2-5:魔導石の墓場『ディス・カ・リカ』
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「これからどこへ行くの?」
「『ディス・カ・リカ』よ」
横からルージュの顔を覗き込んだストロヴェル。廃墟ビル群の向こうにそびえる巨大なタワーを指差して、彼女に答える。
背中に背負ったバッグから、例の高性能魔導石を取り出してみせた。
「コイツを棄てて、証拠隠滅しないとね!」
”タイタンフェイド魔動炉”の事故から数日――。
ストロヴェルとの共同生活にも慣れて来た頃合い。
この可愛らしい迷い猫であれば、いつまで部屋においても構いはしないが、厄介な魔導石は一刻も早く処分しなければならない。
その為にルージュは、この場所に訪れていた。
『フォス・フォシア』の中心地”零番街”。
すり鉢状の街の一番底に、そのタワーはある。
街のどこからでも望む事が出来るこの巨大な鉄塔は、全体的にのっぺりとした外観で、頂上からは火山の様に、絶えずモクモクと噴煙が立ち上っていた。
魔導石廃棄塔――『ディス・カ・リカ』。
この国で唯一の魔導石処分場――すなわち、魔導石の墓場だ。
魔導石は、その結晶構造に「魔力」を通す事で、様々な物理現象を発生させる事が出来る宝石だ。これに”マギ・コード”と言う構成文を組み込み、流し込む魔力に規則性を与える事で、狙った物理現象――「魔法」を発動させる事が出来る。
この性質を利用して取り出した魔法エネルギーで、蒸気機関や発電機を動かす機構が”魔動炉”だ。あの魔導師ギルド『ラピス・ラズリ』の発明品であり、産業を支える基礎となっている。
その”魔動炉”を含む魔導石の暴走事故がここ十数年のあいだに急増している。
利益優先で導入されまくった魔導石と”魔動炉”が適切に管理されておらず、耐用年数を過ぎたり、破損したりしたものが国じゅうに溢れかえっているのだ。
魔導石には、その性質を失わせただの宝石に戻す為の専用”マギ・コード”が存在するらしいのだが、杜撰な管理体制がそれを不明なものとしてしまっている。
現にルージュが装備している魔導石もレッドベリル魔導石製造商会製のそこそこ上等な代物だが、いざ破棄するとなった時の専用”マギ・コード”など聞いた事も無かった。
残念ながら、こんな有様の『フォス・フォシア』は典型的な魔法後進国である。
魔導石はそのすべてが輸入品であり、それを管理運営する魔導師のレベルも高くない。魔導石製造連盟より、管理体制と暴走事故の改善を指摘され続けている――と言うのが、この国の実態である。
この問題を解決すべく『フォス・フォシア』が出した答え――それが、魔導石の溶解処分であった。
ルージュが、その処分場――『ディス・カ・リカ』を見上げる。
この巨大なタワーを中心に広がる”零番街”は、元々工場街だ。しかし『ディス・カ・リカ』が出来て以降は、人の棲まない廃墟街となっている。
廃墟とは言ったものの、まったくの無人ではない。
同業者らしい魔導師、廃品回収の為にガラクタを漁る者など……仕事で訪れている者たちがちらほらと見かけられる。もっとも、”零番街”に来る様な連中の仕事など、真っ当な内容ではないだろう。
こそこそと高性能魔導石を棄てに来たルージュも、人の事は言えないが……。
冗談はさておき、『フォス・フォシア』最大の無法地帯である事に間違いは無い。暴漢に襲われたところで返り討ちにする自信はあるが、警戒が必要だ。
ふたりが行くぼろぼろの表通りに――わき道からふらりとひとりの男が現れる。
酒に酔っているのか、ふらふらと千鳥足で歩く若い男。その様子に、ルージュは眉根を寄せる。
決して広いとは言えない砂利道を、双方が交錯する。その時――
「きゃッ!?」
ストロヴェルが短く悲鳴を上げてよろけた!
最初、男とぶつかったのかと思ったが――ルージュはすぐに気が付いた!
慌てて逃げ出す男!
「待ちなさい!」
ルージュの牽制を気にもせず、男は猛ダッシュで走り去って行く!
「そっちがその気なら……!」
右手を振り上げ、”マギ・コード”を編み上げる!
「発現せよ! 迸れ、”雷衝撃”!」
突き出した指の先から、紫電が轟き、男の背中を打つ!
「ぎゃあああ……ッ!?」
悲鳴を上げて倒れ伏す男!
