3-1:囚われのスィートハート
前回までのあらすじ
”魔動炉”の暴走事故現場で、ルージュは不思議な能力を使う少女・ストロヴェルを救い出す。彼女の言葉では、この事故も魔力を失った事もすべては同僚のカメリアが仕組んだものだと言う。自分を追い込んだカメリアに復讐心を露わにするストロヴェルだが、ルージュは少女の安全を考え、『フォス・フォシア』を離れる様に提案した。
一時はルージュの言葉に納得したストロヴェル。
しかし、レッドベリル魔導石製造商会のスパイ・パプリカと出逢った事で、事態は彼女の望む方向へと転がって行く……。
「ストロヴェル、朝ごはん食べましょう」
「うん!」
『ディス・カ・リカ』での仕事から――早一週間が過ぎた早朝。
ルージュの自室で、ふたりはテーブルに向かい、朝食のパンとスープを食べる。
最初は借りてきた猫の様にちんまりしていたストロヴェルだが、ルージュの自室で過ごす様になってから数日もあれば、すっかりと馴染んでしまった。
ふたりで過ごすには、この部屋はやや狭く、そもそも生活用具一式もひとり分しかない。特に困っているのは寝床で、シングルのベッドにふたりで眠るのはキツイ。寝返りをうつ事もままならず、朝起きた時に脚がつっていたりする……。
もっとも、この窮屈な環境でもストロヴェルは気にする事もなく、スヤスヤと熟睡している。つくづく見た目の華奢さと中身の豪胆さが釣り合わない少女だ。
このままではいずれルージュは腰を痛める。かと言って、ストロヴェルにもうひとつベッドを買い与える意味はない。
間もなく、ストロヴェルは『フォス・フォシア』を抜け、故郷へと帰るからだ。
「今朝の朝刊に、貴女の事が載ってるわよ」
「え?」
テーブルに広げられた新聞を、覗き込むストロヴェル。左手のスプーンでスープを口に運びながら、記事に目を通す。器用だが行儀が悪い……。
「やっぱりわたしは、事故で命を落とした事になっているんだね」
新聞の三面。その端っこの方に載った「七番街での”魔導炉”事故。原因はストロヴェル=スィートハートの操作ミスと判明」と言う見出しの小さな記事。
その隣の「テユヴェローズ共和国の伝説の魔女は生きていた! 聖女の孫が正体暴く!?」などと言う嘘か真か良く解からないゴシップ記事の方が余程どかい。
「何これ、酷い! 事故がわたしのせいになってる!」
両手をテーブルに叩きつけて、憤慨する。まあ、怒るのも無理はない。
「どうやら、『ラピス・ラズリ』は、事故をぜーんぶ貴女のせいにして、幕引きを図るつもりね」
「ちゃんと調べれば、カメリアが細工をしたって事がすぐに解かるハズなのに!」
「貴女の師匠――バミューダだっけ? も言っている様に、『ラピス・ラズリ』じゃエルダーメンバーの意向には逆らえないんでしょ? 魔法が使えない貴女より、組織保全の方が重要なのは当たり前――」
そこまで言って、ルージュは口をつぐんだ。
目の前の少女が、ボロボロと涙を流して泣き出したからである。
「ごめんなさい。アタシは貴女をそんな風には思っていないわ……」
「慰めはいいよ……!」
ゆっくりとイスに腰を下ろして、食事を続けるストロヴェル。スプーンを持つ左手が、怒りのあまり小刻みに震えている。
「……この分だと、ルージュの言う通り、『ラピス・ラズリ』に帰ったら、ヒドい目に会いそうだよね」
「まあ、こんな記事を出した以上、ストロヴェルが生きていると解かったら、何されるか解らないわね」
「確かに、暫く『フォス・フォシア』から離れて暮らした方がいいかも知れない」
その言葉に、ルージュは笑って頷いた。
『ディス・カ・リカ』では、カメリアへの恨みを露わにしていたストロヴェルだが、その後はそうした素振りを見せず、落ち着いて生活している。この恨みを忘れて、『フォス・フォシア』を離れると言う選択肢に、中々納得してくれないのではないかと不安だったが、意外にも前向きに考えてくれている様だった。
