5-3:悪魔の試験
「うーんと……ね」
アクエリアスのお願いに、ストロヴェルは頭を掻いた。そりゃあ、場合によってはアクエリアスが、”青眼の魔女”から外されるかも知れない重要なテストだ。
着いて行ってやれるのなら、着いて行ってやりたいが……。
「テストには、他の人間が同席出来ないのは知っているでしょ?」
「近くで見ていてくれるだけで良いんです。ひとりじゃ不安で……。
お願いします!」
深く頭を下げるアクエリアス。ストロヴェルは笑ってその頭を撫でた。
「解かった。一緒に行ってあげるけど、バレない様に遠くで見てるからね?」
「ありがとうございます!」
嬉しそうに、蒼い瞳を輝かせてアクエリアスは笑った。
「さ、早く行かないと遅れちゃうよ」
「はい!」
アクエリアスに手を引かれ、ストロヴェルはさっき乗って来た昇降機に、もう一度乗り込む。アクエリアスが目的のフロアのボタンを押す。
そこは――地下二階。
「そんなところでテストするの?」
「測定器がそこに保管されているらしいので……」
そりゃ、地下は様々な備品の保管庫だ。魔力測定機だって普段はそこにしまわれているだろう。
だからと言って、そんな湿った場所でテストをするとは、あんまりな扱いだ。
「まあ、魔力測定なんて場所は関係ないからね。普段通りやれば大丈夫だよ!」
落ち着かない様子のアクエリアスを励ます様に、声のトーンを上げて笑うストロヴェル。頷きつつも、アクエリアスはストロヴェルの手を握り締めて来た。
そうしている内に――地下二階へと辿り着く。
扉が開いた先には、暗くどんよりとした雰囲気の通路がまっすぐ伸びていた。『フォス・フォシア』で使われる”魔動炉”を始めとした様々な機器の管理をしている『ラピス・ラズリ』は、結構な危険物の取扱も行っている。
そうした危険物が保管されたこの地下倉庫は、地上階のデザイン性に優れたフロアとは対照的に、無骨で、鉄筋コンクリートの打ちっぱなしの壁が続く無機質な空間だ。
この地下倉庫は、資格を持った人間でなければ出入り出来ない部屋もあり、ストロヴェルも全体の構造を把握してはいなかった。もっとも、特に用もなかったが……。
無音の通路を、ふたりが歩く靴音が響く。天井から吊られたランプの光も薄く、暗い冷たい空気に、少し悪寒がした。
「場所はどこ?」
「そこの角を曲がったところの部屋です」
と言って、アクエリアスが三つ又の通路を指差す。
「ちょっと、先に行ってみて」
ストロヴェルに促され、アクエリアスがとことこ進んで行くと――
「待っていたぞ、アクエリアス」
不意に、太い男の声が響いた。
慌ててストロヴェルは物陰に身を隠す!
「お……お待たせしました」
びっくりした様に、アクエリアスのひっくり返った声が聞こえて来る。
思った通り、部屋の前で検査官が待ち構えていた様である。のこのこ一緒に着いて行ったら、何しに来たのか詰問されるところだ。
「では、この試験室に入りたまえ」
男の声がして、重い扉が開く音。
物陰から覗くストロヴェルからは死角となって、アクエリアスの姿しか見えない。そのアクエリアスが、ちらりとこちらを見る。
笑って頷くストロヴェルに、アクエリアスも頷き――彼女は通路の奥へと消えて行った。
扉が閉まる音が響く。
予想通り――着いていてあげられるのはここまでか――?
人の気配が去った事を確認して、ストロヴェルは奥へと進んだ。
アクエリアスが姿を消した通路を覗き込めば、突き当たったところに分厚い両開きの鉄扉。
この部屋の中へは、入った事がない。
扉の横には、煌々と輝く魔導石――”魔導錠”。
当然、ストロヴェルに解除する権限は無い。しかし――
「やっぱり心配だな……」
”マギ・コード”を組み上げ、”魔導錠”に流し込む。
「打ち消せ、”魔力消去!」
ストロヴェルの言葉とともに、”魔導錠”が機能を失い、扉が僅かに開く。機能そのものを無効化された”魔導錠”は、不正侵入にさえ反応しないのだ。
音を立てない様に、ゆっくりと扉を開けるストロヴェル。
扉の向こうにいきなり人が――などと言う事は無く、さっと奥へと潜り込む。
奥の部屋はどうやらいびつな円形をしているらしいく、壁際に色々な機材や棚、木箱が積まれ、身を隠すのには苦労しない。広さも想像以上にあり、天井も高い。
薄暗いホールの全体像を確認する事は出来ないが、部屋の中央に柱があり、その周囲にも等間隔の柱が並ぶ。壁にも等間隔にランプが設置され、まるでちょっとした神殿の様だ。
『ラピス・ラズリ』ビルの地下に、こんな儀式めいた空間があったとは……。
適当な物陰に身を潜め、部屋の中を見回す。
アクエリアスの姿はすぐに見つかった。部屋の中央の大きな柱の根元。そこに小柄な少女の後ろ姿が佇んでいた。そのアクエリアスの目の前には、燭台にセットされたひとつの魔導石が光っている。
魔力測定機の魔導石だろう。
そして、その彼女を取り囲む様に――複数の人影があった。
七、八人はいるだろう。全員ローブを羽織り、目深にフードを被っている。
「それでは、アクエリアス。さっそく、テストを始めたいと思う」
「はい」
地下に響いた男の声。先ほどアクエリアスを招き入れたものと同じ声だ。それに応えるか細い声は、アクエリアスのもの。
「この測定結果で満足行く数値を残せなかった場合、残念ながらキミは降格処分となり、”青眼の魔女”からも除隊となる」
別の声が響く。これも低く野太い男の声。
女社会である魔導師の世界で男が複数人絡んで来るのも珍しい。魔導師は完全なる天賦の才能であり、この才能に目覚める者は種族を問わず女が多い。魔導師全体の八割以上を占めているとも言われている。
それが、魔導師が時として”魔女”と呼ばれる所以なのだが……。
もちろん、僅かではあるが男の魔導師もいる。
だがこの『ラピス・ラズリ』の運営に関わる男と言われて真っ先に思い浮かぶのは――。
良く見れば、アクエリアスを囲む者たちの内、何人かが纏っているローブは、『ラピス・ラズリ』のものではない。魔導師が羽織る様な飾り気のないものではなく、重厚な装飾が施された高級そうなローブだ。
ひょっとすると、彼らは魔導師ではなく『ラピス・ラズリ』の支配者エルダーメンバーではないか?
