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償いの旅路はいまだ遠く  作者: 藤宮ゆず
1.過去の罪
3/34

3

 目が覚めると、知らない天井が視界に広がった。目だけ動かして隣を見ると、知らない女がメルトのベッドに頭だけ乗せ、うつ伏せになって眠っていた。足元が温かく感じて少し足を動かすと、それが湯たんぽだと分かった。


 メルトの動いた気配を敏感に察知した女が顔を上げ、目を見開いた。


「起きたの?」

「・・・・・・ああ」


 メルトのかすれた短い返事に、女は嬉しそうに笑って「すぐお医者様を呼んでくるわね」と走って行った。すると入れ違いに少年が入って来て、メルトが目を覚ましたことに気付いた。


「え!生きてる!」


 メルトは少年の発言にやや眉をひそめた。少年は言い訳をしながらニコニコと微笑む。


「ああ、ごめんなさい。本当に危ない状態だったから、いつ死んでもおかしくないって言われててさ。お兄さんが生きてて良かったよ」

「俺を助けたのはお前か?」

「助けたのはアイルさん。僕は特に何もしてないよ」

「アイル?」

「今走って行った人。僕はドーシュ。アイルさんと旅をしているんだ」

「旅・・・・・・」


 意識が朦朧としてドーシュという少年の話はあまり頭に入ってこなかった。熱があるのが自分で分かった。それからメルトは医者にあれこれ診察され、まだしばらく安静との診断を出されることとなった。


 メルトは横になったまま窓の外を見つめていた。空はすっかり晴れ渡っている。あれから二日経ったようだ。しかし助けられたのは自分一人、やはり第三班は自分以外全滅したということなのだろう。班長であるエゾラを助けられなかったことが悔やまれて止まない。そもそもあの時は他人の心配なんて出来る状況ではなかった。今このベッドで横になれているのは、自分一人の力ではない。ベッドの横で書物を読む女に顔を向けた。女は自分よりも少し歳上に見える。


「アイル、だったか」


 アイルは本から目を離し、顔を上げてメルトの方を向いた。


「運んで来てくれたのはお前だろう。世話になった」


 ここは濁流に巻き込まれた渓流を下った先にある街の病院だった。川は増水して船は止まり、山道も険しい。ドーシュではまだメルトを担ぐことが出来ず、病院までおぶさって山を下ったのはアイルだった。


「どういたしまして。腕の傷はどう?」

「痛みはあるが、治らない傷じゃない」

「そう。でも痛みがあるならもう一度お医者様に相談しましょう。痛み止めを変えてくれると思うわ」

「今はいい。それより俺の軍服はどうした?」


 メルトは見知らぬ服を着ていた。服も川に流されたはずはない。


「ちゃんと置いてあるわ。今ほつれている箇所をドーシュが繕ってくれてる。あなた偵察隊第三班なのね」

「お前も兵士か」


 アイルは首を横に振り、本を閉じた。


「元、よ」


 それでメルトは色々と合点がいった。いくらドーシュより歳上であるとはいえ、女が成人の男一人をおぶさって山を下りるなど有り得ない。恐らく川の中から助け出してくれたのもアイルだ。細身の見た目によらず並大抵の体力ではない。


「どうして俺が第三班であると見抜いた?階級章だけでは所属と班まで見抜けなかったはずだ」

「私は偵察隊ではなかったけど、あなたの軍服に刺繍された模様を見つけたの。あれでエゾラ班長率いる第三班であるのが分かったわ。エゾラ班には昔からそういう慣例があるって聞いたことがあったから」


 偵察隊の内情に詳しいのは意外だった。


「お前の所属はどこだったんだ?」


 するとアイルは一瞬気まずそうな顔をして答える。


「王都の警邏けいら隊」


 メルトは素直に驚いた。王都に派遣されるには優秀な人物でなければならない。地方に行けば行くほど実力が足りなかったり、過去に何か失態を犯して左遷されたという経緯があったりする。


「どうして辞めた?」

「私には向いていないと思っただけよ」

「王都に任命されるほどの実力がありながらか?」

「・・・・・・出来ることとやりたいことは違ったの。だからドーシュと旅をしているの」

「あの子供はお前の家族なのか?」

「いいえ。ただの助手よ」


 間髪入れずに否定したアイル。その様子は少し不自然であったが、それ以上の追及はしなかった。他人の事情に首を突っ込むべきではない。


「ところであなたの名前を聞いていなかったわね。教えてくれる?」

「メルト」


 アイルは頷く。


「よかったら軍の支部から人を呼んできましょうか。任務の途中だったのなら、報告が必要でしょ」

「・・・・・・」


 確かにそうだ。偵察隊として第三班に与えられていた任務は国の情勢に関わる重大なものだ。しかしメルトはその時首を縦に振らなかった。どうしてだか自分でも分からないが、まだ軍に報告する気が起こらなかったのだ。


 するとそんなメルトを見てアイルは何を思ったのか、とんでもない事を口にする。


「それなら、あなたはそのまま任務で死んだことにして私に付いて来なさい」

「は?」


 メルトは目を瞬かせた。提案ではなく、命令のような口ぶりだ。この女は今自分が何を言っているのか分かっているのだろうか。


「お前も兵士であったなら、軍からの脱走が罪であることは分かっているだろ」

「でもあなたは偵察隊なんでしょ。偵察隊は軍において機密事項を探る諜報機関。潜入捜査が多くて、命を落とす可能性が最も高く過酷で危険な部隊。だから行方不明となっても捜索されない唯一の例外。もう瀕死だったし、運が悪かったら川で死んでいたのだから、一度死んだと思ってもう別の人間として生きたらどう?」

「お前みたいな解釈をした人間は初めて見た」


 呆れ返るメルトに反し、アイルはニッコリと笑った。


「いいじゃない、お医者様にも身元はバレていないし、都合が悪くなったら記憶が飛んでたとか言えばいいのよ。だからもう少し回復したら私達と一緒に行きましょう」

「なんで俺の予定を決めるんだ!」

「だってあなたを救ったのは私だから。私が最後まで責任を持って引き取らないと」


 アイルは当然のように言って部屋を出て行った。医者を呼んで来るのだろう。病室で一人置いていかれたメルトは風のように去ったアイルにやはり呆れた。彼女に反抗して己の道を突き進んでもよかったが、よく考えると軍に報告しないのなら自分にやることなど無く、しばらく入院した後、言われるがままにアイルとドーシュの旅に同行することになるのだった。



 ***


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