4-3:途切れた、ふたりの心
***
翌朝――。
とても一緒のベッドで眠る気にはなれず、ソファの上で目覚めたルージュ。
相変わらず凝った腰をほぐして、テーブルの上のメガネを取る。
どうやら――もう寝床に悩まされる事はない様だ。
ベッドの上に、いつも通りのストロヴェルの姿は――なかった。
一瞬の間をおいて――。
「ちくしょうッ!」
ルージュは、テーブルの上に残したままの皿を、床に叩き付けた!
***
「ストロヴェルはどうした?」
『ファイア・トパーズ』の事務所に出向いて早々、スカーレットがルージュに問うて来た。
『ファイア・トパーズ』の女主人・スカーレットに呼び出されたのは、それから数日後の事だった。相変わらず薄暗く辛気臭い事務所には、デスクにどかりと座ったスカーレット。それと来客用のソファには――パプリカの姿。
軽く会釈をしたパプリカの姿を見つけ、ルージュも挨拶する。
「やぁ、まだ『フォス・フォシア』にいたのね。とっくにレッドベリルへ帰ったと思ったわ」
「”VERDIGRIS”が手に入っていない以上、わたしの任務は続きます。
それに、もうひとつやる事が出来ましたので……」
対面してソファに座るルージュ。
無視されて、ややムッとした感じでスカーレットが問い直す。
「おいルージュ。ストロヴェルはどうしたんだ?」
「あの子なら、『ラピス・ラズリ』に戻ったわ。もう戻って来ないわよ」
「やはり、そうか……」
分かっているなら聞かないでよ……。そう思いながらも、ルージュはパプリカと会話を続ける。
「それで……まだやる事って何? お手伝い出来る事があれば、アタシが協力するけど?」
「今回の”カメリア”討伐作戦に、わたしも参加しようと思っています」
その言葉に、思わず腰を浮かせるルージュ。
「どうして? パプリカさんはギルドに属してるワケでもないし……それどころか、『フォス・フォシア』の魔導師でもないでしょ?」
「スィートハートとカメリアがこんな事になってしまったのは、わたしにも責任があります。
スィートハートとカメリアを対面させたのはわたしのミスです。わたしもケジメを付ける為に討伐作戦に参加します」
「そうなんだ……」
素っ気なく返したルージュに、パプリカが小さく笑って聞き返した。
「エンバーラストは、討伐作戦には参加しないのですか?」
「アタシは……パスかな?」
今回の討伐作戦は、どうにも乗り気になれなかった。
もちろん、そんな個人的な理由がギルドとして認められるワケはなかったが。
「おいおい困るぞルージュ」
スカーレットが、デスクの上の紙を掲げて立ち上がった。それは、治安維持騎士団からの討伐部隊編成依頼書。本来であれば、魔物に近い”魔染獣”の討伐は、治安維持騎士団の仕事だ。
だが、魔導師集団でもない彼らでは、”魔染獣”には到底敵わない。故に、いわゆる下請けと言うかたちで、各魔導師ギルドに依頼が行き、魔導師ギルドはそれに従って選抜メンバーを送り込む、と言うワケだ。
参加人数は、多ければ多い程良しと言うスタンスで、下限人数はないため、別にルージュひとりが参加しなくても、『ファイア・トパーズ』が参加出来ない、と言う事もない。
しかし――
「お前がいるのといないのとでは、『ファイア・トパーズ』の戦力が大きく違う」
これでも、ルージュは『ファイア・トパーズ』指折りの魔導師だった。まぁ、”青眼の魔女”から見れば、どんぐりの背比べなのだろうが……。
「報酬配分は、戦果に応じて決定されるのだ。ウチの働きが鈍ければ、それだけ『ファイア・トパーズ』の取り分が落ちてしまうのだぞ!」
「あー、もう!」
赤毛を掻きむしって、苛立つルージュ。
こうしたギルドの垣根を超えた共闘作戦は、報酬も良いが連帯責任になってしまうのが、嫌なところだ。スカーレットの言う通り、ルージュが参加しない事によって『ファイア・トパーズ』の取り分が落ちると、困るのは他の魔導師たちである。
「しかし……スィートハートが”青眼の魔女”として参加するのは残念ですね」
出されたティーカップの紅茶を口に含んで、パプリカが呟く。
「あの子の”魔力消失”があるのとないのじゃ、闘い易さが全然違うからね」
同調したつもりのルージュだったがパプリカの思惑は違う様だった。
「いえ……そうではなくて……。
