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 作戦五日前、アイルとメルトは警邏隊本部にて作戦会議に参加するよう通達される。当然の事ながら本部は針のむしろのような場所で、兵士達の視線がアイルに注がれる。憎しみと軽蔑を入り混ぜたような視線に、メルトはアイルの様子を伺う為にちらりと見やる。するとアイルは、ふっと微苦笑を漏らす。大丈夫と目で言っている気がした。


 本館建物の前に来ると、若い女兵士に止められた。


「お二方にはここでお手持ちの装備を渡してもらいます。お帰りの際にお返ししますので」


 仮にもここは王都の重要警備を担う警邏隊の本拠地、当然部外者は武装解除が原則だ。規則にのっとった対処だが、先日のアイル暗殺未遂の事件が起こったばかりだ。今無防備になれば狙って下さいと言わんばかりである。


 するとメルトが銃を渡すのに躊躇ちゅうちょしたことに、女兵士は顔をしかめ声を荒らげる。


「さあ早く!」

「そうカッカしなくてもいいじゃない。いくらあなた達の領域とはいえ、さすがに大勢の目がある場所では私達を殺せないって分かってるわよ。ねえ?もう腹部の痛みは消えたのかしら」

「な──」


 動揺する彼女にアイルは追い打ちをかける。


「フランと一緒にメルトを襲ったのはあなたでしょう()()()()()

「ち、違っ!」


 アンジェラと呼ばれた兵士は更に青ざめる。


「とぼけるのはよしなさいよ。フランのバディだったあなたなら彼に協力してもおかしくない。しかも私達の銃を押収して死んだ仲間の殺害容疑の証拠品にするつもりでしょう。でも残念ね、銃はあの日の内に処分したわ。この銃をいくら調べても何も出ないわよ」

「っ!!お前のせいでフラン先輩は──!!」


 とうとう逆上したアンジェラはあの日の拳銃を取り出し、アイルに向かって両手で構える。しかしアイルは臆することなく身体を低くして回し蹴った。アンジェラの脚を引っ掛けると、不意打ちに驚いたアンジェラは空中に暴発させる。そして頭を打って地面に転がった彼女の手をアイルは力一杯に踏みつけ、拳銃を蹴り飛ばした。


「これでメルトの傷はチャラにしてあげる。頭を打ったなら医者に診てもらうのね」


 アンジェラを見下しているアイルの横顔は冷徹で、気遣う言葉にも感情は一切こもっていなかった。その視線を真正面に受け止めたアンジェラは口をつぐみ、恐怖に射止められていた。


 ここで事態を把握した周りの兵士達がアンジェラを取り押さえた。本当は兵士達が動いた時アイルを捕縛するのではないかと少し身構えたが、彼らは自分達の見た事実を曲げることだけはしないようで、その誇り高さが功を奏した。


 やがて別の女兵士がアイルとメルトの銃を預かって、建物に案内した。階段を昇っていると、窓の外に訓練している兵士の集団が見えた。胸元には訓練生のバッチを付け、教官にしごかれるものの顔付きがまだ初々しい。その集団の中にドーシュを見つけた。


 それはアイルも同じで、ほんのわずかな間ドーシュを見つめて、目に焼き付けていた。そしてここに来て初めて少し悲しげな顔をして、二度と見返さなかった。


 最上階の会議室の真ん中の席にガリアスは座して待ち構えていた。その両隣には二人ずつ兵士が待機していた。この前とは違う面子だ。


「本当にここまで来るとは。裏切り者だけあって面の皮が厚いな」


 アイルはズカズカと足を踏み入れ、ドカッと音を立てて椅子に座った。あえてガリアスの対面に座るのがアイルらしい。メルトもその隣に座った。


 アイルは小首を傾げながら鼻で笑った。


「面の厚さではアンタに負けるわよ。フランを使って私を殺そうとしたくせに」

「あれはアイツらが勝手に起こした行動だ。そう簡単にお前に口実を与えてたまるか」

「でも私が王都に居ることは、あの委員会に出席したアンタと他五人しか知らないはず。誰かが情報を漏洩したことは事実よ。こんなの監督不行届に他ならないわ」


 痛いところを突かれたのか、ガリアスは眉をひそめる。


「お前に言われずとも組織の失態は組織の中で処理する。しかし、リオン偵察隊長の屋敷に逃げ込んだのは正解だったな。今あそこに手を出せる人間は限られている。さすがにアイツらも理性は残っていた訳だ」