近づいて行けば、直撃した背中から、プスプスと黒い煙を上げて痙攣している。
「な……っ、何しやがるッ!?」
それでも男は、起き上がり鬼気迫る表情で、ルージュを睨みつけた。
「何しやがる、じゃないわよ! アンタ、この子の身体、触ったでしょ!?」
びっくりした様な表情で呆然と佇むストロヴェルを指差して、ルージュが怒鳴り返した!
「うるせぇッ! こんなところでボケっと歩いてんのが悪ィんだろがッ!」
「”雷衝撃”!」
もはや問答無用で、雷を叩き込み、今度こそ男を沈黙させる。
「さ、行きましょう!」
黒焦げになった男を尻目に、ストロヴェルの手を握ってルージュは、『ディス・カ・リカ』への道に戻った。
「だ……大丈夫かな、あの人!?」
「そんな威力で叩き込んでないから、大丈夫よ。
それより、もしかして貴女は零番街に来たの初めて?」
「う……うん!」
「気を付けなさい。ここは一番街みたいに治安の良い場所じゃないわよ」
流石に警戒心が増したのか、ルージュの腕にがっしりとしがみついて来る!
ストロヴェルの手前、余裕を見せつつ、ルージュは内心で冷や汗をかいた。
相手が素手だったから良かったものの、武器でも持っていたらストロヴェルは終わりである。
何が「警戒が必要だ」だ……!
自分を戒めつつ、ストロヴェルの手をしっかりと握って、歩を進めた。
幸いその後は輩の襲撃もなく、『ディス・カ・リカ』の根元まで辿り着く。
遠目にはのっぺりとした起伏のないタワー。だが、近づいて見れば表面を数十万……いや、そんなものでは聞かない程の枚数の鉄板が、幾重にも打ち重ねられて出来ていた。
フェンスで囲まれた敷地に入る。
敷地内も、不法投棄された産廃の山がいくつも積み重なり、タワーの根本もそれに埋まってしまっている。唯一キレイにゴミが除去されているのは、入口とそこへ至る一本道の通路のみ。
入口の扉は、重厚な両開きの鉄扉。その横には、複雑なレリーフで彩られた魔導石がひとつ、埋め込まれている。
”魔導錠”と呼ばれる、魔法で起動する開閉装置だ。
この”魔導錠”に手をあてがい、”マギ・コード”を組み上げて流し込む。解放する事が出来るのは、業者登録されている者だけだ。
もちろん、ルージュも業者登録してある。
しかし――ルージュに、少しのイタズラ心が芽生えた。
「ストロヴェル、例の術、使って見せて?」
「オッケー!」
応えてストロヴェルが、”魔導錠”に手をかざす。ここに来るのが初めての彼女は、当然登録されていない。だが――
「打ち消せ、”魔力消去”!」
その姿が一瞬青く輝いたかと思うと――”魔導錠”は逆に輝きを失う。
ガシャン! と言う錠が外れた重い音を立てて、鉄扉が自動的に開いて行った。
「ありがとう」
「えへへ……!」
照れ笑いするストロヴェル。
どうやら本人も、この術を気に入った様だ。
扉を潜り入った先は、すぐに壁。
円柱形のタワーの内部にもう一回り細いタワーが立ち、その周りを通路や階段、昇降機が張り巡らされている構造だ。
「廃棄処分かね?」
「きゃっ!?」
唐突な声かけに、ストロヴェルが飛び跳ねてルージュに抱き付く。
振り向けば、扉のすぐ横にあるカウンターの奥に、ひとりの老人が座っている、よれよれのローブにぼさぼさの白髪交じりの髪。骨ばった顔に分厚い瓶底メガネをかけているよぼよぼの男。
カウンターが死角の位置なので、ストロヴェルは完全に気が付かなかった様だ。
「こんにちは、マスター・ワイン」
軽く会釈するルージュに合わせて、ワインと呼ばれた老人も応える。
この『ディス・カ・リカ』の管理ギルドのマスターだ。
「ルージュか。お前が来るのは久しぶりじゃな……」
そこまで言ってワインは分厚いメガネをかけ直した。底の見えないメガネで、ストロヴェルを見つめる。
まじまじと見つめられ、ルージュの腕にしがみつく。
「がっつりと腕組みやがって、見せつけてくれるねぇ。お前さんの恋人かな?」
「止めてよ、変な冗談は……」
「……しかもその瞳、”青眼の魔女”じゃねぇのかい?
