4-1:崩れ行く少女の慟哭
前回までのあらすじ
パプリカの目的は、”魔動炉”に使われる禁断の魔導石”VERDIGRIS”を奪取し、魔導石製造連盟による介入のキッカケを作る事だった。両親を救ってもらった恩に報いる為、その仕事を手伝う事にしたストロヴェルだが、彼女の心には、仕事を通じてカメリアに一泡吹かせてやろうと言う邪な狙いが見え隠れしていた。
ルージュの嫌な予感は的中。侵入した”魔動炉”でカメリア率いる”青眼の魔女”の強襲を受ける! 闘いの最中、怒りに駆られたストロヴェルが、遂に禁断の魔導石に手を出してしまった――!
「何と言う事を……!」
唖然とした表情で呟くバミューダ。彼女指揮下の”青眼の魔女”たちも、状況の深刻さに、怯えの表情を見せて狼狽えている。
暴走し、激しく光り唸る”VERDIGRIS”!
”制御棒”も、その激しい魔力を抑え切れず、光が膨張して”魔動炉”全体を明るく照らす!
そして――ルージュやパプリカたちの身体から噴き出し始める青い光!
「いけないッ!」
慌てて飛び退くパプリカ!
制御から解き放たれた”VERDIGRIS”が、周囲から魔力を吸収し始めたのだ!
もちろん、その至近距離にいるストロヴェルとカメリアの身体からは、より激しく魔力が流出して行っている!
「ヴェル! なんてバカな事を!」
「わたしは大丈夫だよ……!」
非難するルージュに、ストロヴェルは落ち着いた答えを返した。姿勢を正し、暴走する”VERDIGRIS”の横に、静かに佇む。
その言葉通り、良く見ればストロヴェルの身体は、青白いオーラに包まれ魔力は流出していない。
”魔力消失”で、”VERDIGRIS”の効力すら防いでいるのか!?
だが――そんな事が出来るのはストロヴェルだけだ。
悠々と”魔動炉”から距離を置くストロヴェルに対し、全身から激しく魔力を奪われ、藻掻くカメリア!
「何ッ!? 何よこれ!? ……何がどうなってるのよッ!?」
状況が理解出来ず、狼狽し恐怖に表情を引きつらせて泣き叫ぶ!
そのカメリアの左腕が――光の粒子となって一瞬で崩壊する!
「嫌ッ! 嫌だ! 助けてッ! 助けて!」
失った左腕を抑え、涙と汗に塗れて、カメリアは必死に”魔動炉”から離れようとする。だが、その引力によって逆に吸い込まれつつあった!
悲痛な少女の叫び声に――ルージュは叩かれた様な衝撃を受け、我に返る!
助けなくては!
「カメリア! 手を伸ばしなさい!」
駆け寄り、必死に手を伸ばす!
しかし――
「ダメです、エンバーラスト!」
途中にいたパプリカが、必死にルージュの身体を抑える!
「離して! カメリアが吸収されてしまうわ!」
「これ以上近づけば、貴女も吸い込まれてしまう!」
年齢が倍もあるとは思えないちからで、パプリカがルージュを抑え込む!
それでもパプリカの制止を振り切ろうとするルージュだが――
”VERDIGRIS”の光の中から、ずるりと生えて来た一本の”腕”に戦慄する!
既に、中に居た何者かの緑色の腕が、何を捜す様にうねり、のたうつ。
そして――その”腕”が、カメリアの足首を掴み、引きずり倒す! 掴まれた足首を中心に、彼女の全身がひび割れ、ボロボロと崩れ落ちて行く!
右腕も消失し、脚が崩れ、身に着けていたローブや服も脱げ落ちて、びっしりとヒビの入った裸が露わになる。
「何で……こんな事に……!」
残った上半身で、必死に呻くカメリア。その顔も次第に崩れ落ち、眼がくぼんで眼球がなくなる。
「アタイが……何……を……!」
遺した言葉はそこまでだった――。
ひと際眩い光が弾け、カメリアの姿が一瞬で粉々に砕け散る!
後には――彼女が身に着けていた制服とローブが、残るのみだった……。
空中を漂っていたカメリアの破片が、やがてすべて”VERDIGRIS”に吸い込まれ、暴風の如く吹き荒れていた魔力の嵐が、一転して静まり返る。
音と光をまったく失った”魔動炉”の中心で、眼を射抜く程の光を発する”VERDIGRIS”。
当然――暴走が止まったワケではない。
暴走は――これからだ!
