5-1:アクエリアスの相談
前回までのあらすじ
禁忌の魔導石“ VERDIGRIS”のちからを発動させ、カメリアを”魔染獣”に変えてしまったストロヴェル。ルージュに責められたストロヴェルは、”青眼の魔女”に復帰してしまう。
”魔染獣”と化したカメリア討伐作戦の最中、パプリカの助けを借りて再び手を取り合うふたり。お互いに協力し、見事にカメリアのサルベージを成功させる!
“ VERDIGRIS”は『ラピス・ラズリ』に回収されてしまったものの、事態は沈静化の方向へと向かった、――かに思われたが……。
「見事な働きでした、ストロヴェル」
「……はい」
バミューダの賞賛に、ストロヴェルは微妙な表情で頷いた。
討伐作戦は――”魔染獣スカイシェイカー”が『ディス・カ・リカ』の溶鉱炉に転落、消滅したと言うかたちで終結。ストロヴェルを含めた”青眼の魔女”は、作戦終了を受け『ラピス・ラズリ』本部へと帰還。それぞれ、通常任務に戻った。
――と言うのが表向きの発表だ。
実態は、もちろん発表とは真逆である。
”青眼の魔女”はかつてない完敗を喫した。
パプリカの奮闘により、奇跡的に誰ひとり命を落とす事は無かったが、初めて危機に瀕した少女たちの心の傷は深く、多くの者が療養に入っている。ストロヴェル率いる”第十一世代”のメンバーも、大半が離脱中である。
そして、”スカイシェイカー”が消滅したのも、もちろんルージュとパプリカによって、カメリアが救出され、”VERDIGRIS”を抜き取ったからである。
『ラピス・ラズリ』本部の廊下を、バミューダと並んでストロヴェルが歩く。
本当はあのままルージュのところに帰りたかったが、”青眼の魔女”への復帰は自分の意思だ。それはわがままと言うものだろう。
それに、カメリアとの因縁も、まだ決着が着いたワケではないのである。
「カメリアは……どうなりましたか?」
「現在、メディカルセンターで検査を受けています。
”VERDIGRIS”に吸収された者の検査を、みな怖がっている様ですが……」
「その”VERDIGRIS”はどうなったのですか?」
カメリアを再生救出した後、パプリカの攻撃でトドメを刺された”スカイシェイカー”。パプリカは見事に”VERDIGRIS”を破壊せずに取り出していた。
だが、ストロヴェルの傍に着いていてくれた事で、パプリカは”VERDIGRIS”獲得の機を逸してしまったのだ。
結局、”VERDIGRIS”は『ラピス・ラズリ』に回収された。
「地下の保管倉庫に保管されたと聞いております。それが、どうしました?」
「いえ……特に何も……」
ストロヴェルは、何とも言えずに口ごもった。
パプリカへの恩は、返そうと思って返せるものではない。
”青眼の魔女”の仲間、アクエリアス、カメリア……。普通であれば、すべて失われていても不思議ではないあの状況で――すべてを護ってくれた。
せめて、彼女の目的である”VERDIGRIS”の回収を手伝えれば――と思っていたのだが……。
「わたし、メディカルセンターに行ってカメリアに会ってきます」
「残念ながら、今の彼女は集中治療室です。行ったところで顔を合わせることは出来ませんよ」
「……そうですか。色々話をしたかったけれど、残念です」
「貴女の気持ちも分かりますが、まずはカメリアの身体が第一です。今後、国立病院に送り、より精密な検査を受けさせる予定になっているそうです」
「じゃあ、しばらくは会えませんね……」
仕方がない。カメリアの身体が最優先なのは、バミューダの言う通りだ。
ストロヴェルとしては、落ち着いている今の時間に、カメリアとの因縁をすっぱり解決しておきたかったのだが……。
がっくりと俯くストロヴェルに、バミューダが心配そうな声をかけて来る。
「ストロヴェル……大丈夫ですか?」
「はい……。カメリアとは、また今度、ゆっくりと話します」
「いえ……そうではなくて…………」
「え……?」
ストロヴェルが顔を上げ、背の高いバミューダの顔を見上げた。
その真っ白な顔で――
「貴女、顔色が酷いですよ? 体調が優れないのでは?」
慌てて否定する。
「そ、そんな事はないですよ! 少し……疲れてはいますけど……!」
ほっと息を付くバミューダ。ストロヴェルの頭を撫でて、優しく微笑む。
「それならば良いのですが……。貴女も少し身体を休めた方が良いでしょう。
今日はもう上がって、自室で休んで下さい」
「解かりました。ありがとうございます」
ぺこりとお辞儀をするストロヴェルを見届けて、バミューダは廊下の先へと消えて行った。
頭を上げ、廊下の窓を覗く。外を見たのではない。
窓に反射した、自分の顔を見たのだ。
紅い左目と、蒼い右目が映えるほど、対照的に真っ白に血の気が引いた自分の顔――。唇も紫色に近く生気がない。
バミューダはもちろん、ルージュたちにも心配はかけまいと思い、黙っていたが……。
右目が良く見えない……!
