6-5:魔力の復活
「え……っ!?」
まさかの出来事に――息が詰まる!
声を発したのは、ストロヴェル自身だっただろうか? それとも、カメリアか、アクエリアスか……あるいはスカーレットだったか?
ストロヴェルが咄嗟に紡いだ”マギ・コード”は、しっかりとした意味を持ち――ちからとなって解き放たれた!
「嘘だろッ!?」
この絶叫はカメリアのもの。
決して撃てるハズのないストロヴェルからの”光弾”による強襲。完全に想定外の攻撃に、”魔法障壁”を張る暇すらない!
悲鳴を上げながら、アクエリアスを撃つハズだった術を、ストロヴェルに向かって撃ち放つ!
相対したふたつの火球が、通りのど真ん中で炸裂し――大爆発を起こす!
その衝撃は――周囲のビルの窓ガラスをすべて打ち砕き、外壁にヒビを走らせ、見物していたやじ馬たちを衝撃波で吹き飛ばした!
一歩遅れて鼓膜を突き抜ける様な衝撃音!
ビルとビルに反響した爆発の轟音が次第に遠ざかって行く……。爆心ではもうもうと砂煙が上がり、地面は大きく抉れてクレーターが出来ている。
「…………!」
やじ馬たちが悲鳴を上げて逃げ惑う中――ストロヴェルは、呆然と自身の両手を見下げた。
まだ――身体が震えている。
しかし、間違いない――。
魔法が、撃てた!?
「ヴェル……さん……!」
頭上の事務所から顔を覗かせたアクエリアスが、蒼い瞳を命一杯見開き、ストロヴェルを驚愕に満ちた表情で見下ろして来る。
相変わらず頭はガンガン響き、胸には刺す様な痛みが広がっているが――身体の奥深くから魔力が湧き出る様な感覚に、全身が満ちている!
はっとして、顔を上げた!
無我夢中で撃ってしまったが、今の”光弾”は人間に向けて撃っていい威力ではなかった! カメリアはどうなった!?
「カメリア、大丈夫!?」
めらめらと燃え盛る炎の向こうに、叫びかける。
「ふざけんじゃねぇ……ッ!」
白煙の向こうから響いて来る声。よろよろと、カメリアが煙の中から姿を現す。あちこちケガをして、煤けてはいるが、幸い大きなダメージは無い様だ。
「良かった……!」
カメリアの無事に、ほっと胸を撫で下ろす。気に入らない相手ではあるが、彼女の命を脅かす様な事は、もうまっぴらごめんである。
「何が良かった、だ!」
怒りと驚愕に満ちた声を張り上げ、カメリアは腕を振り回した!
「てめぇ、魔法は使えないんじゃなかったのかよッ! それとも、アタイをハメる為に、今の今まで使えないフリをしてたってのか!?
いきなり使える様になりました……何て言い訳は通用しないからねッ!?」
喚き立てるカメリアだが、実際その通りなのだから仕方がない。
ストロヴェル自身にも、何故突然に魔法が撃てる様になったのか――皆目見当がつかないのだ。
しかし――今はそれよりも。
ストロヴェルは、気を引き締めて、カメリアを見据えた。
「う……っ!」
その眼力に、あからさまにたじろいで、怖気づくカメリア。
元々、ストロヴェルは、”第十一世代”の首席。カメリアは次席である。ストロヴェルの魔法が戻ったとなれば――単純な力量ではカメリアに勝ち目はない。
「本当によく分からないんだけれど……、今は取り合えず、”VERDIGRIS”を取り返す事を優先させてもらうよ!」
カメリアが小脇に抱える”VERDIGRIS”に狙いをつけて、ストロヴェルが一気に飛び込んで行く!
走りながら左上を振り上げ、胸元の魔導石に魔力を投射して、”マギ・コード”を編み上げる!
間違いなく、確実に、左手の上に魔法が組み上げられて行く感覚!
「発現せよ! 迸れ! ”雷衝撃”!」
ストロヴェルの左手から、紫電の茨が放射され、四方八方からカメリアを襲う!
これでもう間違いあるまい。魔法が戻って来たのだ!
「ちくしょうッ!」
悪態をついて、”魔法障壁”を張って防御しつつ、大きく飛び退くカメリア。雷撃を避けた返す刀で、”光弾”を撃ち返してくる!
だが――今のストロヴェルに、こんな単純攻撃は通じない!
”魔法障壁”を張った右手を振るい、”光弾”を打ち返す!
まっすぐ戻って来た火球を、カメリアがギリギリで身を逸らして躱した!
しかし、姿勢が伸びきり、それ以上の動きをする事は不可能だろう。
バランスを崩して無防備になったカメリアの顎を――ストロヴェルの肘打ちが捉えた!
「ぎゃっ!」
受け身すら取れず、地面に仰向けに倒れ伏すカメリア! その衝撃で、”VERDIGRIS”が、コロコロと地面を転がる。
大の字になって寝転がるカメリアに、左腕を突き付け、牽制しつつストロヴェルは歩み寄った。
「勝負あり、だね」
”VERDIGRIS”を拾い上げる。幸い傷ついたりはしていない様だ。
これで”VERDIGRIS”にヒビでも入ろうものなら、パプリカの仕事が水の泡に帰してしまう。
「ちくしょう! ちくしょうッ!」
絶叫を上げながら、カメリアは飛び起きた!
