5-4:生贄の少女
「嫌……! 嫌だッ!」
絶叫を上げて、アクエリアスが走り出す!
だが、彼女の身体は、空中に現れた光の壁に弾き飛ばされ、”魔動炉”の根元に転がり落ちる!
周囲を囲む八基の柱は、”魔動炉”の魔力制御を司る”制御棒”だ。魔力の流出を防ぐ強力な結界の反発力で、アクエリアスは弾き飛ばされたのだ。
「嘘ですよねッ!? お願いします、助けて下さいッ!」
床に膝をつき、両手を握り締めてアクエリアスが懇願する!
そのあいだにも、彼女の身体からはどんどん魔力が流出していた。
”制御棒”外側の安全圏から少女を囲む大人たちは、その懇願に耳を貸すどころか、薄笑いを浮かべて嘲笑する。
「『ディス・カ・リカ』の修復の為、“スカイシェイク魔動炉“の復旧は急務だ。失われた高性能魔導石の魔力を取り戻す為に、キミには生贄になってもらう」
エルダーメンバーのひとりがニヤリと笑う。
「高い魔力を持ちながら、解放出来ないキミにはうってつけの任務だろう?」
「そんな……!?」
ショックのあまり、立ち尽くしかないアクエリアス。このまま”VERDIGRIS”に吸収されてしまえば、彼女の運命はふたつだ。
その魔力の源として消費され尽くされこの世から消滅するか、暴走し醜悪な怪物となって討伐されるか、である。一度そうなってしまえば、救う手立てはない。
唯一、ストロヴェルを除いては。
「貴女にしか出来ない事です。貴女になら出来る事です」
パプリカの言葉が――ストロヴェルの意識の中に思い出された。
同時に、アクエリアスの両肘から先が、砂の様に光の粒子となって崩れ落ちる!
「きゃああ……ッ!?」
少女の、断末魔の様な悲鳴が――硬直していたストロヴェルの顔を叩いた!
「アクアッ!」
「ヴェルさん!?」
頭で考えるより先に――ストロヴェルは走った!
”制御棒”の結界は、外側からなら抵抗なくすり抜ける事が出来る。ストロヴェルは、”魔動炉”の根元でうずくまるアクエリアスの肩を抱いて、引き起こした。
肘から先がなくなってしまった両腕で、必死にストロヴェルにしがみつくアクエリアス!
「な……何だ、貴様はッ!? いつからそこにいた!?」
想定外の事態に、男が大声を上げた!
他のローブの者たちも、一斉にざわつき始める。
「貴女、いったい何者です!? どこの所属ですかッ!?」
女事務官が、焦った様な声色で問いただして来る。どうやら、ストロヴェルの魔力測定を担当した事など、忘れてしまったらしい。
「わたしは”青眼の魔女”のストロヴェル=スィートハート。この子のユニットリーダーです!」
「……バミューダの娣子か……!」
ちらりとあらぬ方向を見て、ひとりの男が苦々しく声を上げる。フードで顔を隠してはいるが、ストロヴェルには、この声に聞き覚えがあった。
「貴方はカメリアのお爺様、ハッピーバースディ卿ですね?
これはどう言う事ですか? 孫娘の同僚をどうするつもりですかッ!?」
問い詰めるストロヴェルだが、ハッピーバースディ卿はそれを意に介さず、女事務官に告げる。
「構わん! その小娘も一緒に”VERDIGRIS”のエサにしてしまえ!」
恐ろしいセリフを吐くハッピーバースディ卿。
「今すぐ止めて下さい! 止めないと、わたしも反撃します!」
ストロヴェルが激しい口調で警告するが、ハッピーバースディ卿はフードの下の口をニヤリと歪めて笑った。
「威勢のいいお嬢ちゃん。残念ながら、どんな腕の立つ魔導師でも、魔力を吸収している”VERDIGRIS”の傍では魔法は使えないぞ」
アクエリアス同様に、身体から魔力が抜け出し始めたストロヴェルを蔑む様に見据える男。魔導師でもないくせに、知った風なセリフを吐くものだ。
ならば、少し脅かしてやるか――!?
