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浅い眠りから目が覚めたドーシュは夜が明けるとすぐに、鍛冶屋に預けたナイフを取りに行くと言って宿を飛び出した。
占い師の妄言に惑わされていることは分かっている。ただ今まで見て見ぬふりをして閉じ込めてあったものが、確実に点と点を結びつくように繋がっていくのだ。真偽を確かめるには、アイルの過去に近い人物に尋ねなければならない。それは丁度昨日出会った人物に該当する人物が居た。
ドーシュはナイフを引き取り、宿には戻らず船着き場へと走った。もしかしたらもう居ないかもしれない。でも、微かな可能性に賭けて走った。
そして船着き場近くの宿の前で、小隊の中心に探していた人物を見つけたドーシュはその名を叫んだ。
「ガリアスさん!」
ガリアスは振り返り、ドーシュを見て軽く目を見張る。
「お前は・・・・・・」
息を切らし、肩を上下させながらドーシュは必死に言葉を紡いだ。
「ドーシュって言います。僕、ガリアスさんに聞きたいことがあって来ました!」
「何だ」
「もしかしたらあなたは僕の父を知っているかもしれないと思って来ました。父は王都の兵士だったかもしれないんです」
呼吸を整え、ドーシュは真っ直ぐにガリアスを見つめた。
「僕の父は、ライディンと言います」
名を聞いたガリアスは目を見開き、驚愕した。周りに居た兵士もざわついて、まるで幽霊を見るような目でドーシュを見ていた。
何故自分がそんな目で見られているのかドーシュには分からなかったが、ガリアスが自分の過去にまつわる事実を知っていることは理解出来た。やがてドーシュの真剣な目を見たガリアスは部下達に声を掛ける。
「しばらく待て。予定を遅らせる」
「はっ」
人の往来があっては話がしづらいと、ドーシュはガリアスの部屋に通された。高級宿とあって部屋には燦爛たる調度品が並べられ、勧められた椅子も高そうだった。
ドーシュの向かい側にガリアスは座った。
「お前の父親、名前をライディンと言ったか」
「はい」
「俺の知っている中にも、その名を持つ方が居た。ただその方には子供が居なかったはずだ。何かお前の父を示す物は無いか?」
ふとドーシュが思いついたのは、つい先程鍛冶屋から引き取ったナイフを取り出した。
「このナイフは祖父が死んだ時僕に遺してくれたものですが、元は父の持ち物だったって言ってました」
「これは・・・・・・」
ガリアスはドーシュからナイフを受け取り、その鞘から刀身を抜いて言葉を失った。
「・・・・・・どうですか」
「お前の父親は、間違いなく俺の知る方だ。そしてこれはライディン様の家に伝わる家宝だ。昔、見せてもらったことがある。遺品の中に見当たらないと思えば、息子の手に渡っていたのか」
ナイフを返されたドーシュは目を瞬かせる。
「あなたは父の遺品整理をしたくれたんですか?」
「お前はどのようにして父が死んだか、あの女に聞いているか?」
「あの女?」
「──アイルだ」
目を見開いた。何故ガリアスの口から彼女の名前が出てくるのか。
「アイルさんは、僕の父を知ってる・・・・・・?いやそもそも、ガリアスさんはアイルさんと知り合いなんですか!?」
ガリアスは目蓋を閉じ、小さく息を吐いた。
「何も知らないか。でなければお前がアイルとつるむはずがない」
「どういうことですか」
「ライディン様はアイルに殺された」
「・・・・・・今何て?」
「六年前のことだ。ライディン様は謀反を企て、それを密告したのがアイルだ」
ナイフを握る手が震えた。そして無情にも、ガリアスはそれ以上に驚くべき事実を突きつけてきた。
「しかしそれは表向きの話で、実際にライディン様は謀反など企ててはいなかった。謀反はあの女の虚言に過ぎない」
「それって、アイルさんが父さんを陥れたってことですか」
「そうだ」
ドーシュはテーブルを叩いて立ち上がった。
「嘘だ!!アイルさんがそんなことをするはずない。じいちゃんは、父さんは病気で死んだって言ってたんだ!」
「本当のことだ。結果ライディン様はあらぬ罪で処刑され、功績を立てたアイルには出世話が舞い込んだ。しかし当時の軍にライディン様の謀反を信じた者は居なかった。それほど誠実で慕われていたからだ。俺もその一人だった。アイルは皆から疎まれ、身の置き所が無くなり、軍を除隊することとなった」
信じたくなかった。でもそれでアイルが今兵士をしていないことに合点がいく。獲物を狙い落とす銃の腕前、衰えていない運動能力。そして国の様々な土地に深く通じている知。あそこまでの才覚があって、軍を『向いていない』なんて理由で除隊するには無理があった。でも、その真実が自分の父を殺したことによる除隊だったなんて、誰が想像出来ただろうか。
「そもそもお前の言う祖父とは誰のことだ?」
頬杖をつくガリアスの目には一切の表情が無かった。
「謀反は重罪だ、謀反人の周りの者にも同罪が科せられる。ライディン様及びその親族はことごとく処刑された」
「じゃあ、僕を育ててくれたじいちゃんは・・・・・・」
「恐らく何らかの事情があって預けられていた、赤の他人だ」
「嘘だ・・・・・・」と小さく呟いたドーシュは呆然として、椅子にへたり込んだ。信頼していた人物から煮え湯を飲まされ、そして祖父が祖父でないという事実に打ちのめされた。もうこの世の何を信じたらいいのか分からなかった。
「しかしそうか、お前はライディン様の子供だったのか・・・・・・」
ガリアスがポツリと呟いた。
辛い現実に打ちひしがれていたドーシュは、この時ガリアスが小さくほくそ笑んでいたことに気付かなかった。
***