「惜しかったわね。もう少しで私を殺せたのに」


 ガリアスは唇の端を吊り上げて微かに笑った。


「確かにな。俺はむしろ、アイツらがお前を仕留め損なったことに対して見損なった。──さて無駄口はここまでだ。本題に入る」


 途端に部屋の空気は張り詰め、緊張に包まれる。


「今回の任務は特定機密任務。万全を期すため、当日お前達監察官は、通常通りの宝物を検査しろ。途中で我々警邏隊が緊急事態を装い、神官長を含む全ての神官を聖堂の礼拝場へと誘導して事情聴取を行う」

「一体どんな事案を用意するのよ。ちょっとやそっとの話じゃ、宝物検査中の神官長を引っ張ることは出来ないわよ」

「詳細は伝えられない。なにせ俺はお前を信用していないからな」


 アイルは目を見開き、メルトも驚いて言葉が出なかった。さすがのアイルも堪忍袋の緒が切れたようで立ち上がった。


「自分一人で画策して、こっちはアンタの作戦を何も知らず何も聞かず、ただ動く駒になれってこと?馬鹿じゃないの!この任務がどれだけ大きな意味を持っているのか分かっているでしょう、信用出来ないならハナから私達を作戦から外しなさいよ!」

「そうしたいのは山々だが、今は王都で自由に動ける監察官はお前だけだと、あの委員長に言われたのさ。俺も組織の一員なんでね、上に言われたら木偶でくぼうでも使わないテはない」

「そんな暴論がまかり通るのか?これは警邏隊と監察部の共同任務のはずだ。きちんとした説明も無しに任務が成功するはずがない」


 そう言ったメルトに、ガリアスは小馬鹿にしたように笑う。


「お前達は自分の立場が分かっていないようだな。あくまで作戦の主導権を握るのは警邏隊およびこの俺だ。俺の作戦に従えないならお前達は勅命を無視したとして厳罰が下るだけだ」


 しかしこれで簡単に引き下がる訳にはいかない。それはプライドなんてものではなく、尊厳の問題だった。同じ任務を任せられた人間であるのに、アイルとその補佐メルトだけが蚊帳の外に居て、さらに都合の良い駒になるなど到底受け入れられないことだ。


「もしその話に納得がいかなくて、当日私が任務放棄をしたらどうする?」

「できもしないことをほざくな。軍を辞め、未練がましくリオン様にしがみついて、無理やり監察官の地位を手に入れたくせに。さすがはライディン様を踏み台に出世しようとした女は厚かましさが筋金入りだな」


 アイルは「ハンっ」と鼻を鳴らした。


「なるほど、今ここで私に注がれる視線はそういうものだったの。ええそうよ、あなたの言う通り私任務放棄なんてしないわ。逃げても勅命無視で死刑確実だし、アンタの作戦とやらで裏をかいて下手に動いて死ぬのもごめんだもの。でもこれだけは忘れないことね。どれだけ自信があるのか知らないけど、私は今までの私じゃない。あなたの思い描く通りに作戦は進むかしら?」


 ガリアスは意地悪げな笑みを浮かべる。


「成功させてみせるさ。どんな手を使っても。お前なんて消えてもいい使い捨ての駒だからな」


 冗談めいた口調で、本気だった。メルトは確信した。この男はアイルを殺すつもりで任務を遂行する。任務が失敗したところで、アイルの個人的犯行として片付けて処刑させるつもりだ。任務が成功しようが失敗しようが、どう転んだってこの男には好都合。後々の監察部との関係など微塵も気にしていない。


 それでもアイルはガリアスに従うだろう、メルトは彼女の何かを堪える顔を見てそう思った。ぐっと顎を引いてガリアスを睨み付けている。


「・・・・・・せいぜい頑張ってやるわよ」


 アイルはメルトの肩を叩いて「帰る」と合図して、部屋から出た。


 メルトはアイルの隣を歩きながら、何故彼女は何も言い返さずに部屋を出て来たのかを考えていた。せめて嫌味の一つでも言ったなら、背中を震わせるほどの怒りが少しは治まっていたかもしれないのに。


 そして装備を返還してもらい、本館の出入口を開けるとすぐ近くの木陰にドーシュが佇んでいた。ドーシュは目を見開く。


「アイルさん、メルト・・・・・・!」


 その呼び掛けにアイルは答えることなくその場を立ち去った。ドーシュの視線を受け止めながら、メルトは小声で囁く。


「挨拶くらいしたらどうだ」

「私が声をかけてあの子の立場を悪くする訳にもいかないでしょ」

「そうか。なら俺が代わりに話してこよう」


 少なくともドーシュはそれを望んでいる。アイルは一瞬メルトを振り返って、しかし止めずに先に帰っていった。


 立ち止まったメルトにドーシュが駆け寄ってきた。


「久しぶりだな」

「うん」


 他の人間には聞こえないくらいの声で話すと、ドーシュは察して話をしやすい場所に移動した。元居た場所から離れてはいるが、他の訓練生の様子が見えて、いつ教官に招集されても困らない距離だった。


