4-5:ストロヴェルの決断
「アクアッ!」
ストロヴェルの悲鳴の様な絶叫に、ルージュの意識が叩かれる!
頭を強く振って意識を戻せば、ストロヴェルが血塗れになったアクエリアスを抱き締めて、大泣きしているところだった。
「ヴェル!」
一度はちからを失った足に、もう一度ちからを込め、ルージュは走り寄った!
ストロヴェルは、アクエリアスの身体から流れた血だまりに座り込んでいる。大量の血に、ルージュも気が遠くなりそうになった。
そのルージュの姿を認め、ストロヴェルがボロボロと涙を流す。
「ルージュ! アクアが……っ!」
腕に抱えた少女をこちらに差し向けてよこすストロヴェル。抱き抱えられたアクエリアスは――まだ息があった。
蒼い瞳は濁り、腕もちからなく垂れ下がり、撃ち抜かれた腹の大穴から赤い血しぶきが飛び散ってはいるが――かすかに痙攣している。
だが――どうしろと言うのだ!?
ルージュは、回復魔法など使えない。
ただ、アクエリアスの命が消えて行くのを、見守る事しか出来ない……。
「アクエリアスは、もうダメよ!」
「そんな……っ!」
少女の命を諦めたルージュに対し、ストロヴェルが非難の声を上げるが――その声を、”カメリア”の咆哮が掻き消した!
忘れていたワケではないが――ルージュは、背後に向き直り、”カメリア”の巨体を見上げる!
既に、ふたつの口に熱線を蓄え、攻撃態勢を整えつつあった!
「ヴェル! アクエリアスを棄てて逃げなさい!」
「イヤだっ!」
逃げるどころか、アクエリアスの身体を抱き締めてうずくまるストロヴェル!
”カメリア”とのあいだに立つルージュだが、彼女では盾にもならない!
「ちくしょうっ!」
プラズマ火球を放たんと、全身のウロコを発光させる”カメリア”!
だが――!
間一髪、明後日の方向から飛んで来た”光弾”が、”カメリア”の胴を撃ち抜いた!
雷鳴の様な絶叫が響き渡る!
”光弾”の発射点を見れば、そこは『ディス・カ・リカ』の根元。”青眼の魔女”の余りにも遅い攻撃だった。
しかし、その攻撃も作戦に基づくものではなく――アクエリアスがやられたのを見た”青眼の魔女”のひとりが、反射的に撃ったものの様だ。
お陰でルージュたちは助かったが――。
「ヤバいわよ……!」
最悪の事態が、脳裏を過る。
傷つけられた”カメリア”が、ぎょろりと”青眼の魔女”の一団を睨みつける!
そして――両腕を狂った様に蠢かし、猛然と突進して行く!
牽制の為に配置された中小レベルの魔導師たちが一斉攻撃を始めるが、そんなものなどものともしない!
パニックに陥る”青眼の魔女”!
「止めてッ!」
ルージュが必死に叫ぶが、そんな声が”カメリア”に届くワケがない。双頭から放たれた二発のプラズマ火球がさく裂し、少女たちを容赦なく薙ぎ払う!
青いローブを纏った少女たちが、ぼろきれの様に空中に弾き飛ばされて行く!
ここまで接近を許したら、もう”青眼の魔女”も最下級魔導師も関係ない。一方的な虐殺が始まるだけだ!
荒れ狂う砂ボコリの中を、”青眼の魔女”のローブの青と鮮血の赤が入り乱れる!
「止めて! お願い、止めてッ!」
無残に斬り裂かれ、焼かれ、叩きつけられる少女たち。止める者のいない殺戮劇に、ルージュは涙を流して叫んだ!
「エンバーラスト!」
聞き覚えのある声に、ルージュが振り向く!
ビルの影から姿を現し、走り寄って来たのはパプリカ。
「パプリカさん!」
近づいて来るパプリカに、ルージュが逆に走り寄る!
「遅れて申し訳ない! ”魔染獣”が現れる位置が正確に解からなかったもので……」
「パプリカさん! お願い、助けて! みんなを助けて下さいっ!」
謝罪の言葉を遮って、ルージュはパプリカに抱きついた! 身体を震わせるルージュを抱き締め、周囲を見渡して惨状を理解したパプリカが、顔色を変える。
だが――パプリカの瞳に宿ったのは絶望ではなく、決意。
ルージュの肩を力強く掴むと、パプリカはその顔を覗き込んだ。
「ここはわたしに任せて、エンバーラストとスィートハートは、”カメリア”を止めて下さい!」
ルージュの返事も待たず、ストロヴェルの横に膝を着くパプリカ。その姿を、ストロヴェルがちからのない眼で見上げる。その腕に抱かれたアクエリアスは――もう動いていない……。
「パプリカさん……アクアが、逝っちゃった……!」
そのストロヴェルの頭を優しく撫でて、微笑むパプリカ。
「大丈夫ですよ」
手にした錫杖を大きく振るい、”マギ・コード”を編み上げる!
