2-3:闇の中でせせら笑う者
「やった!」
脚を引き抜き、着地する!
そのルージュの頭上で、”タイタンフェイダー”が断末魔を上げた! 肉体がどろどろと崩れ落ち、結晶の様なウロコがぼろぼろと剥がれ落ちる!
「うわっ!」
下敷きになっては大変と、慌てて”タイタンフェイダー”の下から這い出した!
間一髪で、崩れ落ちる”魔染獣”から距離を取る。
後には――白煙を上げて、煮えた様にぶくぶくと泡立つ緑色の水たまりが残るばかりだった。
その中央には、ひび割れた高性能魔導石がひとつ、輝きを失い転がっている。
「嘘でしょ……」
肩で大きく息を付きながら、ゆっくりと立ち上がった。
「……勝っちゃった……!」
見たままの事実が、口を突く。本当に、そうとしか言い様がない。
大金星――どころか、不可能を可能にした様な話だ。
”魔染獣”を単体の魔導師が斃したなどと言う話は、未だかつて聞いた事がない。
次第に興奮が冷め、頭が冷静さを取り戻して行く。
自分が、”魔染獣”を斃したのだ言う実感が沸いて来るとともに――
「ちょっとマズイ事になっちゃったわね」
――高性能魔導石を叩き割ってしまった現実に、頭を掻く。
ひとつ購入するだけで、『フォス・フォシア』の国家予算の数パーセントに匹敵するとさえ言われる超貴重な魔導石。これは破壊せずに回収するのが、討伐作戦の鉄則だ。
現に、先の”ニュークフラッシャー”討伐作戦でも”青眼の魔女”は、高性能魔導石を見事に回収してみせた。
これを弁償しようと思ったら、ルージュでは一生をかけても払いきれない。
大きなヒビが入ってしまった高性能魔導石を手に取る。
「申し訳ないけれど、これは証拠隠滅させてもらいましょう。
”魔染獣”にトドメを刺したのなんて初めてなんだから、仕方ないわよね!」
勝手に納得して、高性能魔導石を小脇に抱える。
だが、”魔染獣”に勝てたのは――恐らく自分の実力でも、奇跡でもないだろう。
ルージュは、視線をストロヴェルへ向けた。
相変わらず、少女は青いオーラを纏ったまま、真正面を見つめている。
見た事もない魔法だが――これが、”魔染獣”のプラズマ火球を消し去ったのだろうか?
「可愛い顔して中々凄い魔法を使うじゃない。それ、何て術なの?」
だが、ストロヴェルは反応する事無く、ぼんやりと突っ立っている。
「……ストロヴェル?」
不安に思って歩み寄る。
途端に、少女の身体からオーラが消え、膝から崩れ落ちた!
「ストロヴェル!」
慌ててストロヴェルを抱き止める!
「ストロヴェル、大丈夫!?」
腕の中で少女の身体を抱き直し、軽く揺さぶる。
「……大丈夫……です!」
苦しそうに胸を抑えながらも、しっかりとした返事を返して来る。
「驚かせないでよ……!」
一安心して、ルージュは崩壊した”魔導炉”を見渡した。
もちろんこの事故によって炉そのものは完全に崩壊し、その周囲もめちゃくちゃ。青白い炎が未だにくすぶっている。
電源の喪失によって地下道は真っ暗で、奥へ伸びる通路は数メートル先も見渡せない。
瓦礫の向こうにいるだろう、黒ずくめの人物の気配も感じられなかった。うまく逃げおおせたか、運悪く土砂の下敷きになってしまったか……。
いずれにせよ、ルージュにとって重要なのは、腕の中の少女だ。
さて……どうするか?
ストロヴェルを見下ろして、ふと考えた。
ルージュに託された選択肢は、またしてもふたつ。
程なくして騒ぎを聞きつけた『ラピス・ラズリ』の精鋭部隊”青眼の魔女”が到着する。
ルージュがとんずらすれば、後の始末は彼女たちがやってくれるだろう。ルージュとしては、それで一件落着である。
だが――ストロヴェルは、そうもいかない。
どうして彼女がこんな仕事をしているのか知らないが、”魔導炉”を暴走させた挙句、”魔染獣”まで出現させてしまっている。
『ラピス・ラズリ』に戻れば、重い処分が待っているだろう。
このままストロヴェルを『ラピス・ラズリ』に引き渡すか……?
それとも、事情がはっきりするまで保護するか……?
どうも『ラピス・ラズリ』における、この少女の扱われ方に疑問を感じていたルージュは迷った。
だが――考えている時間は、ほとんどなかった。
「誰か来る!?」
既に、複数の足音が――”魔導炉”に向かって近づいて来ていた。
ほぼ直感的に、ストロヴェルを抱き抱え、近くの通路の暗がりに走り込んだ!
