5-5:雨の中、無力のふたり
ストロヴェルとアクエリアスの行く手を阻むバミューダ。
彼女が身に着けているローブは、いつもの制服ではなく、先程の儀式をしていた連中が来ていたものと同じだ。
「あのメンバーの中に、バミューダ様もいたんですね……!?」
「これは、エルダーメンバーからの命令です。仕方がありませんでした」
苦虫を嚙み潰したような顔で、バミューダ俯く。
「アクアを”VERDIGRIS”に吸収させようとした事がですか!?」
「エルダーメンバーは、早期の『ディス・カ・リカ』再稼働を要請しています。
『ディス・カ・リカ』が止まったままでは、魔導石の廃棄処分が滞り、事故の増加――引いては、魔導石製造連盟の干渉を受ける事になりかねないからです」
「それとこれとどう言う関係があるんですか!?」
「復旧作業には電力源が必要ですが、零番街の”スカイシェイク魔動炉”は、貴女が止めてしまいました。まずは”魔動炉”を再稼働させなければならないのです」
「……その為に、魔法が使えなくなって用済みになったアクアを……」
睨みつける様にバミューダを見据え、アクエリアスの身体を抱き締める。
その視線から逃げる様に、バミューダが俯いて被りを振った。
「解かって下さいストロヴェル。これは命令なのです。
多くの失態を重ねてしまったが故に、アクエリアスを差し出せと言うエルダーメンバーの要求を、断る事が出来なかったのです」
「…………」
ストロヴェルは、黙るしかなかった。
ハッピーバースディ卿の孫娘――カメリアを”魔染獣”に変えたのも、”スカイシェイク魔動炉”を止めたのも、”魔染獣カメリア”の討伐作戦で”青眼の魔女”が大敗を喫したのも……
すべて、ストロヴェルが元凶なのだ。
ゆっくりと、こちらに手を差し伸べて来る。
「ストロヴェル、アクエリアスをこちらに引き渡して……自分の部屋に戻りなさい。そうすれば、わたくしが貴女の事を弁護いたします」
「…………」
しばらくの沈黙。
だが、このまま時間を浪費すれば、追手が集結し、バミューダでさえ主導権を失うだろう。
ストロヴェルはアクエリアスを背後に護り、身構えた。
「ごめんなさい、バミューダ様。アクアは……大事な友達です。渡せません!」
「……そうですか」
悲しそうに目を伏せるバミューダ。その手が動く!
先手を取って”マギ・コード”を編み上げるストロヴェル!
しかし――バミューダは、腕を大きく開くと、通路の端に寄って、道を開けた。
「そこの通路を左に曲がり、一番奥の部屋が下水道への入口になっています。道なりに行けば、ビルの外の運河に出られるでしょう」
「バミューダ様……!」
「ストロヴェル、貴女はわたくしにとって最も大事な娣子です。貴女をエルダーメンバーに奪われたくはありません」
蒼い瞳で、早く行けと促すバミューダ。
「ありがとうございます!」
大きく頭を下げると、ストロヴェルは”VERDIGRIS”を抱え直し、アクエリアスの腕を引っ張って、言われた通路を走った!
通路を曲がると突き当りに扉。”魔導錠”を無効化し、部屋に飛び込む。
薄暗い殺風景な部屋の奥には、バミューダの言葉通り地下へと続く階段。
駆け下りて行くと、鼻に湿った臭いが届いて来る。階段を降り切ると再び扉。これを開け放つと、そこは確かに下水道だった!
左右を見回せば、向かって左方向にわずかな光が見える。
あれが、下水道の出口か!?
もはや、汚水に脚やスカートが濡れるのも厭わず、ストロヴェルは水を蹴った!
表に出れば、そこは運河の岸壁。降りしきる雨の影響で増水し、荒れた川が大きく波打っている。
荒波に飲まれぬ様に注意しながら、法面を登って行く。
表通りに立ち、激しい雨に打たれながら、ストロヴェルは大きく息をついた。
汗と雨で髪がべったりと濡れ、額や頬に纏わりつく。見れば、アクエリアスもびしょびしょで、嗚咽を漏らしながらストロヴェルのローブの裾を掴んでいる。
何とか『ラピス・ラズリ』ビルの表に出る事が出来た。
だが、安心は出来ない。
眼前にそびえ立つ、『ラピス・ラズリ』のビルを見上げる。
明かりが落ちて真っ暗になった水晶の様なかたちのビル。昼間見る時は透き通った結晶を思わせる外観が――今この時は、底の見通せない煮凝りの様に見えた。
いや――これこそが、『ラピス・ラズリ』の本来の姿なのかも知れない。
表に出たとは言え、未だビルの外に出ただけで、ほぼ真正面である。早く目立たないところに身を潜めなければならない。
その碧い結晶を模した『ラピス・ラズリ』ビルが、突然真っ赤に染まる! 光は空を覆う分厚いスモッグに乱反射し、まるで空一面が赤く染まった地獄の様な光景と化す。
同時に街中に響き渡るサイレン――!
