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 しかしそう長く感嘆してもいられなかった。振り返ったサイフォンはとんでもないことを告げた。


「ここで武装を解除してもらう。火気厳禁であるのと、万が一にも宝物に傷が付くようなことがあってはならないからね」


 メルトは目を軽く見開いた。これでも反応を抑えたつもりだが、あまりに突然のことで驚かざるを得なかった。


「サイフォン神官長のおっしゃる通りに従います」


 アイルは素直に銃と銃剣、そして隠していたナイフをも渡した。それを見たメルトも同じように指示に従う。これで終わりかと思ったが、サイフォンの要求はまだ続く。


「次に手荷物を検査する。台の上に荷物を置いてくれたまえ」


 これにはさすがに焦らずにはいられなかった。


(荷物を見せればすり替え用の偽物フェイクを見られる・・・・・・!)


 古暦書の偽物はどうやっても隠しきれない。当然ながらサイフォンは宝物の中身を知っている。古暦書の偽物を見れば一発でアイルの意図を察するだろう。


(警邏隊が訪れる気配は全く無いな)


 もしや警邏隊は何もせず、アイルを任務失敗に導かせるつもりなのではないかと、疑念を抱かずにはいられない。大聖堂に訪れても、音沙汰一つ無いのだから。


 一体この場面をどう切り抜けるつもりなのか。そう思っていると、アイルは何の隠し立てもしようとせずに、カバンを台の上に置いた。


「どうぞ」


 何の焦りも不安も無い表情で、ごく自然な仕草だった。サイフォンの彼女のカバンに手を伸ばし、中身に触れる。


「・・・・・・これは?」


 そう言って取り出された四角く薄い冊子に、メルトはもう終わりだと思った。──思ったが、それはごくどこにでも存在するありふれたただの日誌帳だった。


 訳が分からずメルトが呆気に取られていると、アイルは淡々と説明する。


「私の日記です。出来れば人に見せたくないのですが、見られて困ることは書いていないので、ご自由にご覧下さい」

「いや結構。乙女の秘密を覗くつもりはないからね」


 そう言ってサイフォンは特に興味無さげに日記を戻した。


(まさかアイルは古暦書をすり替えるのではなく盗むつもりなのか?)


 考えれてみれば、宝物の警備は各聖堂によって異なる。メルトが経験不足なだけで、数々の宝物検査をしてきたアイルなら手荷物検査など容易く予想出来ただろう。


 だがこの検査を乗り越えたところで問題は増えるばかりだ。


(古暦書を盗み出したとして、逃げ切るハードルが上がってしまうだけだ)


 偽物が無ければすぐに事件が判明するだろう。偽物はアイルが検査を終えて監察部本部に戻るまでの時間稼ぎをする為の重用アイテムとも言えたのだ。それが無いとなれば。


(せめて大聖堂から脱出するまでバレなければ、アイルならどうにか逃げ切れるかもしれないが)


 そして問題はもう一つ、勅命の趣旨が『すり替え』であったことだ。これでは任務を達成したとは言えない可能性がある。


 切り札が無いまま、二人は宝物検査の前まで案内された。現在も見張りがこちらを向いて、サイフォンもじっとアイルを見つめている。


(ガリアスは何をしているんだ!!)


 このまま為す術もなく、通常通りの検査を行うのか。


「では検査を始めます」


 アイルは手袋をはめると、サイフォンが鍵を取り出して解錠する。宝物が納められたそれは、一メートル四方の木製の箱だった。メルトは軽く目を見張る。


「箱は鉄製じゃないのか?」

「この箱は特殊な木材が使われていて、外気を遮断することで湿気によるカビを抑制するし、燃えにくい特徴もあるの」


 アイルの普段通りの声が、少しだけメルトに落ち着きを与えた。ここまで来たらメルトに出来ることは何も無かった。ただ事の成り行きに任せて、目の前の仕事に集中することにした。


 開かれた木箱の中に古暦書は納められていた。八百年以上も前の代物とは思えないほど綺麗な保存状態だった。装丁には今は使われていない古語が綴られ、メルトには何と書いているのか分からなかったが、それがこの国の歴史の全てだと思うと、不思議と神々しさを感じた。