青く濁って霞んで見える。
ゆっくりと胸の前に上げた右腕も痺れており、指など満足に曲げる事さえ出来なかった。
頭も――頭痛がずっと続いている。
加えて――刃物で突き刺される様な鈍痛が――胸一面に広がっていた。
身体は――明らかにおかしくなっていた。
「わたし……どうしちゃったんだろう?」
もしかすると、”魔力消去”がかなり身体へ負担をかけているのかも知れない。使うたびに、身体の不調が増して行った様な気もする。
「あまり調子に乗って使うのは止めよう……薬を飲んで、しばらく静かにしてれば治るかも」
自分で納得して、ストロヴェルはゆっくりとした足取りで、メディカルセンターへ向かった。
カメリアに会うワケではない。
せめて頭痛を解消する薬を処方してもらおうと思ったのだ。
***
どれくらい時間が経っただろう……。
ストロヴェルは、ベッドの上で目を覚ました。
視界に映るのは、真っ白い清潔感のある天井。そこから下がるランプが、部屋を薄っすらと照らしている。ベッドの周囲はカーテンで囲われており、その向こうからがやがやと人の話す声が響いていた。
「眠っちゃったのか……」
ゆっくりと上体を起こす。ベッドも、金属製の骨組みに、真っ白いシーツの味気ない代物。
ここはメディカルセンターの治療室だ。
薬をもらい、それを飲んだ後、一気に疲れが出たか、急激な眠気に襲われ、そのままメディカルセンターのベッドを間借りして眠り込んだのである。
立ち上がり、んーっ! と大きく背伸びする。
薬を飲んだことと、しっかりと眠ったことが幸いしたか――だいぶ身体の調子も良くなった気がする。胸の痛みも引いて、目が霞むと言う事もない。
「さて……自分の部屋に帰らなくっちゃ!」
ベッドの囲いにかけてあったローブを手に取って羽織り、カーテンを開けた。
そこは典型的な病室で、ストロヴェルの嫌いな薬品の臭いが漂っている。
窓から覗く外は、既に真っ暗。
すり鉢状の『フォス・フォシア』の街並みに家々の明かりが灯っているのが一望できる。その最奥に、『ディス・カ・リカ』が見えた。
先の討伐作戦で半壊した『ディス・カ・リカ』も復旧作業に入っており、外側を工事用の鉄骨で囲われている。……が、”スカイシェイク魔動炉”が停止しているので、工事は遅々と進んでいない様子だ。
”スカイシェイク魔動炉”が復旧しなければ、『ディス・カ・リカ』は使い物にならないだろう。
病室は、ひとり用の個室で、扉を開けるとすぐに廊下。右にも左にも同じような病室が続いている。『ラピス・ラズリ』本部の施設内にあるメディカルセンターは、あくまでも簡易救急所と言う扱いであるが、その規模は大きく、下手な民間の診療所を軽く凌ぐ。
『ラピス・ラズリ』本部ビルの複数フロアを占有している程だ。
当然、他にも多数の患者がいるので、大きな音を立てないよに静かに廊下を歩いて行く。
受付にお礼を言って、自室に帰ろう。
そう思って、メディカルセンターの出口に向かいかけたところで――
「ヴェルさん」
誰かに呼び止められた。
「アクア!」
声のした方を振り返れば、そこには華奢な銀髪の少女――アクエリアス。
病室の入口から身体を半分廊下に出した姿勢で、こちらを見つめている。その姿は、簡素な入院服を身に着けていた。
そう言えば、彼女もここで療養しているのだった。
「ケガの方は、大丈夫?」
努めて明るく笑顔を作り、ストロヴェルは後輩に歩み寄った。
「はい。身体はもうすっかり大丈夫です」
薄く微笑んで、アクエリアスが上着をめくってヘソの辺りを露わにする。先の討伐作戦で、”カメリア”のビームに撃ち抜かれた辺りだ。
内臓が弾け、絶対に助からないと思っていた傷口は、パプリカの手によって完璧に塞がれていた。
顔色も良さそうだが、アクエリアスは暗い表情で俯く。
「……でも、あたし……もうダメかも知れないんです」
「え……!? どこか具合が悪いの……!?」
後輩の言葉に、思わず詰め寄るストロヴェル。慌ててアクエリアスが否定する。
「あ! そう言う意味じゃなくて……!」
大きく手を振って元気さをアピールするが、すぐに下を向く。
「あたし……”青眼の魔女”を辞めることになりそうです……」
「え……!?」
自分でも間抜けに見える程、ストロヴェルは同じ反応を繰り返す。
「今朝、『ラピス・ラズリ』の偉い人たちが、あたしのところに来て――上級魔導師の再テストをするって言われました」
「どうして!? ……もしかして、討伐作戦で大敗したから……!?」
微妙な表情でアクエリアスが首を傾げる。
「それもあるかと思うんですけど……もっと根本的な原因があって……」
徐に、胸の前で両手を合わせるアクエリアス。意識を集中し、胸に埋め込まれた魔導石に、”マギ・コード”を組んで見せる――が。
彼女の手足が震え、顔もこわばり――組み上げた”マギ・コード”は、あまりに歪み、意味を成さずに霧散した。
アクエリアスは、若干目を潤ませて、大きくため息をつく。
「あたし――魔法が使えなくなっちゃったみたいなんです」
次回 5-2:無能の魔導師②