彼女の”魔力消失”があれば――カメリアを再生救出出来る可能性があると思いましたが……」
「カメリアを助けられる……って、あんなバラバラに分解されちゃった子を、元に戻せるの!?」
ルージュの疑念に満ちた問いに、パプリカが頷く。
パプリカを信用していないワケではなく、単純に”VERDIGRIS”から、カメリアを救出する――と言う、考えてもいなかった発想に、驚いただけだ。
カメリアを”VERDIGRIS”から再生救出する為には、”VERDIGRIS”の機能を完全停止させる必要がある。
だが――魔導石を安全に停止させる手段が失われている『フォス・フォシア』では、魔導石廃棄塔『ディス・カ・リカ』を使って破壊するしか、処分方法がない。
「しかし、スィートハートの”魔力消失”なら一時的ですが”VERDIGRIS”の機能を停止させる事が出来ます」
なるほど、確かに。
ルージュは、顎に手を当てて考えた。
しかし――。
「たぶん無理ね」
ルージュは被りを振った。
「どうしてですか?」
「ヴェルは……カメリアが自分に対してやった仕打ちを許していないわ。あの子が、カメリアを助けようとするとは、到底思えない」
その言葉を聞いて、パプリカが視線を落とす。
「確かに……。ああ言う事をする娘だとは思っていませんでした」
「ヴェルは、カメリアが”VERDIGRIS”に吸い込まれた時、表情ひとつ変えなかった。残念だけど、アタシとは考え方が違う、”青眼の魔女”よ……」
「本当にそうでしょうか? 彼女が表情を変えなかったのは――取り返しのつかない過ちを犯してしまったと、本人も解かっていたからでは……?」
「…………」
パプリカの問いに、ルージュは答えなかった。
沈黙が流れ、柱時計の時を刻む音のみが、響く。
一息ついて、パプリカは立ち上がった。
「それでは、そろそろお暇します。
わたしは自主参加なので討伐作戦の詳細は教えてもらえません。適当に参加しますので、戦場で一緒になった時は、よろしくお願いいたします」
にこりと笑って、出口へと歩んで行くパプリカ。
事務所の扉を開け、一礼して姿を消して行く彼女の背中を視線で追って――
「あの……っ!」
パプリカの背中を追いかけた。
「何か?」
廊下で、階段を降りかけていたパプリカが振り返る。ルージュは、視線を落としたまま事務所の扉を後ろ手に閉めた。
ふたりのあいだに、沈黙が流れる。
くすっと軽く笑って、パプリカがルージュの前に戻って来た。
「スィートハートと何かあったのですか?」
「アタシ……あの子の事……叩いちゃったの……! あまりに酷い事を言うもんだから……」
「そうでしたか」
「……あの子がもう戻って来ないって言ったのは……それがあったからなの。
多分、もう戻って来てくれない……!」
ルージュの頬を、一粒の涙が落ちる。
そのルージュの赤毛を、パプリカが優しく撫でた。
「大丈夫ですよ。『ラピス・ラズリ』の事情次第ではありますが、スィートハートの気持ちを戻す事は、きっと出来ます」
「なんで……そんな事が言えるんですかっ!?」
感情的になるのを抑えられないルージュに、それでもパプリカはイタズラっぽく微笑んだ。
「わたしも、若い頃に生意気な小娘を引っ叩いた事があります」
「パプリカさんが……?」
淑女然としていて、とてもそんな気性が荒そうには見えない。ルージュのその気持ちを見透かした様に、「わたしもヤンチャでしたから!」と言って、パプリカは腰に手を当て軽快に笑った。
「その小娘も、今はわたしの友人の下で弟子となり、立派な魔導師としてレッドベリル商会で働いています。彼女とも色々ありましたが……なんだかんだで仲は良いですよ!」
颯爽と振り返り、階段を降りて行くパプリカ。肩越しににっこりと笑う。
「スィートハートが貴女とよりを戻したいと思うかどうかは彼女次第。
ですが、貴女が動かなければ……もう何も変わりはしないです」
「…………」
軽い足取りで、パプリカは階段の下へと姿を消して行った。
暫、ルージュは事務所の前で立ち尽くす。
しかし――思い立って涙を拭い、事務所の扉を開いた。
事務所の中で、どっしりとデスクに腰かけ、不敵に笑ってルージュを待ち構えるスカーレット。
「マスター、アタシも討伐作戦に参加するわ……!」
メガネをかけ直して、スカーレットに向き直った。
次回 4-4:想定外の事態!




