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6-6:”VERDIGRIS”

 ***


「スィートハートたちは大丈夫でしょうか? やはり、わたしたちふたりが一緒に事務所を開けるのは危険だったのでは?」

 国境門(チエツク・ゲート)からの帰り道、雨が降りしきる六番街(ヘクサ・アーク)の裏通りを歩きながら、パプリカが(あご)に手を当てた。

 ふたりでひとつの傘に収まりながら、ルージュは隣を歩くパプリカを見る。


 国境門(チエツク・ゲート)へ向かった目的は、ストロヴェルが『ラピス・ラズリ』から持ち出した”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”と、妹娣子(でし)の少女――アクエリアスを、『フォス・フォシア』から出国させる為だ。

 思った通り、国境門(チエツク・ゲート)治安維持騎士団(セキユリテイー)による厳しい監視がなされており、そう簡単に抜け出せるものではない。この包囲を突破するには、そうした道の専門家に依頼するのが成功への近道だ。


「仕方がないわ。当事者であるパプリカさんが行かなきゃブローカーに信じてもらえないし、窓口であるアタシが行かなきゃ会う事も出来(でき)ないから」

「そうですね……」

「心配ないわよ。いくら『ラピス・ラズリ』とは言え、住宅街のど真ん中じゃ、無茶苦茶は出来ないだろうし、ストロヴェルはああ見えて弱くないわ」

「忘れがちですが、”第十一世代(イレヴン・シスターズ)”のユニットリーダーですからね」

 クスクス笑ってパプリカは頷いた。


「あの子は強いです。それに、ここ数日で見違えるほど大人びた気がします。エンバーラストのお陰ですね」

「アタシ?」

 名前を出されて、疑問符を浮かべる。

「アクエリアスへの接し方を見ていて感じませんか? まるで貴女(あなた)がスィートハートに接する様に、スィートハートはアクエリアスに接しています。貴女の影響でしょうね」

()してよ、こそばゆい……」


 まんざらでもない気持ちで、ルージュは苦笑した。

 言われてみれば、ストロヴェルはずいぶんしっかりしたと思う。最初の頃は、魔法を失ってパニックになっていたから、彼女が落ち着いた今、余計にそう感じるのかも知れない。


 もし――カメリアのイタズラがなく、ストロヴェルが順調に”青眼の魔女(ブルーアイズ)”の(みち)を歩んでいたら、名の通った魔導師になっていた事だろう。

 まあ、そうであったならストロヴェルとの出会いはなかったワケだから――ルージュにとっては、複雑な運命である。


 すべてが上手(うま)く行き、魔導石製造連盟(ベンダーズリーグ)による介入が成されれば、『ラピス・ラズリ』もストロヴェルに手出し出来なくなる。彼女にも、平穏が訪れるハズだ。

 そうなった時、ストロヴェルはどうするだろうか?

 ”青眼の魔女(ブルーアイズ)”に三度(みたび)復帰するのだろうか?


 出来る事なら――自分の部屋に戻って来て欲しい。

 まあ、それはストロヴェルが決める事だ。ルージュが誘えば、あるいは頷いてくれるかも知れないが、彼女の将来を考えれば、”青眼の魔女(ブルーアイズ)”に戻る事が良いに決まっている。


 そんなワガママを考えながら、どんよりと曇った空を見上げる。

 その時――!


 強烈な閃光と衝撃が――街の奥から広がった!

「何ッ!?」

 遅れて――轟音が鳴り響き、分厚い雲に反射して木霊する!


 雑居ビル群の向こうの空に、もうもうと立ち上る白煙。あの方角は――

「『ファイア・トパーズ』の事務所だわ!」

「まさか……!」

 ルージュとパプリカは、顔を見合わせて走り出した!


 水たまりを蹴散らし、呆然(ぼうぜん)と空を見上げる通行人を()き分けて、表通りへ出る。

 まっすぐに伸びる表通りも、騒ぎを聞きつけた住人たちでごった返し、爆発の中心部の様子は見えない。だが、爆心は間違いなく『ファイア・トパーズ』事務所だと解かる。

「ちくしょう! よりによってアタシたちの不在を突いて来るとは……!」

「言っても仕方がありません! 急ぎましょう!」


 さっきまでとは正反対のセリフを吐いて、ふたりが雑踏(ざつとう)の中をすり抜けて行く!

