3-2:ふたつの仕切り直し
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世界最大手の魔導石製造商会、レッドベリルの鶴の一声は絶大だった。
”魔動炉”事故に関する不透明な調査報告に対する質問書と、それに抗議したスィートハート夫妻の即時釈放要求。
これを、レッドベリルが属するチャロ・アイア公国との連名と言うおまけ付きで公示したのである。
”魔動炉”が生み出す莫大なエネルギーで動くこの魔動都市にとって、魔導石製造連盟から得る、魔導石は国家の生命線だ。その主格であるレッドベリル商会から批判されたとあっては、流石の『フォス・フォシア』も従う他はない。
要求通り、ほぼ即日ストロヴェルの両親は解放され――娘の生存を知らないので無理もないが――泣く泣く故郷へと帰って行った。
その日の昼下がり――。
『ファイア・トパーズ』事務所で、ルージュとストロヴェルは、パプリカと会合を開いていた。
「本当にありがとうございました。お陰で助かりました」
接客用のテーブルを挟み、対面して座るパプリカにストロヴェルは涙声で深々と頭を下げる。パプリカが優しく微笑みかけた。
「ご両親が無事帰国出来て何よりです。それに頼っていただけた事を感謝します」
「しかし……まさかレッドベリル魔導石製造商会が動いてくれるとは……。
こう言っては何ですが……こんな個人的な申し出など、断られるとばかり思っておりました」
慣れない敬語でしゃべるのはスカーレット。
普段の尊大な態度はどこへやら、レッドベリル商会所属の魔導師の御前とあって、カチコチに緊張している様子だ。それ程までに、魔導師にとってレッドベリル魔導石製造商会は雲の上の存在であった。
差し出されたティーカップの紅茶に口を付け、パプリカは笑って答えた。
「わたしどもレッドベリル商会としても、『フォス・フォシア』に対して介入する良い足掛かりになりました。これをキッカケに少しずつ圧力を強めて行ければ、と考えています」
しかし――パプリカはすぐに表情を澄まし、続けた。
「ですが今のところ、レッドベリル商会が出来るのはここまでです。
もっと直接的な証拠が手に入らなければ、スィートハートの身に起きた出来事や、この『フォス・フォシア』で頻発する魔導災害の調査には踏み込めません」
それはそうだろう。
ストロヴェルの両親については、『フォス・フォシア』国外の人間だからこそ、第三者としてレッドベリル商会が介入出来たのだ。
「ご両親に関しては安心して下さい。本国にいるわたしの弟子を派遣して、娘の生存を伝えさせます。それを知れば、無茶はしないでしょう」
パプリカの言葉に、ストロヴェルが安堵の表情を浮かべる。
これで一安心ではある――が、ルージュとしてはモヤモヤの残る結果となった。
表情を曇らせるルージュの心情を察して、パプリカがやや不安げに聞いて来る。
「ところで――本当にわたしの任務を手伝っていただけるのでしょうか……?」
「やらせてもらうよ! お母さんとお父さんを助けてもらったんだもの!
この借りは返さないといけないわ!」
ルージュに代わって、ストロヴェルが息巻く。
その様子にルージュはため息をついた。
これだから――このカードは切りたくなかったのである。
ストロヴェルの言葉はもっともで、切り札を切ったのはルージュなのだから、その返礼としてふたりがパプリカを手伝うのは当然の義理だ。――と思う。
しかし、その言葉とは裏腹に、ストロヴェルの胸の奥には相変わらず邪な目的が潜んでいた。
パプリカの任務を通じて『ラピス・ラズリ』――延いては、そこに所属するカメリアに一泡吹かせてやろうと言う魂胆が見え見えである。
パプリカも、そんなストロヴェルの浅はかな考えを、当然見抜いている。
「レッドベリル商会には、わたしの方から説明しておきます。こちらからコンタクトしておいて何ですが……無理に任務を手伝っていただく必要はありません」
スカーレットに話を持って行く前に、パプリカはそう言ってくれた。
しかし、ルージュとしてはその言葉に甘えるワケには行かない。
これでも魔導師の端くれだ。今回の件を治める為に、レッドベリル商会がどれほどのカネとヒトを動かしたか……想像するのは容易である。
これでパプリカが何も持って帰らなければ――お咎めはなくても、組織内での彼女の面子が立たないだろう。
ストロヴェルが、仕事以外の目的で動き出した場合は、即座に故郷に送り還す。
その暗黙の了解を共有し――ルージュはパプリカと手を組む事にした。
「それで……確かパプリカさんは、”魔動炉”に使われている”VERDIGRIS”が欲しいのよね?」
大人たちの思惑など知る由もなく、ストロヴェルは鼻息荒くパプリカに迫る。
「絶対にパプリカの仕事を受けるんだ」と言う強い意気込みに、若干圧されつつパプリカもメガネの位置を直して答えた。
「はい。わたしもこの国に来たばかりで、”タイタンフェイド魔動炉”以外の”魔動炉”の詳しい位置が解かりません。どこか、安全に潜り込める”魔動炉”があれば、案内していただきたいのです」
「お任せ下さい!」
