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 日が沈みこむ少し手前、空は濃い紫色に包まれている。今日は新月。日が沈めば辺りは暗くなり、逃亡がしやすくなる。そう思いながらガリアスは茂みを駆け、秘密の脱出口に向かっていた。それはいつか必要になった場合に用意していたもので、自分以外警邏隊の人間は誰も知らない。


 銃に弾を入れながら走っていると、突如林の闇の中から剣の切っ先が突き出てきた。ガリアスは咄嗟に飛び退き、九死に一生を得る。あのまま駆け抜けていれば首と胴体が離れていただろう。


 ガリアスは一呼吸おいて、ニヤリと笑った。


「まさかここを探し当てられるとはな。フェイクに用意してた偽の脱出口に引っ掛からなかったことは褒めてやる」


 林から出てきたのはメルトだ。ガリアスは銃のトリガーを外す。


「お前に褒められたところで無意味だ」


 メルトが木の影から出た瞬間、


「しかし田舎の偵察隊兵士が、王都警邏隊隊長と渡り合えると思うなっ!!」


 ガリアスはその銃の引き金を引く。




「っ・・・・・・!」


 メルトは縦横無尽に走って弾を避け、どうにか近距離戦持ち込む。しかしガリアスは仮にも王都の隊長。剣を持っていないのに、長い銃身でガードされ攻撃が阻まれる。さらに実力も圧倒的で、メルトの剣は全く歯が立たなかった。


「評価出来るのは気配の遮断までだな」

「ナメるなっ!!」


 馬鹿にされて憤ったメルトは隠していたナイフを投げる。命中はしなかったが、ガリアスは銃で身を庇い、その隙を突いて腹を剣で突いた。刃が肉を突き刺し骨にかする感触がした。しかし、浅い。


 ガリアスは咄嗟に片手で剣を握り、貫通を免れたのだ。その手や腹部から血がしたってメルトに流れてくる。トドメを刺そうとして剣を押しても、引き抜こうとしてもその手は微動だにしない。


(なんて力だ!)


 すると剣に集中していて、ガリアスが銃を振りかざしたことに気付くのが遅れた。メルトの頭は強く殴打され、鈍い痛みとぐわんぐわんとした目眩めまいがする。


 地面に崩れ落ちたメルトは逃げようとするガリアスになすすべがなかった。


 その時、誰かがガリアスに飛びかかった。獣のように俊敏で、跳ね返されても動じず軽やかに着地する。アイルだった。


「来たか」


 まるで待ち焦がれていたかのような聞こえだ。


 アイルは応えることなく、連続で攻め続け、ガリアスがそれを阻む。さっきのメルトと同じ状況であるはずなのに、二人の様子は全く違った。メルトには手加減でもしていたのか、はたまたアイルに触発されて勢い付いたのか、ガリアスは殺気そのもののようだった。


 勢いは拮抗していて、どちらも負けず劣らず強い。しかし違和感を覚えた。アイルは渾身の力で攻めているが、ガリアスの動きは機敏ながらも不自然で、実力が十分発揮されているとは言えない気がした。


「わざわざ剣なんて前時代的な物を持ち出してくるとはな!」

「口を開くなんて随分余裕じゃない!」

「月さえ出ていれば俺を撃ち殺せたのにな!」


 確かに辺りは暗く、夜目が利いても銃が撃てるほどではない。下手をすれば共倒れになる。周りが援護射撃をしてこないのはそのせいだ。


「私はアンタを殺しに来たんじゃない、捕縛しに来たのよ!」

「馬鹿め、自分の実力を過信しすぎだ!」


 押し合って一度距離を取る。アイルはちらりとガリアスの手を見やる。


「その左手、ほとんど使い物になってないんじゃないの?」


 彼女の言葉でメルトは気付いた。ガリアスの左手には力が入っていない。恐らく神経を損傷してまともに動いていない。暗くて分かりづらいが、腹部からの出血もかなりのもののはず。それでもアイルと渡り合えたのはもはや実力なんてものじゃない。言葉通り捨て身なのだ。