ストロヴェルが、胸の前で腕を組み”マギ・コード”を詠唱する。
その右目が蒼く輝き、全身を青白いオーラが包み込んで行く!
完成した”マギ・コード”を――くるりと振り向いて、手近な”制御棒”に叩き込んだ!
「打ち消せ! ”魔力消去”!」
ちからある言葉とともに、”制御棒”の一基が光を失い――芋づる式に、すべての”制御棒”が停止して行く!
「何だとッ!?」
驚き叫ぶハッピーバースディ卿! だが、もう遅い!
制御を失い、解放された”VERDIGRIS”が、周囲のあらゆるものを吸収し始める。それは、エルダーメンバーたちや事務官の女とて例外ではない!
彼ら彼女らの身体からも、青白い光が流出し、部屋の中央で渦巻く光の奔流に飲み込まれて行く!
「いかん! 止めろ! ”魔動炉”を止めろッ!」
悲鳴を上げて、ハッピーバースディ卿が女事務官を突き飛ばし、”魔動炉”から”記録結晶”を引く抜く!
「い……いけません……っ!」
慌てて女事務官が制止しようとしたが、既に後の祭り。
次の瞬間!
”魔動炉”の急停止によって”VERDIGRIS”に集中していた魔力の渦が一気に弾け、その衝撃で全員が薙ぎ飛ばされる!
「ぎゃあッ!」
悲鳴を上げ、ある者は壁に叩き付けられ、またある者は山積みになった箱をぶち抜いて埋もれて行く! 静かに佇んでいるのは、”魔力消去”で魔力の衝撃波さえ消し去ったストロヴェルと、それに護られたアクエリアスのみ……。
吹き荒れていた魔力の烈風が凪いだ事を確認してから――ストロヴェルは息をついて”魔力消去”を解除した。空中をフワフワと漂っていた光の粒子が、アクエリアスの手元に収束し、少女の細い両腕が戻って来る。
「腕が戻った!」
何度も両手を握ったり開いたりして、頷くアクエリアス。
「アクア、外に出るよ!」
”魔動炉”から”VERDIGRIS”を引き抜いて、小脇に抱えると、ストロヴェルはアクエリアスの手を引いて、部屋から飛び出した!
床に倒れ伏して呻いている者たちを尻目に、扉を閉じてカギがかかったのを確認。拳で”魔導錠”を叩き割る!
これで、そう簡単には開錠出来ないハズだ。
「どうすれば……、ヴェルさん、あたし、どうしましょう!?」
完全にパニックになっているアクエリアスの肩を抱き、ストロヴェルは落ち着かせる様に呟いた。
「まずは地上に出るのよ! 誰も見ていないここにいれば、アイツらの思う壺!
人がいっぱい見ているところへ逃げるの!」
アクエリアスを立ち上がらせると、ストロヴェルは昇降機を見た。
残念な事に、誰かが呼んだか昇降機は、高層階で止まってしまっている。今から呼び寄せている余裕はない。
「階段を捜すよ!」
叫ぶと、ストロヴェルは地下フロアの奥へ走った!
地下は意外に広く、曲がりくねる通路を右へ左へ走るが、階段が見当たらない。このままのろのろしていれば、エルダーメンバーが追いかけて来る。行き場のない地下フロアでは袋のネズミだ。
次第に不安が募って行くストロヴェルの予想通り――行く手に人影が現れる!
「見つかった!」
相手は目深にフードを被った人間がひとりだけ。他の仲間は見当たらない!
数的有利ではあるが――こちらも魔法が使えない華奢な娘のふたり組。
魔法さえ使わせなければ、ストロヴェルの格闘術でも突破出来るか!?
「ストロヴェル、お待ちなさい」
構えたストロヴェルに、相手はゆっくり腕を上げて制した。
慌てて立ち止まるストロヴェルとアクエリアス。
「バミューダ様!?」
ゆっくりとフードを上げ、長身の師がふたりの娣子を見下ろした。
次回 5-5:雨の中、無力のふたり




