1-2:蒼き瞳の指揮官・バミューダ
「ストロヴェル=スィートハート、今回の戦果も素晴らしいものでした」
「ありがとうございます!」
上官の誉め言葉に、ストロヴェルは素直に頷いた。
今いるのは、彼女が所属する”青眼の魔女”の本拠地『ラピス・ラズリ魔導師ギルド』本部ビル。その”青眼の魔女”の指揮官・バミューダの執務室だった。シンボルマークである青を基調とした紋様が織り込まれた絨毯にタペストリー、カーテン……。大理石で造られた白い床や壁と合わせて格調高い空気に満ちている。
陽が差し込む重厚長大なステンドグラスを背中に座るバミューダと、テーブルを挟んで向かいに座るストロヴェル。テーブルに散らばった書類に目を落としたまま、彼女の師は時折ひとり頷いている。
バミューダは、ストロヴェルの働きに満足している様子だった。
その雰囲気は、一言で言えば厳格な教師。
やや青みがかった黒髪を艶やかに結い上げた美人。年齢はストロヴェルの倍はあろうが、しっかりとした化粧がそれを感じさせない。
その長身に、ゆったりとした紺色のローブと纏っている。紺色のローブは、魔動都市『フォス・フォシア』に棲む数万人の魔導師の中で、上位数十名に名を連ねる最上級魔導師の証だ。
ホクロがチャームポイントの口元に笑みを浮かべ、ストロヴェルを見つめて来る。”青眼の魔女”の名の由来ともなっている、淡く蒼く輝く双眸が少女の紅い瞳を覗き込む。
「先日の討伐作戦においても魔法の威力、命中精度、どれを取っても申し分ありません。まあ、スカートで出撃して、先輩に体当たりを見舞ったらしいですが……」
口元に指を添えて、クスクスと笑うバミューダに、ストロヴェルは赤面した。自分ではそんなつもりはないのだが、どうにもそそっかしい性分らしい。
コホン、とひとつ咳ばらいをして、バミューダが真顔に戻る。
「委細問題ありません。貴女の”青眼の魔女”昇格を認めましょう」
「ありがとうございます!」
背筋を正し、仰々し過ぎる程の鋭角でお辞儀したストロヴェルの姿に微笑みながら、バミューダがテーブルの上に箱をひとつ置く。
それは金属で出来た重厚な造りの箱だった。サイズは両手で丁度持ち上げられる大きさである。
「開けてごらんなさい」
バミューダに促されるままに、ストロヴェルは箱の留め具を弾いて開けた。フタを持ち上げると、碧い光が隙間から零れる。
中に納められていたのはひと欠片の魔導石。結晶構造が、差し込む光を取り込んで複雑な光のベクトルを描いている。
「これが貴女の新しい魔導石です。このわたくし自らが、至高の一品を厳選いたしました。
これを身に宿す事で、貴女は更なる魔導の高みへと近づくでしょう」
バミューダが、ローブの胸元を緩めて白い肌を晒す。
その胸に埋め込まれた魔導石が――キラリと光を放つ。
見慣れているものの、人体に埋められた魔導石と言う異質な光景に、ストロヴェルはごくりと大きく唾を飲み込んだ。
後日――魔導石移植術式によって、彼女の胸にも目の前の魔導石が埋め込まれるのである。
”青眼の魔女”とは、魔導石を身体に埋め込んだ魔導師の一団なのだ。バミューダのそれが示す蒼い瞳は、魔導石を身体に埋め込んだ副作用によるものである。
魔導石を体内に宿す事で、魔力や”マギ・コード”とのシンクロ率が高まり、才能溢れる上級魔導師を、更なる高み”青眼の魔女”へ昇華させるのである。
この技術を編み出したのは他ならぬバミューダだ。門外不出の技巧であり、”青眼の魔女”に属する以外、魔導石移植術式を受ける手段はない。
この恩恵を預かるには、才能以外にも『ラピス・ラズリ』に相応のコネを持つか、バミューダの寵愛を受ける必要があった。
ストロヴェルは……後者の魔導師である。
「念の為に改めて確認しておきます」
改まってバミューダが姿勢を整える。
「魔導石移植術式は命に関わる様な手術ではありませんが……、ごくわずかな確率で、副作用が発生し、逆に魔力が弱まってしまうケースもあります。また、一度移植した魔導石は、二度と取り除く事が出来ません。
そのリスクを負ってでも、魔導石移植術式を受け、”青眼の魔女”に入隊する覚悟は、あるのですね?」
「大丈夫です。わたしは”青眼の魔女”として働くと、決めています」
ストロヴェルの答えに満足そうに頷いたバミューダが、箱のフタを閉じる。
「では、手術日が決まるまで、この魔導石は貴女自身が大切に保管しておいて下さい。魔導石は魔導師にとって命です。決して誰にも触らせてはなりませんよ?」
「解かりました」
しっかりと頷いたストロヴェルに、バミューダは微笑んだ。
「では、”青眼の魔女”の同志として、今後ともよろしくお願いしますね」
***
執務室の扉を閉め、ストロヴェルは大きく息を吐き出す。
その胸には、例の箱を大事に抱えている。
やはり全体的に白と青を基調としたデザインの廊下は、勤務時間外とあって人影は少ない。ストロヴェルと同じ魔導師や、役人の姿がちらほら見える程度である。
執務室の反対側の大きな窓から、夕日に照らされた外の景色を覗き込んだ。
高いところが怖いので、窓際まで寄ったりはしないが……。
今いる階は十五階であり、眼下に広がる『フォス・フォシア』の一番街を一望出来た。ここは、主に官公庁が収まる政体の中心地であり、『ラピス・ラズリ魔導師ギルド』本部も、そのビル群の一角に陣取っている。
さて、大事な魔導石を預かっている事だし、早々に自室に戻らなくては……。
そう思い、廊下を歩き階段を下階へ向かった矢先だった。
「ストロヴェル!」
不意打ちで背後から肩を叩かれる!
