2-7:アクエリアスの憂鬱
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「誰もいないかな……?」
部屋の扉をそっと開き、顔を覗かせたのは銀髪の少女――アクエリアスだった。
『ラピス・ラズリ魔導師ギルド』ビルの地下二階。
荘厳な神殿を思わせる絢爛な地上階とは正反対の、コンクリートの壁が剥き出しになった無機質な通路。天井から垂れ下がるランプが、薄暗く湿った空間を照らしている。
地下フロアには、様々な備品がしまわれる倉庫や、薬品などを扱う実験室が収まっている。魔力測定機などの魔導石も、この地下倉庫で厳重に保管されていた。
中には危険なものもあり、地下フロアの造りは極めて厳重で、部屋によっては管理者権限を持つ者以外は出入りが出来ない様になっている。アクエリアスの様な新米が入れる部屋は、”記録結晶”保管庫くらいが精々であった。
しかし、その”記録結晶”保管庫に、アクエリアスは用があったのだ。
「”タイタンフェイド魔動炉”の事故は、ヴェルさんの操作ミスだったのかな?」
アクエリアスが”記録結晶”保管庫に来た目的は、ストロヴェルの事故の真相を確かめる為だった。
アクエリアスとストロヴェルは特に仲が良かったワケではない。年上として特別面倒見が良かったワケでもなかった。正直に言えば、才能にものを言わせてひとり飄々としている。そんなイメージのある女だ。
そんな距離感のストロヴェルの為に、ここまでするのか? と問われれば、微妙なところではある。
だがそれでも、カメリアは問題外として、他の同期が誰ひとり、ストロヴェルの事故に関心を寄せないのは、あんまりだと思ったのだ。
ストロヴェルの事故は、本人の操作ミスによるもの。それが『ラピス・ラズリ』の公式見解であり、ニュースでもその様に報じられている。
だがアクエリアスには、そうは思えなかった。
カメリアがストロヴェルの”記録結晶”をすり替えて、事故を誘発させたのではないか――それがアクエリアスの考えだった。
事故現場で見せたカメリアのあの態度。それにも増して、彼女は以前からストロヴェルを目の敵にしていた。
動機は充分である。
そして何より、ストロヴェルは魔導石移植術式の失敗で魔力を失っているのだ。”魔動炉”の事故を誘発させる様な複雑な操作は出来なかったハズである。
であれば、問題があったのはあの”記録結晶”である可能性が大だ。
もしカメリアが ”記録結晶”をすり替えたのであれば、この保管庫から持ち出した可能性が高い。管理台帳にその履歴が残っているハズだ。
誰もいない保管庫の中を、足音を潜めてそっと歩いて行く。別にこそこそする様な場所でもないが……。
ずらりと並んだ棚には、大量の”記録結晶”が収められ、ぼんやりと光を放っている。その光があれば、ランプの照明がいらないほどに明るい。
棚のあいだをすり抜けて、保管庫の奥に向かう。部屋の一番奥にある閲覧スペースには、在庫管理用端末の”記録結晶”が設置されている。カメリアの名前で検索をかければ、彼女がいつどの様に在庫を動かしたかが一目瞭然だ。
その時――。
「ワシをこんな所に呼び出して、どう言うつもりかな?」
唐突に響いた男の声に、アクエリアスの心臓がはねる! 誰もいないと思っていた保管庫に誰かがいた事に、心底びっくりした。
声の聞こえた方を覗き見ると、棚の向こうから、ランプの明かりが零れている。
「貴方に見ていただきたいものがあります」
「バミューダ様……!?」
続けて聞こえた女の声。それは良く聞き慣れた、バミューダの声だった。
足音を忍ばせて近付き、そっと覗き込む。
保管庫の一番奥にあるテーブルスペースに対面して座る一組の男女。ひとりはバミューダ、もうひとりは、豪華なローブを纏う貴族風の老人。こちらもアクエリアスのよく知った顔。カメリアの祖父であり、エルダーメンバーのひとりでもあるハッピーバースディ卿だ。
「また、あのふたりだ……」
アクエリアスは息を潜めて様子を見守る。
「ほう、ワシに見せたいものとは?
