3-3:禁忌の魔導石
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『フォス・フォシア』の地下には、百を超える”魔動炉”が設置され、人々の生活の為に、魔導石から莫大なエネルギーを取り出している。
それらを開発しているのは『ラピス・ラズリ魔導師ギルド』だが、すべての”魔動炉”を管理出来ているワケではない。
彼らが完璧に管理しているのは”一番街”に設置された”魔動炉”ぐらいで、番地が上がるに連れて、その管理は杜撰になる。
”魔動炉”の生み出す利益さえ得られれば、後はどうでも良いのである。
下町に住む人間にとってこれら魔導石が引き起こす魔導災害は迷惑極まりないが、今回ばかりはこの杜撰さがルージュたちとって好都合となった。
簡単に”魔動炉”に忍び込めるからである。
そんな訳で、ルージュはストロヴェルとパプリカを連れて零番街、魔導石廃棄塔『ディス・カ・リカ』の近くに来ていた。
「この辺りの地下に、『ディス・カ・リカ』の動力源となっている”スカイシェイク魔動炉”があるわ」
パプリカとストロヴェルを後ろに従え、零番街の通りを歩くルージュ。
「一番街から一番遠い零番街の”魔動炉”なら、『ラピス・ラズリ』の警備も手薄なハズよ」
「しかし、その”スカイシェイク魔動炉”を停めてしまったら、『ディス・カ・リカ』も停まってしまうのでは?」
後ろに着いて来ながら、パプリカが首を傾げる。
「仕方ないわ。停めても人々の生活に影響しない”魔動炉”なんて、ここしか思い当たらないもの」
「そうだよ。『ディス・カ・リカ』が停まって困るのは『ラピス・ラズリ』くらい。少しは困ってもらわないとね!」
ルージュの返事に、ストロヴェルが余計な一言を付け足す。
「そう言えば前に『ディス・カ・リカ』で会った時に聴きそびれたけれど……」
目の前にそびえるタワーを見上げて、ルージュはふと思い出した事があった。
「パプリカさんが手に入れようとしている”魔動炉”の高性能魔導石……」
「”VERDIGRIS”ですか?」
「そのヴェルデクリス? ……って何なの? 普通の魔導石と何か違うの?」
ルージュの問いに、パプリカがやや困った様な表情をする。彼女の顔からは「まずはそこからか……」と言う心情が読み取れた。
「まず大前提として、”VERDIGRIS”と呼ばれる高性能魔導石は、その危険性から魔導石製造連盟が使用を禁止している魔導石です。
……ご存じないですか?」
「……ご免なさい。アタシもそんなに良い教育を受けて育ったワケじゃないからね……」
「わたしなんか、魔導の世界に入ってほんの数年しか経ってないし……」
顔を見合わせるルージュとストロヴェル。
パプリカの表情から察すると、かなりの無知を晒した様だ。
だが、お陰で因果関係が解かり易くなった。”VERDIGRIS”が使用を禁じられた魔導石なのであれば、それを利用して動く”魔動炉”も、ルールを無視した代物。
稼働状態の実機が手に入れば、ルール違反の確たる証拠となるだろう。
「じゃあ、”タイタンフェイド魔動炉”の”VERDIGRIS”をアタシが壊したりしなければ、パプリカさんの仕事はとっくに終わっていたのね。それは申し訳ない事をしたわ……」
「あれは仕方がありません。”魔染獣”と遭遇して、生き残っただけでも奇跡です」
気を取り直して、パプリカが手にした錫杖をかざす。
三日月形のレリーフに埋め込まれた紅い魔導石に魔力を投射し”マギ・コード”を組み上げて行く。
「発現せよ。照らしなさい、”照明球”」
魔導石の結晶構造を通過したパプリカの魔力が、光り輝く魔法の玉に変換され、彼女の手のひらに、ふよふよと滞空した。
「魔導石は、投射された魔力を、その結晶構造を通過させる事で魔法に変換する宝石です。魔導石の品質にもよりますが、基本的に発動させる魔法の威力は、魔導師本人の魔力量に比例します」
