2-6:魔導石製造商会のスパイ
レッドベリル魔導石製造商会。
チャロ・アイア公国と言う国にある魔導石製造の最大手だ。その名は魔導師であれば、誰でも知っていた。
この『フォス・フォシア』の魔導石輸入元のひとつでもある。
パプリカは、そこの魔導師だと言う事か?
「わたしが『フォス・フォシア』に派遣された目的は、魔導石の杜撰な運用実態を暴き出して、魔導石製造連盟による強制介入のキッカケを作る事です」
パプリカの言葉に、ルージュは頷いた。
レッドベリル商会の魔導師と名乗った時点で、何となく察しが付いたのだ。
この国の杜撰な魔導石管理体制は、国の内外を問わず有名である。そうでなくても、以前から魔導石製造連盟の改善要求を受け続けているのだ。
『フォス・フォシア』は「国内干渉だ!」と理由をつけて何とか魔導石製造連盟の介入を躱し続けているが……。
度重なる魔導災害の発生を受けて、いよいよ魔導石製造連盟も堪忍袋の緒が切れたと言う事だろう。こうして密偵を送り込んで調査を進めていると言うワケか……。
「……って言う事は、このあいだ”魔動炉”にいたのも、やっぱり”魔動炉”の調査が目的だったのかしら?」
「正確には、”魔動炉”に使われている”VERDIGRIS”を確保する目的でした」
「ヴェルデグリス?」
耳慣れない名前に、首を傾げるルージュ。その横でストロヴェルが相槌を打つ。
「確か、”魔導炉”に使われている高性能魔導石の事だよね?」
「これの事?」
ルージュがバッグから取り出した高性能魔導石を見て、ストロヴェルが頷く。
驚愕したのはパプリカだった。それまでの澄ました表情から一転、メガネの奥の瞳を大きく開けて、詰め寄って来る!
「それをどこで!?」
「落ち着いて、これは割れてしまっていて、もう機能しないわ」
その言葉に、パプリカは若干残念そうな顔をして、魔導石を受け取った。
メガネをずらして、砕けた魔導石――”VERDIGRIS”の結晶構造を覗き込む。
そして嘆息した。
「確かに……ここまで破損してしまっていては、もうまともに機能する事はないでしょう。これではサンプルとしては使えません」
ルージュの手に”VERDIGRIS”を返しつつ、首を傾げて問いかけて来る。
「しかし……破損しているとは言え、こんなモノをどこで手に入れたのですか?」
「あの時の”魔染獣タイタンフェイダー”を斃して、回収したのよ」
「……”魔染獣”を斃した!? 貴女ひとりでですか!?」
目を丸く見開いて、パプリカが声を張り上げる。
「正確には、このストロヴェルのちからでね」
ぽんっとストロヴェルの頭に手を置くルージュ。くすぐったそうにオッドアイの瞳が見上げて来る。
そのストロヴェルを、まじまじと覗き込むパプリカ。
「人は見かけでは判断出来ませんが……貴女は凄腕の魔導師なのですね?」
「え~……っと……そうなの……かな??」
ストロヴェルはどう答えて良いのか迷った様に頬を掻く。彼女自身、自分に芽生えた不思議な能力に、未だ理解が追い付いていないのだ。
「この高性能魔導石は、何か重要なものなの?」
ストロヴェルが当然の疑問をパプリカにぶつける。パプリカが危険を冒してまで手に入れようとしていたものなのだから、おそらくそうなのだろう。
だが……。
「この”VERDIGRIS”は――……」
「ちょっと待った!」
ルージュはパプリカの言葉を遮った。
「パプリカさん。アタシたちは取り合えず、この”VERDIGRIS”? を破棄して証拠隠滅を図らなきゃならないの。なるべく早めに処分したいんだけど……?」
「良いでしょう。その”VERDIGRIS”はもう使い物になりません。暴発しない内に処分すべきです」
パプリカの同意を得て、ルージュは頷いた。
パプリカの話を遮ったのは、もちろんこの高性能魔導石をさっさと処分したかったから、だけではない。話の核心に触れてしまうと、否応なく巻き込まれると思ったからだ。
「ストロヴェル、貴女は危ないからパプリカさんと一緒にいて?」
「分かった」
ストロヴェルを下がらせ、ルージュは”VERDIGRIS”を片手に溶鉱炉へと近づいて行く。”制御棒”の内側に入り、フェンス越しに沸騰する溶鉱炉の青白いマグマを覗き込む。
余りの熱気に、息をするのも苦しい程の熱量だ。
ルージュは、”VERDIGRIS”を高々と掲げ――そっと手を放す。彼女の手を離れた魔導石はプカプカと水に揺蕩う様に浮かび、溶鉱炉の中央へと進んで行く。
その隙に、ルージュは急いで”制御棒”の外側に出る。
しばらくして――溶鉱炉のマグマがぐわっと跳ね上がり、まるでカメレオンの舌がエサを捕えるかの様に、”VERDIGRIS”を飲み込んで行った!
