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 今朝の任務から帰ってきた先輩隊員の様子がおかしかった。その内の三人が、任務に参加していなかった他の隊員達には見えないよう木陰に隠れるように寄りあった。やがて声をひそめ険しい顔で話し合い始める。


「やっぱりおかしいよな。どうしてガリアス隊長は事情聴取中にも関わらず、サイフォン神官長に退席の許可を出したんだ?」


 他の二人も「確かに」と頷く。


「その後すぐにアイルと監察官補佐が事故に遭ったんでしょ?しかも生死不明だって。サイフォン神官長の仕業に違いないじゃない」

「どういうことだ?」


 話が読めない彼に、一人が苛立つように怒鳴った。


「察しの悪い奴だな!サイフォン神官長にガリアス隊長が作戦の()()を教えたんだ。そして王都大聖堂の主とも言える神官長が宝物すり替えを聞いて黙っているはずがない。隊長はこれを利用したんだ。作戦が失敗したらアイルが全責任を負わされる」

「隊長はアイルを殺そうとしたのか!?」

「し!声が大きい!多分隊長はライディン様の敵討ちをしようとしたんだ。アイルと並んでライディン様に目をかけられていたからな」

「でもアイルはどうやってか神官長からの追及をかわしたのね。だから大聖堂を出られた。あの子なら有り得るわ、昔から機転を利かすのはガリアスより上手だったもの」


 彼女は目を伏せがちにして、何か思うところがあるように呟いた。その心情を察するのは容易かった。今やガリアスに近しいほとんどの人間が感じていることだからだ。


「だが結果はどうあれ、プライドを傷付けられたサイフォン神官長はアイルを逃がさなかった。アイルと例の補佐を殺したのは監察部と、王への見せしめだろう。二度とこんなことをするな、とな」

「でもそれでいいのか?特定機密任務だったんだぞ。ガリアスの行為は職務規定違反、いや勅命を無視した謀反と見なされてもおかしくない!」


 察しは悪いくせに道徳感情だけ持ち合わせている彼は憤慨した。それはもう一人の神経を逆撫でた。


「だから声が大きい!お前、その言葉の意味が分かっているのか?隊長の耳に入ったら──」

「お前こそ何に怯えているんだ。ガリアスは俺達の後輩だぞ。いくら階級を抜かされたとはいえ、見過ごすのは倫理に欠けるだろう!」

「・・・・・・その通りだわ」


 二人の言い争いに挟まれていた彼女は、とうとう自分の本心を吐露する。


「私達ライディン様のことで頭に血が上っていたけれど、よく考えたらアイルはガリアスよりよっぽどマトモな人間だったわ」


 ギョッとして二人は彼女を穴が空くくらい見つめる。


「何言ってるんだ!アイルがライディン様を落とし入れたんだぞ!」

「そうだよ、いくらなんでもそれは・・・・・・」

「でも考えてみてよ!ライディン様を慕っていたのはアイルも同じなのよ!あの子が本当にそんなことをするように見えた?ガリアスの話の方があまりにもアイルに不利で偏っているわ!」


 やがて夕飯時の鐘が鳴った。三人は何事も無かったかのように木陰から出て行った。しかし集まった時よりも表情は固く、それ以上三人で言葉を交わすことはなかった。


 ──そして一部始終を木の上で聞いていたドーシュは木から飛び降り、一目散に隊長室へと駆け出した。盗み聞きするつもりはなかったが、一人で考え事をしようとしていたら先輩三人が来て神妙な面持ちで勝手に話し合い始めてしまい、降りようにも降りられなかったのだ。