国境門を越える手筈はスカーレットに頼み込んで準備してもらった。事故に巻き込まれたと報じられているストロヴェルを、堂々と国境門へ連れて行ったら騒ぎになってしまう為、偽名で越境出来る様にしなければならなかったのだ。
『ファイア・トパーズ』には何の得にもならない仕事だが……まぁ、何だかんだ言って、あの女主人もお人好しである。
「わたしはいつ、『フォス・フォシア』を出られるの?」
「数日中には、国境門での出国準備が整うわ。まぁ、指名手配されてるワケでもないから、抜けてしまえば後はカンタンよ」
「そっか……」
頷いて、パンの最後の一切れを口に放り込む。
「もう少しルージュと一緒に暮らしたかったな」
「あら? 嬉しい事言ってくれるじゃない」
「だって、”青眼の魔女”の魔導師は、みんなビジネスライクなんだもん。カメリアはあんなヤツだし、アクアは大人しくてあまり喋らないし……」
「まぁ、あれだけ個々の能力が高いと、横のつながりはあまり重視されないでしょうね」
ルージュも、ストロヴェルとの生活は、悪くないと思っていた。
「けれどダメよ。貴女はこの街を離れないと」
「分かってるよ」
素直に頷くストロヴェル。
「ご馳走様でした」
胸の前で手を合わせ、お辞儀するストロヴェル。
「わたし、明日の準備をするね!」
「分かったわ。忘れ物しないでよ?」
「うん!」
元気よく答えて、ベッドサイドに腰かけ、バッグに顔を突っ込んで荷物整理を始める。
どうやら、迷いはない様だ。
彼女の様子を眺めながら、安心してルージュは大きく息を吐いた。
***
数日後――。
ルージュは、ストロヴェルを連れて国境門のある”一番街”に来ていた。
『フォス・フォシア』は円形の街全体がガラス状の透明な壁で囲まれている。そのガラスドームは幾何学的な形状で組まれた鉄骨の柱によって支えられていた。
その外見はまるで巨大な結晶の中にいるかの様である。そのドームの一部に設けられた国境門もガラス張りの建物で、中々ハイセンスなデザインをしている。
「これ、ダミーのパスポートよ」
「うん」
目立たない物陰で、用意した偽名のパスポートをストロヴェルに渡す。
これを使い、国境門を越える事が出来れば、後は安心である。ストロヴェルひとりでも、故郷に帰れるだろう。
「それじゃ、お別れね」
「ありがとございました」
ストロヴェルが丁寧にお辞儀する。
「ねぇ、ルージュ」
「なぁに?」
「また会えるかな? もし……ルージュが良ければだけど、機会があればわたしを貴女の娣子にして欲しいの! 『ラピス・ラズリ』の魔導師でもなくなって、教えてくれる人がいないし!」
「あら、いいわね! アタシも是非お願いするわ」
ストロヴェルの可愛らしい申し出を快く受け入れ、ルージュは握手を求めて手を伸ばした。
笑顔で手を伸ばすストロヴェル。その手が触れようとした瞬間――。
「動くな! スィートハート!」
野太い怒鳴り声が――ガラス張りの施設内に木霊した!
反射的に、ルージュはストロヴェルを抱き締める! ストロヴェルも、怯えた様にその腕でルージュに抱き付いて来た。
確かに呼ばれたのは、ストロヴェルの苗字だ。
恐る恐る、周囲を見回すルージュ。その眼に、数名の集団が映る。
それは立派なレリーフの付いた軽装鎧を身に纏う四、五人の兵士。その手に長大な長槍を持ち、『フォス・フォシア』の国旗を誂えた重厚な深緑色のマントを羽織っている。
治安維持騎士団!
この『フォス・フォシア』の治安維持を統括する騎士団だ。『ラピス・ラズリ』の精鋭部隊”青眼の魔女”があくまで民間の魔導師戦隊であるのに対し、彼らは国家直属の武装集団である。
何故、彼らがストロヴェルの名を呼ぶ!?
