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償いの旅路はいまだ遠く  作者: 藤宮ゆず
1.過去の罪
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 メルトは軍に自分の存命を報告することなく、病院を後にした。まだ腕は万全でなかったが、アイルにもやることがあった。だから付いて行くと決めた限りは足を引っ張らないよう、腕の痛みは薬で誤魔化しながら歩いた。


 軍服は目立つので、アイルが用意した服を着ていた。二人の旅に同行して数日、ドーシュはすぐにメルトに懐いた。その日は目的地に向かう途中に野宿をせざるを得なくなり、ドーシュは焚き火に木の枝をくべながらメルトに根掘り葉掘り尋ねていた。


「へー!メルトって二十二歳なんだ!アイルさんより三つ下だあ」

「ドーシュ、年齢とか余計なこと言わなくていいの」


 年齢のことを言うとアイルがムッとした顔でドーシュを見た。彼女は大きめのナイフを手にしながら、先ほど狩ったウサギを捌いていた。


「別にいいだろ。ちょっと結婚適齢期逃してるだけで、まだ若いんだし」

「だからそれが余計な話なのよ。だいたい今の世の中の結婚が早過ぎるのよ。どうして女は十七そこらで結婚しちゃうのかしら。男は三十過ぎて結婚する人も居るのに」


 アイルはまるで怒りをぶつけるように皮を剥いだウサギの肉をダンっと切り落とす。このウサギを撃って来たのはアイルだ。食料は街で買っておくこともあったが、度々その場で狩猟して手に入れていた。


「そうだよな、アイルさんにはまだ言い寄ってくる男が一人も居ないのに、神様は不公平だ」

「ドーシュ、あなた殴られたいの?」


 キレたアイルがドーシュに厳しい眼差しを向けるが、ドーシュは平然と言い訳を述べる。


「違うって、僕はメルトにアイルさんどうですか?って聞くつもりで──」

「悪いが間にあってる」


 言葉を遮りメルトがそう答えると、アイルの眉はますます吊り上がった。


「なんであなたが先に断るのよ!私は何も言ってないわよ!」

「俺はドーシュの問いに答えただけだ」

「えーなんで?アイルさんのどの辺がダメ?」

「お前はどうなんだ、お前がアイルを勧められたらどうする」

「僕?僕は遠慮しておくよ。アイルさん黙ってたら美人だけど意外と大雑把な性格だから料理下手だし、すぐ手が出るから、いだっ!」

「次は右手で殴るわよ」

「右手かと思ったぐらい痛いんだけど・・・・・・」


 なんて大人げのない女だ、とメルトは思った。自分より十も年下なのに。


 しかしドーシュの言葉を聞いていたメルトは内心深く頷いていた。ドーシュの言うことは的をえている。大ぶりにブツ切りされた肉一つ見ても分かるように、アイルはかなりざっくりした料理をする。しかも味付けも毎回感覚で行うので、味が安定しない。大雑把な性格が料理にそのまま反映されてしまっているからそうなるのだ。逆にこのいい加減さで生きているからこそ、七割八が男で占める兵士達の中でやっていけたのだろうと思った。


(・・・・・・ドーシュに対して向いてないから辞めたなんて言っているようだが、本当は暴力沙汰で除隊したと思われていそうだな)


 そうこうしているうちに夕飯が出来上がった。スープに肉と野菜を少し入れた簡単なものだが、今日のスープは昨日より薄味で、塩味がイマイチ足りていなかった。しかしアクはしっかり取ったのか肉の臭みは感じず、とりあえず腹を満たすということは達成出来る品物だ。


 ふとアイルが話を切り出した。


「申し訳ないけれど、明日には次の聖地に着かなければならないの。予定よりも歩みも進んでいないし、早起きになるけど頑張って起きてね」


 彼女の言葉にドーシュは頷いた。だがメルトはいつまで経っても、目の前の女が監察官であることが信じられなかった。


(まさか聖地巡礼をする監察官が、兵士に脱走をそそのかすなんて)


 この国には古代より神から与えられたと言い伝えのある宝物ほうもつが納められた十二ヵ所の聖都市がある。その聖地を全て回って巡ることを聖地巡礼と言った。そして聖地巡礼をすることで信仰心を表し、神からの恩恵を受けられるという。


 アイルもその聖地巡礼をする旅人の一人であったが、彼女には『監察官』という役割を与えられた人間だった。監察官は聖地にある宝物がきちんと管理されているのか調査し、王都の監察部に報告するのだ。国政と神事は関わりが深い。だから国は宝物をしっかり管理している。


 アイルが監察官であると知った時は、驚いたと同時に、納得した。性格は大雑把ではあるが、動きは機敏で頭はキレる。向いていると思った。だが逆に、兵士が向いていないから辞したというのは不自然だと思った。


