5-6:『ラピス・ラズリ』からの離反
「人の友達にずいぶんな事してくれるじゃない。いくら天下の治安維持騎士団様でも、やって良い事と悪い事があるわよ?」
ポキポキと指を鳴らしながら、ルージュは遠巻きに取り囲む治安維持騎士団たちに迫った。ストロヴェルを殴った時は、非力な小娘と舐めた態度が見え見えだった男たちも、れっきとした魔導師の登場に怖気づいている。
「き……貴様、何者だ!?
我々の任務を妨害するなどタダでは済まんぞ! ましてや非魔導師に対する魔法の行使は重大な――」
「そんな脅しが、低層街の人間に通じると思っているのかしら!?」
叫ぶが早いか、ルージュが腕を構えて”マギ・コード”を編み上げる!
彼女が組み上げたのはごく単純な”連光弾”の構成。しかも、見る限り大した魔力は込めていない。直撃しても打撲程度――気合を入れて受ければ耐える事さえ難しくない。
だが――魔導の素質がなく、”マギ・コード”の構成が見えない人間にとって、魔導師が魔法を撃つ構えを取る。――それは一大事であった。
ルージュの手のひらに、複数の光球が生まれ、火花を散らす!
「発現せよ! 乱れろ、”連光弾”ッ!!」
わざとらしい気合を入れたルージュの雄叫びに、治安維持騎士団はパニックに陥った。
迫り来る火球の乱撃から、必死に逃げようと狭い通路を殺到する!
そこに、鋭い音を立てて火球の群れが突っ込み、小規模な爆発が連続した!
後には――もみくちゃになって無様に倒れ伏す治安維持騎士団の面々。”連光弾”の直撃で昏倒した者もいるにはいるが、どちらかと言うと仲間に圧し掛かられたり、壁に頭を強打して伸びてる男の方が、多そうである。
「そら見た事か! か弱い女の子に暴力振るった罰よ!」
ケラケラ笑ってルージュが、パンパンと手のひらの火の粉を払った。
「ルージュ! それよりも、アクアが……!」
「この子なら大丈夫ですよ」
優しい声色に振り返ると――そこには、パプリカの姿。
魔導災害警報の鳴り響く物騒な空気の中、場違いに鮮やかな花柄の傘などさして、上品に腰を下ろしている。
その指先に淡い光の泡を生み出し、血で赤く染まったアクエリアスの銀髪にあてがっているところだった。前にもアクエリアスを救ってくれた回復魔法だ。
ほっとして、一息ついたストロヴェルに――ルージュが手を差し伸べた。
「大丈夫、ヴェル?」
「うん!」
頷いて、ルージュの手を取り立ち上がる。まだ殴られた腹が痛むが、もはやそんな事はどうでも良い。
ルージュが来てくれた!
「ルージュ、どうしてここにいるの……?」
きょとんと、彼女の顔を見上げて見つめる。
ストロヴェルたちが追われている事を知っていたかの様に現れたのも驚きだが、普段”六番町街”を拠点としている彼女が、騒ぎを聞きつけて駆け付けたとして、間に合ったのも不思議だ。
「詳しい話は後でゆっくりしましょう。今は逃げるのが先決よ」
言うと、ルージュは気絶しているアクエリアスを抱き抱える。
確かに。治安維持騎士団の増援がいくら集まってこようが、ルージュとパプリカの敵ではないが、『ラピス・ラズリ』の魔導師部隊が現れると話が違って来る。
このまま雨に打たれてずぶ濡れと言うのも気持ちが悪い。
「行くわよ」
先に走り出したルージュとパプリカの後を追って、ストロヴェルも雨の街へと歩み出した。
***
「ここなら、取り合えず大丈夫ね」
ルージュに着いてやって来たのは、三番街と四番街の境にある下町の宿。
徒歩で逃げるには、ストロヴェルの体力的にこの距離が限界だった。
宿と言っても、元々安アパートだった建物を改築して無理やり宿風に仕立てた、シャワーも食堂もない安宿。しかし、治安維持騎士団が捜索に来ても、適当にあしらってくれる「訳アリお客様も歓迎」な宿だった。
ストロヴェルを『フォス・フォシア』の外に出国させようとしてくれた時もそうだったが、ルージュは本当にこうしたグレーゾーンな場所を良く知っている。
その宿の一部屋に身を寄せたストロヴェルたち。
