5-2;無能の魔導師②
「精神的なショックで、”マギ・コード”がうまく組めなくなってるのかもね」
ストロヴェルの言葉に、こくりと頷くアクエリアス。
立ち話も何なので、アクエリアスを病室に促し、並んでベッドに腰かけた。
魔法が使えなくなった。
その言葉を聞いて、一瞬自分の症状と重ね合わせたが、どうやらアクエリアスは事情が異なる様だった。彼女の場合、大ケガを負った事による精神的なショックが大きいらしい。
相変わらず原因不明のストロヴェルの状態と異なり、アクエリアスの様に精神的なダメージが原因で、魔法が使えなくなる事は、稀にある事だった。
”マギ・コード”は、魔導師が頭の中だけで組み上げる複雑な魔力の設計図だ。実体を持たないこの設計図を用いた精密作業は、かなりの集中力を要する。瀕死の重傷を負ったショックで、この集中力が持続出来なくなっている様なのだ。
「ゴメンね……。わたしがもっとしっかり闘いをコントロール出来ていれば、みんながあんな大ケガをする事も無かったのに……」
「いえ……!」
銀髪を揺らしてアクエリアスは、首を横に振った。
「そんな事ないです。あたしが無能だっただけです……」
「でも……、上層部の人たちも酷いなぁ!
弱って療養中の女の子に、再テストだなんて……!」
憤慨したストロヴェルに同意して、アクエリアスが今度は大きく首を縦に振る。
上級承認の再テストを通告されたのは今朝。
アクエリアスが病院のベッドで横になっていた時に、上層部のお偉い方がずらりとやって来て、その場で言い渡されたらしい。
それも酷い話である。
このテストと言うのは、恐らくストロヴェルも以前受けた魔力測定機を使用した、魔力測定だ。もし、ここで満足行く数値を出せなければ……
「明日、テストをするみたいです」
「もし、受からなかったら……?」
「その時は、中上級以下に降格だそうです。”青眼の魔女”以外の任務についてもらう……と」
どう励ましてやろうか一瞬考えて、ストロヴェルはルージュの顔を思い出した。
「大丈夫、”青眼の魔女”の貴女なら、どんな仕事だって簡単にこなせるよ。
ほら、ルージュさんと闘った時だって、貴女が一方的に勝ってたじゃない!」
「その後、ヴェルさんが邪魔して負けちゃいましたけど……っ」
わざとむくれたて、冗談めいた様に頬を膨らませたアクエリアスに、ストロヴェルは笑った。アクエリアスもクスクスと笑う。
「……でも、魔法が使えない状態のあたしに任せる任務なんて、大した内容じゃないんだろうなぁ……」
アクエリアスが嘆息する。
「ものは考えようかもね。メンタルが回復するまで、安全な仕事でリハビリ出来るって考えれば……悪くないかもよ!」
「そっか。そう言う考え方もあるのか」
納得と疑問が混じった様な頷きを見せるアクエリアス。すくりと立ち上がり、ペコリとお辞儀する。
「遅い時間まで、ありがとうございました! 明日に備えて、今日は寝ます!」
「うん!」
「あ……、あのヴェルさん」
「ん?」
最後に呼びかけられて、病室を出かかったストロヴェルは振り向いた。
「ヴェルさんとお話出来て嬉しかったです! なんか……『ラピス・ラズリ』に戻ってから、ヴェルさんって前より優しくて、頼もしくなった気がします」
言われて赤面するストロヴェル。
「わたしは元から優しくて、頼もしいよっ!」
恥ずかし紛れのストロヴェルの反応に、白い歯を見せて笑うアクエリアスに見送られ、彼女の病室を後にする。
夜も更け、すっかりと人気のなくなった廊下を、ひとり自室に向かい歩くストロヴェル。ふと、思う事があり――来た道を振り返る。
「……でも、魔法が使えない状態のあたしに任せる任務なんて、大した内容じゃないんだろうなぁ……」
いつか、どこかで聞いた様な言葉が――彼女の耳に残り続けていた。
***
翌日――『ラピス・ラズリ』で特に仕事が振り当てらることがなかったストロヴェルは、暇を使い六番街『ファイア・トパーズ』の事務所にやって来ていた。
『ラピス・ラズリ』本部ビルと同じくらい見慣れた『ファイア・トパーズ』の事務所。
こぢんまりとしたルージュの拠点は、寂れた雑居ビルの五階にある。踏むとギシギシ音を立てる古めかしい階段を登り、事務所の扉の前に立つ。
ノックしようと、伸ばした手が途中で止まる。
正直なところ――ここへ来るべきかどうか、ずっと迷っていた。
『ラピス・ラズリ』へ戻る時、ルージュとは喧嘩別れのかたちになってしまっている。にも関わらず、彼女は討伐作戦の折り、ストロヴェルを助けてくれた。
しかし――あの時は結局、ろくに話す時間もないまま、それぞれのギルドへ帰還せざるを得なかった。だから、ストロヴェルの胸には、ずっと不安がつきまとっていたのだ。
自分は――本当にルージュに許されたのだろうか?
