1-1:”ブルーアイズ”の少女たち
―― 天照星の赤光よ! 紅蓮と成りて集い、数多に爆ぜよ! ――
「発現せよ! 乱れろ! ”連光弾”!」
”青眼の魔女”の放った数百発の“光弾”が、“魔染獣ニュークフラッシャー”の身体を次々撃ち抜き、爆炎を噴き上げる!
ストロヴェルも、その”青眼の魔女”のひとりだった。
彼女の放った火球の内の一発が、確かに”ニュークフラッシャー”の顔面を撃ち砕いた手応えを得る!
「ストロヴェル、攻撃終了! 着地体勢を取って!」
先輩格の指示を受けて、自分がトドメを刺した確かな感触を胸に――着地姿勢を取る。
苦手なのは、むしろここからだった。
ぐんぐんと近づいて来る地上の景色が、恐怖心を煽る!
高いところはどうしても慣れない……。
風にはためくローブを翻し、細い腕に巻いた腕輪を露わにする。
“マギ・コード”を組み上げ、腕輪に仕込まれた魔導石に魔力を投射し――足元目掛けて圧縮した空気の塊を撃ち放つ!
「膨れろ! ”高圧風膜”!」
風の塊がクッションになり、ふわりと落下の勢いを減退させた。
着地の衝撃に備え、ぎゅっと目を瞑り、歯を食いしばる!
「ぎゃっ!」
と言う鈍い悲鳴が響くと同時に――ストロヴェルは尻から大地に着地した!
「痛てて……!」
腰をさすって頭を振る。
彼女の着地した場所は、繁華街の表通り。
すぐ近くに、先ほど仕留めた“ニュークフラッシャー“の残骸が、炎を上げて倒れ伏している。
魔法による減速は完璧だったが、最後の最後で目を瞑ったことで、足から着地出来なかった。しかし――尻から落ちたにしては衝撃が少なかった様に思えたが……
「きゃッ!」
不思議に思って足元を見て、ストロヴェルは飛び跳ねた!
そこにはストロヴェルの下敷きになって地面に埋まったひとりの女……。
何の事は無い。彼女がクッションになって、着地の衝撃が緩和されたのだ。
「ご……ごめんなさいっ! 大丈夫ですか!?」
「大丈夫なワケないでしょーがっ!」
叫びながら、両腕を地面についてガバリと起き上がる――赤毛の女。
地面に落ちていた銀縁のメガネをかけ直した瞳は、ストロヴェルと同じ緋色。その切れ長の瞳がこちらをギラリと睨んで来る!
「人の頭の上に落ちて来るなんて、中々いい度胸してるじゃない!?」
「ご……ごめんなさいっ! 高いところがどうしても苦手で……着地の寸前に目をつぶっちゃうんですっ!」
怒鳴られて、身を竦めるストロヴェル。
赤毛の女は、その少女の様子を下から上までじろりと舐める様に見つめた。そして、その紅い瞳を覗き込む。
「アンタ、眼が蒼くないわね。”青眼の魔女”の育成世代?」
「はい! ストロヴェル=スィートハートって言います!」
ぺこりとストロヴェルは頭を下げた。
彼女は、大手魔導師ギルド『ラピス・ラズリ』の精鋭部隊”青眼の魔女”に仮入隊したばかりの魔導師だった。
顎のラインでキレイに切り揃えた癖のないボブカットは若干赤みがかった亜麻色。ルビーの様な紅く大きな瞳が、目の前の赤毛の女を見上げる。その体格はか細く、赤毛の女より頭ひとつは小さい。
「『ファイア・トパーズ魔導師ギルド』のルージュよ」
名乗って握手を求めて来た赤毛の女――ルージュの手を、グローブを外して握るストロヴェル。その手のひらも、やはり小さい。
今年で十八になる実年齢よりも、若く見える幼さを備えた少女。
だが――
彼女が纏う白と青を基調とした貫頭衣。その上から水の流れをイメージしたデザインのローブを羽織る。
これこそ、上級魔導師で構成された精鋭部隊”青眼の魔女”の制服である。この制服は、この少女がルージュよりも格上の魔導師である事を物語っているのだ。
「あら、”青眼の魔女”の魔導師にしては、腰が低いじゃない?
もっと偉そうにしてくれなきゃ、張り合いがないわよ!」
ケラケラと笑うルージュ。
「そ……そんな事は……!」
慌てて首を小さく横に振る。
「でも、”ニュークフラッシャー”にトドメを刺したの、アンタでしょ?