「きゃッ!?」
危うく胸に抱えた箱を落としかけ、後ろを振り向くと、そこには――
「カメリア!」
同期の金髪娘、カメリアの姿。
「どうだった?」
「どうって……?」
「しらばっくれないでよ。魔導石! ……貰ったんでしょ?」
ニヤニヤしながら、ストロヴェルの箱を覗き込む。
「カメリアは?」
「もちろん貰ったわよ。アタイが選考から落ちるとでも思ったワケ?」
「それは、おめでとう」
素直に賞賛したつもりだったが、ふんっと鼻を鳴らすカメリア。
「見え透いたご挨拶だね。同じ”青眼の魔女”でも、主席と次席じゃ配布される魔導石の質が違う。アンタのはさぞかし師匠が選び抜いた一品なんだろうねぇ……!」
「わたしはそんなつもりじゃ……」
「いいのいいの、気にしてないさ!」
快活に笑って小柄なストロヴェルの頭をペシペシと叩く。
流石にムッとした表情を見せると、カメリアはストロヴェルを踊り場の壁に押し付けた。
「どっちにしても、アンタに与えられる様な高品質の魔導石のちからは、アタイじゃ引き出しきれないよ。悔しいがそいつは認める」
「だからさ!」と耳に口を近づけ、小声で続ける。
「一目、アンタの魔導石をこの目で見させてくれないかい?」
「ダメだよ! 誰にも渡しちゃダメだって、バミューダ様に言われたんだから!」
「アタイにそんな態度を取って良いの? お爺様に言いつけちゃおうかな?」
カメリアの思わせぶりな態度に、ストロヴェルは唇を噛んだ。
この『ラピス・ラズリ魔導師ギルド』を運営する貴族たちの中に、「ハッピーバースディ家」と言う上流貴族の家系がいる。その名の通り、カメリア=ハッピーバースディは、その孫娘だ。
通常の組織で言うところの「会長の孫」と言うヤツである。
カメリアは『ラピス・ラズリ』のコネを駆使して”青眼の魔女”入りしたタイプの魔導師だ。もちろん、魔導師としての実力はストロヴェルと同等に優れている。
なおも躊躇う様子を見せたストロヴェルだが、どうにもカメリアは退いてくれそうにない。
「じゃあ……見るだけだよ?」
「ああ、サンキュー!」
留め具を外すと、パカリとフタが開き、碧い光が溢れ出る!
「おお!」
感嘆の声を上げるカメリア。
深い海の様な青緑色の魔導石に、顔を近づける。
「こりゃ、すげぇっ!」
興奮した様に叫ぶと、魔導石をひょいと掴み取った!
「ダメだよッ! 触らないって約束でしょッ!」
非難の声を無視して、カメリアは魔導石に光を通して透かし見ている。必死に奪い返そうと、ストロヴェルが腕を伸ばすが、背丈の違いでどうにも届かない。
「これは……本当に凄いな! ここまで透明度が高くてキレイな結晶構造を持つ魔導石は見た事がない。確かにコイツは一級品だ」
一筋の乱れもなく、透かした光を屈折させる魔導石の美しい輝きに、ストロヴェルも思わず頷いた。
「いいもの見させてもらったよ」
カメリアは頷くと、存外素直に魔導石をストロヴェルの小さな手のひらに返してくれた。
大切なものが無事に戻って来て、ほっと息を付く。
「わたしが貴女に魔導石を見せた事、絶対に言わないでね?」
「言わないさ。ま、知られたところで、お爺様の一言があれば、バミューダ様とて何も言えないだろうけどね!」
ケラケラと軽薄な笑いを飛ばすカメリア。
これ以上一緒にいると、また何か無理難題を押し付けて来そうな気配である。
「それじゃ、わたしは自分の部屋に戻るね」
カメリアの挨拶も耳に留めず、足早に階段を降りて行くストロヴェル。
その彼女の後ろ姿を見届けるカメリアが――恨めしげに睨みつけている事には、気付かなかった。
次回 1-3:魔力の喪失