 そして聞いてしまった話に、正直頭が真っ白だった。すぐにでも駆け出したい気持ちを抑え、三人が木陰から出るのを今か今かと待ち構えていたのだ。


 訓練を始めて体力の付いたドーシュは、三階の隊長室がある部屋まで息を切らすことなく辿り着いた。息を整え、重厚な扉にノックした。


「ガリアス隊長、ドーシュです」

「入れ」


 短い返事の後、ドーシュは扉を開けて中に入った。


「用は何だ」

「王都大聖堂のサイフォン神官長に、機密事項を漏洩したというのは本当ですか」


 話を切り出してもガリアスは眉一つ動かさず、夕日を背にして腕を組んで机に向かっていた。そしてガリアスはドーシュの顔を一切見ず、ただ机の表面を見つめていた。


「誰から聞いた。いくらお前がライディン様の息子とはいえ、特定機密任務に関してペラペラと口を開くとは、王都警邏隊の兵士として自覚が足らないようだな」


 言葉はしっかりしているが、そこに意思が無いかのような抑揚の無い声だった。やはり様子がおかしい。


「否定しないんですか?」

「是とも否ともお前に答える義務は無い」


 とうとうドーシュは耐えきれず、ガリアスの机を力いっぱい叩きつけた。


「任務が失敗すればアイルさんは責任を追及され、監察官から失脚するところだったんですよ!!」

「たとえ俺が情報を漏洩していたとして、何故お前が俺に詰め寄る。アイルへの復讐を望むならむしろ本望じゃないのか」


 ガリアスの言葉にドーシュは目を剥き、頭が真っ白になってヨタヨタと後ろに数歩下がった。


「ち、がう・・・・・・」


 考えるより先に口をついて出た。


「そんなことがしたくて軍に入った訳じゃない!!僕はあの人と過ごした時間が怒りで掻き消えてしまわないように、あの人がこれ以上僕のことでさいなまないように離れたんだ・・・・・・!!」


 アイルを憎んだことなんてなかった。きっと父を奪われるということは、普通なら許し難いことなのだろう。でもドーシュが物心ついた時から父など記憶に無く、ずっと祖父に預けられていた。そして祖父だと信じていたその人も他人だった。


 じゃあアイルはどうか。アイルだって嘘をついていた。軍を辞めた理由も、父を知らないと言っていたのも、ドーシュを助手として必要としていたことも、全て嘘だった。


 でも、アイルは本当に『愛情』を注いでいてくれたことにドーシュは気付いた。社会を変えようとした父でも、父から目を背けさせる為に山にこもっていた祖父でもなく、ドーシュに未来を選ぶ選択肢を与えたのはアイルだった。各地を回って見聞を広めて知識を与えた、それが何よりの愛だったのだ。


 だからドーシュは父ライディンではなくアイルを選んだ。これ以上アイルの人生を妨げないよう、彼女から離れることが最善だと悟ったのだ。


 まさか理解者であると信じていたガリアスは自分に対してそんな誤解をしていたなんて思いもよらなかった。それはアイルが父を殺した原因だと知った時のようだった。


 やがてガリアスは顔を上げ、その日初めてドーシュと目を合わせた。やはりその顔に生気は無く、目がうつろだった。


「──残念だ。お前ならアイツを殺せるかと思っていたんだが、見込み違いだったか。やはり血は争えない」

「どういうことですか・・・・・・」


 ガリアスは立ち上がって、棚に歩み寄った。


「地位と権力がありながら誰にでも分け隔てなく接し、多大な人望を背負い、順風満帆だった人生をたった一人の息子の為に投げ捨てた。それがライディンという人間だ。しかし俺には何故そんな無謀で馬鹿げたことが出来たのか、微塵も理解出来なかった」


 ガリアスが棚から取り出したのは、分解していた銃だった。肩幅ほどのそれを組み立て始める。


「な、何を」


 ドーシュの問いにガリアスは答えず、話を続ける。


「父を殺されてもなおもアイルを慕うとは。だがこれを聞いたら、さすがに俺に殺意を抱くだろう」


 振り返ったガリアス。ドーシュを真っ直ぐに見つめ、


「──ライディン様がヴェンダの幹部であると保守派に教えたのは俺だ」


 ドーシュは目を見開いた。


「嘘だ・・・・・・ガリアス隊長は父さんの部下だったんですよね!?そんなはずない、あなたまで僕に嘘をつくんですか!」

「やっぱりお前は父親に似て、愚かで鈍いな」


 ガチャッと最後の部品がはまる音がした。


「俺はずっと嘘つきだ。お前の父を殺す前からずっとな」


 そしてガリアスは躊躇いも無くドーシュに銃口を向ける。ドーシュは息を飲む。額から頬に汗が伝った。ガリアスの持っていた銃は厚い装甲も撃ち抜く特殊なもので、当たればひとたまりもない。


(見えるものだけが真実じゃない、メルトが言ってたのはこのことだったんだ・・・・・・!!)


