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 やがてその日は訪れた。暗殺されかけた日からリオンの屋敷で住まわせて貰っていたメルトとアイル。先に目が覚めたメルトは隣の部屋のアイルの元に訪れた。しかし心配には及ばず、彼女はすでに身支度を済ませていた。


 アイルの部屋は昨日まで、リオンの本棚から拝借してきた分厚い表紙の本が幾多も積み重ねられかなり散らかっていたのだが、元通りに戻され整頓されて、屋敷に来た日の部屋そのものだった。


 窓から射し込む朝日を背に、彼女はベッドに足を組んで座っていた。


「おはよう。早いのね」

「そろそろ確かめておこうと思ってな。王都の宝物は何なんだ?」


 監察官には守秘義務が伴う。だからアイルが言うまで尋ねずにいようと思っていたのだが、いつもなら聞いてもいないことをペラペラと語るアイルなのに、何故か今回は口が重くこんな重要なことすら話していなかった。そういうものなのかと思っていたが、ダメ元でメルトは尋ねた。


 すると意外にもアイルはすんなりと口を割った。


「この国が生まれる前から初代国王が勃興するまでを記した歴史書よ」


 メルトは片眉を上げ、訝しげに首を傾げた。


「歴史書なんて、書庫や本屋にだっていくらでもあるだろう」

「そんじょそこらの歴史書とは違うのよ。宝物検査を行う監察官は『古暦書』と読んでいるわ」


 宝物は一見普遍的に見えて、やはり十二都市に納められるだけあって、()()を秘めている。それが王都であればなおさら計り知れない。


「どう違うんだ?」

「古暦書は万物の祖なのよ。市井しせいに溢れる歴史書の原本となった歴史書であり、古代の考察も、歴史の編纂も、全てこの古暦書を元に行われるわ。つまり古暦書の中身を書き換えるだけで、国の歴史をも変えてしまえるということなの」


 それはつまり。


「書き換えれば、一種の焚書ふんしょになるということか?」


 アイルはメルトの顔を真っ直ぐに見つめ、神妙な面持ちで頷く。


「そうよ。古暦書は本にして本にあらず。歴史そのものと言っても過言ではない。もし一頁でも消えてしまえば、その出来事は歴史から消し去られるわ。これは法律でも定められていることなの。それが絶対的効力の証。十二都市の宝物に指定されているのはその巨大過ぎる影響力が所以ゆえんなのよ」


 歴史は曖昧であやふやなことも多い。だから確かな根拠となる一冊の歴史書を定めた。しかしそれを元とすることは、消えた時の影響も大きく、法律で定めているのは諸刃の剣と言えた。今自分達が本物だと信じている真実が簡単に虚像へと変わってしまう。


 今回の宝物が十二都市の中で一番厄介で、メルトは、アイル達監察官の職責がいかに大きいものなのかを思い知った。


 だが、最近のアイルはどこか様子がおかしいと、メルトは感じていた。




 ***




 リオンに礼を言って別れを告げた二人は、王都の東に位置する大聖堂に向かう。


「もし王都の宝物を謀反の道具にしようものなら、国の歴史を書き換えられる」

「そう。今まで我が国を攻め滅ぼそうとした敵将はまず古暦書を狙ったらしいわ」

「古暦書の存在意義を聞けばその行動も頷ける。もしかして聖地巡礼は王都から始まるのもそのためか?」


 メルトの問いにアイルは首を捻る。


「どうなのかしら。この国の歴史と共に国を回り、神への信仰を深めるには最適なのは確かね」


 やがて大聖堂が見え始め、メルトは声を潜めた。


「それで、偽物フェイクは用意出来たのか」

「ええ。準備は万端よ」


 アイルがあまりに自信満々に言うもので、メルトは逆に不信感を抱く。彼女はいつだって前向きだが、今まではその前向きな姿勢には何か根拠があったものだ。今回もきっと上手くいく確証があるのだろうが、メルトには聞かされていない。これについては聞いてもはぐらかされた。


