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 手順に則った形式的な査問委員会──事前にはそう伝えられていたが、アイルとメルトは入室した時から異様な空気を感じていた。査問委員会委員長デルタの向かい側に用意された席に着き、開会時刻を待った。


(おかしい。開会時刻がまだとはいえ、査問委員会の委員と聴取されるこちらの面子は揃っている)


 しかしまだ『空席』が存在していた。彼らは一体誰を待っているのか。メルトは嫌な予感がした。アイルは静かに姿勢を正して座っていた。


 すると部屋の扉がノックされた。次いで、入って来た軍服集団の集団にメルトは目を見開いた。集団の先頭に立っていたのはガリアスだったからだ。すぐさまアイルは立ち上がった。


「委員長、何故ここに王都警邏隊(けいらたい)が召喚されているのでしょうか?」

「それはこれから説明する。アイル監察官、座りなさい」


 アイルは眉をひそめながらも、デルタの指示通りに引き下がった。しかしアイルとガリアスは視線を交錯させ、冷ややかに睨み合っていた。


 やがてガリアス率いる五人の警邏隊員が席に着くと、デルタの丸い老眼鏡が怪しく光り、丁寧に整えられた白い髭が動いた。


「定刻より少し早いが査問委員会を開会しよう。まず先に伝えておく。アイル監察官、君のダリアでの行動は緊急事態だったことを踏まえ不問とする」

「はい。ありがとうございます」


 不問とされたものの、アイルの表情は曇っていた。今回の査問委員会の本当の議題はダリアでのことではないとメルトも察していた。


「そして本題だ。この監察部査問委員会に軍の部隊が呼ばれたのは、我々が共同で行う任務が与えられたからだ。命令されたのは国王陛下である」


 メルトは耳を疑った。


(国王直々の命令だと?)


 軍と監察部ではそもそも組織的存在意義が異なる。軍は主に人を取り締まる為に在り、監察部は十二都市の宝物の検査が主な仕事。


(まさか今回の仕事は宝物が関係するのか)


 ふとメルトは、警邏隊の兵士がアイルを懐疑的な目で見ていることに気付く。警邏隊はアイルが過去に軍で何があったか知っている。もしかしたら顔見知りかもしれない。しかしアイルは彼らに一瞥もくれず、平然としていた。


「任務内容は、王都の聖堂に納められた宝物を偽物と()()()()()ことだ」


 この時アイルは初めて動揺を見せた。宝物をすり替える、それがこの国でどのような意味を持つのか。この場に居てそれが分からぬ者は居ない。


「それは神官達には告げずにということですか」


 アイルの声は少し震えていた。しかしデルタはあくまで平常だった。


「無論そうなる。これは特定機密任務だ」

「我々監察官が宝物を監査する時、神官は常にその場に立ち会います。委員長も知っていますよね?」

「ああ。そのため我々だけで監査を行うとなれば当然神官達は怪しむだろう。そして万が一、すり替えが発覚すれば神官と国王陛下の間に大きな溝が生まれ、政治の均衡が崩れる」


 王都は十二都市の一つに含まれる。聖地巡礼では王都が最初の聖地ともされ、それから三都市を回るのだ。つまり十二都市の中で最も重要とされる都市であり、その宝物は神官達が畏敬の念を抱く特別な存在。すり替えられるかどうかの問題ではなく、下手をすれば国をひっくり返しかねない大問題なのだ。


「そこまで分かっていて何故こんなに無謀なことを?もし失敗して勅命であることが露呈すれば、神官達と陛下の間に溝が生まれ、均衡が崩れるだけではありません。神を信仰する全ての国民を敵に回し、神を軽んじた国王陛下への信頼は失墜します。それはつまり国が破綻するということです」

「分かっている。そうならない為の警邏隊だ。警邏隊にはこの任務のフォローに当たってもらう」

「・・・・・・数ある部隊の中から警邏隊を指名されたのどなたですか」


 アイルの質問に、デルタは机の上で手を組む。


「陛下と私で相談して決めた。綿密な行動計画に基づき動く治安維持部隊と違って、警邏隊はその時起こった市街の問題対処にあたる。つまり不測の事態を装っても不自然ではなく、なおかつ切迫感があり、多少強引な要求をしても怪しまれることは無い」

