0-0:”魔染獣”の討伐作戦!!
碧く輝く魔導石と、不気味に唸る魔動炉が眠る地下迷宮。
その上にそびえ立つ、”すり鉢”の中で少女たちは生きる――。
「……そろそろかしら?」
女の声が、空に響いた。
そこは数階建てビルの屋上。
排気口から噴き出す水蒸気と天から落ちるスモッグの湿気が、轟々と吹き抜ける。周囲の景色を一望出来る一番高いビルの天辺に、ひとりの女が陣取っていた。
何かを待つ様に、鉄柵にもたれかかっている。
歳は二十歳を少し越えたところ。
うなじのところで纏めた背中まで届く滑らかな髪はオレンジに近い赤毛。小麦色の肌と対照的な色合いの銀縁メガネが似合う細面。適度に鍛えられた身体のラインに、ぴったりとフィットした紺色のボディースーツの上からワインレッドを基調としたレザージャケットとハーフパンツを纏っている。
そのパンツのポケットから、取り出したるは手のひらサイズの結晶板。
彼女が指先でチョンとタップすると、プレートから光の粒子が溢れ出し、溢れた光が収束して空中に数字の羅列を描く。それは一秒、二秒と時を刻むカウンター。
光の数字が、間もなくゼロとなる……。
どこからともなく聞こえて来るサイレンの音が――音のない街に響き渡った。
「『フォス・フォシア』市民にお伝えします。
魔導災害警報発令! 魔導災害警報発令!
間もなく、魔導師連合部隊による討伐作戦が開始されます。まだ避難されていない住人は、頑丈な建物に避難して下さい。繰り返します……」
聞こえてくるのはかなり遠く。貴族たち上流階級が住む中心街からだ。
上流階級街から避難警報が響く一方で、赤毛の女のすぐ近くに、大きな音で別の警報が鳴り響いた!
「”ニュークフラッシュ魔動炉”で”魔染獣”の発生を確認!
目標を”魔染獣ニュークフラッシャー”と命名!
目標を地上に誘導中――地上到達まで後三十秒!」
余韻を残し――風の中に消え去る声。
「作戦開始ね!」
指で再び結晶板を弾くと、ゼロでストップしていたカウンターは、光の粒子に戻って空中に霧散する。
結晶板をパンツのポケットに捩じ込む。
同時に――地鳴りの様な音が濁った空気を震わせる。
それは、最初は気のせいかと思うほど小さく、しかし確実に大きくなり、そして揺れと言う体感を伴って近づいて来ていた。
息を呑んで――鉄柵から身を乗り出し、地上を見下ろす。
木箱やらタルやらゴミやらが、無秩序に散乱した無人の道路。そのアスファルトの表面に、ぴしりとヒビが走るのを見た!
続けて響くアナウンス。
「”魔染獣ニュークフラッシャー”地上到達!
中級魔導師部隊、迎撃態勢を取れ!」
一瞬の静寂。
そして――。
轟音とともに、砕け散るアスファルト!
粉々の破片が、赤毛の女の眼前を舞い上がって行く!
立て続けに、割れたアスファルトの奥から青緑色の閃光と、女の絶叫の様な”声”が暴風とともに噴き出す!
「来たわ!」
赤毛の女の叫びに呼応するかの様に、裂け目からずるりと飛び出したそれは――巨大な腕!
五指を虫の様に蠢かせるそれは、人間の腕に近い造形だが、それは太さが大木ほどもある。その巨大な腕は、全体が青緑に輝き、至るところに結晶の様なウロコが張り付いていた。
腕があれば、胴も頭もあるだろう。地面に着いた腕が力を込めると、続けて頭、そして胴体がずるりと地上へと這い出して来た!
「”魔染獣ニュークフラッシャー”を確認!
『ファイア・トパーズ魔導師ギルド』のルージュ、出ます!」
鉄柵をブーツの底で蹴り飛ばし、赤毛の女――ルージュは高々と宙を舞った!
その彼女が履くブーツは、丈夫な革で出来た本体に、金属のプレートを重ねた強固な脛当てが覆っている。そして、その足首部分には、紅く輝く宝石が埋め込まれていた。
空中で体勢を立て直し――身体を丸める。
ルージュの身体から、魔法の構成文――”マギ・コード”展開され、落下傘の様に広がった!
彼女の魔力は”マギ・コード”によって編み上げられ、足首の宝石――魔導石の結晶構造を通過して、紅蓮の炎に変換されて行く!
―― 天翔ける星! 空を跳びて地を照らせ、地に墜ちて空に爆ぜよ! ――
「行くわよッ!」
再び大きく身体を広げ、十数メートル下の地面に降り立つ! 衝撃は、ブーツを絡める様に纏った炎が靴底とアスファルトのあいだで圧縮され、吸収する。
ルージュの紅い瞳が、目の前で奇声を上げる“ニュークフラッシャー”の巨体を睨みつけた!
「発現せよ! 撃ち砕け、”紅蓮蹴撃”!」
その圧縮された炎の“マギ・コード”を解除する! かたちを失った炎は無秩序に広がろうと爆裂し、ルージュの身体を撃ち上げた!
勢いに乗せて放った蹴足が、“ニュークフラッシャー”の顎を蹴り上げる!
直撃部を中心に爆炎が広がり、巨大な魔物がグラリと姿勢を崩す!
硬い音を立てて“ニュークフラッシャー”の身体を覆う結晶状のウロコが砕け散り、バラバラと降り注いだ。しかし、大したダメージにはならなかったらしい。
大地に着地するルージュ。体勢を立て直した“ニュークフラッシャー”が、唸りながらルージュの姿を睨みつけた!