その説明に、ルージュとストロヴェルは揃って頷いた。
これは魔導師でなくても知っている魔導の基本的な知識である。
「こっちよ」
ルージュは、ふたりを引き連れて、『ディス・カ・リカ』の根元に近い廃工場の敷地の中へと入って行った。窓と言う窓はすべて割れ落ち、石の壁も至るところに穴が開き、外から光が差し込んでいる。
かつて賑わった工場だった事を思わせる瓦礫の山を踏み越え、奥へ奥へと侵入して行くと、暗闇の中に見えて来たのは、大きな縦穴とそこに吊るされた昇降機。
ここから地下に潜る事が出来る。
パプリカの創ってくれた”照明球”の明かりを頼りに昇降機を稼働させ、地下へと降りて行く。
最下層へ辿り着くまでのあいだ、パプリカは説明を続けた。
「……ですが高性能魔導石”VERDIGRIS”は、通常の魔導石を遥かに凌ぐ複雑かつ高密度な結晶構造を持ち、半永久的に魔力を納める性質を持っているのです」
ルージュは、思わず口笛を吹く。
「って事は、”VERDIGRIS”を使って魔法を撃てば、その中に溜まっている魔力を自分の魔力に上乗せ出来るワケね? アタシみたいな中級魔導師でも、”青眼の魔女”とやり合えたりしそうじゃない。面白そうね!」
ルージュは興味本位だったが、パプリカの眼は至って真面目だった。
「そんなものでは済みません。”VERDIGRIS”は条件さえ整えば、都市攻撃すら可能な程、魔力を貯め込んでしまうのです。それにも増して恐ろしいのは、周囲に存在するすべてのものを魔力に変換し、吸い込んでしまう性質を持つ事です」
「パプリカさんと初めて会った時、わたしの身体から”魔動炉”に青い光が吸い込まれたよね! アレの事?」
ストロヴェルが驚いた様子で声を上げ、パプリカが頷く。
「そうです。あのまま不用意に近づいていれば、貴女は”VERDIGRIS”に吸収されて人のかたちを失っていたでしょう」
パプリカの説明を聞いて、ストロヴェルが青ざめる。
そんな危険なものが百基以上も眠っている地下道の上に建っているのか、この都市は……?
「”VERDIGRIS”は元々、わたしたちの国・チャロ・アイアで製造された魔導石です。その危険性は早くから指摘され、魔導石製造連盟は”VERDIGRIS”の製造を全面的に禁止しました」
パプリカが視線を落とす。
「ですが、その時には既に相当数の”VERDIGRIS”が、国外に流出していたのです」
昇降機が、最下層へ辿り着く。
軋んだ音を立てて扉が開くと、むわっとした熱気と、かび臭い臭いが吹き込んで来た。
地下道の様子はどこの区画も大差ない。
壁には無数に張り巡らされた配管が走り、天井からは千切れたケーブルが垂れ下がり、何の廃液か良く分からない雫がぽたぽたと落下していた。
”記録結晶”を起動して、見取り図を表示する。
地図を頼りに薄暗い地下道を進む。後を着いて来るストロヴェルとパプリカ。
そう言えば、”記録結晶”を使うのも久しぶりだ。
”ニュークフラッシャー”討伐作戦でストロヴェルと出会い、彼女に返してもらって今日までの数週間、一度も使う機会がなかった……。
そんな事を考えながら、ルージュは網の目の様な通路を右へ左へ、時には地下へと進んで行く。
真っ暗闇の通路の奥に――やがて見えて来た分厚い鉄扉。
扉の横に設置された淡く輝く”魔導錠”。
いつもならば、悪戦苦闘してパスワードを探り当てるところだが――。
「ヴェル、お願い!」
「オッケー、任せといて!」
頷いて、ストロヴェルが前に出る。
「打ち消せ、”魔力消去”!」
”魔導錠”に”マギ・コード”を投射する。それだけで――”魔導錠”の光が消え去り、重い音を立てて鉄扉が開かれる。
「なるほど、これは凄いですね」
感心した様に頷くパプリカ。
半開きになった鉄扉を、ルージュが力尽くで押し開ける。――錆びて歪んでいた鉄扉が、ガリガリと引きずる音を立てて開いた。同時に扉の隙間から漏れ出す緑青の光。