「それで後で何か言われても、あの場では最善の判断だったと言って押し切るつもりなんですね」

「察しが良くて助かるよ。私も君の経歴は知っているが今の君は監察官だ。それも、ひときわ優秀な。公私区別して理解してくれるね?」

「はい。勿論です」


 メルトは目を細め、唇を歪めた。アイルは平然と返事をしたが、今の彼女にそう答える他どうすることが出来たというだろう。


「今回の件、ダリアでの反乱から世論が神官への反感を強めたことに起因する。しかし突然神官をないがしろにする訳にもいかず、かといってこのまま何のペナルティも無しに放っておくことも出来ない。悩まれた末に出た結論が宝物のすり替えだ。これでもし今後、神官達に謀反を起こされても宝物は偽物であるので権威の道具に使われることはない。その上気付かれなければ神官の矜恃きょうじを傷付けることもない。あくまで全て保険なのだ。・・・・・・とはいえ神官達を裏切る行為であることに変わらず、本来の任務とは違う形で監察官を動かすことも、陛下にとって苦渋の決断だ。宝物を置き換えてもこの先気を揉まれることになる」

「私も陛下の心中お察しします」

「よろしい。では警邏隊隊長」

「はい」


 委員長はガリアスの方へ向き直った。


「すり替えの作戦は君の方で発案してくれるらしいね」

「はい。やはり宝物のすり替えはアイル監察官が行い、その間我々警邏隊は神官達への注意を引いてバックアップするのが得策かと」

「自分達の手は汚さないつもりかね?」


 この言葉にメルトは少し驚いた。デルタが思ったよりも容赦なくガリアスの作戦に鋭く切り込こんだ。しかしこの程度で揺らぐガリアスでもない。


「いえ、あくまでこれは自然な状況を装う為です。いくら不測の事態を引き起こし混乱を生じさせても、きっと我々が宝物に触れようとすることで神官達には懐疑心が芽生え冷静になってしまいます。互いの職域を侵さないことが、混乱を混乱に留め置く方法かと」

「一度にいくつもの異常事態が発生すれば逆に冷静さを取り戻すと」


 メルトは思わず立ち上がる。


「デルタ委員長」

「君は確か・・・・・・」

「新しくアイル監察官の補佐になりましたメルトです。一つ質問をしても?」

「好きにしたまえ」

「ありがとうございます」


 メルトは短く息を吸う。


「ガリアス隊長の作戦でいくと、もしも失敗した場合、アイル監察官一人の責任とされる可能性があります。いえ確実にそうなるのでしょう。それは俗に言うトカゲの尻尾切りでは?」

「それがどうした」


 堂々と言ってのけたのはガリアスだ。ガリアスはメルトを睨みつける。


「今回の任務は特定機密任務という特殊性をはらむもの。それも陛下の勅命だぞ。となれば『失敗した場合』なんて想定してはならない。我々に許されるのは『成功』のみだ」

「リスクを想定しないことは愚かともいえるが」

「確かにそうだな。ではもし神官達に勘づかれた場合は、アイル監察官がその身を持って責任を取ればいい。この作戦の主軸は宝物なのだから、監察官が責めを負うのは当然だ。するとこれは任務失敗ではなく、個人的な犯行となる」

「本気で言っているのか?もしそんなことになればアイルは失職では済まない。宝物に手を出した『謀反人』として処刑されることになるんだぞ。むしろこれは作戦立案者であるお前が責めを負うべきなんじゃないのか?」

「何を甘いことを言っている。元地方のイチ偵察隊員には分かるまいが、王都で働くということはこういうことだ。常に危険と隣り合わせに生きる。少しでも判断を誤れば命を持って償う自己責任。それはアイル監察官も重々承知していることだろう」

「何」

「──もういいわ」


 白熱する二人の口争いに間に割って入ったのはアイルだった。


「メルト、私は構わないわ」


 アイルはメルトに微苦笑した。


「確かにこの任務において失敗は許されない。失敗は勅命を無視し叛意を翻したことと同義。それなら死んで当然よ。でもあなたという優秀な補佐が居るのだから、必ず任務を達成してみせる」


 そしてアイルはデルタに視線を向ける。


「委員長も私を信頼して下さってるから任せられたんですよね」


 デルタはしばらく無言の後、


「ガリアス隊長」


 と声をかける。


「何でしょう」

「我々があなたに従うのはあくまで任務遂行において円滑に事を運ぶ為。もし私の部下達に何かあれば相応の対処を致す所存だ、くれぐれもよろしく頼むよ」


 声が特別重かった訳ではない。しかしデルタの視線の鋭さに、ガリアス以外の警邏隊員はゾクリと寒気して青ざめた。


 ガリアスは一人、余裕の笑みを見せた。


「勿論、警邏隊は監察部と友好的な関係にありたいと思っております」



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