24
夕食を共にした後、アイルは部屋に戻って行った。疲れたので早く寝るという。この際メルトも休める時に休んでおこうと思って、早めに就寝することにした。
そして皆が寝静まり、人通りが減って彼らに好都合な時間帯が訪れた。男と女が一人ずつ、宿の屋上からロープを垂らして壁を伝い、そしてある部屋の前で立ち止まった。窓にはカーテンが閉められており、中の様子は分からない。しかし二人は夕方に下調べを済ませているので、合図をすると躊躇うことなく窓を蹴ってガラスを割り飛び込んだ。ガラスが木っ端微塵に砕け、ガシャンッと大きな音が部屋に響く。
「っ!!」
その音にメルトが目を覚まし、反射的に半身を起こした。侵入者はすぐさま体勢を立て直してナイフをメルトに向かって投げた。
メルトは身体を横に転がるようにしてナイフを直前で避ける。だが寝起きであった為に少し反応が遅れたのか、首にかすり傷が出来た。メルトはその傷を歯牙にもかけないで、侵入者の居る窓側の反対側、出口側にの床に降り、同時に枕の下に隠していた短剣を引き抜いて立ち上がった。人影は二人。背格好からして男と女。
すると女の方がメルトに拳銃を向ける。
「何でお前がこの部屋に居る!」
忌々しげに彼女は叫んだ。そして同時に発砲した。彼女の言葉の意図を計りたいがそんな余裕は全くなかった。発砲音がする前に咄嗟に動いたのでメルトは被弾しなかった。そしてメルトは彼女の懐に飛び込み、短剣の柄を腹に打ち込む。彼女はよろめいて床に突っ伏した。
すると今度はもう一人の侵入者である男が、後ろからナイフを振りかざしメルトに襲いかかる。だが今度はメルトが対処するよりも前に、勢い良く扉を蹴り飛ばして入って来たアイルが彼に銃を撃ち放った。弾は彼の肩を貫通した。
すぐさま次弾を装填し、次に膝を狙おうとしたアイルは男の顔を見て動きを止めた。男は鼻から下をマスクで隠していたが、アイルと目が合ったようで、アイルが微かに動揺しているのが見て取れた。
しかし男はその隙を見逃さず、床に転がっている仲間の女を片腕で拾って窓から飛び出た。アイルが追いかけて窓の下を覗くと、二人の姿はもう無かった。そしてアイルはメルトに駆け寄る。
「メルト無事!?」
アイルはメルトの首元を見てギョッとする。
「やだっ、血が出てる!」
「ただのかすり傷だ」
「本当ね?それならすぐにここを出るわよ」
そう言ってメルトの荷物を掴んで、自分の荷物と一緒に押し付けてきた。
「私が先頭を走る。あなたはうしろから援護をお願い」
手鏡で廊下を確認し、安全と判断して駆け出た。メルトも荷物を背に、銃を構えながら後に続く。
当たり前だがアイルは出入口には向かわなかった。仕留め損なったと待ち構えている可能性がある。そこでアイルは宿の路地側に面した二階にある窓を破り、雨樋を伝って地面に降りて、そこから縦横無尽に駆け回る。追っ手を巻いているのだ。敵は見えなかったが、時折どこからか銃を撃ち込まれる。恐らく敵はどこか高い所からアイルとメルトを狙っているようだった。
するとアイルはとある建物の中に入った。その建物の一階はバーだった。そしてバーを通り過ぎ、アイルは店員専用入口を勝手に開け、上へと続く階段を駆け登る。二階に行くと突然入って来たアイルとメルトに驚き、止めようとした黒服の男達が現れたが、アイルは懐から金貨を取り出してばら撒いた。
(大盤振る舞いだな)
アイルにとってはさして気にする額でもないのかもしれないが、一般的に言うと今撒いた額は相当のものだ。そして黒服達が金貨を拾う為に床に群がっている間にさっさと階段を駆け上がる。
「どこに行くつもりだ!」
「ここの屋上に出て残りの奴らを殲滅する!」
どうして追い詰められるような所へ向かうのかは分からなかったが、仕方がないのでメルトはとりあえずそのまま彼女の背を追いながら走る。やがて三階に辿り着き、慣れたようにハシゴを引っ張り出してきて天井板を外すと、当たりを一望出来る屋上に出た。
アイルは何の躊躇いもなく頭を出し、すぐに囲いの死角に入る。
「あなたは頭を出さないで」
アイルはさっと周りを確認し、東の屋根の上に武装した影を三つ見つける。すぐさま銃に照準器を取り付け、あっという間に撃ち仕留めてしまう。十秒くらいの時間だった。発砲音は三回。彼女は狙った獲物は逃がさない。多分全員に被弾している。そして他に追っ手が居ないか注意深く睨みながら、
「たったこれだけで私を殺そうなんて、舐め過ぎよ」
そう呟いた。
「殺したのか?」
「急所は外した。でも二人屋根から落ちたから、死んだかもしれない。さあ行くわよ」
そう言ってアイルは屋上から飛び降りた。
「!?アイル!!」
驚いて下を覗くと、下に落ちたのではなく隣の建物の屋根に飛び移っていた。向こうまで五メートル以上ある。
「早く飛んで!その建物、違法組織の根城だから!」
下の階から怒号を飛ばしながら近付く複数の足音が聞こえて、メルトはこめかみに青筋を浮かべながら飛び降りた。落ちたら死ぬ。しかし捕まればそれはそれで面倒なことになる。
「お前なぁ!先に言えよ!」
「お喋りしてる時間は無いわ!次はこっちよ、下のベランダに飛び降りて!」
ベランダから倉庫、塀と、安全な足場のある場所にひょいひょいと降りて、意外と簡単に地上に戻ってこられた。
さっきの違法組織の根城はこの辺りで一番背の高い建物で、アイルは屋上があることも知っていたのだろう。そこからここまで降りられたのもかなり土地勘が無ければ出来ない芸当だ。
「もう地上は安全だから、ここからは地面を歩いて行きましょう」
地面を歩いて行く以外普通はありえないと思った。
「どこに行く気だ」
「・・・・・・リオン様のお屋敷よ」




