6-2:奇襲の雷光
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「そう、落ち着いて。もっとゆっくりと”マギ・コード”を編み上げて――」
ストロヴェルの教える通りに、アクエリアスがたどたどしく”マギ・コード”を編み上げて行く。
『ラピス・ラズリ』を脱柵してから数日――。
治安維持騎士団の追跡を躱したストロヴェルたちは、『ファイア・トパーズ』がある六番街に無事、逃げ延びていた。
「また、術の練習か。朝から熱心な事だな」
いつものデスクにどかりと腰をかけつつ、スカーレットが笑う。
ソファに並んで座った少女ふたりは、屈託のない笑みを返した。
この魔法を操る事さえままならない厄介なふたりを、スカーレットは快く匿ってくれている。本人曰く、「バミューダから保護する様に依頼されたまで」との事だが、それにしては寂れた事務所が元気な若者で賑わうのが、嬉しそうな表情。
とは言え、油断は出来ない。
”VERDIGRIS”を奪還する為、そして脱柵と言う禁忌を犯した裏切り者に裁きを下す為、『ラピス・ラズリ』が追手を差し向けて来る可能性は高い。
こちらにも、ルージュとパプリカはいるが、『ラピス・ラズリ』の魔導師が相手では分が悪いし、何より多勢に無勢である。
せめてアクエリアスが魔法の感覚を取り戻せれば――そう思って、手取り足取りリハビリに手を貸しているワケである。
「どうですか?」
不安げに、ストロヴェルの顔を覗き込むアクエリアス。
「うん。”マギ・コード”のかたちは整っている、と思う。じゃあ、この”マギ・コード”を維持したまま、魔力を組み込んで行ってみようか?」
「はい……!」
真剣な眼差しで、組み上げた”マギ・コード”に、慎重に魔力を編み込んで行く。
「しかし、ストロヴェル。
お前はルージュやパプリカ殿の傍にいると幼く見えるが……そうして妹娣子に術を教えている姿は、中々様になっているな。見直したぞ」
何やら勝手に納得して、スカーレットが頷く。
「わたしは、スカーレットさんのふてぶてしい態度の方が、凄いと思います」
「言ってくれたな!」
ストロヴェルの皮肉に、豪快に笑って仰け反るスカーレット。
一応彼女も魔導師ギルドのマスターだけはあって魔導の心得があるらしい。アクエリアスが編んでいる”マギ・コード”も、しっかり見えている様だ。
しかし――
「わたしの魔力なんて下級だ。魔法の腕は期待しないでくれ」
――との事。
本当かどうかは知らないが、仮に本当だとすればこのギルドマスターは、中級魔導師のルージュの足元にも及ばないと言う事だ。それでもルージュを始め、様々な魔導師を指揮しているのだから、魔法の実力と運営能力と言うものは、つくづく別のものなのだろう。
そのルージュだが、パプリカとともに今は不在。
国境門に出向いて、『フォス・フォシア』の外にいるレッドベリル商会の魔導師と合流する手筈を整えているらしい。
ストロヴェルが持ち出した”VERDIGRIS”と、”青眼の魔女”ふたりの証言があれば、魔導石製造連盟へ訴えかける事が出来ると言う。
欲を言えば、”VERDIGRIS”も魔力を帯びている状態のものが証拠として好ましかった様だが、残念ながら今は中身が空っぽ。
「あたしが吸収されてれば、良かったのかな?」
「滅多な事を言うもんじゃないよ。アクアがいなくなっちゃったら嫌だからね?」
余計な心配をするアクエリアスを、ストロヴェルがたしなめる。
『ファイア・トパーズ』事務所にはそのストロヴェルとアクエリアス、そしてスカーレットの三人のみ。攻撃手段をほとんど持たない三人である。
肝心かなめの”VERDIGRIS”も、持って歩くワケには行かないので、スカーレットのデスクの横に置かれた金庫にしまわれていた。
いつ何時『ラピス・ラズリ』の強襲を受けても不思議ではないこの状況で、ルージュたちの不在はいささか心もとない。
しかし、ルージュがいなければ『フォス・フォシア』の外へ出る為の手続きが出来ず、パプリカがいなければレッドベリル商会とコンタクトを取る事が出来ないのだから仕方がないのだ。
「心配するな」
デスクの背後の窓を見上げ、スカーレットがストロヴェルの不安を取り除く。
「ここは住宅街のど真ん中だ。いくら『ラピス・ラズリ』の連中が過激だとは言え、余程の恨みでもない限り、この事務所を強襲して来る様な事はしないだろう」
窓の外は曇り空。降りしきる雨が、ひっきりなしにガラスを叩いている。
確かに、スカーレットの言う通りかも知れない。『ファイア・トパーズ』の事務所が入るビルを攻撃すれば、住んでいる他の住人を必然的に巻き込む事になる。
むやみやたらに動き回らず、ここに身を潜め、出国の機会を伺うのが賢いと言えるだろう。
「よし、魔力もしっかり組み上がった。後は魔導石に通すだけだよ」
しっかりと出来上がったアクエリアスの”マギ・コード”を見上げ、ストロヴェルは頷いた。すぐ隣で、アクエリアスのごくりと唾を飲み込む音が、こちらまで聞こえる。
”マギ・コード”を支える腕が若干震えているが――アクエリアスは、意を結して胸の魔導石に、”マギ・コード”を投射した!