その姿は、一言で言えば“緑色の結晶で出来た少女”。
女を思わせるラインの身体は、緑色の半透明で、その上を同じ色の細かい結晶がびっしりとウロコの様に覆っている。骨ばった顔には双眸も鼻もなく、ぽっかりと黒い穴が穿たれ、大きな口には歯の代わりにやはり緑の結晶がイビツに並んでいる。頭からは四方八方に結晶が突き出し、髪と言うよりはツノの様な様相を呈していた。
そして、胸の膨らみの中央で鳴動する――大きな魔導石!
”ニュークフラッシャー”と名付けられた“魔染獣”が、がばりと大きな顎をルージュに向けて開く!
「!」
半透明の身体の内部に魔力が走り、“マギ・コード”が組まれて魔法に変換されて行く様が、はっきりと見て取れた。膨大な魔力を凝縮した魔法が、開かれた顎の中に青白い光球として具現化して行く!
その攻撃を浴びるまで待つ理由は無い!
ルージュは再び靴底で地面を擦り、火花を散らす。爆風を巻き起こし、それに乗って大きく後ろへ跳躍した!
”ニュークフラッシャー”のウロコが激しく明滅し――一瞬の間を置いて、ルージュのいた場所に青白い火球が撃ち込まれる!
火球は刹那の間に収縮し、衝撃波を伴って爆裂した!
舞い散る瓦礫の破片を蹴り飛ばし、着地する。
着弾した地面には巨大なクレーターが開き、もうもうと青白い煙を上げている。あれの直撃を喰らったら、“魔法障壁”を張っていても無事では済まないだろう。
煙を裂いて、“ニュークフラッシャー”が姿を現す。その顎には、再び火球が装填されている!
「やばいッ!」
回避する為に、腰を深く溜める!
だが――。
ルージュを狙った“ニュークフラッシャー”の頭部に、あらぬ方向から数十発の“光弾”が五月雨式に叩き込まれ、爆炎を上げる!
不意打ちに、流石の“ニュークフラッシャー”も雄叫びを上げた!
「大丈夫!?」
聞こえた声は、“ニュークフラッシャー”を挟んで反対側から――。見れば、数人の魔導師の女たちが、“ニュークフラッシャー”を取り囲んでいる。
どうやら、同業者の援護射撃があった様だ。
「大丈夫! ありがとう!」
大きく手を振って無事をアピールする。
だが状況は、依然として不利だ。炎と煙が晴れれば、“ニュークフラッシャー”は煤けた程度で特にダメージも負っていない様子である。
やはり――ルージュたち中級魔導師では、足止めが精一杯だ。
「精鋭部隊さんたちは何をしてるのよ! 遅いじゃない!」
薄茶色の空を見上げ、ルージュが愚痴る。
釣られた様に“ニュークフラッシャー”も空を見上げた。別に釣ったワケではなかったが……
だが、”ニュークフラッシャー”の真っ黒な双眸にも見えたハズだ。
まるでルージュの言葉に応えたかの様に――街の四方八方から撃ち上がる青白い光が!
それは遥か上空で規則性を持って交差し、”ニュークフラッシャー”のほぼ真上で編隊を組んだ!
「やっと来たわね、”青眼の魔女”!」
編隊を組む青い光の粒たちを見上げ、ルージュは息を付いた。
次第に――無数の粒子たちが大きくなって行く。
いや、大きくなっているのではない。落下して近づいて来ているのだ!
やがてその姿がルージュの眼にもハッキリと見える様になる。
米粒の様に見えていたその光は――上空を舞う人間!
「みんな、退いて!」
言われるまでもないとばかりに、地上の魔導師たちが一斉に“ニュークフラッシャー”から距離を取る。もちろんルージュ自身もひと際大きく飛び退いて後退する。
ここまで来れば――後は空爆に巻き込まれない様に注意するだけだ。
空に現れた新たなターゲット目掛けて、“ニュークフラッシャー”が体内に光を収束させ始める!
だが、それより先に空を覆う”マギ・コード”の大合唱!
―― 天照星の赤光よ! 紅蓮と成りて集い、数多に爆ぜよ! ――
空を見上げ、固唾を飲むルージュ。
発現せよ! 乱れろ! ”連光弾”!
ソプラノ歌手の様な甲高い声が、幾重にも重なって空に響いた!
次の瞬間、数百発の青白い閃光が目標目掛けて降り注ぐ!
耳を貫く無数の破裂音が響き渡り、大地をビームの雨が覆い尽くす!
光の弾雨は――ルージュには傷つける事さえ叶わなかった“ニュークフラッシャー”の装甲を、いとも容易く撃ち抜いて行く!
その内の、ひと際眩い一撃が――”ニュークフラッシャー”の顔面を撃ち砕いた!
***
静まり返った繁華街。跡に残るのは、クレーターに横たわる”ニュークフラッシャー”の残骸――。
未だ猛煙が噴き上がる地上に、”精鋭部隊”が降り立つ。
それは、数十人の少女たち――。
一様に蒼く輝く瞳を持つ上級以上の魔導師によって構成される精鋭部隊。
「相変わらずの火力ね……”青眼の魔女”!」
次々に地上に降り立つ彼女たちの雄姿を見上げたルージュの視界に広がる――
――ぶわりと広がったスカートとお尻……。
そんなものがこの世で最後の見納めにならぬ事を――ルージュは静かに願って目を伏せた……。
次回 第一章『オッドアイの魔導師 ストロヴェル』 1-1:”ブルーアイズ”の少女たち