 その時だった、一人の下位神官が慌ただしく部屋に飛び込んで来た。


「サイフォン神官長、警邏隊が至急神官長にお会いしたいと押しかけて来ました!」


 アイルとメルトは顔を上げ、目配せした。ようやくお出ましか。


 しらせを聞いたサイフォンは怪訝そうに眉をひそめた。


「後にしろ。今何をしているのか分からないか?」

「しかし警邏隊隊長のガリアス殿が直々にお見えで、緊急事態とのこと」

「緊急事態とはどういうことだ?」


 尋ねられた神官は監察官であるアイルを気にしながら、尻すぼみながら答える。


「大聖堂の中に謀反の疑いがある者が紛れ込み、神官が匿っていると騒いでおり・・・・・・」


 警備をしている衛兵達もざわめき、アイルも驚いた様子だった。だが彼女のそれはこの場に居る者で唯一の演技であった。


 サイフォンは目を見開き、眉を吊り上げ鬼神のごとく怒り狂った。


「警邏隊ごときが、ここをどこだと思っている!!十二都市筆頭の王都大聖堂だぞ、よくもこんなふざけた真似を!!スコット、僕の代わりに監察官の検査を立ち会いなさい!!」


 報せを伝えに来た神官はスコットという名前だった。スコットはなおも口ごもり、伝えにくそうにサイフォンを上目遣いに見やる。


「その・・・・・・警邏隊は聖堂に居る全ての神官を招集しろとのこと。つまり神官長だけでなく私も行かねばなりません」


 メルトは目を見張った。


(まさかガリアスは神官長をこの場から引き揚げさせようというのか!)


 もしそうなれば、ここはアイルの独壇場となる。


 やがてサイフォンは苛立たしそうに前髪をかき上げる。


「なんということだ!アイル監察官聞いての通りだ、すぐに戻る」

「はい、ここはお任せ下さい」


 ドクンと心臓が鼓動する。


(かかった・・・・・・!)


 そしてアイルも最後の一押しをする。


「ああ、サイフォン神官長」

「何だ!」

「お急ぎのところ申し訳ございません。宝物箱の鍵を私に預けて下さい。検査終了後に閉じますので。開けたままでは不用心です」

「僕が戻るまで待てばいい」

「それでは宝物を宝物箱に納めている意味がありません。厳重に保管してこそ、その意義があるのです」


 サイフォンは一瞬戸惑って、アイルの言い分に納得したのか鍵を渡した。


 とうとう鍵を手に入れた。メルトは手に汗握る。鍵さえあれば、検査終了後サイフォンを待つ必要が無くなる。その分古暦書紛失の発覚を遅らせられる。


 神官が消えた宝物庫に残されたのは、警備の衛兵とアイルとメルトだけ。するとアイルは衛兵達に向かって声を張った。


「衛兵の皆さんには申し訳ございませんが、ここからは監察官の特殊な技能で真贋を判定します。その間、あなた方には後ろを向いていて貰います」


 勿論衛兵達からは異議が唱えられる。


「それは出来ない!我々は神官長からあなた方の立ち会いを命じられている!」

「だとしたらなおさら言うことを聞いてもらわねばなりません。私達には監察官としての職責があります。それは宝物を確実に守り続ける義務があるのです。私は先程、神官長の指示に従い、武装を解除して手荷物も明るみにしました。それはその行為が神官の領域だったからです。しかし宝物検査は監察官の領域。この領域を侵すことは何人なんぴとにも許されません!」


 アイルの気迫を前に、衛兵達は口を噤む。そもそも彼らは神官ではない。宝物に対する認識や価値観が神官達と異なるという弱点を突いたのだ。


 いや、これこそが、宝物の真贋を見極める技能や、元兵士である経験をもしのぐ、監察官としての真髄であった。


 衛兵達はしぶしぶながらも、アイルの指示に従い後ろを向いた。そうしてメルトが彼らを見張っている内に、彼女は堂々と古暦書を自らのカバンの中に入れ、宝物箱を施錠した。

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