あれだけ酷いわがままを言って喧嘩別れしたにも拘らず、ノコノコと訪ねて来て、呆れられないだろうか? いっその事、もう会わない方が良いのではないか……?
手を伸ばしたまま、扉の前でため息を付く。
相変わらずの優柔不断さだ。こんな決断力のない女のどこが頼もしいのだろう?
だが――もはや、迷う必要などなかった様だ。
「ヴェルじゃない!」
声は背後からした。
びっくりして振り向けば、そこには見慣れた赤毛の魔導師――ルージュの姿。
「あ……っ」
不意打ちの出会いに、喉が裏返って声が出なかった。それに構わず、ルージュは嬉しそうな表情で、階段を登り切って来る。
「まさか、ヴェルの方から訪ねて来てくれるとは思わなかったわ」
微笑んで、ストロヴェルの頭を撫でる。その手から伝わって来る、本当に嬉しそうな、優しいちからに、ストロヴェルは、ほっとした。
「このあいだの討伐作戦は、助けてくれて……ありがとうございました」
はにかむストロヴェルに、ルージュはケラケラと笑う。
「なーに、かしこまってるのよ、気色悪い!
貴女がピンチだったんだから、助けるのは当然でしょ。それに、貴女の能力がなかったら、あの仕事は務まらなかったわ! 礼を言うのはこちらよ」
ルージュは笑いながら事務所の扉に手をかけ、ストロヴェルに手招きした。
「ほら、入りなさい。お陰様でウチの取り分も良くてさ!
マスターが、事務所でホクホクしてるわよ」
自分でも呆れる程、先ほどまでの迷いなど忘れ去って、誘われるがままにルージュの後について、事務所に入るストロヴェル。
ルージュの言葉通り、事務所には上機嫌な表情のスカーレットと、もはや『ファイア・トパーズ』の一員になりつつあるパプリカの姿があった。
「おはよう、マスター。それにパプリカさん」
「おう、おはよう……って、おや! ストロヴェルではないか!」
新聞片手にコーヒーなど飲んでいたスカーレットが、ストロヴェルに気付いて席を立つ。
「あら、嬉しいお客さんですね」
定位置になった来客用ソファで、やはり紅茶を嗜みつつ、パプリカが微笑む。
もう大丈夫。
そう確信したストロヴェルは、パプリカに対面してソファに座り、取り合えずこれまでの経緯を伝える。
「そうですか、カメリアとは話が出来ていないんですね」
パプリカの言葉に頷くストロヴェル。
「これから国立病院に送られて、精密検査を受けるそうです。多分、しばらくは会えないと思う」
「早く仲直りが出来るといいですね」
ストロヴェルは――これには頷けなかった。
確かに、カメリアとのわだかまりを解消したい気持ちはある。だが、カメリアがした事を思えば、中々仲直りと言う心境にはなれなかった。だからこそ、早く話をしたいと考えていたのだが……。
「ところで……」
ストロヴェルの微妙な反応を察したか、パプリカが話題を変えた。
「『ラピス・ラズリ』に回収された”VERDIGRIS”はどうなったか、ご存知ですか?」
「バミューダ様の話では、本部ビルの保管庫に厳重にしまわれているそうです。詳しくはわたしも解かりません」
「そうですか……」
軽く考え込む様子を見せるパプリカ。『ラピス・ラズリ』から”VERDIGRIS”を回収するのは難しいと考えているのだろう。
その後は、特に難しい事は話題にせず、ストロヴェルはルージュたちと他愛のない会話を楽しんだ。ルージュに見限られていない。それが解かっただけで、充分だった。