「まさかそれで手加減しているのか?」

「アンタに聞きたいことがある」

「何だ」

「牢屋に居たライディン様にナイフを渡したのはアンタ?」

「そうだ」


 平然と答えたガリアスに、アイルは目を見開き、拳を強く握り締めた。


「どうしてすでに追い込まれたライディン様を自害に追いやるなんてなんてことしたのよ!!アンタが殺したかったのは私でしょう!?」

「処刑しようと画策したお前と何が変わらない?」

「アンタが保守派に取り入ろうとしてライディン様を売らなきゃこんなことにはならなかったわよ!!」


 涙声で叫んだアイルに、ガリアスは目を見張って声を上げて笑った。


「ライディンの死を目の当たりにして恐ろしくなって人のせいにしているのだけだろ!」

「違う!!アンタがライディン様のことを慕ってなくても、私のことを殺そうとしてもそんなことどうでもよかった!私が怒っているのは、私を殺す為にライディン様を巻き込んだアンタに対してよ!!」


 その時、誰かが落ちていた小枝を踏み折った音がした。ハッとして振り返るアイル。覆面の男が拳銃を彼──ドーシュに向けていた。


「ドーシュっ!!」


 アイルは剣を放り出して、ドーシュを背中で庇うように立ち塞がった。




 アイルの体を熱い銃弾が貫通する。


「ぁ、がっ・・・・・・」


 痛みと衝撃に地面に倒れ込む。


「アイルさん!!」


 ドーシュがアイルに駆け寄った。アイルは必死に笑みを浮かべる。


「大、丈夫よ・・・・・・」


 弾は左胸の少し下を貫通した。肺は当たっていないが、言葉に出来ない痛みだ。深呼吸しようとするのに、上手く息が吸えない。どくどくと血が溢れ出る感覚が、アイルを動揺させた。冷や汗が滝のように溢れ出た。


 首だけで顔を上げると、持ち直したメルトが覆面の男の首筋を切り裂いた。あの男は潜んでいたサイフォン手下の残党だろう。もしかしたら他にも居るかもしれない。だが今はもう声を出すことすら億劫だ。


 そして次にメルトを襲ったのはガリアスだった。


(ガリアス、まだ動けるなんて)


 アイルは仰向けになろうと身体を捻ると、傷口が強烈に痛み呻き声を漏らした。するとドーシュが止血しながらアイルの上半身を抱き上げた。


 ドーシュの不安そうな表情を見たアイルは苦笑した。


「ドーシュ、どんな事情があったにせよ、あなたを苦しめた元凶は全て私なの。だからそんな顔をしないで」

「心配しないはずないだろ!アイルさん死なないでよ!」

「もういいの。ごめんね・・・・・・私あなたにずっと嘘をついていたけど、でもあなたを心から愛していたの・・・・・・それは本当・・・・・・」

「僕もだよ。アイルさんが居たからここまで来られたんだ」


 ドーシュはアイルを腕に抱いて、表情を隠すように項垂れた。ふとアイルは初めてドーシュの泣き顔を見た気がした。これまでどんな時でも弱音を吐かず、笑顔を見せてくれた彼が幼子のように泣くなんて。


(泣かないでドーシュ。あなたが泣くと、私まで悲しくてたまらなくなるから)


 それを言葉にするのも難しくなってきた。そろそろ限界だと思った。けれどもまだやらなければならないことがある。


「・・・・・・お願いドーシュ、肩を貸して」




 ガリアスは銃を捨て、暗殺者の短剣を引き抜いて自分の武器にした。ここから逃げきれないのならば、せめてメルトとアイルだけは殺さなければならない。理由など存在しない。単に最期の足掻きかもしれない。半ば諦めと、やけっぱちな気持ちに駆られてガリアスはめに切りかかる。


 するとメルトも、ガリアスに呼応するように殺気を強める。そしてとうとう、ガリアスの足元がおぼつかなくなって、奴にその隙を突かれてしまう。


「ガリアスーーーっ!!」


 メルトは声を張り上げて、ガリアスの心臓に剣を貫かせた。言うまでもなく致命傷だった。


 意識が遠のいてたガリアスは倒れ際、ドーシュに支えられながらこちらに向かうアイルと目が合った。アイルは驚いた様子で目を見開き、やがてガリアスの双眸は闇に沈んでいく。


「ガリアス・・・・・・」


 フッと自嘲じみた笑みがこぼれた。とうとうこの女を殺し損ねて、自分は死んでしまうのか。


 そもそも自分はいつからアイルを殺すことに心血を注いでいただろうか。そうなってしまったのは、何故だったか。



『今・・・・・・先輩を殺したの?』



 突然過去の記憶が脳裏を閃く。これが走馬灯か、なんて、悠長なことを考えられたのが不思議だ。もう目の前の景色すら分からなくなったというのに。


「ガリアス、結局お前も成し遂げられない側だったんだ」


 聞こえてきたメルトの言葉が鋭利なナイフのように心に突き刺さった。




 ***

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