3-6:ストロヴェルの復讐
「ストロヴェル、まさか――生きていたとは……!」
”魔動炉”の淡い青緑色の光に照らされ、陰鬱な表情をして佇むストロヴェルを見つめ、対照的な明るい表情で笑うバミューダ。
命を落とした――と思っていた元部下との再会に、喜んでいる様である。
しかし一転、彼女は、足元でうずくまるカメリアに、冷たい視線を送り込んだ。
「カメリア、これはどう言う事でしょうか?」
「…………」
鋭い視線で見つめられ、顔を下げるカメリア。その頭上から、バミューダが淡々と続ける。
「いくら”第十一世代”のリーダーとは言え、わたくしの許可もなくユニットを動かす権限など、貴女に与えた覚えはありません」
「それは……!」
口ごもるカメリア。
やはり、この強襲はバミューダの命令ではなく、彼女の独断専行だった様だ。
「情報源は、貴女の祖父からでしょう? せっかく間違いを正す機会を与えたと言うのに……救いようがありませんね」
部隊を私意で動かしたカメリアに冷たい一瞥をくれ、バミューダがストロヴェルの方へと視線を戻す。
「ストロヴェル、よくぞ無事でいてくれました」
「バミューダ様……」
カメリアに向けられたものとは対照的に、柔らかい声色でストロヴェルを迎えるバミューダ。ストロヴェルの前で跪き、その頬を両手で柔らかに包み込む。
生きていた愛娣子を愛でる様に、その頬を撫でた。
バミューダの視線は、ただひたすらストロヴェルに向いている。
勝手を働いたカメリアは仕方がないとして、ルージュに蹴散らされた他の娣子たちには見向きもしない。
火傷した右手を押さえて、助けを求めているアクエリアスの眼差しにもまったく気が付いていない様だ。自分で攻撃しておいて何だが、真っ赤に焼け爛れてボロボロになってしまった、小さな手のひらが痛々しい。
「そこの銀髪の貴女――こちらにいらっしゃい」
見かねて声をかけたのはパプリカ。言われるがままに、走り寄って来たアクエリアスの前に腰を下ろすと、回復魔法の”マギ・コード”を組み上げて、少女の手のひらを手当して行く。
その様子を、ルージュは腰に手を当てて呆れた様に見ていた……。
このバミューダのストロヴェルに対する贔屓っぷりは確かに凄い。これではカメリアの様に、不満を持つ者が出て来るのも致し方がないのではないか?
そんな周囲を他所に、バミューダはストロヴェルに言葉をかけ続ける。
「しかし、”魔動炉”に無断侵入した事には目を瞑れません。貴女ほどの者が、何故こんな事を?」
「それはアンタが一番良く分かっているんじゃないの?」
バミューダの問いに、ルージュが口を挟む。
「カメリアは質の悪いイタズラでヴェルから魔法をすべて奪い、挙句の果てに”タイタンフェイド魔動炉”の暴走事故に見せかけて命まで奪おうとした――」
「アタイはそんな――!」
叫びかけたカメリアに、バミューダが鋭い視線を突き刺す。
「黙りなさい」
一喝され、視線を床に落とすカメリア。
「……そこまではカメリアの暴走だったけれど、アンタたち『ラピス・ラズリ』は、それに抗議したヴェルの両親をも不当に拘束したわ。それで、アンタたちを信用できなくなったのよ」
「…………」
バミューダが沈黙する。
「ご両親の事に関しては、申し訳ない事をしたと思っています。しかしロクな調査をする事もなく、ストロヴェルのご両親を拘束したのは『ラピス・ラズリ』の意志であり、その依頼を受けた『フォス・フォシア』の決定です。”青眼の魔女”のいち指揮官に過ぎないわたくしには、どうしようもない事でした」
ストロヴェルに深々と頭を下げるバミューダ。そして頭を上げ、微妙な表情をしているストロヴェルに微笑む。
「時にストロヴェル。
先ほどから貴女が見せている、その特殊な能力――」
「”魔力消去”?」
「――と言う魔力なのですか? ……反魔法とでも言いますか……今までに見た事もない種類の魔法です。魔法をすべて失い、もはや魔導師としての途を断たれたかに思えた貴女が、そんなちからに目覚めていたとは……」
どうやら、バミューダもストロヴェルの能力の有用性に気付いた様子である。
「どうでしょうか、ストロヴェル。
わたくしは貴女のその能力を見込み、改めて”青眼の魔女”に迎え入れたいと考えているのですが……」
「わたしが……”青眼の魔女”に戻れる……!?」
「望めば、”第十一世代”リーダーへの復権も叶う事でしょう」
「そんな……ッ!?」
非難の声を上げたのは、現リーダーのカメリア。
そりゃあ、ストロヴェルを追い落とし、リーダーの座を射止めた彼女からすれば、面白くない話だろうが……。
「どうですか?」
カメリアを無視して、ストロヴェルに問うバミューダ。ストロヴェルが迷った様にルージュを見つめて来た。
「いいんじゃない?」
微笑んで、ストロヴェルを後押しする。
「一度はヴェルを見限った”青眼の魔女”から、もう一度スカウトを受けるなんて凄い事よ。貴女を陥れたカメリアも、こうして貴女の足元に這いつくばってる。
もう、溜飲は下がったでしょう?」
「でも……わたしはルージュの娣子にしてもらうって……約束したし……」
躊躇うストロヴェルにルージュはケラケラと笑って見せた。
「いいのいいの! アタシみたいなうだつの上がらない魔導師なんかと組むより、『ラピス・ラズリ』に戻った方が、貴女の家族も喜ぶでしょ!」
バミューダが、ルージュに向き直り、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます」
にっこりと笑うバミューダ。
幸か不幸か――彼女のルージュに対する感情は、悪いものではない。そうした意図は欠片も無かったが、ストロヴェルを今日まで保護していた事が、バミューダの好印象につながっている様子だ。
うまく交渉すれば、この場を丸く収めてくれるかも知れない。
だが――
「黙って聞いてりゃ、ふざけんな!」
ただひとり納得しない少女――カメリアが、唐突に叫んでストロヴェルに飛び掛かった!