気が付けば――時刻は、昼を過ぎて夕暮れ。
フォス・フォシアのスモッグの空が夕日で赤く染まっている。
「長居しちゃった。そろそろ、戻らないと……」
「また、遊びにいらっしゃい」
見送りに立ち上がったルージュが、微笑みかける。
「ストロヴェル」
デスクに座ったまま、スカーレットが声をかけて来た。
「『ラピス・ラズリ』の方は、どうだ? だいぶ落ち着いたか?」
「うーん……、わたしも出たり戻ったりしてるし、討伐作戦でケガ人が出て離脱している子も多くて……。正直、ちょっとまだごたついています」
「こっちに戻って来る気はないか?」
「え……っ?」
スカーレットの思わぬ申し出に、ストロヴェルも流石に驚いた。
「ちょっとマスター! ヴェルはせっかく『ラピス・ラズリ』に戻れたのよ。他所の魔導師に誘いをかけるなんて失礼じゃない!」
ルージュがスカーレットをたしなめる。
「そうか? お前とストロヴェルで良い師娣関係になると思ったのだがな」
スカーレットを無視して、ルージュはストロヴェルの肩を叩いた。
「でも、何か困った事があったら、いつでも相談に来なさい」
その言葉に、思わず涙ぐみそうになり――
「うん! また、遊びに来る!」
――ストロヴェルは一杯の笑顔で挨拶し、『ファイア・トパーズ』を後にした。
ストロヴェルが、『ラピス・ラズリ』に戻って来たのはすっかり陽が落ちた頃合い。いつの間にか雨が降り出し、ただでさえ見通しの悪い『フォス・フォシア』の空は、さらにスモッグが酷くなる。
巨大な水晶を模したビルも明かりが落ち、数カ所の窓から灯りがぽつぽつと零れている程度。そのビルもスモッグによって最上階あたりが見えなくなっていた。
入口でローブについた雫を払い、しんと静まり返ったエントランスを進む。
今日一日、ルージュたちとおしゃべりをして終わってしまったが、まあそう言う日があってもいいだろう。魔導師の仕事も、毎日入って来るワケでもなく、こうして暇な時もある。
むしろ、魔力を失った三週間前から今日まで、ほとんど気の休まる暇なく動いていたのだ。
ようやく、普通の日常に戻って来た。そう考えるべきなのだろう。
昇降機に乗り込み、自室のあるフロアを目指す。ガラス張りの向こうに広がる『フォス・フォシア』の夜景を望むと、ビル群の向こうに国立病院が見えた。
カメリアはもうあそこに送られたのだろうか?
そう言えば、アクエリアスはどうしただろうか?
彼女の進退も気になるところだ。結局のところ、カメリアやアクエリアスらメンバーの状況がはっきりしなければ、”第十一世代”は動く事が出来ない。
何よりアクエリアスが降格処分となってしまったら、会う事さえ難しくなってしまう。
昇降機の扉が開き、薄暗い廊下に出る。
ストロヴェルの部屋はすぐそこだが――
「アクア?」
――彼女の部屋の前にぽつんと佇むひとりの銀髪の少女。アクエリアスの姿を見つけ、ストロヴェルは小走りに駆け寄った。
「テスト……どうだった?」
「……これからなんです」
小さく頭を振って、アクエリアスが答える。
「これから……? ずいぶん遅い時間にやるんだね」
アクエリアスが、ストロヴェルを見上げる。
「あの……お願いがあるんですけど……!」
「何?」
一瞬、躊躇う様に間を置いて、小さな唇を動かした。
「一緒に着いてきてくれませんか?」
次回 5-3:悪魔の試験