「発現せよ! 照らせ、”照明球”!」
魔導石の結晶構造が、”マギ・コード”に従い魔力を編み上げ、魔法に変換する!
アクエリアスの小さな手のひらの上に、ぽんっ! と軽い音を立てて、光球が浮かび上がった!
「おお!」
感嘆の声を上げて拍手したのは、スカーレット。
「出来た……っ!」
アクエリアスが大きく息を吐いて、自分の生み出した”照明球”を見上げる。
「良かったね、アクア! 後は練習を重ねるだけだよ!
そうすればすぐに”青眼の魔女”の実力を取り戻せると思うよ!」
ストロヴェルの励ましに、にっこりと笑うアクエリアス。こんなしっかりした彼女の笑顔を見たのは初めてではないだろうか?
「ありがとうございます、ヴェルさん!」
きゅっと拳を握り、”照明球”を軽く掻き消して見せるアクエリアス。どうやら、もう大丈夫そうである。
「帰ってきたらルージュたちにも見せてあげようね」
「はい! ……でもルージュさんたち、遅いですね」
アクエリアスが立ち上がり、窓の傍に寄って外を見上げる。小柄な彼女が背伸びして窓を覗き込んだ――その時!
カッと鋭い閃光が――窓の外から差し込んだ!
「かみなり?」
ぽつりと呟いたアクエリアスを――咄嗟にスカーレットが抱き寄せる!
「避けろ、アクエリアス!」
次の瞬間――轟音とともに窓ガラスが消し飛び、それとともに窓枠、壁の煉瓦がまとめて粉々に砕け散る! そして、事務所の中を爆炎が駆け巡った!
「アクア! スカーレットさん!」
辛うじて爆炎に呑まれなかったストロヴェルは、衝撃で薙ぎ倒されたソファをよじ登り、叫び声を上げた。彼女の視界に映ったのは、表通り側の壁がまるまる消し飛んだ事務所の散々たる光景――
スカーレットの座っていたスチール製のデスクが、ぐにゃりと曲がって大きく変形している。
「大丈夫だ!」
煙の中から、スカーレットが応える。
白煙が晴れてみれば、スカーレットがアクエリアスを抱き締めて、部屋の隅に身を投げ出していた。額から出血しているが、命に関わるケガではなさそうだ。
「まさか……この白昼堂々、攻撃して来ただと!? 『ラピス・ラズリ』の魔導師はそこまで非常識か?」
悪態をついて、ゆっくり立ち上がる。
「低級魔導師風情が、ずいぶん失礼な物言いだね!」
聞き覚えのある声が、響き渡った。
崩れた壁の向こうに見える、通りを挟んだ向かいのビル。その屋上に佇む人影がひとつ。
ストロヴェルは、歯ぎしりした。
ひとりだけ、いた。ストロヴェルに対し、恨みを持つ者が――
「カメリア!」
金髪をなびかせ、不敵に笑う”青眼の魔女”を――睨みつけた!
次回 6-3:恨みと恨みの激突




