4-2:ルージュの怒り
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「ストロヴェル、改め要請します。”青眼の魔女”に復帰して下さい」
バミューダが、デスクを挟んで対面するストロヴェルに頭を下げる。
”スカイシェイク魔動炉”からの脱出後、『フォス・フォシア』は即座に”零番街”を全面封鎖した。あの廃墟街の地下迷宮のどこかには、未だに”魔染獣スカイシェイカー”と化したカメリアが蠢いているのだ。
一方、六番街に逃げ帰ったルージュとストロヴェルのところに、『ラピス・ラズリ』から召喚状が届いた。
呼ばれたのはストロヴェルだけだったが、ルージュも一緒に『ラピス・ラズリ』本部ビルへと赴いていたのだ。予定外の訪問のハズだが、”青眼の魔女”指揮官のバミューダは、特に問題視する事もなく、ルージュの同席を許可する。
執務室で、見上げる様なステンドグラスを背景に、立派なデスクに座るバミューダ。それと対面して座るストロヴェル。ルージュはその背後に立ったまま、腕組みをしてこの会談を見つめていた。
バミューダの方針が、あれから大きく変化したのは確実だった。
”スカイシェイク魔動炉”で再会した時には、あくまでも「戻って来ても良い」と言うスタンスだったバミューダが、今この時は頭を下げてまで、ストロヴェルに復帰を促したのだ。
理由は、ルージュにも分かる。
まず、新たに発生した脅威、”魔染獣スカイシェイカー”の討伐に、ストロヴェルの能力が有用であると認めたこと。そして、カメリアまで失ったことでダウンした、”第十一世代”の戦力を補いたいと言う思惑があっての事だ。
その誘いに対し、ストロヴェルは迷っている様だった。
ルージュの娣子にして欲しいと言った事があったからだろう。もちろん、ルージュとしては、せっかく”青眼の魔女”への復帰の途が開けた彼女の背中を快く押してやるつもりだ。
ただ――今の状況を考えると、いささか釈然としないところではあったが。
「それよりも……」
腕組みを解いて、ルージュはストロヴェルの座るイスの背もたれに寄りかかり、バミューダに詰め寄った。
「カメリアがやらかした失態を認める方が先じゃないかしら?」
ルージュの言葉に頷いて、バミューダはデスクの上に”記録結晶”を置き、”マギ・コード”を組んで起動させる。
盤上に光の粒子が噴き上がり、無数の文字の羅列を投影した。
「これは、我が『ラピス・ラズリ』の魔導石と”記録結晶”の管理リストです」
その細い指先で、リストの一点をタップする。
映像が、リストから切り替わり、ひとつの魔導石のステータスを表示した。
「ストロヴェルの指摘通り、この魔導石の在庫が――カメリアの手によって無断で動かされていた記録が見つかりました。もちろん、”記録結晶”の方も……」
ごくりと、ストロヴェルの唾を飲む音が、ルージュの耳にまで届いた。
「……と言うことは……?」
悲しげな表情で頷くバミューダ。
「実は、カメリアの自室から、ストロヴェルが”タイタンフェイド魔動炉”で使用するハズだった本物の”記録結晶”が既に見つかっています。彼女が、一連の騒動を引き起こした事の何よりの証明です」
「どうしてカメリアは……そんな事を……」
「上昇志向の強い彼女の事です。貴女も想像しているでしょうが、カメリアは自分より才能で上を行くストロヴェルが疎ましかったのでしょう」
「わたしはカメリアの事なんて、最初は何の興味もなかった。それなのにアイツの方から勝手に突っかかって来て、どんどんお互いが険悪になって行って……」
ぶつぶつと独り言の様に呟くストロヴェル。
「……こんな事になったのは、アイツの自業自得だよ」
最後にぽつりと付け足す。
そのストロヴェルの言葉に同調して頷いたバミューダを、ルージュは即座に牽制した。
「けど、『ラピス・ラズリ』の魔導石や”記録結晶”の在庫管理がしっかりしていれば、こんな事にはならなかったわ。『ラピス・ラズリ』の責任は重大よ」
確かにカメリアのしたことは重大だ。それで、ストロヴェルの人生が大きく狂ってしまったのだから……。
だが、カメリアにすべての責任があるワケでもない。
幼くして強大な魔力を有した少女たちが、そのちからの使い方を間違わぬ様に導き、管理する責任は、『ラピス・ラズリ』にあるからだ。
それは、バミューダも良く認識しているところであるらしい。
「解かっています。ですが、『ラピス・ラズリ』の運営をしているのが、魔導に対する理解のないエルダーメンバーである限り、方針を変える事は出来ません。言い訳になりますが、わたくしは所詮、一部門の管理者に過ぎないのです」
鋭い視線で、バミューダがふたりを――いや、ストロヴェルを見つめて来る。
「今はそれよりも、”魔染獣スカイシェイカー”の問題を解決しなければなりません。我が『ラピス・ラズリ』はあの”魔染獣スカイシェイカー”……いえ、”魔染獣カメリア”の討伐作戦”の実行を、治安維持騎士団に上申しました」
まるで魔物か何かの様に呼ばれたカメリアの名を聞き、ストロヴェルの肩がビクッと震える。
「治安維持騎士団の裁可が下りれば、作戦が実行されます。
”カメリア”を斃す為には、ストロヴェルの能力が必要不可欠です。是非とも、”青眼の魔女”へ復帰し、その魔力を振るってもらいたい!」
「…………」
俯いて返答を控えるストロヴェル。
「……少し、考えさせて下さい」
ぽつりと呟いたストロヴェルに、バミューダは優しげに頷いた。
「解かりました。ですが、あまり時間はありません。
討伐作戦は、早ければ数日後には実行に移されます。それまでに答えを用意しておいて下さい」
***
「さ、晩御飯にしましょう」
ジャケットをベッドの上に脱ぎ捨て、ルージュがテーブルの付く。
『ラピス・ラズリ』を後にし、ルージュの自室に帰ったのは夜遅く。それこそ日付が変わろうとしていた時間になった。今から夕食を用意する気力は残っていなかったので、パンとスープと言う朝食の様なメニューで済ませる。
対面して座るストロヴェルは、ローブも脱がず、目の前におかれたパンとスープを見つめて俯いている。それに構わず、食事に手を付けるルージュ。
しばらく沈黙していたが、ストロヴェルはやがて耐え切れなくなった様に顔を上げた。
「わたし……”青眼の魔女”に戻ろうと思う」
「……いいんじゃないの?」
あっさりと返答したルージュに、ストロヴェルが困惑する。
「……何を怒っているの?」
「別に怒ってないわ」
視線を合わせないまま、食事を続けるルージュに、ストロヴェルのムッとした様な声が返って来る。
「怒ってるよ! ずっと、目を合わせてくれないじゃない!」
「…………」
手を止めて、怒鳴ったストロヴェルを見上げる。涙で潤んだ紅と碧の瞳が、不安げにルージュを見つめていた。
「わたしが”青眼の魔女”に戻るのが嫌なの?