濡れたローブや上着を脱ぎ、部屋の隅に干す。部屋着などと言うものが用意されている宿ではない為、アクエリアスともども肌着姿で震えているしかない。
「ちょっとふたりだと小さいけど……」
と言って、パプリカが自分のローブをふたりの肩にかけてくれた。肩を寄せ合って、一枚のローブに包まるストロヴェルとアクエリアス。
ジャケットは脱いだものの、濡れた事などまったく気にしていない様子なのはルージュだ。
わしゃわしゃと豪快に赤毛をさらって水気を飛ばすと、窓を押し開けた。相変わらず雨が降り続き、表は濃い霧に包まれている。
その霧の向こうに透けて見える一番街の街並み。魔導災害警報は鳴り止み、地獄の様に赤く照らされた空も、夜の闇に戻っている。どうやら、治安維持騎士団はストロヴェルたちを完全に見失った様だ。
窓の淵に腰かけて、ルージュが振り返る。
「バミューダから、アタシのマスターのところに連絡が入ってね」
「バミューダ様から……!?」
ルージュが濡れたメガネのレンズを服の袖で拭きながら言った。
どうやら、ストロヴェルとアクエリアスが『ラピス・ラズリ』の下水道へ向かった後、バミューダが『ファイア・トパーズ』のスカーレットに連絡し、ルージュとパプリカが急行したらしかった。
助けに来てくれたにしても、やたらと早い到着だとは思ったが――。
「それで、詳しい話は聞いてないケド、どうしてこんな事になったの?」
簡素なテーブルの上で鈍く輝く”VERDIGRIS”。それをちらりと見て、ルージュが問いかけて来る。
ストロヴェルは、『ラピス・ラズリ』での出来事をすべて話した。
その話の内容に、流石のルージュも信じられないと言った表情を浮かべて聞いている。
「まさかとは思っていたけれど……”VERDIGRIS”が、人の命をエネルギー源にして動いているなんて……!」
「我が祖国の汚点です……!」
苦虫を噛み潰した様な表情で――パプリカが顔を歪める。
”VERDIGRIS”は、パプリカの故郷チャロ・アイア公国で生産された魔導石らしい。ストロヴェルたちが生まれるより前に、”VERDIGRIS”を巡った大きな事件がチャロ・アイア公国であったらしいが……
そのあまりに苦々しいパプリカの表情に――詳しく聞く勇気は無かった。
小さく頭を振って、パプリカはストロヴェルが持ち出した”VERDIGRIS”を手に取った。
「しかし、よくぞ”VERDIGRIS”を持ち出してくれました。まさか、こんなかたちで実物が手に入るとは……!
これと、ストロヴェル、そして……アクア……でしたか?」
「アクエリアスです」
ぺこりと頭を下げたアクエリアスに微笑んで、パプリカが続ける。
「……アクエリアス、貴女たちの証言があれば魔導石製造連盟に、強く働きかける事が出来ます。強要は出来ませんが――協力していただけますか?」
パプリカの言葉に、ストロヴェルはしっかり頷いた。もはや、『ラピス・ラズリ』に与する理由はない。それに、バミューダからスカーレットに依頼が入ったと言うことは、彼女もストロヴェルの味方だと言う事だ。『ラピス・ラズリ』内部にも、後ろ盾がある。
「もちろんだよ。でも――」
肩越しに、横で小さく震えている銀髪の少女を見る。
「――その代わり、アクアを護ってあげて欲しい。この子はわたしと違って、いきなり巻き込まれて状況も良く分かっていなんだ」
その言葉に納得して、パプリカがアクエリアスの前にしゃがみ込んだ。
「貴女はどこの出身ですか?」
やや警戒した表情を浮かべながら、アクエリアスが小さく呟く。
「……テユヴェローズ共和国です」
「テユヴェローズ共和国ならばかなり遠いから、貴女のご家族に類が及ぶことはないでしょう。貴女の事は、わたしが責任を持って保護します」
しっかりと約束するパプリカに、アクエリアスは安心した様に笑う。
手にした”VERDIGRIS”の高密度の結晶構造を覗き込み、パプリカは深く頷いた。
「これで――この『フォス・フォシア』を”VERDIGRIS”による汚染から救う事が出来るでしょう」
次回 第六章『カメリアの逆襲』
6-1:エルダーメンバーの反撃