また例によって魔導師による『ラピス・ラズリ』の運用について、自論を展開するつもりかな?」
つまらなさそうに鼻を鳴らすハッピーバースディ卿。
バミューダは、エルダーメンバーら非魔導師によって『ラピス・ラズリ魔導師ギルド』が支配されている現状に不満を持っている。その現状を改革するべく、常日頃エルダーメンバーと激論を繰り広げている姿は、日常茶飯事だった。
今日もまた、その話を始めるのかと思ったのはハッピーバースディ卿のみならず、アクエリアスも同じである。だが、今回は様子が違う様だ。
バミューダはため息をつくと、テーブルの上に、ひとつの”記録結晶”を置く。結晶板を包む金属板に青い紋様が塗装された、『ラピス・ラズリ』仕様のものだ。
「?」
不思議そうに”記録結晶”を見下ろすハッピーバースディ卿。バミューダが手をあてがい、”マギ・コード”を流し込む。
空中に光の粒子が放出され、それがやがて文字列を描き出して行く。それは、”マギ・コード”の構成文であるらしかった。アクエリアスの位置からは良く見えないが、そもそも魔導師でないハッピーバースディ卿には、真正面から見ても理解出来ないだろう。
「これがどうかしたのかね?」
不可解そうな顔で、光の構成文を見上げる。
「これは、”魔動炉”を起動させる為の”マギ・コード”。この”記録結晶”は、その制御基板です」
物陰で、アクエリアスは息を呑む!
「”魔動炉”」、「”記録結晶”」。このふたつのキーワードは、今まさに彼女が探し求めていたものだからだ。
事情を知らないハッピーバースディ卿は不可解そうな顔をするばかり。
「だから、それがどうしたと言うのだね?」
意味ありげなバミューダの言動に、苛立つハッピーバースディ卿。
「これはストロヴェルが任務で使うハズだった、”タイタンフェイド魔動炉”用の”記録結晶”です」
その言葉に、ハッピーバースディ卿が眉をしかめる。
「意味が解からんな。それはスィートハートの起こした事故で、吹っ飛んだハズではなかったか?
何故それが、貴公の手元にある?」
目を伏せて答えるバミューダ。
「お孫さんの自室で発見しました。
失礼ながら、彼女の最近の言動には、疑わざるを得ないものがありましたので……」
思わず叫びかけて――アクエリアスは両手で口を塞ぐ!
その一言で、すべてが符号したらしいハッピーバースディ卿も、バミューダに喰ってかかった!
「孫娘が、”記録結晶”をすり替えて、事故を誘発させたとでも言うのかッ!?」
怒りを露わにするハッピーバースディ卿に対し、澄ました顔でバミューダが”記録結晶”を停止させる。保管庫に再び薄暗さが戻った。
「……ワシの孫を疑っておったのか?」
「はい」
凄みを利かせてバミューダを睨むハッピーバースディ卿だったが、バミューダはそれを意に介さず、きっぱりと答える。それが意外だったのかハッピーバースディ卿の方が視線を逸らしてしまった。
あの孫娘ならやり兼ねない。そんな自覚があったのだろう。
カメリアのストロヴェルに対する執着は『ラピス・ラズリ』でも有名な話だ。
「……目的はなんだ? これを公表しワシの地位を失墜させる事か?」
「そんな事を目的に動いていると思われたのであれば、いささか心外です」
視線を逸らしたままのハッピーバースディ卿を、バミューダの眼光が射抜く。
「わたくしは愛弟子であるストロヴェルが命を落とした事故の真相を知りたいだけです」
”記録結晶”を、ハッピーバースディ卿の目の前に差し出すバミューダ。
「これは貴方にお渡しします」
「……重要な証拠を、渡して良いのか?」
「そこは、貴方の良心に期待します。お孫さんに、事故との関りを問う際に、必要でしょう?」
「…………」
沈黙するハッピーバースディ卿。
「わたくしから、カメリアを問い詰める事はしません。貴方にお任せいたします」
バミューダが、イスを蹴り上げる様に立ち上がる。
このまま突っ立っていれば、アクエリアスとバミューダは鉢合わせてしまう!