嫌ならはっきりそう言ってよ! ルージュが嫌だって言うなら、わたしも戻らないよ!」
ため息をついて、ルージュはパンを皿に戻した。
そして、ストロヴェルを睨みつける。
「じゃあ、はっきり言わせてもらうわ。アタシはアンタが”青眼の魔女”に戻りたいと思うなら、戻ってもらっても良いと思ってるわ」
「……なら、何で怒ってるの?」
「解からないの!? 今、”青眼の魔女”に戻れば、アンタは”カメリア”討伐部隊の、リーダーのひとりになるのよ!」
カメリアの名前を出され、ストロヴェルが逃げる様に視線を逸らす。
「解かってないなんて言わせないわ!
カメリアをあんな姿にしたのは、アンタなんだからね!」
「だって……! ルージュだってバミューダ様の説明を聞いてたでしょ!?
わたしをこんな目に合わせたのは、カメリアなんだよ!」
「だから何!? 嫌な目に合わされたら、仕返ししても良いって言うの!?
しかも、相手の命を奪う様な事をして……!」
ストロヴェルは、パプリカから”VERDIGRIS”の話を聴き、その危険性を認識していた。そして、”魔力消去”を使えば、自分だけは安全に、カメリアの命を危険に晒すことが出来るのも認識していた。
それらすべてを分かった上で――この娘は冷徹に引き金を引いたのだ。
最初に会った頃から感じていたが、このストロヴェルはやはり危険だ。
可愛らしい外見とは裏腹に、その内側に大きなリスクを秘めている。
感情の振れ幅が大きく、それが負の方向に振り切れると、見境なく魔力を振るう傾向にあった。
元々生まれ持った素養もあるだろうが、そうした精神制御をまったく教えないまま、魔力だけを肥大化させて成長させた、『ラピス・ラズリ』の功罪でもある。
「仕方がないじゃない! カメリアは、仕返しされて当然の事をしたんだ!」
叫ぶストロヴェルの頬に――ルージュの平手が飛ぶ!
鋭い音がして、ストロヴェルが仰け反った!
ルージュは――息を呑んで、自分の右手を抑える!
叩いてしまった!
ストロヴェルの口端から滴る赤い血を見て、後悔の念が沸き上がって来る。
大きく息を吐いて、ルージュは自分を落ち着かせた。
既にストロヴェルは涙目で、腫れた頬に手をやり、嗚咽を漏らしている。
それは――自分がカメリアにやった事を後悔している――ワケではなく、ただ単純に、ルージュに叩かれた事へのショックだろう。
「ヴェル、今のはアタシが悪い……! 叩いて、ごめんなさい……。
でも、アタシは貴女のやった事を認めない」
俯いたまま、反応しないストロヴェル。ルージュは構わず続ける。
「貴女が『ラピス・ラズリ』に戻りたいと思うなら、アタシは引き止めないわ。
元々、それが貴女の願いで、貴女にとっての幸せなんだから……」
正直、今のストロヴェルを『ラピス・ラズリ』に返すのは躊躇われるところであった。
まあ、ルージュ自身も人の事をどうこう言えるほど、人間が出来ているワケではないが、そのルージュですら、ストロヴェルは危なげに感じられる。
まだ十八のこの少女が、このまま『ラピス・ラズリ』に戻って――キチンと成長出来るのだろうか?
そんな不安を感じさせた。
出来れば手元に留めておきたい。
ルージュでなくても――例えばパプリカの様なしっかりとした組織に身を置く魔導師の下でなら、ストロヴェルは正しく成長する。
だが、ストロヴェルを止める権限は、ルージュにはないのだ。
「貴女が戻りたいと思うなら、アタシに断る必要はないわ。お行きなさい」
ルージュの言葉に、ストロヴェルは無言で席を立ち、ベッドに突っ伏して枕を抱え込んだ。
僅かに漏れる嗚咽を耳に――ルージュはひとり、黙々と食事を続けた。
次回 4-3:途切れた、ふたりの心