 だが後悔しても今更遅い。こうなってしまったのは自分の甘さと幼さ、そして愚かさがゆえだ。引き金に指が掛けられる、ドーシュは思わず目を瞑る。


(アイルさん──・・・・・・!!)


 次の瞬間爆音のような銃声が轟き、ドーシュではなく後ろの重厚な扉をぶち抜いた。そして部屋の外から複数の人間のうめき声が聞こえた。


「隊長、あれは・・・・・・」

「保守派の差し金だ」


 やがて扉を破壊して突入してきたのは覆面の男達だった。ガリアスはドーシュを邪魔そうに押し退け、侵入者を次々に撃ち殺していく。やがて弾が無くなり、近距離戦になって腰の短剣を抜いて応戦した。するとその内の一人がガリアスから離れてドーシュに向かう。


 ドーシュには応戦出来る装備が無く、万事休す──その時、刺客の脳天が何者かの銃弾に撃ち抜かれる。倒れた死体の額を見ると、撃ち抜かれた穴は、ガリアスの持つ銃の口径ではなかった。


「──ドーシュっ!!」


 懐かしい声に、ドーシュは顔を上げてその声の主を見た。髪を振り乱しながら、彼女はドーシュに駆け寄って力一杯抱き締め、そのまま床に押し倒した。


「アイルさん?」

「頭を下げてて!!」


 突如土砂降りのような連続する銃声が部屋に響いて、部屋に居る侵入者を一網打尽にした。アイルは心配からドーシュを抱擁したのではなく、ドーシュを弾丸の雨から守る為に身を呈して守りに来たのだと理解する。やがて部屋は血の海になり、無数の死体が積み重なっていた。もしやその中にガリアスも居るのではないかと思ったが、どこを探しても彼らしき死体は見つからない。


 アイルは窓が開いて居るのに気付き、駆け寄って下を覗く。次いで悔しそうに唇を噛んだ。


「くそっ、ガリアスには逃げられたわね。いつ引っ張り出したのかロープが垂らされてる。これじゃ骨折も見込めないじゃない」

「アイルさんどうしてここに?生死不明だって。それにこれは一体・・・・・・」


 広がる惨状にドーシュは唖然とした。この短時間の内に状況は一変してしまった。アイルは男達の覆面を暴いて晒した。


「コイツらはサイフォン神官長の直属の部下。保守派とガリアスの繋がりを隠蔽する為に送り込んで来たのよ。私もコイツらの仲間に殺されかけたけど、王都の偵察隊長リオン様が派遣した援軍に間一髪で助けられたの」


 ドーシュは素直に、よかったと心の中で安堵した。特定機密任務に関わっていたと聞いて、アイルはもうダメかもしれないと思っていた。でも彼女は目の前に居て生きている。


 アイルはドーシュの顔を見て何を思ったのか少し笑った。


「まだ終わってないのよ、そんな安心しきらないで。事態を重く見た王は直々にガリアスの捕縛命令が出したの。だからリオン様に援軍を出して貰って、そして・・・・・・警邏隊の人間にも協力して貰ってるわ」

「あの先輩方が?」


 先程侵入者を一網打尽にしたのは警邏隊の隊員達のようだった。アイルは、複雑そうな顔をする面々を一瞥した。


「少なくともここに居る人間は『ガリアスの部下』じゃなくて『警邏隊の兵士』だったのよ。彼らは王の命令に基づいて私に協力してくれているわ」


 あくまで自分に対する協力ではなく、命令によるものだと強調していた。確かにガリアスによって極端に偏ったアイルの虚像を信じていた彼らが、いくらガリアスによる陰謀でそう信じ込まされていたと知っても、すぐに協力するのは難しいことなのだろう。アイルは誰よりも理解していて、だからわざわざそれを口にしたのだ。先輩隊員も自覚があるからか気まずそうだった。


 ふとドーシュは重大なことを思い出した。


「アイルさん、ガリアス隊長を追いかけなくていいの?」

「大丈夫。外にもしっかり見張りが居るわよ。気配を消すのが得意な、ね」




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