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短編 辞書の虫食い

作者: 間の開く男

辞書の虫食い


 エンサイクロペディアンズ・カウンター・チート・プロジェクト。

 ――外の世界からやってくる、通称「外来語」を持ち込ませない為の措置。


 辞書の虫による掟破りの為の掟作り。これ以上我らの辞書を難解な文字で埋め尽くされては堪らない、というある一人の編纂者が起ち上げた集団であり、本拠としているゲート前の要塞……増築を繰り返したそれは、かつて在った魔王の居城にも似た堅牢な造りとなっていた。

 

「また、ルールブレイカーか」

 バルコニーから眼下の青白い光を放つ門へと向かい、吐き捨てるように言うこの男こそがプロジェクトのリーダーであり、発案者であった。

 手元の通信機へと告げる。

各隊(ペイジ)へ通達。衝撃に備えよ。全火力を以て敵を倒せ。手段は構わん」

 この技術も追い返した冒険者から得たものであり、一般住民には知らせる必要のない技術だ。我々だけが知るのであれば、辞書に加える必要もない。

 

「観測手より編纂者(エディター)へ、目視にて確認。目標は2つ。繰り返します、目標は2つ」

「到着したばかりならば……何も分からない内に肉塊となるだろう。ここまでに散ってきた仲間の分もその砲弾に込めて撃て。怒りではなく恨みを装填しろ。火薬の代わりに悲しみを起爆剤に、真の平和を勝ち取るため、轟音を奏でよ!」

 一拍の間があり、門の広場へと集中砲火が始まる。長きの戦いにおいて互いに恨み合っていた人間と魔族は、その掟破りの者たちにより蹂躙された。ある人相書きは写メという技術により職を失い、鍛冶屋は機械による精錬の前に太刀打ち出来ず、音楽家はCDなる円盤に魂を打ち砕かれた。

 

 見たことも無い力で同族が殲滅されてゆく。魔族は反撃の機会を伺っていた。対抗呪文や結界などをいとも容易く突破され、旗頭を失っていく。その情報は世界中の同族へと速やかに通達され、抵抗する手段を持つ者が集まり、人間の言葉を解するものが和平協定をもちかけた。

 

「掟破りへの掟」という言葉の元、魔王と人の王は堅い握手を交わした。長きに渡る戦争が終わりを告げ、新たなる戦いが始まった。 魔王による停戦命令に背く者たちが居た。血の気の多い魔物、それを襲い稼ぎとしていた者。代わりとなる新たなる標的が、そして自分たちを導いてくれる新たなる王が必要だった。

 名乗りを上げたのは――。


 相手の行動パターンを良く知るもの、彼らがどのように世界へ"平和"をもたらしたか、それを知る者たちが最初に集められた。書を書き写す者・伝承の唄い手・彫刻家。それぞれコピー機・オーディオプレイヤー・3Dプリンターに取って代わられた者だった。

 

 ◆ 

 

観測手(シーカー)、効果測定を開始せよ。目標が消し飛んだと報告してくれ」

「こちらシーカー3、土煙でまだ見えません。もう少しで……」

 予想よりも着弾が広範囲に及び、コンクリートごと粉砕したのだろう。それだけの砲撃を受けて無傷で済むはずもない。

 山側から風が吹き、土埃を風下へと連れて行く。

 

「こちらシーカー2、目標は二つとも健在、繰り返します、目標は……」

 焦る観測者へ編纂者は冷静に伝える。

「砲弾を弾き返していた訳ではない。防御力が高いタイプ……自動的に装甲を展開するタイプか、少々厄介そうだな」

「まだ決めつけるのは早いのではないですか?」

 背後からのキザったらしい声、見なくても分かると言わんばかりにその声の主へと編纂者が応える。

「先入観で動くべきではない、それが原因で何人の同胞たちが死んだか思い出せ。そう言いたいのだろう、演奏家よ」

 演奏家と呼ばれた男は山高帽を指先でくるりと回しながら、芝居がかった台詞で返す。

「曇りなき眼で己が敵を見よ」


「無傷かどうかは問わん、火炎弾で酸素ごと燃やし尽くせ。息をする生き物ならば耐えられぬ」

 こちらの世界に来たという証拠ごと焼いてやれ、と追加してから通信機のスイッチを離した。

 

 数分間の砲撃により、ゲート前は黒煙がもうもうと立ち込めるばかりで何も見えなくなっていた。

「調査隊、C装備に切り替え目標を捜索せよ。油断はするな」

 

 剥ぎ取った耐火服、宇宙服という技術により調査隊の死亡率も下がっていた。

 捜索戦で勇者御一行が回復と蘇生魔術を事前詠唱していたケースもあったが、落とした首まで綺麗に回収して逃げ帰ったとの報告書もあった。

 

「編纂者、こちら調査隊2。2名の死亡を確認、目標を仕留めています」

 砲弾には耐えても熱には耐えられなかったようだ。黒焦げになった"元"掟破りの回収を指示し、編纂者はバルコニーから部屋の中へと戻っていく。

「周期が早まっているようですが、その点についての調査結果は?」

「知らん。向こうの都合など知らない。こちらの都合すら考えないような無法者だ」

「たしかに、もう少し風情が在っても良いかとは思いますが」

「風情なんてあったもんじゃない。いきなり最高レベルだなんて言いながら、一瞬で消し飛ばされる魔族の家庭の事なんか考えてもいないだろう」


 丁度ドアを開けて一人のハイエルフが入ってきた……彫刻家と周囲から呼ばれる彼女もまた、掟破りによる被害者の一人であった。「今日も派手にやらかしたのね、それで……やったの?」

