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 ダリアでの謀反から一ヶ月が経った。非常事態だったとはいえ監察官権限を部外者に委譲したことを受け、監察部査問委員会が開かれることとなる。そこで当事者であるアイルは王都の本部に召還され、釈明を求められるのだ。


 辿り着いた久しぶりの王都を、アイルは視線だけで当たりを見回した。


「ダリアでは大事件が起こったっていうのに、王都は何の変わりもないのね」


 アイルの隣を歩いていたメルトも、その雑踏の中で違和感を感じざるを得なかった。


「ダリアでの犠牲者の数は多いものの、計画が未遂で片付いた稀有けうな事件だったからな」


 とはいえダリアで過ごしている時は、このように自由に散策出来る呑気な空気はどこにも無かった。そして非常事態の恐怖に呑まれた多くの民衆が街を去ろうとしたが、軍が関係者の洗い出しの最中で街からの出発を許可せず、市民と軍の衝突が見られた。もしかしたらダリアという大きな街の出来事であっても、いまだ閉鎖状態であることが王都への不安の感染を抑えているのかもしれないとメルトは思った。


「神官長とヴェンダは、目的を果たせなかったとはいえ結果的にダリアを封鎖しているのだから、ある意味すごいことよね」

「ああ。しかし大都市ダリアを封鎖した経済的な影響は大きいだろうな」


 本当の影響とは小さなところで発生する。一見変わらぬ雰囲気の王都であるが、よくよく見てみると店の人間はあまり物が売れずに暇そうにしている。そしてぽつりぽつりと空き店舗も見られる。王都の商業地で空き店舗があるなんてことは滅多に無い。地代が高くても、元を取るのが容易いほど集客率が良いからだ。


 つまり今の王都は、治安は安定しているが、実際のところ不景気真っ只中なのだろう。


「ところで監察部本部への道はここを真っすぐか?」

「ええ。そして大通りに出たら左よ。進んだ先が目的地」


 アイルは頷いて答えた後、少し申し訳なさそうな顔をした。


「まさかあなたが兵士を辞めてまで『補佐』になってくれると思わなかった」


 助手というのはアイルが個人的に定めていた仮初の地位だ。本来監察官に付属する正式な地位は『補佐』という。メルトは軍での事情聴取で記憶喪失と供述したことで、若干不審がられたものの、今回の事件の働きと功績も兼ね合い、脱走兵扱いを免れた。そして正式に除隊し軍服と階級を返還。自分の意思でアイルに付き添うことを決めた。


 ここでようやくアイルは正式な手順を踏んでメルトを補佐にしたのだが、つまり委任状を渡した時はメルトは部外者であったことになる。そのため監察部査問委員会を開会することとなったのだ。


 アイルは、口でどんなにメルトを所有物だの決定権があるだのほざいてはいたものの、結局本当の意味では何も拘束していなかった。まるで鳥のヒナを拾い育ててはいるものの、自分が親鳥になるのではなく、いつか飛び立つ日を待っていたのかもしれない。だがメルトも、今の自分が飛び立てていないとは思っていなかった。


「これが俺の決めた道だ。それに、どういう訳か俺は偵察隊に配属されていたが、本当は一番向いていないと思っていたんだ」


 仲間であるのに、任務が始まれば即時に他人となる。先程まで親しく交わしていた視線は、敵と絡み合わせなければならない。そんなふうに自分を常に二人用意して、何もかもを割り切れる偵察隊に、メルトはなれなかった。


「確かにあなたは本当は訓練学校の教官くらいがいいのかもしれないわね」


 メルトは怪訝そうな顔をした。


「何故だ?」

「あなたがとても面倒見の良い人間だからよ」

「ただ面倒見が良いだけで訓練学校の教官が務まるものか」


 アイルは瞬きを一つする。


「私が訓練生だった頃、ライディン様は特別教官だったの。あの人ほど国民に尽くし善を求める人は居ないと思っていたけど、確かにただの人ではなかったわね」


 アイルの横顔を見ると、憂いている様子は無かった。こうして普通に語れてるあたり多少は過去を飲み込めたのだろう。メルトは少しホッとした。


 そして監察部本部に着いたアイルは、監察部の庶務に査問委員会の日時を聞き、いくつか書類を提出した後、無人の部屋を見つけて、椅子に座った。


「用事は終わったわ。ここで少し休みましょう」

「もういいのか?」

「ええ。どうやら今回の査問委員会は手順にのっとった形式的なもので、裏ではもう私の権限委譲は適正であったと判断されているみたい。恐らく治安維持部隊隊長が手を回してくれたのね。疑われている様子は欠片も無かったわ」

「そうか」


 治安維持部隊の隊長ということはあのシグナルドという男だ。アイルの元婚約者で、見たところ今も未練はありそうだった。しかし今回はアイルの死活問題でもあるので、素直に彼の要領の良さに感謝したメルトだった。


「エルマーからシグナルドさんのことは聞いたんでしょう。これは彼の私情を挟んだ不正だと思う?」

「私情はあるだろうが、お前が何も悪いことをしていないのは事実なのだから、問題は無いだろ」

「なるほど。本当に、あなたの性分では偵察隊は向いていないけれど、偵察隊に配属した人事部の気持ちは分かったわ。人を見る目があるのね。それも正確に」


 確かに一口に敵と言っても、偵察隊の観察対象は無限にある。人を正しく判断出来る眼はあるに越したことはない。だが。


「だが人事部には見る目が無かったな。結局俺が辞めてしまえば元も子も無いだろ」

「それは言わないであげて」


 アイルは苦笑した。

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