――乳飲み子護る其方の御手、傷付き者を抱きて口付けを――
見た事もない”マギ・コード”を走らせたパプリカの錫杖の先端に――淡く白く輝く光が泡立つ。その光の泡を、手のひらに落とす。
「発現せよ、癒せ、"治癒光泡"」
手に溜まった光の泡を、アクエリアスの身体に空いた大穴にあてがう。すると――まるで逆再生の様に、その傷口が埋め戻されて行く!
瞬く間に、傷は元からなかったかの様にキレイに塞がり、破けたローブの下に血色の良い肌が戻る。アクエリアスの唇が動き、息を吹き返したのが解かった。
「アクア!」
嬉しそうに――ストロヴェルがアクエリアスを抱き締める。意識は戻っていないが、命に別状はなさそうだ。
「これで良し!」
パンパンと光の泡を手から叩き落とし、微笑むパプリカ。
「……嘘でしょ……っ!?」
ルージュは呆気に取られて呟いた。
こんな重傷が――こんなにも簡単に、しかも完璧に、治せるものだとは!?
これがレッドベリル商会の魔導師の実力か。
魔導都市『チャロ・アイア』と魔動都市『フォス・フォシア』の格の違いを見せつけられ、唖然としているルージュの額を、パプリカが指て突く。
「エンバーラスト、わたしの話を聞いていましたか?」
言われて我に返る!
慌てて、戦場へと視線を向けた。
見れば――思ったよりも凄惨な状況にはなっていない。大混乱だった”青眼の魔女”は、それでも秩序を取り戻し、僅かであるが反撃の糸口を見出して応戦している。
この辺りは流石と言うべきか……。
しかし、その周囲には初撃で倒れた何人もの少女たち。
一進一退の攻防を繰り広げる”青眼の魔女”だが――その戦局に、変化が生じる。
”カメリア”は、”青眼の魔女”への攻撃を早々に切り上げると――その背後にそびえ立つ、魔導石廃棄塔『ディス・カ・リカ』を攻撃し始めたのだ!
いや――攻撃と言うより、その外壁をよじ登り始めた。
「何をするつもりかしら……?」
下から、”カメリア”を見上げ、呟くルージュ。
「まさか……頂上の溶鉱炉を目指してる?」
ぽつりとストロヴェルが答える。ふたりの見解が一致し、ルージュはストロヴェルと顔を見合わせた。
「まさか……」
「自ら溶鉱炉に身を投げようと……!?」
やはり、カメリアの意識は――未だ生きているのかも知れない。
”青眼の魔女”として、溶鉱炉に身を投げる事で、使命を果たそうと言うのか?
あるいは、自らの惨状に、絶望したのか……?
どちらにせよ――!
ルージュが、ストロヴェルの肩を強く掴む!
「ヴェル! カメリアを止めるわ! あの子を助けるのよ!」
「え……っ!?」
「貴女の”魔力消失”で、心臓部にある”VERDIGRIS”を停止させるの! そうすれば、カメリアをサルベージ出来るわ!」
「そんな近くに寄ったら、わたしが危ないじゃない! それに、何でわたしがカメリアを助けなくちゃならないのよ!? わたしはあの子がキライなの!」
ストロヴェルの言い様に、思わず平手を振り上げるルージュ!
目を硬く瞑って身体を縮めるストロヴェルの顔を――優しく撫でた。
叩いてはいけない――。
ちからで従わせてはいけない。
昂る感情を抑え、なるべく落ち着いて、ストロヴェルの顔を覗き込む。
透き通った二色の瞳が、ルージュを見つめて来る。
「貴女のご両親が、治安維持騎士団に拘束された時――貴女は必死に助けを求めたわね? そして――実際に、パプリカさんがレッドベリルを動かしてくれた」
ストロヴェルが小さく頷く。
「姿は見えなくても、パプリカさんの大勢のお弟子さんが、貴女を助ける為に動いてくれた事は、想像に難くないわ」
一泊置いて、言葉を紡ぐ。
「――今度は貴女の番よ」
しばし黙ったストロヴェルが、ローブの袖でぐいっと涙を拭う。
そのオッドアイに太陽光を反射させ――『ディス・カ・リカ』を見上げた。
「カメリアを助ける! ルージュ、手伝って!」
「もちろんよ!」
不敵に笑って答えるルージュに、ストロヴェルも微笑む!
黙って聞いていたパプリカも、満足そうに頷く。
「それが良いでしょう。貴女にしか出来ない事です。貴女になら出来る事です。
”青眼の魔女”の子たちは、わたしに任せて下さい。回復魔法の実力のほどは、今お見せした通りです。大丈夫、ひとりも失ったりはしません」
その言葉に安心し、ルージュとストロヴェルは顔を見合わせる。
『ディス・カ・リカ』の根元に向かい走り出したストロヴェルの背中に大きく頷いて――ルージュもその後を追った!
次回 4-6:決死の救出




