6-6:”VERDIGRIS”
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「スィートハートたちは大丈夫でしょうか? やはり、わたしたちふたりが一緒に事務所を開けるのは危険だったのでは?」
国境門からの帰り道、雨が降りしきる六番街の裏通りを歩きながら、パプリカが顎に手を当てた。
ふたりでひとつの傘に収まりながら、ルージュは隣を歩くパプリカを見る。
国境門へ向かった目的は、ストロヴェルが『ラピス・ラズリ』から持ち出した”VERDIGRIS”と、妹娣子の少女――アクエリアスを、『フォス・フォシア』から出国させる為だ。
思った通り、国境門は治安維持騎士団による厳しい監視がなされており、そう簡単に抜け出せるものではない。この包囲を突破するには、そうした道の専門家に依頼するのが成功への近道だ。
「仕方がないわ。当事者であるパプリカさんが行かなきゃブローカーに信じてもらえないし、窓口であるアタシが行かなきゃ会う事も出来ないから」
「そうですね……」
「心配ないわよ。いくら『ラピス・ラズリ』とは言え、住宅街のど真ん中じゃ、無茶苦茶は出来ないだろうし、ストロヴェルはああ見えて弱くないわ」
「忘れがちですが、”第十一世代”のユニットリーダーですからね」
クスクス笑ってパプリカは頷いた。
「あの子は強いです。それに、ここ数日で見違えるほど大人びた気がします。エンバーラストのお陰ですね」
「アタシ?」
名前を出されて、疑問符を浮かべる。
「アクエリアスへの接し方を見ていて感じませんか? まるで貴女がスィートハートに接する様に、スィートハートはアクエリアスに接しています。貴女の影響でしょうね」
「止してよ、こそばゆい……」
まんざらでもない気持ちで、ルージュは苦笑した。
言われてみれば、ストロヴェルはずいぶんしっかりしたと思う。最初の頃は、魔法を失ってパニックになっていたから、彼女が落ち着いた今、余計にそう感じるのかも知れない。
もし――カメリアのイタズラがなく、ストロヴェルが順調に”青眼の魔女”の途を歩んでいたら、名の通った魔導師になっていた事だろう。
まあ、そうであったならストロヴェルとの出会いはなかったワケだから――ルージュにとっては、複雑な運命である。
すべてが上手く行き、魔導石製造連盟による介入が成されれば、『ラピス・ラズリ』もストロヴェルに手出し出来なくなる。彼女にも、平穏が訪れるハズだ。
そうなった時、ストロヴェルはどうするだろうか?
”青眼の魔女”に三度復帰するのだろうか?
出来る事なら――自分の部屋に戻って来て欲しい。
まあ、それはストロヴェルが決める事だ。ルージュが誘えば、あるいは頷いてくれるかも知れないが、彼女の将来を考えれば、”青眼の魔女”に戻る事が良いに決まっている。
そんなワガママを考えながら、どんよりと曇った空を見上げる。
その時――!
強烈な閃光と衝撃が――街の奥から広がった!
「何ッ!?」
遅れて――轟音が鳴り響き、分厚い雲に反射して木霊する!
雑居ビル群の向こうの空に、もうもうと立ち上る白煙。あの方角は――
「『ファイア・トパーズ』の事務所だわ!」
「まさか……!」
ルージュとパプリカは、顔を見合わせて走り出した!
水たまりを蹴散らし、呆然と空を見上げる通行人を掻き分けて、表通りへ出る。
まっすぐに伸びる表通りも、騒ぎを聞きつけた住人たちでごった返し、爆発の中心部の様子は見えない。だが、爆心は間違いなく『ファイア・トパーズ』事務所だと解かる。
「ちくしょう! よりによってアタシたちの不在を突いて来るとは……!」
「言っても仕方がありません! 急ぎましょう!」
さっきまでとは正反対のセリフを吐いて、ふたりが雑踏の中をすり抜けて行く!
走っているあいだにも、断続的に響いて来る衝撃音! 音を聞く限り、闘っているのはふたりの様だ。
やがて――闘いの様子が見えて来る。
状況は、ルージュの予想以上に深刻だった。通りに面したビル群は衝撃波でことごく窓ガラスが砕け散り、外壁にヒビが走っている。地面にはいくつものクレーターが開き、『ファイア・トパーズ』の事務所に至っては、壁がまるまる無くなって、中の様子が丸見えになっていた。
凄惨な状況に、ルージュは愕然となる。
『ラピス・ラズリ』の襲撃はある程度予想していたが、白昼堂々ここまで無茶苦茶をやるとは思っていなかった。いったい、どんな刺客が送り込まれたと言うのか?