「一番街市民の皆様に申し上げます。ただいま、一番街において、魔導災害の発生を感知いたしました。市民の皆様は屋内に避難して下さい。繰り返します。一番街市民の皆様に――」
抑揚のない女の声で広がる警報。それに従い、街行く人々が一目散に近くの建物へと避難して行く。
「魔導災害警報だ!」
『ラピス・ラズリ』から、市民に対し魔導災害が発生した事を知らせるサイレンだ。これが発せられると、すべての交通が治安維持騎士団によって規制される。
もちろん、魔導災害など起きていない。
ストロヴェルたちを足止めする為に、エルダーメンバーが、治安維持騎士団を動かしたのだろう。
「行くよ、アクア! どこかに隠れないと!」
アクエリアスの手を引いて、雨の中をひた走る!
だが、少女ふたりの脚でいくら走っても、早々遠くへ行けるものではない。元々、遅い時間帯、荒天でまばらな人の出足。屋内退避で人が遠のけば、ストロヴェルたちは更に目立つ。
既に大きな通りには、武装した治安維持騎士団が揃い始めていた。
止むを得ず、狭い裏通りに走り込む。
しかし、区画整理された一番街では、逃げ隠れ出来る様な場所がない。
通りの向こうから、治安維持騎士団の一団が迫って来るのが見えた。
「マズイ!」
慌てて方向転換しようとするが――背後からも治安維持騎士団が数人!
「しまった……!」
逃げ場のない裏路地で、ストロヴェルはあっと言う間に、治安維持騎士団に取り囲まれてしまった。
「『ラピス・ラズリ』のローブ……。お前たちが通報のあった脱柵者だな」
リーダーらしい治安維持騎士団の男が、じろりとストロヴェルを睨む。
「貴族院から、お前たちを捕縛せよとの通達が下っている!」
言って、男がストロヴェルの肩に手を伸ばした。その腕を――ストロヴェルが振り払う!
「貴様、抵抗するのか!?」
素早く姿勢を立て直すと、渾身の蹴りを男のみぞおちに叩き込んだ!
しかし――頑丈な軽装鎧を纏った大の男には、大したダメージにはならなかった。それどころか――
男が、強烈な正拳でストロヴェルの腹を殴る!
「ぎゃあッ!」
悲鳴を上げて、地面に倒れ伏すストロヴェル!
「ヴェルさん!」
慌ててストロヴェルに駆け寄るアクエリアスを――治安維持騎士団たちが、手にした長大な槍の柄で殴り倒した!
血しぶきを上げて壁に叩きつけられるアクエリアス。壁に血の跡を残し、ぐったりと動かなくなる。
「アクア……!」
弱々しく腕をアクエリアスに伸ばす。しかし、腹部に走る激痛に動く事すらままならない。地面に這いつくばったままの口に、泥水が流れ込んで来る。
まともな魔導師――例えばルージュなら、魔法が使えない治安維持騎士団など相手ではない。しかし、逆にそう言った連中に対して”魔力消去”はまったく意味を成さない。
魔導師相手には絶対的な優位を保てる”魔力消去”だが、いつの間にかストロヴェルは魔法に疎い相手にはまったく無力な魔導師になってしまっていた。
ストロヴェルは初めて――屈強な男に取り囲まれると言う状況に恐怖した。
「さあ立て! 『ラピス・ラズリ』まで同行してもらう」
治安維持騎士団がストロヴェルの髪を引っ張り、強引に立ち上がらせる。頭を打って出血しているアクエリアスさえ、無理やり立ち上がらせ様としている有様だ。
引きずり起こされたアクエリアスの後頭部から、ボタボタと赤い血が流れ落ちる。その量に、ストロヴェルは血相を変えた!
「止めて! 動かしたらアクアが……!」
「生かして連れて来いとは命令されていない。身体があれば良いそうだ」
無感情に吐き捨てる治安維持騎士団。
半ば引きずられる様に歩き出したストロヴェル。その彼女の頭上を越えて――紅い閃光が一閃する!
「ぐあッ!」
鈍い打突音とともに、治安維持騎士団が吹っ飛ばされ、抱えられていたストロヴェルは、反動で尻もちをついた!
にわかに色めき出す治安維持騎士団たち!
「ヴェル、こんなところで何してるワケ?」
「!?」
目の前には変わらず、周囲を取り囲む治安維持騎士団。
――その手前に、こちらに背を向けて佇む赤毛の女の後ろ姿。
どうしてこの人が、ここにいる!?
ストロヴェルは、肺の奥から命一杯空気を絞り出して、彼女の名を呼んだ!
「ルージュ!」
次回 5-6:『ラピス・ラズリ』からの離反