 走っているあいだにも、断続的に響いて来る衝撃音! 音を聞く限り、闘っているのはふたりの様だ。


 やがて――闘いの様子が見えて来る。

 状況は、ルージュの予想以上に深刻だった。通りに面したビル群は衝撃波でことごく窓ガラスが砕け散り、外壁にヒビが走っている。地面にはいくつものクレーターが開き、『ファイア・トパーズ』の事務所に至っては、壁がまるまる無くなって、中の様子が丸見えになっていた。


 凄惨(せいさん)な状況に、ルージュは愕然となる。

 『ラピス・ラズリ』の襲撃はある程度予想していたが、白昼堂々ここまで無茶苦茶をやるとは思っていなかった。いったい、どんな刺客(しかく)が送り込まれたと言うのか?


 やじ馬の人混みを掻き分けたルージュの前に、表通りに立つストロヴェルの背中が見える。その横には、アクエリアス。そしてそれと対面している金髪(ブロンド)の少女は――!?

「カメリア!?」


 ストロヴェルと相対しているのは、彼女の同僚であるカメリアだった。だが、何故(なぜ)カメリアがここにいる? 確かストロヴェルの話では、精密検査を受ける為に、国立病院に搬送されたのではなかったか? 仮に五体満足で退院出来たとして――バミューダの依頼を受けてストロヴェルたちを保護する『ファイア・トパーズ』を、何故カメリアが襲撃する!?


 単純に考えれば――ストロヴェルを目の(かたき)にしているカメリアの独断専行。

 しかし、今はそんな事はどうでもいい。ストロヴェルに加勢しなくては!


 ルージュが走り出す!


 ほぼ同時に、カメリアがきびすを返して逃走の構えを取った。――逃げるカメリアの手には”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”!

 あれを持ち去られてしまっては、重要な証拠がなくなってしまう!


 そして――カメリアを追う事なく、その場に(ひざ)から崩れ落ちるストロヴェル!

「ヴェルさん!」

 アクエリアスの悲痛な叫び声が木霊する。まさか――ストロヴェルが負けたのか!?


「ヴェル!」

 地面に突っ伏して倒れ伏したストロヴェルの(そば)に駆け寄る!

 倒れた少女はピクリとも動かない。

「ルージュさん! ヴェルさんが……っ! ヴェルさんが……!」

 ルージュの存在に気付いたアクエリアスが涙声で訴える。


「落ち着いて、アクエリアス!

 いったい何があったの? ヴェルは、どこを攻撃されたの?」

 ルージュの問いに、アクエリアスは泣きながら首を横に振る。

「解からない! ヴェルさんはカメリアさんを追い詰めてた。もう少しで――カメリアさんに勝てるところだったのに……急に倒れちゃって……!」


 不可解な説明にルージュとパプリカは顔を見合わせる。

 状況が依然として不明だが、取り合えずストロヴェルの手当てが先決だ。

「パプリカさん、お願い!」

「任せて下さい。スィートハートを抱き起して、ケガの具合を()てみましょう」


 腕まくりするパプリカに合わせて、ルージュがストロヴェルの脇に腕を滑り込ませる。背筋がぞっとする程、ストロヴェルの身体は冷え切っていた。

 まるで――死体の様に……。


 最悪の事態が頭をよぎり、一瞬動きが止まる――が、ルージュはゆっくりとストロヴェルを抱き起した。その時――


 パラパラと、何かの粒が地面に零れ落ちる。

「?」

 砂利ではない。もっと大きな粒が落ちた音だ。

 音に釣られて、ルージュは地面を覗き込み――息を()んだ!


 地面に散らばる、青緑色の結晶の破片!

 見上げれば、同じくそれに気づいたパプリカも、愕然(がくぜん)とした表情でこちらを見ている。

 そっと、ストロヴェルを仰向けにして、ルージュは腕の中に抱き(かか)えた。


 目をうっすらと開いてはいるが、顔は血の気が引いて真っ白で、唇も紫色。まるで蝋人形の様に生気(せいき)を感じない。

「スィートハート、失礼します!」

 恐らく聞こえていないだろうストロヴェルに断りを入れて、パプリカは少女の上半身をはだけさせた。ローブを脱がし、上着を()ぎ取り、肌着を引きちぎって裸にする。

「きゃッ!」


 似合いもしない悲鳴を上げて、ルージュは()()った!

 ストロヴェルの胸元に埋め込まれた青く輝く魔導石。その胸の膨らみをびっしりと(おお)う――緑色の結晶の様なウロコ!


 これは――!


「何で今まで気づかなかったのでしょう!?」

 パプリカが怒りを込めて叫ぶ!

「これは普通の魔導石ではありません。スィートハートの胸に埋め込まれているのは……”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”です!」

次回 第7章『緑青の汚染』

   7-1:魔導石の行きつくところ

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