かなり強めに顎を打ったハズだが、相変わらず頑丈な娘である。
ストロヴェルから充分な距離を取ると、顎から滴った血を手の甲で拭い、憤怒の形相で睨みつけて来る!
再び、胸の前で腕を交差し、”マギ・コード”を編み上げ始めた!
「止めて、カメリア! 貴女ではわたしには勝てないわ!
大人しく引き上げて!」
牽制するが、カメリアは退く素振りを見せない。
「アタイは負けるワケには行かない! バミューダ様から離反し、エルダーメンバーの下に着いたんだ!
これで何も得られず、のこのこ帰るなんて恥を晒せないんだよッ!」
両腕にパチパチと火花を飛び散らせ、ゆっくりと近づいて来るカメリア。
「喰らえッ! ”連光弾”!」
カメリアの周囲にいくつもの火球が出現し、唸りを上げてストロヴェルを襲う!
何の捻りもない、その雑な攻撃は――カメリアに、ストロヴェル攻略の手段が尽きた事を意味していた。
ゆっくりと、余裕を持ってストロヴェルが対処する。
「打ち消せ、”魔力消去”」
四方八方から迫った”光弾”は、ストロヴェルの言葉に寄って掻き消され――る事無く、彼女の身体を撃ち砕いた!
「きゃああッ!」
鋭いストロヴェルの悲鳴が木霊する!
数発の”光弾”が、ストロヴェルの脚や腕を焼き、衝撃で彼女の身体が大きく後ろに吹き飛ばされた!
地面に叩き付けられ、衝撃で”VERDIGRIS”を取り落とす!
「ヴェルさん!?」
思わぬ事態に、アクエリアスが事務所から飛び降りて来る!
アクエリアスに抱き起され、ストロヴェルは呻いた。
直撃を受けた腕と脚が真っ赤に焼け上がり、噴き出した血が煙となって舞い上がっている。
少し動かしただけで走る激痛に、ストロヴェルは悲鳴を上げて目に涙を溜めた。
「な……っ!?」
コロコロと足元に転がって来た”VERDIGRIS”に見向きもせず、カメリアが間の抜けた声を上げる。
「何で避けなかった……!? どうして”魔力消去”で防御しなかったんだ!?」
意味が分からない、と言う表情で困惑するカメリア。
それは、こちらが聞きたい。
”魔力消去”を使わなかったのではなく、使えなかったのだ。
発動すらしなかった!
それ故に、安直な正面攻撃をまともに喰らってしまったのである。
幸い、この微妙な間が時間稼ぎとなり――アクエリアスに支えられて、体勢を立て直す事が出来た。
「ありがとう、アクア」
ストロヴェルは、ローブの襟元を引っ張り、自分の胸元を覗き込んだ。胸の谷間に埋め込まれた魔導石が、煌々と青い光を放っている。
突然魔法が使える様になったかと思えば、今度は”魔力消去”が使えなくなる。まったく気まぐれな自分の魔導石にため息をついた。
気を改めて、顔を上げる。
ちょうど、我に返ったカメリアが足元に転がった”VERDIGRIS”を拾い上げるところ。振出に戻ってしまったが、まあ良いだろう。
折角自分独自の魔法が使えていたと言うのに、それがなくなってしまったのは残念だが、”魔力消去”なしでも、充分闘える。
「まだ続けるの、カメリア?」
鋭い牽制をカメリアに叩きつけて、ストロヴェルは歩み寄った。
「くそ……っ!」
カメリアは自分の手元に戻って来た”VERDIGRIS”とストロヴェルの顔を交互に見つめた。
迷っているのだろう。このまま闘いを続けるか、幸運にも再び手に入れた”VERDIGRIS”の抹消と言う、本来の任務に戻るか。
「この勝負はお預けだ!」
カメリアは――忠実に任務を優先した。
きびすを返し、こちらに背を向けて逃走に入る。
激情家の彼女にしては冷静な判断だが、ストロヴェルもここで見逃してやるほど、優しい娘ではない!
「逃がさないわッ!」
走り去るカメリアの背中に向けて標準し、”マギ・コード”を組み上げる!
胸の魔導石に魔力が注ぎ込まれ、心臓が共鳴するかの様に激しく脈動する!
蒼く激しく輝く両の瞳で、カメリアを見据え、強烈な光を放つ雷の灯った左腕を大きく振り被った!
「発現せよ! 迸れ! ”雷衝……――!」
――紡いだ言葉はそこまでだった。
突然強烈な眩暈と吐き気、全身を斬り裂く様な激痛に襲われ――
「ヴェルさん!?」
隣にいたアクエリアスの絶叫が聞こえる頃には――
――ストロヴェルは、地面に膝を着いて倒れ伏し、意識を失っていた。
次回 6-6:”VERDIGRIS”