 だからか、今日はアイルを心からは信じられなかった。無闇矢鱈に信じてはいけない気がした。


 王都の大聖堂の扉の前にたどり着くと衛兵に声をかけ、神官長に繋いでもらう。とうとう特定機密任務が始まった。


 二人は大聖堂の応接間で座っていたが、待てど暮らせど神官長は現れなかった。確かに神官長は忙しく、こうして待たされるのも珍しいことではないが、今日ばかりは安心していられない。するとアイルがテーブルの下でメルトの汗ばんだ手を握った。


 アイルは何も言わず、目も合わせなかったが、メルトの緊張は少しだけ解けた。だが。


(どうしてアイルはこんなにも落ち着いている。失敗すれば殺されるんだぞ)


 まさか彼女はまだ自分が()()()()()()と、半ば投げやりになっているのかと疑った。しかしその横顔はそういったものではなく、本当に落ち着きに満ちていた。


 約一時間後、とうとう神官長が姿を見せた。アイルは手を離して立ち上がった。


「お初にお目にかかります、監察官のアイルです。王都大聖堂のサイフォン神官長ですね?」


 サイフォンは四十半ばの歳で、ウェーブがかった長髪が印象的な男だった。そして微かに女物の香水が香った。彼がどうしてここに遅れて来たのかは聞くまでもない。


 男前だが全体的に若作っており、どこか胡散臭い雰囲気があって、メルトは個人的にいけ好かないと思った。何より彼は保守派筆頭の神官長として有名なのだ。過激派ではないが、言動はそれに準ずるに等しい。だからアイルはニコリとも笑わなかった。対して、確かめられたサイフォンは余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)に笑みを浮かべていた。


「いかにも。僕が神官長のサイフォンです」


 アイルは眉をひそめて視線を鋭くした。


「監察部部長から宝物検査の事前通知が行っているはずですよね。十二都市の中でも王都の宝物がいかに重要かお分かりのはず。その検査をないがしろにされては──」

「──まあまあ、アイル監察官、今日のところはその辺りで勘弁してくれないか?部下の間で伝達ミスが起こってしまってね。勿論こちらの不手際なんだが、これでも僕は大急ぎで出てきて、下着を履いてくるのを忘れてしまったほどだよ」


「は?」という言葉を喉元で押し止めた顔をして、


「セクハラですか?」

「それくらい慌てていたということだよ。履いていないのは本当だけど」

「・・・・・・」


 アイルは呆れて言葉を失った。相手にするだけ馬鹿馬鹿しく感じる。いや、そう思わせて相手の主導権を握るのがこの男のやり口かもしれないとメルトは感じていた。


「今回は僕の顔に免じて許してくれないかい?次はこのようなことが起こらないよう注意するから」

「・・・・・・分かりました。時間が勿体ないので宝物の所へ案内して下さい」

「感謝するよ」


 二人は応接間から出て、サイフォンに続けて長い廊下を歩いた。大聖堂は白を基調として、どこもかしこも荘厳な造りで、ちり一つない。そしてその完璧さが逆に恐ろしかった。この大きな建物の隅から隅まで管理しきって、アリ一匹の侵入も許さない、そう言っているようだった。


(本当に任務は成功するのか?)


 思わず銃を握る手に力を込めそうになり、理性で制した。少しでも不審な姿を見せて気付かれれば一巻の終わりだ。


 サイフォンは建物の奥へ奥へと進んだ。どの聖堂も宝物を建物の最深部に納めている。進むごとに段々と衛兵の数が増え、やがて大きな扉を開けると、部屋の中に鉄格子がはめられている特殊な部屋に入った。そうして古暦書は厳重な監視の下警備されていた。部屋を見るだけで他の都市とは予算が格段に違うことが理解出来た。


 加えて、宝物が納められているだけだというのに、壁や天井に装飾が施され、部屋の中を囲む鉄格子は灯りに照らされ光沢が出ている。さらに必要も無いのに美術品まで揃えられ、宝物抜きにしても価値のあるものが勢揃いしている。


(これが十二都市最高位の王都大聖堂宝物庫・・・・・・)

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