もっと誇って良いと思うわよ」
「いえっ……たまたま偶然ですっ!」
しっかりと見られていた事に赤面し、ストロヴェルは更に激しく首を振る。
その時。
「ストロヴェル、何を油売っているのさッ!?」
ルージュの背後から、ストロヴェルを呼ぶ甲高い声が響いた。
向き合っていたストロヴェルが一足先に背後を覗き込み、次いでルージュも振り向く。
”ニュークフラッシャー”の残骸を踏み越え、近づいて来たのはストロヴェルと同じくらいの歳の娘がふたり。
「カメリア、それにアクア!」
それは、同じ”青眼の魔女”のメンバーだった。
ふたりとも、ストロヴェルと同じ制服を纏っている。
ひとりは年齢の割に背の高い、金髪をオールバックにしたつり目の少女。ストロヴェルの同期でカメリア。もうひとりはカメリアと対照的に、滑らかな銀髪を腰まで下ろした小柄な少女。こちらはストロヴェルよりもふたつ下の妹分、アクエリアスだ。
ふたりもストロヴェル同様に、その瞳は蒼くない”青眼の魔女”の見習い。
カメリアの方は、小脇にひび割れた魔導石を抱えている。”ニュークフラッシャー”の残骸から回収した核となっている魔導石だろう。
そのカメリアが、滑らかな金髪を搔き上げ、呆れた様な仕草を見せる。
「流石は我が”第十一世代”ナンバーワンの実力者。他のメンバーが作業中におしゃべりとは、良いご身分ね?」
相変わらずの言い草に、ストロヴェルも言い返した。
「おしゃべりしてたワケじゃないわ!
先輩に粗相を働いてしまったので、謝っていたところよ……っ!」
「ふぅん?」
ずかずかとこちらへ寄って来た勢いそのままに、ストロヴェルを押し退け、ルージュの前に立ちはだかるカメリア。
「それはそれは、”第十一世代”のリーダーが失礼いたしました」
仰々しく頭を下げる。
「先輩は後片付けでお忙しいでしょうから、我々は早々に撤退させて頂きます!」
「カ……カメリアっ!」
慇懃無礼を通り越して、喧嘩を売っているとしか思えないカメリアの態度に、ストロヴェルは狼狽える。だが、相手のルージュは高らかに笑うのみだった。
「ストロヴェルの同期かしら? アンタは良い感じに最初からスレてそうね?
育成世代って事は、この討伐作戦、”青眼の魔女”の昇格検査を兼ねているんでしょ? 騒ぎにしない様に、ここは先輩として退いてあげるわ!」
「親切なお言葉、ありがとうございます。
アタイはカメリア=ハッピーバースディと申します。以後、お見知りおきを!
もっとも、顔を合わせて仕事をする事なんて二度とないでしょうが……」
余計な一言を付け加えて、カメリアが頭を下げる。
「あら、アンタがあのハッピーバースディ家のお嬢さん?
ウワサはかねがね聞いているわ。とんでもないじゃじゃ馬娘らしいって!」
ルージュの余裕な態度に、カメリアはふんっと鼻を鳴らしてきびすを返す。
ふたりの険悪な雰囲気に、オロオロするばかりのストロヴェル。
「行くわよストロヴェル! さっさと帰ってバミューダ様に回収した魔導石を提出しなきゃならないんだから! まったく、何でこんな田舎育ちの娘がナンバーワンなんだか……」
散々文句を言い散らしながら、撤退して行くカメリア。
一緒にいたアクエリアスが「それではまた後ほどです」と気の弱そうな声で挨拶し、とことことカメリアの後を着いて行く。
その先に、蒼い瞳を光らせる数十人の魔女の一団――”青眼の魔女”が新米たちの戻りを待っていた。
「ほら、アンタも行きなさい。アレの言った通り、現場の後片付けはアタシたち中級魔導師の仕事よ」
背後で完全に崩壊している”魔染獣”の残骸に後ろ指を差して、ルージュが笑った。若干呆れ顔ではあるものの――優しげなルージュの微笑みに、ストロヴェルは安堵する。
「本当にすみませんでした!」
ぺこりと頭を下げるストロヴェル。
「ま、アイツの言う通り、もう会う事もないでしょうけれど――」
ルージュの言葉に誘われて頭を上げて見れば、彼女は高々と跳躍し、宙を舞っている。
「――せいぜい、お友達みたいにスレない様に気を付けなさい!」
その言葉を残して――ルージュは、”ニュークフラッシャー”の残骸の向こうへと姿を消して行った。
「ほら、ストロヴェル! 帰るわよっ!」
背後で、カメリアが呼んでいる。
肩越しに振り向けば、”青眼の魔女”を運んで来た馬車が、魔女たちを回収しているところだった。
「うん! 今行く!」
頷いて走り出したストロヴェルのつま先が――何かを蹴り上げる。
「?」
足元を見るとそこには――金属のケースで覆われた透明な板が落ちていた。
ちょうど手のひらサイズの結晶板を拾い上げ、覗き込む。やや黄色がかった結晶板の表面には、キラキラとした光で文字が浮かび上がっていた。
「……フィルグリフだ」
どうやら、先程のルージュの持ち物であるらしい。ストロヴェルと衝突した時に落としたのか?
「あの……!」
慌ててルージュの姿を追うが、――彼女はとうの昔に姿を消していた。
その場で返す事は諦めて、もう一度手の中の結晶板――”記録結晶”を見下ろす。
そこに刻まれた名前を、ストロヴェルはぽつりと呟いた。
「ルージュ……。中級魔導師、ルージュ=エンバーラスト……」
次回 1-2:蒼き瞳の指揮官・バミューダ