やじ馬の人混みを掻き分けたルージュの前に、表通りに立つストロヴェルの背中が見える。その横には、アクエリアス。そしてそれと対面している金髪の少女は――!?
「カメリア!?」
ストロヴェルと相対しているのは、彼女の同僚であるカメリアだった。だが、何故カメリアがここにいる? 確かストロヴェルの話では、精密検査を受ける為に、国立病院に搬送されたのではなかったか? 仮に五体満足で退院出来たとして――バミューダの依頼を受けてストロヴェルたちを保護する『ファイア・トパーズ』を、何故カメリアが襲撃する!?
単純に考えれば――ストロヴェルを目の敵にしているカメリアの独断専行。
しかし、今はそんな事はどうでもいい。ストロヴェルに加勢しなくては!
ルージュが走り出す!
ほぼ同時に、カメリアがきびすを返して逃走の構えを取った。――逃げるカメリアの手には”VERDIGRIS”!
あれを持ち去られてしまっては、重要な証拠がなくなってしまう!
そして――カメリアを追う事なく、その場に膝から崩れ落ちるストロヴェル!
「ヴェルさん!」
アクエリアスの悲痛な叫び声が木霊する。まさか――ストロヴェルが負けたのか!?
「ヴェル!」
地面に突っ伏して倒れ伏したストロヴェルの傍に駆け寄る!
倒れた少女はピクリとも動かない。
「ルージュさん! ヴェルさんが……っ! ヴェルさんが……!」
ルージュの存在に気付いたアクエリアスが涙声で訴える。
「落ち着いて、アクエリアス!
いったい何があったの? ヴェルは、どこを攻撃されたの?」
ルージュの問いに、アクエリアスは泣きながら首を横に振る。
「解からない! ヴェルさんはカメリアさんを追い詰めてた。もう少しで――カメリアさんに勝てるところだったのに……急に倒れちゃって……!」
不可解な説明にルージュとパプリカは顔を見合わせる。
状況が依然として不明だが、取り合えずストロヴェルの手当てが先決だ。
「パプリカさん、お願い!」
「任せて下さい。スィートハートを抱き起して、ケガの具合を診てみましょう」
腕まくりするパプリカに合わせて、ルージュがストロヴェルの脇に腕を滑り込ませる。背筋がぞっとする程、ストロヴェルの身体は冷え切っていた。
まるで――死体の様に……。
最悪の事態が頭をよぎり、一瞬動きが止まる――が、ルージュはゆっくりとストロヴェルを抱き起した。その時――
パラパラと、何かの粒が地面に零れ落ちる。
「?」
砂利ではない。もっと大きな粒が落ちた音だ。
音に釣られて、ルージュは地面を覗き込み――息を呑んだ!
地面に散らばる、青緑色の結晶の破片!
見上げれば、同じくそれに気づいたパプリカも、愕然とした表情でこちらを見ている。
そっと、ストロヴェルを仰向けにして、ルージュは腕の中に抱き抱えた。
目をうっすらと開いてはいるが、顔は血の気が引いて真っ白で、唇も紫色。まるで蝋人形の様に生気を感じない。
「スィートハート、失礼します!」
恐らく聞こえていないだろうストロヴェルに断りを入れて、パプリカは少女の上半身をはだけさせた。ローブを脱がし、上着を剥ぎ取り、肌着を引きちぎって裸にする。
「きゃッ!」
似合いもしない悲鳴を上げて、ルージュは仰け反った!
ストロヴェルの胸元に埋め込まれた青く輝く魔導石。その胸の膨らみをびっしりと覆う――緑色の結晶の様なウロコ!
これは――!
「何で今まで気づかなかったのでしょう!?」
パプリカが怒りを込めて叫ぶ!
「これは普通の魔導石ではありません。スィートハートの胸に埋め込まれているのは……”VERDIGRIS”です!」
次回 第7章『緑青の汚染』
7-1:魔導石の行きつくところ