「ああ、勿論だ。消し炭になったそうだ」

「醜い姿にしてやったのであれば、私の仲間たちも報われるでしょうね」

 彼女の村は神へと捧げる彫像を作る一族の村だった。春には季節の花々で形作り、夏には海の水で固めた砂を、秋には芳香を放つ果物で、冬には山の頂きにある氷を砕き、像を作っていた。

 アクリルという溶けることの無い、温度も感じさせないその氷が、彼女たちの運命を狂わせた。樹脂なる存在を持ち込んだ掟破り達はさまざまな物を3Dプリンターで製造し、家具屋や小物屋、装飾屋を倒産させ、死に追いやった。自分たちが作るものより頑丈で長い期間残るものを見せつけられた彫刻家もまた然り。自身の技量不足を恨みながら、泉へと身を投じていった。

 

「編纂者、あなた……後悔なんてしていないでしょうね?」

「するものか、俺たちの仕事を増やした張本人だぞ。過労で死んだ弟子たちは永遠にその顔を見せることはない」

 

「墓穴の中はさぞかし暗く、心細いでしょうね」

 彫刻家は椅子へと腰掛けて編纂者の言葉を待っている。

「一つでも多くの骸で彼らの道標を作りましょう」

 演奏家もそれに習う。

 編纂者は立ったまま、二人へと告げる。

 

「骸なら十分だ。我らは決断しなければならない」

 ――あの門を、閉じる。

 その言葉を椅子に座ったまま聞き、二人は静かに頷き返す事で了承する。

 

「総員、『掟破りへの違反通達(オペレーション・アンチチート)』を開始せよ」

 編纂者がその機械へと告げ、指を離した。



 編纂者が異変を感じたのはその時だった。

 かつり、と音を立てて通信機が床を滑る。腹部を貫かれた編纂者はそのまま力なく床へと崩れ落ち、通信機へと手を伸ばす。

 椅子を蹴倒しながら演奏家が腰の小剣を構えようとすると、何処からともなく現れた魔力の矢が両腕を壁へと縫い止める。

 

「ダメだよぉ、ボスは玉座で待ってなきゃ。中ボス達と会議中だったんなら俺も混ぜてもらっていいかい? どうやって復讐しようかプランを建てようじゃないか」

 通信機へと伸ばした手は男に踏みつけられる。生木の裂ける音は彫刻家を震え上がらせた。

 

「ウチの大将は生き返らなかった。だから、アンタの首も落としてやる。うまく生き返ってみせろよ?」

「あの時の……残党か」

 口の端から泡立った血液を吐き出しつつ、編纂者が声を漏らす。

「いろいろ大変だったのよ、ほんとに。アンタらが追い返してくれた数人が城のバルコニーがガラ空きだって教えてくれてさ。跳躍魔術知ってるやつに頼んでブーストかけてもらってもギリギリだったし」

 その男は腰に下げていたショートソードを鞘から抜き、腕を踏みつけたまま大上段に構える。


「多分アンタだよな、辞書の虫。違ってたらそこの二人もやるから、答えなくてもいいや」

 躊躇いなく振り下ろされたその刃は、何かの転がる音を発生させた。

 

 部屋の外、そしてゲートの方向から爆音が響き渡る。

 たった数人でも驚異なのに、それが束になって襲ってきたら。

 彫刻家がその考えに至るまで、さほど時間は必要なかった。歯の根が合わずガチガチという音をさせながら、ドアへと後退りする。

英雄(ヒーロー)がやられっぱなしって、格好悪いじゃん?」

 血に濡れたショートソードを演奏家へと向けながら、男が間合いを詰めていく。

 ドアを開けようと取っ手を掴んだ彫刻家が、堅い木の砕ける音と共に串刺しにされる。間違いなく心臓の位置から突き出た棘が、目を見開く演奏家にも分かるように、同志の死を表していた。

 

「透視とはこれほど便利だったのか、うちの魔術師にも習得させないとな」

 長槍を引き抜きながら、戦士風の男が部屋へと侵入する。足元に転がる何かを蹴飛ばしながら。

 

「これはこれは、恐らく吟遊詩人かそれに似た職業の方であろう。手は使えなくとも口は動くだろう。さぁ、最後に一曲お願いしようか」

 肉が裂けるのも厭わず壁から離れようとする演奏家は、ドアからの侵入者へと最後の言葉を紡ぎ出す。

「お前らが、英雄だと? 笑わせるな。どこからどう見ても――」

 最後まで聞くまでも無いと、ショートソードで喉を貫かれる。魔力の矢が消え、壁に血を塗りつけるように演奏家が倒れていく。

 

「どこからどう見ても悪役、か。折角世界を救ってやったんだから、お礼ぐらい言えよ」

 盗賊風の男は剣に付いた血を死体の服で拭いながら、ドア前に立つ相棒へと声をかけた。

 

「可笑しな事を言う奴らだよな、掟なんて破る為にあるのにさ」

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