あまりの事態に、アクエリアスは口を両手で抑え、声が漏れるのを防ぐので精一杯だった。
足音を潜めて、そっと保管庫を抜け出す……。
足早に通路を歩き、昇降機に駆け乗って地上階に出る。
日差しが差し込むエントランスに出て……アクエリアスは大きく息をついた。
身体が、まだ震えている……。
自分の想像通りとは言え……大変な話を聞いてしまった!
大勢が行き交うエントランスの片隅で、身体を落ち着かせる為に縮こまっていると――
「こんなところでなにやってんだい、アクエリアス?」
「きゃあッ!?」
不意打ちで背後から声をかけられ、飛び上がる!
「カ……カメリアさん……っ!?」
いつの間にか近づいて来たのはカメリアだった。
「何だよ……でっかい声上げて。ビックリするじゃないか……!?」
驚いた表情で、アクエリアスを見下ろして来るカメリア。先ほどの会話の内容が、頭の中を巡っているアクエリアスは、リーダーの目を直視出来なかった。
「いま、地下室の方から出て来たよな? 何してたんだ?」
ビクッと身体がこわばる!
「ちょ……ちょっと”記録結晶”保管庫で、調べものを……!」
「あんな辛気臭いところで調べもの? まったく、まるで事故死した誰かさんみたいだな!」
軽薄に笑ってカメリアがアクエリアスの肩を叩いた。
ストロヴェルへの侮蔑の言葉に、アクエリアスが言い返そうとした――そこへ。
「カメリア、ちょうどよいところにいました」
いつの間にか現れたバミューダが、ふたりの背後から声をかけて来る。
「これはバミューダ様! お早うございます」
仰々しく頭を下げるカメリア。ストロヴェルがいなくなって自分がユニットリーダーになって以降、あからさまにおべっかを使う様になった。
「”青眼の魔女”に上層部から新たな任務が授けられました。仕事の振り分けについて各リーダーと打ち合わせを行いたいのですが、お時間は大丈夫ですか?」
「もちろんです、バミューダ様!」
師の誘いにひとつ返事で答えると「じゃ、また任務でな!」と軽いノリでアクエリアスに手を振り、師匠の後を着いて行く。
直前まで師が地下室で何をしていたかなど、知る由もなくバミューダの横について歩くカメリア。その娣子を澄ました表情で連れて行くバミューダ。
「……何だか……大変なことになって来ちゃった……!」
ふたりの後ろ姿を見つめながら、アクエリアスはひとり青ざめて呟いた。
***
「お呼びですか、ハッピーバースディ卿?」
『ラピス・ラズリ』ビルの高層階にあるエルダーメンバー専用の執務室。
重厚なデスクに、手を組み目を伏せて座っているハッピーバースディ卿。広々とした執務室に今いるのは彼ひとりのみ。
その部屋の扉を開いて現れたひとりの若い男が、声をかけて来た。彼は、ハッピーバースディ卿の私兵団のメンバーだ。
ハッピーバースディ卿が皺の寄った目を開いた。
「命令する。”七番街””タイタンフェイド魔動炉”で起きた、ストロヴェル=スィートハートの事故について調べさせろ」
「承知いたしました」
僅か十数秒の、無駄のない引継ぎを済ませると――男はするりと部屋を抜け、任務へと向かっていった。
次回 第三章『妬みと恨みの激突』
3-1:囚われのスィートハート




