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償いの旅路はいまだ遠く  作者: 藤宮ゆず
1.過去の罪
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 カロに案内の礼を言って帰した三人は、通りがかった聖堂の祈りの場で歩みを止めた。夜も更け、神官達は堂の奥に引っ込み、巡礼者ももうこの時間祈りの場には居なかった。三人で神を表しているという石像を見上げた。神の石像は男で、胸に手を当て目を閉じていた。何故だかその石像は、第三班の班長であったエゾラのことを彷彿させた。


 不意にアイルが口火を切った。


「あの真珠はね、元々デュッセルの聖堂に納められていたものなのよ」


 ドーシュはギョッとした顔でアイルの方を向いた。


「えぇ!?真珠は昔、大都市にあったってこと!?でもそれがどうしてここに?」

「大昔の話よ。デュッセルの神官長が罪を犯し、ファーノの神官長と配置換えをされたことがあったの。華やかな大都市からこの片田舎へ送られるのがよほど屈辱だったのでしょうね。デュッセルの宝物であった真珠を持ち出して持って来てしまったの。この件がきっかけで監察部が設置され、宝物の情報は一般人に公表されなくなった」

「なんで?」

「神官の言葉は政治にも繋がる。つまり宝物の有無も大きな影響を及ぼすの。それが入れ替わっただの中身は何だの言われたら、いちいち混乱を招くからよ」


 それは神事と政治が深く関わりのあるこの国ならではの問題だった。神官の言葉は神の言葉。国王は神官の言葉を無視することは出来ず、神官に保守派が多い理由はそこにあった。


「しかし未練がましい男だな。罪を犯したのなら本来は格下げか追放のはず。配置換えをされたということは、デュッセルの神官長であったことの功績からの温情であっただろうに」


 メルトにアイルは頷いた。


「その通り。そしてファーノの神官長は、真珠ではなく香木を持ち出してデュッセルに行ったのよ」

「どうして?」

「デュッセルの宝物が真珠から香木になろうとも、デュッセルの栄華は変わらない。そしていかに美しい真珠であっても、ファーノの辺鄙さは変わらない。それをデュッセルの神官長に知らしめたかったのかしらね」

「きっとその効果は絶大だったはずだ。この人気の無いファーノでいくら美しい真珠を眺めても、むしろ神官長の心を虚しくさせるばかりだっただろう」


 己を慰める為に持ち出したものが、己をより苦しめることになるとは思いもよらなかっただろう。


「結局、神は人の心の中に居るのよ。ここに来ることは出来なくても、人々が神を信じる心に変わりはない。都市であろうが田舎であろうが、その神官長が真に神に仕える者であるならば、それに気付けたでしょうに」

「じゃあアイルさんはどうしてさっきの神官の言葉に肯定したの?」


 アイルは過去の出来事を知っていたなら、カロに対して嘘をついたことになる。しかしアイルの言い分はこうだった。


「真実を知って、ここに居るカロ神官の心は救われるかしら?神とは本来人の心を救う為に存在するの。無闇矢鱈に真実を突きつけなくとも、カロ神官がそう信じて救われているならそれでいいじゃない。どうせ今の話は何百年も前の話で、もう監察官しか知らないわ。ほとんどの神官はやはり華やかな大都市に憧れ、この土地から去ってしまい、そもそも宝物の中身を知る神官も多くは無いから」


 あのカロという男は若いながらも神官長に信頼されていたのだ。だから宝物庫の鍵も任されている。だが実際に話したメルトは、彼が何故信頼されているのか分かった気がしていた。


 一方ドーシュは違う所に目を付けていた。


「でもみんな神より都会の方が好きなのかもね」

「それは言えてる。人の業よね」


  神の石像を見てアイルは祈りを捧げた。ドーシュもそれに倣い、アイルに並んで祈っていた。


(ドーシュは勘が鋭い。そして利発で物覚えもいい。きっと両親も優れた人間だっただろう)


 しかしドーシュの親族はもう誰一人居ないという。彼を育てていた祖父ですら他人だとアイルは言った。だがそれをドーシュ自身が知らないのはおかしな話だった。他人であれば本人以上に事情に詳しいはずがない。


(何故この女は、ドーシュを引き取り監察官になったのだろうか)


 今のメルトには皆目見当もつかなかった。



 ***


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