僅かな沈黙の後――
溶鉱炉から爆発的な光と熱が放出され、圧縮された魔力が爆風となって放射状に広がる!
「きゃあッ!」
悲鳴を上げてルージュにしがみつくストロヴェル!
「大丈夫よ」
そのストロヴェルの頭を撫でて、抱き寄せる。
噴き出した魔力の嵐は、”制御棒”によって囲まれた結界に阻まれ、ルージュたちのところまで到達する事はない。
暴発した魔力は激しい光と熱波となって渦巻いていたが――
やがて落ち着き、溶鉱炉は再び沸々と泡立つ姿へと戻って行った。
「これが『ディス・カ・リカ』ですか。話に聞いていた以上に、荒っぽい処分方法ですね」
火口を覗き込み、パプリカが嘆息した。
そりゃあ、正統派の魔導石製造に関わる彼女から見れば、この処分方法は、邪道も邪道だろう。
だが――残念ながら、この『フォス・フォシア』では、これ以外に魔導石の処分方法はないのだ。
「この『ディス・カ・リカ』でさえ、出るところに出て訴えれば改善命令が出るでしょうが……今は置いておきましょう」
くるりと身を翻して、パプリカがメガネを光らせる。
「さて……貴女方の用事が済んだところで、改めお伺いします。わたしの任務――”VERDIGRIS”のサンプル回収を手伝ってはいただけないでしょうか?
もちろん、報酬はそれなりにお渡しします」
「ふむ……?」
ルージュは顎に手を当てて考えた。
正直に言えば、美味しい話だ。
依頼主はあのレッドベリル商会。金払いの良さは保証されている。しかも、うまく行った暁には、そのレッドベリル商会との接点を持てるメリットもある。
何より面白そうな話だ。正式に仕事を受けるには、スカーレットを通さなければならないが、彼女も返事ひとつで引き受けるだろう。
ルージュひとりだけであれば……である。
ちらりと隣に立つ少女の顔を見下ろす。ストロヴェルがいる限り、『ラピス・ラズリ』に目を付けられるワケには行かないのだ。
何とも間の悪い……。
と、言うワケで――
「パスね。今はちょっとリスクを負う気にはならないわ」
――断りを入れる。
「仮にその結果、貴女方が不当な扱いを受けた場合、我がレッドベリル商会が責任を持って生活を保障します。それでもダメでしょうか?」
「申し訳ないけれど、初対面の貴女の言葉を、そこまで信用は出来ないわ」
「そうですか……」
ため息ひとつ、パプリカは隣のストロヴェルに視線を移した。
「スィートハートと言いましたね? 貴女はどうですか?」
「わたしは受けても良いよ!」
迷う事なく頷くストロヴェルに、驚いたのはルージュだった。
「何を言ってるのよ。貴女はその『ラピス・ラズリ』の魔導師でしょ?」
「でも『ラピス・ラズリ』の”魔動炉”に問題があるって言うのなら、『ラピス・ラズリ』の人間として止めなきゃ行けないよ!」
ルージュの顔を見上げ、ストロヴェルが息巻く。
その様子にルージュは眉根を寄せた。
この子は…………。
「……ダメよ!」
首を大きく振って、強めに否定する。
「どうしてよ!?」
「貴女はただでさえ、生きている事がバレたら何をされるか解からない立場なんだから。今度こそ命を取られかねないかも知れないんだからね?」
「それは……そうかもだけれど……」
ルージュの言葉に怖くなったか、声のトーンが落ちるストロヴェル。その言葉に、パプリカも理解を示しストロヴェルの肩を優しく叩く。
「エンバーラストの言う通りです。せっかく拾った命です。大切にして下さい」
にこっと優しげに笑うと、パプリカは頭を下げた。
「お時間を取らせました。わたしは任務を続ける為に、街に戻ります」
「申し訳ないわね」