「どうしたの?メルトは早起きが苦手?」


 見当違いの思い込みをしてからかうアイルにメルトは眉をひそめる。


「その言葉そのまま返す」

「そうだよ、アイルさんが一番寝坊助なのに。よくそんなんで兵士やってたよね」

「まっ!それとこれとは別のことよ!」

「今もなんで監察官が出来ているのか不思議だよ。国って変だね」


 ドーシュは何気無く言ったようであったが、アイルを見やるとその顔には驚きが満ちていた。やがてメルトの視線に気付き、作り笑いを浮かべて残りの食事を続けた。


 食べ終えてからもドーシュのお喋りは続いたが、アイルに早く寝ろと諌められるとさっさと眠ってしまった。ドーシュは適応力が高く、特にアイルに対してとても従順だ。メルトもドーシュの隣で横になった。星の輝く夜だった。いつも暗闇の中で眠るメルトには星の光はいささか明るく、眠ることが出来なかった。するとアイルが毛布から抜け出す気配がして、どうしようか少し迷ったが、メルトも立ち上がった。


 彼女は焚き火から少し離れた場所で星を眺めていた。その物思いにふける横顔は沈んでいる。


「何か気になるのか」

「ねえ、この国は変なのかしら」


 アイルは星を眺めたままそう答えた。それは先ほどドーシュが口にした言葉そのままだった。


「お前は改革派なのか?」

「まさか。・・・・・・国の歴史を重んじる保守派、新しい未来を信じる改革派、聞こえは言いけれど、どちらも自分達の権力を強める為の建前に過ぎない。そのどちらかに私が与することはないわ」

「そうか」


 この国には二つの派閥が存在する。『保守派』は政治における慣例や秩序を第一に考え、主に権力者や神官等聖職者からの支持が高い。対して『改革派』は現在の政治に不服を持つ下級の者が多く、国に新しい政治をもたらそうと試みている。また改革派の中には過激な思想を持つ者達で結成した組織すら存在しており、保守派が目を光らせている。


「メルトこそどうなの?偵察隊の任務は大抵保守派か改革派の内偵調査でしょ。どちらを調べて重症を負ったの?」


 メルトは軽く目を見張った。やはりアイルは、メルトがどのような任務の途中であったのか気付いていた。


 保守派と改革派の争いは度々起こっており、政治の場で対立することが、国王の悩みの種となっている。だからこそ隠密行動が可能な偵察隊がどちらも調べて王に情報を差し出す。王はどちらの派閥にも属さず、しかしどちらの動向も知っていることで中立の立場を取ろうとしていた。


「言いたくないなら言わなくてもいいわよ。ただ、それはドーシュにも言わないで。あの子には派閥なんて余計なもの知って欲しくないから」

「・・・・・・お前とドーシュはどういった関係なんだ?ドーシュはお前と暮らす前は祖父に育てられていたと言っていた。両親も死んだと」


 アイルは眉を上げ、次いでドーシュの眠っている方向を向いた。


「本当お喋りねぇー。私には前からそうだけど、旅先で今までそんなこと無かったのに。よほどあなたを信頼してるのね」

「それで、どうなんだ」

「何が?」

「お前とドーシュの関係だ。監察官の助手なら、ドーシュ以外に選び手はいくらでもあっただろう。何も知らない子供より、優秀な人間はいくらでも居るだろう」


 アイルはじっとメルトの目を見た。


「それは言えない。ただ私が監察官になったのはドーシュの為。あの子を育てる為よ」

「血縁者でもないのに?」

「そもそもドーシュの血縁者は誰一人存在しないわ。祖父だと言っていた男も、本当は他人だもの」

「それをドーシュは・・・・・・」

「知らないわ」


 家族であったならどれほど単純であっただろうか。血縁であればその一言で片付けられるものが、アイルとドーシュの間にはとても複雑な何かがあった。メルトはそれに首を突っ込む気はさらさら無かったが、一つだけ忠告する。


「あまり隠し事をしていると、いつかほころぶぞ」

「・・・・・・ええ」

「もう寝ろ。お前が一番寝起きが悪い。起こすこっちの身になれ」

「またそれ。なによドーシュと結託しちゃって。あーあー、こんなに仲良くなるなんて思わなかったわ」

「なら俺など放っておけばよかっただろ」

「それはダメよ。だってあなたは私の拾い物だから。しっかり私の手伝いをして貰わないと」


 アイルはそう笑って、寝床へ戻り、そしてドーシュの毛布を掛け直すと自らも眠りについた。メルトも体を横にしたが、やはり星の煌めきはまだ眩しかった。




 ***


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