「到着よ」
扉の向こうに現れた”スカイシェイク魔動炉”を見上げ、指差した。
円形の部屋の中央に、床から天井まで伸びる機械の柱。その中腹に、青白く輝く魔導石――パプリカの言葉を借りれば”VERDIGRIS”が、静かに回転している。
その周囲を八基の”制御棒”が取り囲み、炉の稼働を制御していた。
この『フォス・フォシア』のどこにでもある、ごく普通の規格の”魔動炉”だ。
例によってまったくメンテナンスされている気配は無く、あちこちに錆が廻ってボロボロ。本体を形作る金属のフレームは大きく歪み、破断したケーブルから火花が飛び散っている。
「これはまた……酷い有様ですね」
ため息を付きながら、パプリカが近づいて行く。
炉の心臓部で光り輝く”VERDIGRIS”に顔を近付け、メガネをずらしてまじまじと見つめ始めた。
「”VERDIGRIS”自体もかなり劣化していますね。良く暴走せずに稼働しているものです。”魔動炉”の頑丈さだけは褒めても良いでしょう」
「サンプルとしては不充分かしら?」
「いえいえ……」
肩を竦めて笑うパプリカ。
「この劣化具合からすれば遅かれ早かれ暴走していたと思います。『ディス・カ・リカ』を停めてしまう罪悪感もなくて好都合ですよ!」
皮肉を交えてケラケラ笑うと、くるりと”魔動炉”に向き直り、ポキポキと指を鳴らした。
「さてさて……それでは遠慮なく”VERDIGRIS”を抜き取り、炉を解体させていただきましょうか」
軽く腕まくりをすると筐体に装填されている”記録結晶”を起動させる。空中に投影されたバカみたい長い”マギ・コード”の構成文をスラスラ書き換え、滑らかな手順で停止処理を済ませて行く。
ルージュも簡単な”魔導錠”の解除くらいなら出来るが、このレベルになるとチンプンカンプンである。それはストロヴェルも同じようで、口を半開きしたままパプリカの仕事ぶりをぽかんと眺めている。
ものの数分で――”マギ・コード”の書き換えは終わってしまった。
「これでよし! 後は”記録結晶”を抜いて完全に停止するのを待つだけです」
鼻歌交じりにパプリカが、”記録結晶”を引き抜こうとした――その時!
ルージュたちの姿を鋭い光が照らす!
「何ッ!?」
慌てて振り向く三人!
開けっ放しだった鉄扉のその向こう――真っ暗な通路の奥から、飛び出して来たのは数発の”光弾”!
「”魔力消……!」
「無理よ! 間に合わないわ!」
”光弾”を打ち消しにかかったストロヴェルをルージュが突き飛ばす様に押し倒す! 空を舞った赤毛の先端をかすめた”光弾”は壁に当たって爆炎を噴き上げた!
「パプリカさん、大丈夫!?」
上体を起こしながら、パプリカの姿を捜す! 何発か彼女に向かって飛んで行ったハズだ!
「……わたしは大丈夫です」
”魔動炉”の前から微動だにせず、”魔法障壁”を紡いで佇むパプリカ。
「それよりも……追手が来たようですね」
鉄扉の向こうを睨むパプリカの視線を追って、ルージュもそちらに振り向く。
「やはり生きていたわね、ストロヴェル!」
闇の中から響く甲高い女の声。通路の闇に、幾つもの青白い光が浮かぶ。
いや――それは光ではない!
”眼”!
複数の青白い瞳が、通路の奥からルージュたちを凝視していたのだ。
「”青眼の魔女”……!」
扉の向こうから姿を現した青眼の少女たちに、ルージュは毒づいた。
その数はざっと五人。『ラピス・ラズリ』の魔導師戦隊ユニットの基本形六芒陣形にひとり足りない。理由はもちろん、残りひとりがルージュの手元にいるからだ。
その中から――リーダー格の金髪の娘が、歩み出る。
ストロヴェルが苦々しい表情をしながらも――どこか再会を願っていた様に、そのオッドアイをぎらつかせた。
「……カメリア!」
次回 3-4:アクエリアスの戦闘




