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「では私達はこれで」

「なっ、神官長を待たないのか!」


 食い下がる衛兵達に、アイルは半身だけ振り返る。


「我々が宝物を検査することと、神官長がここに戻ってくることに何か関係がありますか?言っておきますが、神官でもないあなた達が勝手に宝物に触れれば、宝物を手にかけようとした謀反人として裁かれますことをお忘れなく。では」


 有無を言わせない口調できびすを返した。彼らは先日ダリアで起こった事件を想起したのだろう、謀反という言葉がよほど効いたのかそれ以上何も言わなかった。


 歩きながらメルトは心拍音が上がるのが分かった。アイルの足取りも心なしか速くなる。二人は一刻も早く監察部に戻らなければならない。監察部本部は神官が唯一手を出せない場所。それはある意味で治外法権と言えた。だがもし聖堂を出る前に見つかれば言い逃れは出来ない。鍵もこのまま持ち去るつもりだった。


 礼拝堂が騒がしい。神官達と警邏隊が言い争っている。これ幸いとアイルが裏口に回ろうとした時だ。


「──アイル監察官、メルト補佐」


 メルトは目を見開いた。全身から嫌な冷たい汗が吹き出る。


「サイフォン神官長、何か?」


 礼拝堂に招集されているはずのサイフォンは、悠々とした足取りでアイルに近寄った。その双眸は先程より冷たく感じる。


「いやね、検査が気になって抜け出してきたんだ。宝物検査はもう終わったのかね?」

「はい」

「それならそんなに急いで帰ることもないだろう」

「仕事がありますので」


 サイフォンはアイルの肩に腕を回した。


「まあそう言わずに。僕にも僕の仕事がある。例えば宝物がきちんと納められたか、とかね」


 ゾクリとする底冷えた声だった。やはり彼は先程とは違う。彼が変わったのは礼拝堂で警邏隊と会ってからだ。


 アイルは淡々とした表情でサイフォンの腕を外す。


「ではご自身で確認しに行かれてはどうですか」

「それには君の同行が必須だ」


 突然メルトは両腕を固められ拘束される。


「何をする!」

「黙りなさい。君達が何の為にここに来たのかは分かっている」

「何だと」


 いつの間にかアイルも衛兵達に拘束されていた。サイフォンはアイルの顎をくいと持ち上げる。


「さぁ、しっかりと僕達の仕事を果たそうじゃないか、監察官殿」


 彼の変貌ぶりに、二人はもう何も言わなかった。その原因が警邏隊隊長ガリアスによるものであったことは明白だった。彼が礼拝堂が抜け出してここに居ることがその証拠だ。彼一人だけ抜け出すなんてことは普通有り得ない。


(やはりガリアスはアイルを殺すことを選んだか・・・・・・)


 たとえ監察部と怨恨を残そうとも、合法的に目的を達成する、それが奴なのだ。


 二人は宝物庫に連れてこられ、サイフォンはアイルから鍵を奪って宝物を納める木箱を開けた。そして中身を見て目を剥く。


「なにっ・・・・・・!」


 メルトも目を瞬かせた。木箱の中には確かに古暦書が納められており、宝物は紛うことなき本物だった。サイフォンは古暦書の最後のページを開いて刻印を見る。アイル曰くそれはあまりに精巧で偽装が不可能な刻印が印字されているという。


「何故──」


 何故ここに宝物がある、と言いたいのだろう。それはメルトも同様だ。あの時アイルは古暦書を自分のカバンに入れたように見せかけて、実際は何も盗んでいなかった。勿論すり替えてもいない。


 戸惑うサイフォンに対して、アイルはニッコリと微笑んでみせた。出会った時の彼のように余裕たっぷりで。


「もしかして宝物の()()()いさめに来られたのですか?」

「え?」


 アイルは細い指で、古暦書の下に敷いている防虫布を指した。


「ほら、開けた時よりちょっと位置がズレてる。神官長はそれを気にされたんですよね。宝物検査は真贋を見極めるだけではなく、将来に渡って保存保持するもの。所定の位置という些細な事も守られるべき・・・・・・ですよね?」


 彼はアイルの話を聞いて、頷く以外に何が出来たであろうか。


 サイフォンは明らかにすり替えを疑っていた。しかしガリアスからすり替えられたと伝えられていた古暦書はちゃんとそこに存在していて、逃れられるはずのない警邏隊の尋問から逃れてきた彼は、もうすっかりアイルとメルトに()()()と確信していたのに。


「あ、あぁ、その通りだ・・・・・・次は気を付けてくれたまえよ」




 ***




 釈放されたメルトとアイルは、大聖堂を出て大通りに向かうと、一台の蒸気自動車が待機していた。自動車に乗れるのは限られた人間だけ。しかしアイルは躊躇うことなく乗り込み、メルトを手招きする。そしてこの自動車は監察部の手配した車なのだと理解した。


 後部座席に座って、屋根ルーフを閉じると、アイルは運転手を気にせずに話を切り出す。


「メルト、どうして私達に宝物すり替えの任務が振られたんだと思う?」

「『ガリアスが唯一尻尾を出すのがアイル』だったからじゃないか」


 アイルは興味深そうに双眸を細めた。


「この任務の真の目的に気付いたのね」


 メルトは小さくため息をついた。随分と長い『茶番』に付き合わされた。それも本気で。


「俺はお前を信用し過ぎて、少々頭が鈍っていたようだな。もしガリアスが保守派と繋がっている可能性があったのならば、上層部が、神官の管理する宝物に関する任務に関わらせるはずがない。ガリアスに情報を()()()()つもりだとしか思えない」