もっとも、そんな雲の上の人物たちが、何故アクエリアスの試験に関わっているのか疑問だが……。
見てはいけないものを見た気がして、ストロヴェルは手に汗を握った。
顔も伺えないフードを目深に被ったローブ姿の大人たちが、小柄な少女を囲む情景はさながら悪魔の儀式の様だ。
傍目には、かなり不気味な光景だが、当のアクエリアスは、そんな事など気にも留めず、目の前の魔力測定機に意識を集中している。
果たして――。
アクエリアスが大きく息を吸う音が、ストロヴェルの耳にも届いた。
胸の前で腕を組み、身体から魔力を放出する。
少女の身体から生み出された魔力は、”マギ・コード”に編み込まれ、組み上げられ、意味のあるちからを形作って行く。
だが、――ストロヴェルの目から見ても、その構成はあまりに歪んでいた。本人の精神的な不安定さが、そのまま”マギ・コード”に現れているのだ。
アクエリアス自身も、当然それは分かっている。何とか試行錯誤して、”マギ・コード”を安定化させようとこねくり回しているが――元々基礎部分に歪みを抱える構成文は、継ぎ足す程にかたちがまどろんで行く。
意を結して――アクエリアスが、”マギ・コード”を魔力測定機に投射した!
一瞬、眩い光が部屋を覆い、魔導石が魔力を受けて煌々と輝くが――その光は残像を残して、すぐに減退してしまった。
「魔力測定値三十八――です」
女の声がぽつりと聞こえる。
この声、ストロヴェルの測定にも立ち会った、あの女事務員ではないか?
それはともかくとして――ストロヴェルはため息をついた。
残念ながら、この値では上級はおろか中級にも及ばない。かつては、ルージュを圧倒したアクエリアスだが、今の彼女ではルージュに勝てないだろう。
もっとも、魔力測定値『0』などと言う規格外の値を叩き出したストロヴェルに、人の事をどうこう言える資格は無いが……。
いずれにしても――
「残念ながら、アクエリアス。この値では到底”青眼の魔女”とは認められません。貴女を下級魔導師への降格処分とします」
「……はい」
心底がっかりした様な、消え入りそうなアクエリアスの声。小さく震えているのが解かる。
下級魔導師では、以前ストロヴェルもやらされた”魔動炉”の点検作業の様な、地味で薄汚い仕事しか回されないだろう。
被りを振って、ストロヴェルは退散の準備をする。
アクエリアスの降格が決まってしまった以上、もうここで眺めている意味はない。バレない内にさっさと引き上げて、帰って来たアクエリアスを慰めるだけだ。
「……ですが、悲しまないで下さい、アクエリアス。貴女には、貴女にふさわしい任務を用意しました」
女事務員の淡々とした声が撤退を始めたストロヴェルの、背後で響いた。降格命令と同時に仕事の話とは酷だが、下級魔導師ともなると扱いはそんなものである。
「その場で、少し待ちなさい」
言うと、女事務員――だけでなく他の取り巻きのローブ姿たちが、儀式めいた動きで背後に下がった。
「……あの……っ、これは……?」
アクエリアスの不安いっぱいの声に、思わず振り向くストロヴェル。
「全員、配置に着きました」
女事務員は、キーの高い声で宣言すると、ローブの胸元から”記録結晶”を取り出し、起動する。
空中に光の粒子が吹き出し、それが密集して文字列を投影する。
表示されたのは、やたらと長い”マギ・コード”の構成文。
これは――どこかで見た覚えが……?
ストロヴェルが、頭の中を検索するより早く、女事務員は”記録結晶”を部屋の中央の柱に差し込んだ――様に見えた。
その途端――!
部屋の壁や柱、あるいは天井、至るところに設置されていたランプが音を立てて光を灯し、部屋全体が煌々と照らし出される!
「やばっ!」
姿を照らされ、慌てて物陰に引っ込むストロヴェル。
「な……何!?」
驚いた様なアクエリアスの声。彼女の周囲を取り囲む柱にもランプが輝き――いや、これはランプではない!
柱の中腹辺りで青く光っているそれは、魔導石!
そして、部屋の中央のひと際太い柱の中腹で光っている大きな結晶体――”VERDIGRIS”!?
「嘘……ですよね……!?」
身体から噴き出し始めた、光の粒子を見上げ――アクエリアスが涙声で呟いた。
ここは、試験室などではない!
ここは――”魔動炉”!!
次回 5-4:生贄の少女