「ここには用事で来たの?」

「ああ。今は休憩か」

「ううん、自主練。でも実質休憩かな。みんな休める時に休むんだ」

「俺達の時もそうだった。自主練とは言うものの、堂々と休憩を与えてやれないから、そう言ってるだけだ」


 目を丸くして驚くドーシュ。


「本当に?そっか、だから教官怒らないんだあ」


 ドーシュが笑って、メルトも連られて少し笑った。久しく彼のこの人懐っこい笑顔を見ていなかった。そして笑えていることに安堵した。ドーシュとアイルはきちんと話せずに別れたので、メルトは心配していたのだ。


「ところでメルト、ダリアで謀反に巻き込まれたって聞いたけど・・・・・・」

「大丈夫だ。アイルは元王都の兵士だからな、俺の出番はほとんど無かったくらいだ」


「そっか」とドーシュは気まずそうに呟く。


「僕兵士になったんだ。でも、兵士になって訓練をすればするほどアイルさんがどれだけすごい人だったのか思い知らされるよ」


 不意にメルトの顔が曇る。


「どうやって兵士になれた?ライディンの息子であると知られたら、軍に在籍するどころか処刑されるぞ」

「実はガリアス隊長がはからってくれたんだ。僕の素性を知る人に箝口令かんこうれいを敷いて、無戸籍だったことを利用して、新しく戸籍を作って入軍させて貰ったよ。慣れないことは多いけど、ガリアス隊長には感謝しかないくらいだ」


 そうドーシュは嬉しそうに語っていたが、メルトはやはり心配でならなかった。


「ドーシュ、お前は同じ過ちを繰り返すつもりか?」

「え?」

「人を信じるのはいいが、ただ踊らされる道化にはなるな。常に相手の真意を探れ、目に見えるものだけを信じると痛い目に遭うと、アイルをもって学んだはずだ。何故ガリアスはお前を入軍させたのかよく考えろ」


 キツい言い方になったかもしれない。ドーシュは困惑している様子だった。


「それはガリアス隊長が父さんに恩があって、その延長線で僕に良くしてくれているんだよ」

「だがお前にあまりに都合が良すぎる。そもそもお前はどうして兵士になろうと考えた?王都の兵士でもなければ、それほど難しい試験を通らず食いっぱぐれることのない安泰職でもある。お前はそれを狙ったんじゃないか?」

「・・・・・・それの何がいけないの?」

「安泰職でもあり、危険な仕事でもある。もしガリアスが本当にお前を恩人の息子として助けようとするなら、俺なら兵士になんてさせない。きっとアイルと同じように育てたはずだ」


 その言葉にドーシュは驚いて、次いで眉を吊り上げて怒気を閃かせた。


「ものの善し悪しなんて人それぞれだろ!ガリアス隊長は十分僕のことを考えてくれている!」

「そう思うのは勝手だが、常に用心は忘れるな。騙されるな。騙されるフリをして逆に利用しろ。ガリアスから学べるのはそれだけだ」

「知ったような口を聞かないでよ!」


 怒鳴った声が響いたのか、遠くから他の訓練生が訝しげにこちらを見つめていた。しかしメルトも、伝えなければならないことは伝えておくつもりだった。


「ならお前はガリアスの、アイルの何を理解している?」

「っ・・・・・・」


 言葉を失うドーシュに、メルトは最後にもう一度だけ忠告する。


「ドーシュ、持ち場に戻れ。そしてよく考えろ。考えて自分で決めろ」


 踵を返したメルトの背中に、ドーシュは叫んだ。


「分かんないよ!考えたって、どれが正しいのか僕には分からないんだ!」


 メルトは足を止めて、顔の半分だけ振り向いた。


「分からないなら聞けばいい。自分の中で完結せず、ちゃんと話をしろ。相手が拒むなら食い下がれ。悩むのはその後だ」


 考えても分からないことは確かにある。でもそれを分からないと言って嘆くことは愚かだ。調べて、尋ねて、思考する。人は行動してようやく何かを得られる。


 メルトはドーシュならそれが理解出来るはずだと信じて、半ば願いながらその場を後にした。



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