完全に不意打ちで、誰も反応出来ず、ストロヴェルがまともに突き飛ばされる!
「きゃあッ!?」
パプリカの横から大きく吹っ飛ばされ、”スカイシェイク魔動炉”の筐体に、叩きつけられた!
「止めなさい、カメリア!」
バミューダの制止も聞かず、カメリアが走り込み、ストロヴェルの胸倉を掴み上げて、”スカイシェイク魔動炉”に押し付ける!
ふたりとも完全に”制御棒”の内側に入ってしまっている上に、ストロヴェルの顔のすぐ横では、”VERDIGRIS”が妖しげな光を煌々と発している。
「危ないわ! ふたりとも下がって!」
ルージュの声も、興奮したカメリアには届かない!
「何でアンタはそうやって、いつもアタイの前に立ちはだかるのさ!? アンタがいなけりゃ、アタイは文句なくこうして”第十一世代”のリーダーにさえなれる器なのに!」
叫びながら、ストロヴェルの髪を鷲掴み、”スカイシェイク魔動炉”に彼女の顔を圧しつけるカメリア。
「この……ッ!」
ストロヴェルも逃げるどころか、そのカメリアのローブを引っ張り、取っ組み合いの様相を呈して行く!
危ない!
高熱を発している”VERDIGRIS”や配電盤に下手に触れてしまったら、彼女たちは取り返しの付かない大火傷を負ってしまう!
「止めなさい、ふたりとも!」
我を忘れて殴り合いを始めるふたりの少女を止めようと、ルージュが走り寄ろうとしたその時――
ストロヴェルが思わぬ行動に出る!
右手を高々と大きく掲げたのだ。その手には”記録結晶”が握られている。
「……?」
ストロヴェルの行動に、疑問符を上げて動きを止めるカメリア。
だが、状況を察したパプリカが悲鳴の様な声を上げる!
「それは、”魔動炉”の制御用”記録結晶”!」
ストロヴェルが手にしたのは、”魔動炉”から引き抜いた制御基盤だったのだ。先ほど、パプリカが出力を落とす為に、抜き取る寸前になっていたものである。
当然、それを抜かれた”魔動炉”は出力が落ちて動きを止めて行く……。
これでふたりが大ケガをする様な事はない。
意外に冷静なストロヴェルの対応にほっとしたルージュ。だが、パプリカはそれより先を見越していた!
「ダメです、スィートハート! そんな事をしては……!」
顔色を変えて、ストロヴェルを制する!
ストロヴェルは、抜いた制御基板を放り棄てると、懐からもうひとつの”記録結晶”を取り出した。
「それは……!?」
顔色を変える、バミューダ!
彼女も察したのだ。ストロヴェルが何をしようとしているのかを!
カメリアの表情も、恐怖に引きつる!
「アンタが……わたしの命を奪う為にすり替えた”記録結晶”だッ!」
憎しみを込めて叫んだストロヴェルが――後ろ手に”記録結晶”を装填する!
それは――カメリアが、ストロヴェルを事故に巻き込む為にダミーの”マギ・コード”を仕込んだ”記録結晶”!
狂ったコードを書き込まれた”スカイシェイク魔動炉”の”VERDIGRIS”が――停止するどころか、悲鳴の様な音を上げて、火花を散らしながら高速で回転を始める――!
次回 第四章『”ブルーアイズ”への帰還』
4-1:崩れ行く少女の慟哭




