もう全身がこんな状態なのだろう。
上体を持ち上げ、起き上がる。
”VERDIGRIS”が埋め込まれた胸がズキンと痛み、ストロヴェルは咳き込んだ!
「無理をしてはいけません。安静にしていて下さい」
パプリカがストロヴェルの背中をさすった。
しかし、ストロヴェルの胃はひっくり返り、喉を胃液が逆流する!
ストロヴェルはシーツの上に吐き戻した!
びちゃッと音を立てて飛び散った吐しゃ物も、胃液などではなく青緑色の粘液……。
「…………っ」
流石のパプリカも、それを目の当たりにして言葉を失う。
流した涙を手の甲で拭うも、その涙すら青く光る液体と変わり果てていた。
「……わたし……もうダメだ……っ!」
両手で顔を覆う。
「諦めてはいけません。エンバーラストがカメリアから”VERDIGRIS”をきっと取り戻してくれます」
パプリカの言葉に、顔を覆ったまま、ストロヴェルは青く変色し始めた髪を振り乱す。
「無理だよっ! ルージュじゃカメリアには勝てない!
それに……例え今は助かっても、この”VERDIGRIS”を身体から取り出す方法はないんだ。いずれ……わたしは必ず”魔染獣”になっちゃう!」
ストロヴェルの放った現実に、パプリカも言葉が出ずに肩を落とす。
暫く……いや、そんなに長い時間ではなかったかも知れない。三人は言葉ひとつ発せず黙りこくり――。
ストロヴェルは、ゆっくりと顔を上げた。
「アクア、こっちに来て……」
「はい!」
慌ててソファから跳び起き、ベッドの淵に近寄って来るアクエリアス。
「何ですか、ヴェルさん?」
「ほっぺた、触っていい?」
「……はい……!」
ストロヴェルの言葉に、一瞬逡巡してアクエリアスは頷く。彼女の頬に伸ばしたストロヴェルの左腕は、完全に”魔染獣”のそれそのものだった。
表面には出さないが、アクエリアスが怖がっているのが伝わって来る。
そっと、アクエリアスの頬に触れる。怪物になり果ててしまった自分の肌とは、対照的な白くてキレイな少女の肌。
軽く微笑んで――ストロヴェルは、”マギ・コード”を組み立てる!
「スィートハート!?」
隣に座っていたパプリカが、悲鳴を上げた!
ベッドに立てかけてあった錫杖に手を伸ばすが――遅い!
「発現せよ、従え、”精神支配”!」
ストロヴェルの魔力が、アクエリアスとパプリカの精神を捕え、掌握する!
アクエリアスは一瞬で意識を失いベッドの上に倒れ込み、何とか持ち堪えたパプリカも、たまらず床に崩れ落ちた!
相手の精神を抑え込み、掌握する術だ。知能の低い生物ならば完全なコントロール下におけるが、人間――増して魔導師相手では、軽いショックを与える事しか出来ない。
だが――”VERDIGRIS”の魔力を乗せた”精神支配”は、パプリカさえもダウンさせた。
「何を……するのです、スィートハート!?」
床で藻掻くパプリカを他所に、ストロヴェルは立ち上がり、裸の上からローブのみを羽織る。
「わたし……行きます」
「どこへです……!?」
パプリカの目を、見据えた。既に両方が真っ青に染まってしまったその瞳で。
「”青眼の魔女”は埋め込まれた魔導石と一体化してる。つまり、わたしも”VERDIGRIS”そのものって事」
窓の外の――『ディス・カ・リカ』を見つめた。
今ごろ、ルージュがあそこに辿り着き――間に合っていれば、カメリアと闘っているハズである。
「暴走した魔導石の行くところは……たったひとつ」
「『ディス・カ・リカ』に……身を投げるつもりですか……!?」
そう。かつてカメリアがそうした様に……。
パプリカに、深く――深く頭を下げた。
「さようなら、パプリカさん。アクアをお願いします」
動きが鈍くなった脚を引きずって、ストロヴェルが玄関の扉を開ける。
バタンと扉が閉じられ、パプリカたちが残された部屋の床には――青緑色の粘液が、足跡のかたちとなってへばりついていた。
次回 7-2:ゴミ捨て場の闘い