お前さんが”青眼の魔女”と一緒とは、どう言う風の吹き回しじゃ?」
「まあね。色々事情があるのよ」
「なるほど」
説明になってないルージュの言葉に、ワインは大きく頷いた。
「お前さん、また変な仕事を請け負ったんじゃな?」
「まあ、そんなところね」
「じゃあ、他の客が来ない内に、さっさと仕事を終わらせて来な!」
「ありがとう」
礼を言って、ストロヴェルを促し奥へと進む。
『ディス・カ・リカ』の内部は大部分が壁で、外縁に沿った通路が続くのみ。
やがて壁に突き当たり、正面に昇降機。左手の壁には階段が口を開けている。
昇降機を呼び、上階へ向かう。
『ラピス・ラズリ』の本部ビルに設置されている様な乗り心地の良い代物ではなく、鉄骨を組んだ鳥カゴの様な昇降機。隙間から外や地上は丸見えで、風が容赦なく肌を叩く。ガコンガコンと揺れており、途中でワイヤーが切れるのではないかと心配させる。
不意に、ストロヴェルがルージュに腕を絡ませて来た。
「どしたの?」
「……高いところが怖い……!」
ぎゅっと目を瞑る少女に苦笑する。
一分ほどかけて、昇降機は扉を開けた。
途端に――物凄い熱気が吹き込んで来る!
「これが『ディス・カ・リカ』……!」
思わず感嘆の声を上げたのはストロヴェル。
昇降機の先は――一言で言えば巨大な溶鉱炉だった。
タワーのかたちそのままの円形の巨大な炉の中に、マグマの様な青白い液体がゴボゴボと煮え滾り、むせ返るほどの熱気を噴き上げている。
その溶鉱炉を取り囲む様に設置された無数の”制御棒”。魔力の暴走を防ぐ、結界である。
これが、『フォス・フォシア』の中心にそびえ立つ、唯一の魔導石廃棄場『ディス・カ・リカ』だ。
今から、この溶鉱炉に破壊してしまった高性能魔導石を投棄するのだ。
これで、ルージュが破壊した高性能魔導石の証拠は隠滅される。……のだが。
「誰か先に来てる……」
ぽつりとストロヴェルが呟く。
溶鉱炉際のフェンスにもたれかかり、まるでルージュたちを待っていたかの様に、こちらを見据える人影がひとつ。
このくそ暑い溶鉱炉の中で、黒いローブを纏いフードを被って顔を隠している。その手には、大きな錫杖を持っている様だ。
「……あの人はッ!?」
ストロヴェルが身構える!
「知ってる人?」
ルージュの問いに頷く。
「”タイタンフェイド魔動炉”でわたしを襲った魔導師!」
「何ですって……!?」
思わぬ人物の登場に驚くルージュたちを他所に、黒ずくめの魔導師がゆっくりとこちらへ近づいて来る。
「先日はお疲れさまでした。おふたりとも、ご無事でなによりです」
「そっちこそ、無事で良かったわ。
けれど、あんた何者? アタシたちに何の用かしら?」
「”魔染獣”との戦闘から生き延びるとは……思っていた以上の使い手とお見受けします。是非、貴女方にお願いしたい事があって、こうして捜しておりました」
ルージュの問いを無視し、淡々と語りながら距離を詰めて来る黒ずくめの魔導師。声からすると、女の様である。
「それ以上、近寄らないで!」
ルージュが手を上げて制する。ストロヴェルを背後に隠して身構えた!
「用があるなら、お互いに自己紹介しましょうか? 正体不明の相手と取引するつもりはないわ。
アタシはルージュ。魔導師ギルド『ファイア・トパーズ』所属の魔導師よ」
一方的に自己紹介するルージュ。ここで相手が乗って来るかどうかで、黒ずくめの魔導師の質が分かって来る。
「解かりました」
意外にあっさりと、黒ずくめの魔導師はフードを上げ、マフラーを解く。
思った通り、その下に隠されていた素顔は女。思ったよりも歳を取っている。
五十歳前後くらいだろうか? 若かった頃はかなり美人であっただろう事を想像させる気品に満ちた顔立ちで、白髪が混じっているが、滑らかな栗色の髪をキレイに巻いている。
赤い縁のメガネの奥に長いまつげの知的な眼差しが、すらりとルージュたちを見据えていた。
老女は取り出した”記録結晶”に身分証を投影して――微笑んだ。
「わたしはパプリカ。チャロ・アイア公国・レッドベリル魔導石製造商会所属の魔導師、パプリカ=チリペッパーです」
次回 2-6:魔導石製造商会のスパイ