警戒するルージュだったが、その彼女を差し置いて、騎士たちは国境門の方へと歩いて行ってしまう。
「スィートハート! 両名を不法入国の容疑で確保する!」
何事かと群がる人混みの向こうで、高らかに宣言する声が聞こえて来た。
騎士たちが明後日の方に消えて行った事で、緊張が解けたか、ルージュの胸に顔を埋めていたストロヴェルが、そっと肩越しに覗き込む。
「どう?」
「何か、国境門で暴れたヤツがいるみたいね。まさか、貴女と同性とは……。
びっくりさせるわ……!」
その暴漢たちが、治安維持騎士団に手縄をかけられ、連行されて行く。
遠目には、一組の男女である――くらいしか分からない。
「さぁ、治安維持騎士団があっちに行っているあいだに、さっさと国境門を抜けちゃいましょう」
ストロヴェルの肩を叩いて、促す。
その少女の紅と碧の瞳は――連行されて行く者たちを凝視していた。
「……お母さん……お父さん……ッ!」
「何ですって!?」
ストロヴェルの視線を追って、ルージュは歯ぎしりした。
一歩、遅かったか!?
スィートハートの名で呼ばれるのも当然。
そのふたり組は――ストロヴェルの両親だった。
***
「どうやら、ストロヴェルの事故が、故郷でも報じられたらしい。それに納得の行かなかった両親が、無理やり『フォス・フォシア』に入国しようとして、取り押さえられた様だ。
こうなる前に動きたかったが……一歩出遅れたな」
スカーレットが、”記憶結晶”に纏められた情報に目を通し説明した。
あの後、ルージュはすぐ様、六番街にある『ファイア・トパーズ』の事務所に走り、スカーレットに頼み込んで、情報収集を行った。
その結果、国境門で拘束されたのは、間違いなくストロヴェルの両親である事が解かったのだ。
「何でお母さんとお父さんが捕まらなくちゃいけないんですか!?」
デスク越しにスカーレットに詰め寄るのは、そのストロヴェル。当然、彼女の出国も取り止めざるを得なかった。無事に『フォス・フォシア』を出たところで、彼女の帰るべき家族が『フォス・フォシア』で拘束されていては意味がない。
「娘が”魔導炉”の暴走事故に巻き込まれて亡くなったのでご報告いたします、詳しくは詮索しないで下さい。……なんて報告で、納得する親がいると思うか?」
詰め寄られて眉根を寄せたスカーレットが、指先でストロヴェルの額を押して下がらせる。
スカーレットの説明に、ストロヴェルが両手で顔を覆ってむせび泣く。
「どうしよう……!? このままじゃお母さんとお父さんが……っ!」
その震える肩に手を置いて、ルージュがストロヴェルを抱き寄せた。
「この子の両親はどうなるの?」
「『フォス・フォシア』に従って素直に大人しくしていれば、ほどなくして故郷に送り戻されるだろう。しかし、あまり強硬に反抗すれば――長期の拘束と言う事も考えられるぞ」
確かに……。
であるならば、ストロヴェルの両親にはあまり事を荒立てて欲しくない。せっかく娘が無事にいるのに、それを知らずに無茶をして、その身に何かあっては悲劇である。
「わたしが生きている事を、何とかお母さんたちに伝えられないかしら?」
ストロヴェルの提案に、スカーレットは首を横に振った。
「それは無理だ。どう頑張っても、両親にお前の無事を伝えれば、『ラピス・ラズリ』にもその情報は届く。そうなったら『ラピス・ラズリ』はそれこそ手段を選ばんかも知れん」
「じゃあ、どうすればいいんですかッ!!」
事務所が入っているビル全体を轟かす程の声量で怒鳴ったストロヴェルに、流石のスカーレットも驚きを隠せなかった様だ。
「……見た目に反して中々激情家な娘だな……!」
スカーレットに突っ込まれて、ストロヴェルが慌てて口に手をやる。
どうもこの娘は、感情が昂ると周りが見えなくなる癖がある様だ。
「どうすれば、スィートハート夫妻に、穏便に故郷に帰って貰えるかしら?」
代わってルージュが問う。
「それなりの権力を持つ人間が、釈放を呼びかけるしかないだろうな。残念ながら『ファイア・トパーズ』にそんなコネクションはないが……」
コネクション……。
その言葉に、ルージュは閃くものがあった。
財布の中に大事にしまっておいた例の紙切れを取り出す。
「使えるかどうか解からないけれど……これならどうかしら?」
「?」
ルージュから紙切れを受け取り、スカーレットはそこに書かれた文字に目を通す。一瞬目を見開き、沈黙した後、上目遣いにルージュを見据えた。
「お前っ……どこでこんなコネを仕入れた!?」
「詳しい話は後よ。すぐにその求人募集を、新聞に載せてちょうだい!」
次回 3-2:ふたつの仕切り直し