意気揚々と応えたのはスカーレットだった。
ゴマ擦り態度を隠そうともしないで、手ぐすね引きながらルージュに視線を送って来る。
「『フォス・フォシア』の下町には、『ラピス・ラズリ』も管理を放棄した”魔動炉”が何台も眠っています。
このルージュであれば、貴女様をお連れする事も難しくないでしょう!」
「わたしも一緒に行きますよ、スカーレットさん!」
すっかり乗り気で妙に意気投合しているストロヴェルとスカーレットに、半目で呆れながら目線を送るルージュ。これで、すべて仕切り直しである……。
呆れながらも、ルージュは背筋を伸ばして、気持ちを新たにした。
ストロヴェルが勢い余って無茶しない様に、アタシが見守ってやらなくちゃね……。
***
「用って何、お爺様?」
ノックもなくカメリアは、エルダーメンバーのひとりであるハッピーバースディ卿――即ち、自分の祖父の執務室に入って行った。
『ラピス・ラズリ』ビルの高層階に設けられたこの執務室は、重厚な家具や、豪華な装飾で飾られ、魔導師が好む質実剛健な部屋とは対照的だった。もっとも、エルダーメンバーは普段、貴族として社交界を忙しく飛び回っており、この豪華絢爛な部屋を使う機会は少ない。
その執務室の中央の、これまた大きなデスクに腕を組んで、彼女の祖父は目を閉じていた。
カメリアは何の気になしに歩み寄って行く。エルダーメンバーと言えば、この『ラピス・ラズリ魔導師ギルド』の支配者。魔導師たちからすれば雲の上の存在だが、血縁者である彼女に、遠慮はなかった。
「カメリア、お前に聞きたい事がある」
「なぁに?」
デスクの端に腰かけ、仲間や師には決して聞かせない猫撫で声で、答える。
「お前の元同僚、ストロヴェル=スィートハートについてだ」
「ああ、あの事故で吹っ飛んだマヌケね。アイツがどうしたって?」
「お前が、あの娘の事故に関わったのではないか、と言うウワサが広まっておる」
「そうみたいだねぇ……」
クスクスと笑うカメリア。
カメリアの態度に、眉ひとつ動かさず、ハッピーバースディ卿は続けた。
「そのウワサは真か?」
「そんなワケないじゃん! お爺さまともあろう人が、そんな下らないウワサを信じてはダメよ!」
「そうか……ならば、お前にこれを見せよう」
言って、祖父はデスクの引き出しを開ける。
そこにはふたつの”記録結晶”が収められていた。ひとつは金属パーツに青い紋様がプリントされた『ラピス・ラズリ』仕様のもの。もうひとつはどこにでもある極普通の”記録結晶”。
「?」
魔導師でない祖父が、”記録結晶”を持っている事自体珍しいが、彼がその内、どちらを手に取るか、一瞬迷った様な素振りを見せた事に、疑問符を上げる。
ほどなくして――その内のひとつ、通常の”記録結晶”を取り出し、デスクの上に置いた。引き出しは、もうひとつの”記録結晶”を残したまま閉じられ、カギがかけられる――。
「カメリア、これを解放しなさい」
「何よ、これ?」
疑問に思いつつも、カメリアは言われたとおりに”マギ・コード”を編み上げ、”記録結晶”を起動する。
舞い上がった光の粒子が纏まり、空中に投影されたものは――ひとつの画像。
「こりゃあ……!?」
そこに映っていたのはふたりの女の姿。仲良さそうに手を繋ぎ、どこかを歩いている後ろ姿だ。画像が荒くて解かり難いが、その内ひとりはカメリアの見知った後ろ姿だった。
「ストロヴェル……!?」
「先日、ワシの私兵団が、六番街で撮影したものだ。一緒に行動している赤毛の女の正体は今のところ不明だが……魔導師だと思われる」
「アイツ……生きてやがったのか……!?」
カメリアの心臓が高鳴る。
事故に巻き込まれ、確実に命を落としたと思っていたが、姿をくらまし六番街で何をしている?
「このスィートハートの両親が、国境門で拘束され、その後すぐにレッドベリル商会の要請で解放された事は、お前もニュースなどで知っていよう」
「まさか……!?」
「その通りじゃ。何故レッドベリル商会がこうも早く動いたか……疑問に思っていたが、スィートハートが生きているとなれば、合点が行く。あの娘が両親を解放させる為に、レッドベリル商会に依頼したのだ」
「アイツに……そんなコネクション何てあるものか……」
「解からんぞ。部下の報告では、スィートハートは『ディス・カ・リカ』で、正体不明の何者かと接触した形跡があるとの事だ。レッドベリル商会のスパイと通じているかも知れん」
もし、祖父の言葉が正しければ、それは大変な国家反逆である。
だが、カメリアにはようやく、祖父が自分を呼びつけた真意が読み取れた。
デスクに両手をつき、クスクスと肩を揺らして笑う。
「理解した様だな?」
祖父の簡潔な言葉に、カメリアは頷く。
もうあの生意気な優等生の顔を見る事はないのだと――どこか寂しくも考えていたが、ここで仕切り直しとは面白い!
「ああ……、ストロヴェルが生き残っていた挙句、スパイと通じていたなんて驚きだよ」
ニヤリと笑って、カメリアは蒼い双眸を輝かせた。
「お爺様……いえ、ミスター・ハッピーバースディ卿。
このカメリアが、裏切り者の始末をして、ご覧に入れましょう!」
次回 3-3:禁忌の魔導石