ストロヴェルを抱き締め、壁際からそっと”魔導炉”を覗き込む。
”魔導炉”を挟んで反対側の通路から響く足音が徐々に近づいて来た。最初に見えたのは空中に浮かぶ光球。魔法で生み出した”照明球”だろう。
その光に照らされて、五、六人前後の人間が、”魔導炉”に入って来る。
蒼い紋様の施されたローブを羽織った女たち。崩壊した”魔導炉”の内部をじろじろと見回す彼女のたちの双眸は、妖しく蒼く光り輝いている。
『ラピス・ラズリ魔導師ギルド』の精鋭部隊”青眼の魔女”だ。
「カメリア、人のいる気配はなさそうよ」
ひとりの”青眼の魔女”が、声を上げる。呼ばれた”青眼の魔女”の名前は聞き覚えがある。
ストロヴェルの同期の金髪の少女だ。
「カメリア……!?」
「静かに!」
ルージュより先に、その名を呟いたストロヴェルの口を手で塞ぐ。
ルージュの腕の中で藻掻く仕草をするストロヴェル。彼女に対し「騒がないでね?」と目で訴えかける。それに応えて瞳を伏せる少女。
そっと口から手を放してやる。
「どうしてカメリアたちがここに……?」
「貴女を心配して追いかけて来たって雰囲気じゃ、なさそうね……」
そうこうしている内に、”青眼の魔女”の捜索が終了し、一ヶ所に集まって行く。
「カメリア、”魔導炉”の高性能魔導石も見当たらないわ。粉々に消滅した様ね」
「ストロヴェルも見当たらない。どうやら、事故に巻き込まれて一緒に消し飛んでしまったかな?
魔導石の処分の手間もなくなり、厄介者も消えて一石二鳥とはこの事ね!」
”魔動炉”のこの惨状を見れば、そう思うのも無理はない。だが、カメリアと言うこの娘は、何故こんなにも楽しげなのだ!?
ルージュの背筋に、ぞっとしたものが走る。
「やっぱり……カメリアは、わたしを事故に見せかけて、消そうとしたんだ……!?」
ぽつりとストロヴェルが呟く。その顔は血の気が引き、引きつっている。
震えている様子が、抱いた腕を通してルージュにも伝わって来た。
「アタイはもう少し現場を詳しく調査する。皆はバミューダ様に報告して来て!」
「解かったわ」
カメリアの指示に従い、他の”青眼の魔女”たちが地上へ向かう。
後に残ったのは、カメリアと……やや幼げな銀髪の少女。確か、アクエリアスだったか?
「どうしたの? アンタも先輩たちに着いて、バミューダ様に報告してきなさい。
貴女のお気に入りの魔導師が、跡形もなく消滅しました、ってね!」
カメリアに言われ、アクエリアスは迷った様にたじろいでいた。
「カメリアさん……」
「何よ?」
「あの……ヴェルさんの魔導石をカメリアさんがすり替えたって話……本当なんですか!?」
思いつめた表情でカメリアに問うアクエリアス。
カメリアは、ケラケラと軽薄に笑う。
「まさかぁ! いくらアタイでも、そんな事はしないわ!
アイツの思い込みよ、あんなの!」
まったく説得力のない態度で、否定した。
その態度に、アクエリアスが青ざめる。
「まさか……ヴェルさんが事故に巻き込まれたのも……っ!?」
「何が言いたいワケ?」
その蒼い双眸で、カメリアがギロリと、部下の少女を睨む。
慌てて否定するアクエリアス。
「な……何でもないですっ!」
「下らない妄想を垂れ流してないで、アンタもさっさと地上に戻りなッ!」
キツく言われて、アクエリアスは大急ぎで、通路の奥へと走って行った。
「…………」
ひとり残されたカメリアが、”魔動炉”の残骸を踏みつけて笑う。
「ふん! 魔法を失った挙句、”魔動炉”の事故に巻き込まれて消えちまうなんて、いい気味だね! アンタにはお似合いの最期だったよ!」
ストロヴェルがルージュの腕の中で生きているとも知らず、カメリアは高笑いを上げる。
ルージュの、少女を抱く腕にちからが籠る。
その腕に、冷たいストロヴェルの肌の感触が伝わって来た。
「ストロヴェル!?」
腕の中を見下ろせば、苦しそうに表情を歪めるストロヴェル。
「大丈夫? ケガをしてるの?」
「……頭が凄く痛い……!」
自分の頭を抱え、ルージュの腕の中で身体を丸める。ケガはしていないが、かなり消耗している様だ。さっさと休ませなければならない。
どの途、長く留まっていれば『ラピス・ラズリ』の増員が来て、脱出がさらに難しくなってしまう。
「ストロヴェル、念の為に確認するわ」
ストロヴェルの耳元で囁く。
「貴女が仲間のところに帰りたいと思うなら、アタシは貴女をここに残して行く。
……もし、帰りたくなければアタシが連れて行くわ。アタシと一緒に行きたければ首を縦に振って」
状況が状況だが、仮にもストロヴェルは『ラピス・ラズリ』の魔導師である。本来の帰属先は、あの青眼の女たちのところだ。
例え同期があんな相手でも、ストロヴェルは仲間のところに戻りたいと考えているかも知れない。
……が、ルージュの言葉を聞き終えるまでもなく、ストロヴェルは首を弱々しく縦に振った。
「よし……!」
頷いて、ルージュは背中にストロヴェルを背負う。
「しっかりと掴まってなさい」
首に巻かれたストロヴェルの腕にちからが籠るのを確認して、ルージュはそっとその場を後にした。
次回 2-4:ワンルームの迷い猫