「いえ……仕事を受ける受けないは、自由ですから……。
でも、何かあった時の為に、これを受け取っていただけませんか?」
パプリカが一枚の紙切れを差し出して来る。
紙に書かれているのは、「魔導石製造技術者一名募集! 経験者優遇……」などと言う求人広告の様な文言。
「なにこれ? 勧誘? アタシ、魔導石の製造なんてチンプンカンプンよ」
「まさか!」
クスクス笑うパプリカ。
「わたしとコンタクトを取りたい時は、それを新聞の求人欄に載せて下さい」
「いいの? こんなもの貰っちゃって?」
頷くパプリカ。
「『フォス・フォシア』に侵入して、初めてお話した方々です。これも何かの縁でしょう。受け取っていただけると幸いです」
ニコリと微笑むパプリカ。その笑顔には、「口止め料だぞ」と言う文字が張り付いて見えた……。
まあ、魔導石製造業界最大手の魔導師とコネを持っておくのは悪くない。
「せっかくだし、貰っておくわ」
「ありがとうございます」
パプリカは再びフードで顔を隠し、足早に昇降機に乗り込んで、姿を消した。
帰りが一緒にならない様に、しばし溶鉱炉の片隅で時間を潰す。そのあいだにも、ストロヴェルは不満を口にした。
「ルージュ、せっかくレッドベリルなんて言う大きな商会からのお仕事だったのに、勿体なくない?」
意外としつこいストロヴェルに、ルージュはため息を付いた。
「ストロヴェル、いくら報酬が良くても、今は『ラピス・ラズリ』と対立するワケには行かないわ。逆に聞くけど、何で貴女はそんなにパプリカさんの仕事に拘るの?」
「それは……やっぱり、自分のいるギルドが魔導石製造商会に目を付けられてるって言うのは……、その、何て言うか良くないって思うし……」
しどろもどろの答えに終始するストロヴェル。
「ウソね」
きっぱりと、ストロヴェルの答えをルージュは否定した。
腰を落として目線を合わせ、ストロヴェルの両肩を掴む。
「あれやこれやキレイ事を並べても、顔に書いてあるわよ? 自分をこんな目に合わせたカメリアの鼻を明かしてやりたいって!」
「……!」
分かりやすい程、図星を突かれたと言う感じで目を丸くするストロヴェル。
「『ラピス・ラズリ』に一泡吹かせて、カメリアの鼻を明かしてやりたいってだけでしょう?
そんな不純な動機で仕事するなんて良くないわよ!」
どこか納得が行っていない様に表情を曇らせるストロヴェルの頭を撫でて、ルージュは苦笑いした。
「帰りましょ? カメリアに復讐したい気持ちは良く分かる。けれど、今はそれより実家の家族に貴女の無事な顔を見せてあげる方が先じゃないの?」
「……分かった」
渋々頷くストロヴェルの肩を抱いて、ルージュは微笑んだ。
「よし!」
胸を叩き、ストロヴェルを励ます様に、ルージュは声にちからを込めた。
「アタシがちゃんと手続して、貴女を実家に帰してあげる!
まぁ、任せといてよ! こー言うグレーゾーンな仕事は得意中の得意だから!」
***
『ディス・カ・リカ』の麓。人気のない路地。
そこで未だに黒焦げになって呻いている男――。
ようやく身体の痙攣が収まったか、ゆっくりと上体を起こす。
「……ったく! ひでぇ目にあったぜ。だから、魔導師にちょっかいなんか出したくなかったんだ!」
文句を言いながら、ズボンのホコりを払った。
取り合えず――目標を確認は出来た。男は、そう思って『ディス・カ・リカ』を見上げる。
「聞いてた人相と間違いねぇ。ストロヴェル=スィートハートは生きている。
こいつを早く――依頼人に報告しなくちゃな!」
次回 2-7:アクエリアスの憂鬱