「まさしくその通りよ」


 この特定機密任務は実際には存在していない勅命なのだ。任務はガリアスの行動を監視し、奴の真意を見極める為の大義名分。しかし単なる任務であれば、狡猾なガリアスは尻尾を出さない。だが彼が最も執着し、あらゆる手を使って追い落とそうとする例外が存在する。それがアイルだった。


 だから任務が失敗すればアイルを窮地に追い落とせるという状況をわざと作り出し、ガリアスが本当に王都警邏隊隊長として相応しい人間か計る為の偽装任務を計画した。メルトはガリアス同様それに気付かず、まんまと翻弄されていたのだ。


「気付くのが遅過ぎた。お前はいつから知っていた?」


 アイルは少し視線を逸らす。


「王都に来てすぐ監察部本部に行ったでしょ。あの時庶務に任務の真意を全て秘密裏に知らされていたの」

「査問委員会での態度も演技だった訳か」

「敵を騙すには味方からってね。これでも罪悪感はあったのよ」


 あっけらかんとした笑顔でそんなことを言われても、罪悪感を抱いているようには全く感じられない。


「いけしゃあしゃあと・・・・・・。じゃあ『本当の勅命』は何だったんだ」


 監察部は国王直属の組織。無闇矢鱈に勅命をかたるはずが無い。メルトの予想通りそれは存在する。アイルは今まで見せた中で一番真剣な表情を見せた。


「──軍内部と保守派の繋がりを解明せよ。これが本当の勅命よ。前々から神官達が何者からか情報提供されていることは明らかだったけれど、ダリアでの謀反を受け、本格的に調査に乗り出したの。でも兵士に兵士の調査をさせることは困難を極めるわ。自分の上司や同僚を疑うのは、組織の中では難しいもの。だから第三者組織である監察部に任せられることになった。王都の各部隊長にはそれぞれ監察官の担当が付けられ、私は警邏隊隊長ガリアスの担当だった。理由は、あなたの言った通りよ」


 各部隊長全員に担当が振られていたということに驚いた。王は本気で内部調査に踏み出していたのだ。


「もしかして偵察隊隊長リオンもお前の担当だったのか?」


 アイルは少し目を見開き、特に表情を表には出さなかった。ただ少しの沈黙が、隠しきれない動揺だったのではないかとメルトは思った。


「・・・・・・そうよ。実はあの時庶務に言付けていたのはリオン様だけじゃなく、監察部部長もだったの。六年前の件で、ライディン様が過激派に属していたのを知っていて黙っていたのは、叛意があったからじゃないかってね」

「もしリオンが保守派と繋がっていたとすれば、ガリアスが保守派と繋がっているという情報は嘘になる。だが仮に情報が()()()()、六年前の真犯人はガリアスということになる。お前はリオンを疑わなければならない立場であったことから、後者に気付かなかったのか」


 宿で話していた時、頭の回転の良いアイルなら真っ先に気付きそうなことなのに、何故かすっぽりと抜け落ちていたようだった。


 アイルは目蓋を伏せがちに語る。


「正直何が本当で何が嘘なのか、分からなくなっていたから。でも、さっきので確信したわ。ガリアスは宝物すり替えの任務をサイフォン神官長に漏洩し、わざと私を捕まえさせようとした。そして処刑という形で殺そうとした。──保守派と繋がっていたのはガリアスよ。これは監察部と警邏隊以外知り得ないし、サイフォン神官長が聴取から逃れられたことは、ガリアスが神官長とくみしている証拠だわ」

「いくら直接的な繋がりを見せないガリアスでも、サイフォン神官長には直接自分で情報を提供する必要があったのか」

「自分の手を汚さないガリアスだからこそ、誰を通すこともなく自ら伝えたのね」

「でもお前を確実に謀反人に仕立て上げるなら、サイフォン神官長が手荷物検査をしなければよかったんじゃないのか?すり替えられていなければ謀反は成立しない」


 アイルは口元に手を当て真剣に考えている。


「多分その時はまだ知らなかったんだわ。実際警邏隊が到着しても、神官長は聴取を拒絶していたわ。恐らくガリアスから任務についての情報を受け取ったのはついさっき」

「ガリアスも『敵を騙すには味方から』を用いた訳か」


 しくもアイルと同じ方法で。


「基本王都の兵士はみんな狡猾で卑怯なのよ」


 苦笑したその時、突然自動車が急ブレーキをかけた。体が前のめりになって座席から放り出されそうになるが、間一髪で前の座席に掴まる。


「何だっ」


 すると前方に座っていた運転手が頭部を撃ち抜かれ、鮮血を散らして絶命した。二人は息を飲む間も無く、外から無理やり自動車の屋根が開けられ、複数の知らない男達に囲まれる。


「何者だ!」

「監察部のアイルとメルトだな」


 銃口を向けられながら、アイルは眉をひそめる。


「アンタ達誰って聞いてんのよ」

「神の名のもとに粛清する」


 メルトはハッと目を見開いた。


「コイツら保守派の手先──」


 メルトが銃を構えるよりも前に、彼らは指先を動かして辺り一帯に銃声が鳴り響いた。



 ***

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