ぐちゃりッ! と音を立てて、”VERDIGRIS”の下部が崩れ、液体となってカメリアのローブの上に滴り落ちた。それは煮えたぎった様に、ごぼごぼと泡立ち、煙を上げる。
ルージュは、近づいて来たストロヴェルの身体を抱き締めた。その身体は――とても冷たい。
一瞬の静寂の後――
床に散った粘液の中から、ガバっと腕が立ち上がる!
「発現せよ! 乱れろ! ”連光弾”!」
「発現せよ! 吹雪け! ”氷岩弾”!」
全員が硬直する中――パプリカと、バミューダがほぼ同時に攻撃した!
光と氷の連弾が、”VERDIGRIS”を穿つ!
だが、大きな音を立てて膨れ上がった青緑色の半透明の物体に押し返される様に、ふたりの魔法はあっさりと弾き飛ばされた!
「遅かったか!」
パプリカが歯ぎしりする。
天井近くまで膨れ上がった青緑色の泡は、徐々にかたちを整え、しなやかな女の身体を形作って行く!
「”魔染獣”!」
女の姿をした緑色の魔物が、咆哮を轟かせる!
しかも、その姿は今までに見た事もないものだった。
緑色の半透明の肢体と、全身を覆う結晶の様なウロコ。角の様に角ばった頭髪。眼球のない眼。それらはいつもと変わらぬ特徴。だが――この”魔染獣”は、首がふたつあった!
ふたつの顔から、それぞれ奇声の様な叫びを発する”魔染獣”。しかも、その内片方の声は……。
「……カメリア?」
ぽつりと同じ感想を口にするストロヴェル。そう、少なくとも片方の首は、顔立ちも声も変形してはいるが、カメリアのものだった。
「撤退しなさい!」
パプリカの絶叫に、その場にいた全員の硬直が解かれる!
「”青眼の魔女”のカメリアを吸収した”魔染獣”に、このメンバーでは勝てません! 逃げなさい!」
その言葉に頷き、バミューダが”青眼の魔女”に指示を出す!
「撤退です! 全員、撤退して下さい!」
強くてもやはり年頃の少女――既に半泣きになっていた”青眼の魔女”は、その指示を受け、それぞれ手近な通路に飛び込んで行く!
「わたしたちも逃げます!」
飛び退くパプリカに、ストロヴェルが首を横に振る!
「わたしの”魔力消失”なら、アイツの動きを封じれるよ!」
”マギ・コード”を組み上げながら飛び出そうとしたストロヴェルを、ルージュは必死に抑えた!
「ダメよッ!」
動きを止められたストロヴェルの眼前を、”魔染獣”の口から放たれた超高温のビームが斬り裂いて行く! 床がばっくりと裂かれ、金属が蒸発して爆風の様な熱気が吹き荒れる!
狭い地下空間に吹き荒れた烈風が、ルージュたちを吹き飛ばした!
近くにいたパプリカはもちろん、”魔染獣”を牽制していたバミューダも脚を取られて転倒し、まだ逃げきれていなかった”青眼の魔女”たちも、もみくちゃになって床や壁に叩きつけられる!
「良く考えなさい!
”魔力消去”で貴女は無事でも、他の人間は耐え切れないわ!」
ストロヴェルの襟首を掴んで、走り出すルージュ!
その姿を追って、がばりと開いた”魔染獣”の顎に、強烈な裂光が収束を始める!
逃げ切れない!
「発現せよ! 吹雪け、”氷岩弾”!」
一歩早く、バミューダが放った氷塊が、”魔染獣”の顔面に直撃し、その双頭を氷漬けにした!
これで斃せる相手ではないが、口が氷漬けになり攻撃を中断せざるを得なくなった”魔染獣”。
「無事に逃げきれたら、後でお話があります!」
「分かったわ! ありがとう!」
別の通路に逃げ込むバミューダを見送って、ルージュはストロヴェルを抱き抱えて走る!
ストロヴェルの腕を引っ張りながら走るルージュの目の前は真っ暗だった。それは、”スカイシェイク魔動炉”が崩壊し、地下道の照明が失われたからではない。
自分の情けなさに失望したからだ。
あれだけ注意しなければならないと思っていたのに……!
ストロヴェルが、カメリアに手を下してしまった!
カメリアの命を――奪ってしまった!
今、すぐ後ろを走るストロヴェルは、どんな顔をしているのだろう?
暗くてよく見えない。
ただ、聞こえて来るだけだ……。
その背後の闇の中で――”魔染獣”、いやカメリアの、泣き叫ぶ様な奇声が……。
次回 4-2:ルージュの怒り




