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 ダリア聖堂の宝物アレキサンドライトはアイルによって無事回収され軍の保護下に置かれた。神官長以下三十名の神官、十名のヴェンダのメンバー、謎の傭兵集団五十名が謀反人としてその場で処刑された。後に謀反人の血縁者及び親族も連帯責任で処刑される。戦いの中で命を落とした兵士を含め五百人以上の死者を出した事件となり、血のダリア事件と歴史に残ることとなった。


 手当を受けたアイルは病院の個室を与えられた。一応幽閉された被害者であり、監察官という地位を考慮された結果だ。


 アイルはベッドに座って、メルトから話を聞いていた。彼にはある人物の生死を調べてもらっていたのだ。


「オーブリー神官は軍との衝突の際に死亡していた」

「そう・・・・・・」


 やはり、世の中ままならない。きっと部屋で目を覚ました彼は立ち上がって、同志と共に決起したのだろう。あまりにも若過ぎる死だった。


「謀反を起こすほどの何かが彼にあったというの?それは、この国がもたらしたものなの?」


 それも死んでしまえば聞くことは出来ない。死人は口を開かないのだ。


 アイル呟きに、メルトは小さく首を横に振った。


「お前が悩むことじゃない。謀反という大罪を犯すのならば、成し遂げなければその行動に何の意味も無い。歴代の英雄も、成功したから英雄なんだ。失敗すれば謀反人。奴は成し遂げられなかった謀反人になった。それだけだ。・・・・・・それとあの場に現れた傭兵だが、当初数人が捕縛されていたが、すぐに全員自決して生存者は居ない。恐らく奴らは『保守派』の育てた私兵だ」


 アイルは目を剥く。


「ヴェンダの親株である『改革派』じゃなくて?保守派の私兵なの?」

「俺がお前に拾われる前に探っていた保守派の私兵と動きが似ていた。間違いない。だが今回ダリアで確認された傭兵達は、とても都市封鎖をするほどの人数ではなかった」

「でも神官長は都市封鎖に自信を持っていたわ」

「そう思わせられていたのかもしれない。もしかしたら今回の謀反は、改革派の勢力を削る為に保守派がそそのかして起こった事件だったんじゃないかと思う」

「つまり、元々勝ち目の無い戦だったのに、甘言にまんまと乗せられたってこと?でも改革派がそう簡単に保守派の言葉を鵜呑みにして、謀反なんて起こそうと思うかしら?」

「神官は保守派の多い職業だ。もしかしたらいくらハンヌ神官長が改革派とはいえ、多少の繋がりがあったのかもしれない」


 保守派を信頼する部分があったにも関わらず改革派に寝返ったのは、やはり他を出し抜こうとする我欲によるものだったか。本来のヴェンダの掲げる大義とはややズレを感じていたが、その違和感はここだったのだろう。


「どちらにせよ保守派と改革派の均衡が崩れたわね。きっと近々国王陛下は動かれる」


 アイルは国王と会ったことがある訳ではない。けれども監察官という仕事柄どうしても国王の政治が影響する。他の監察官によれば、今代の国王は一番中立を保っているという。側近に保守派の多い国王が中立であろうとするのに、どれだけ苦労しているか言うまでもない。今回の事件は国王の努力を冒涜する行為だ。

 ・・・・・・けれどもその中には純粋に国の為と命を懸けた若者も居た。ただメルトの言うように、成功させなければ大罪人に成り下がる。


 オーブリーの死を憂いながら、ふとアイルは顔をメルトを仰ぎ見た。


「そういえばあなたにお礼を言い忘れていたわ。あの時は助けてくれてありがとう」


 メルトは小さく笑んだ。


「銃の代金くらいは返せたか?」


 その肩にある銃は確かにアイルが買い与えたものだ。


「お釣りが出るくらいよ。むしろあなたを『兵士』に戻してしまったことを謝らないといけないわ」

「それは俺が決めたことだ、気にするな」

「この後軍から事情聴取を受けることになるわ。どう説明するつもり?任務終了後は真っ先に報告義務があるのに。あなたは脱走兵扱いされるわよ」

「なんだ、理由はお前が考えていたじゃないか」

「え?」


 目をぱちくりさせるアイルに、メルトは企んだ笑みを浮かべる。


「『記憶を失くしてたが、つい最近戻った』ということにする」


 それはメルトと出会ったばかりの頃、アイルが病院で提案した言葉だ。アイルは驚いて呆気に取られた。


「本当にそんな冗談みたいな理由を使うなんて思わなかった。頑張って見破られないようにしてね?」

「分かっている。だが、とうとうこれで班長や他の班員の死を受け入れ、彼らと別れを告げなければならないな」




 信じたくなかった訳じゃない。死という事象を受け入れられないほど子供でもない。だからメルトの周りには班員達が立ち並んで見えた。その顔は影に沈み、どんな表情をしているのか分からない。


 メルトは任務放棄をした。死亡報告をしない限り彼らが死んだことにはならなかった。死を受け入れられているはずなのに、記録上の彼らの命を繋ごうとしたのは自分でも矛盾していると思った。でも、そうせずにいられなかった。アイルは最初からその意図を察して、メルトの好きにさせてくれていた。


 だがメルトが軍に報告せずとも、偵察隊の班が消えたとなれば軍は自動的に死亡扱いしていただろう。それはメルトを含めて。


 だから軍に報告を終えればメルトは生存者となり、ようやく本当の意味で『生きる』ことが出来る。班員達の影もやがて消え去った。メルトの止まっていた時間が動き始めたのだ。


「アイル」

「何」


 今夜は病院に泊まることになったアイルは、毛布に足を入れ横になろうとしたのをやめた。


「監察官の仕事は辞めるのか?」


 メルトの質問に、少し間を置いて、


「分からない」


 ぽつりと呟いた。


「自分の罪が何をしたって許されないことくらい分かってる。私は尊敬する人がいたぶられて無惨な死体で見つかるのが怖かったの。そしてライディン様の一番の弱みである奥方が捕らえられて、同じように死んだらどうしようって不安だった。何とかしようとしてその代償に、関係の無い人達をいっぱい巻き添えにしたわ。だってライディン様を見殺しになんて出来なかった。だってそうでしょ、あの人を保守派に渡して無茶苦茶にされるくらいなら私が何とかしなきゃ!その為なら地獄にでも何でも行ってやる覚悟だったのよ!!」


 悲鳴のような叫び声が部屋に響いた。


「元々ドーシュを育て終えたら死ぬつもりだったわ。死んで地獄に行くことが本当の償いだって知ってた。でもライディン様にドーシュを託されたから生きてた。そしたら、ドーシュと過ごす内に欲が出たのよ。あの子に過去を知られたくない、幸せな時間を少しでも長引かせたい。そんなふうに思ってたから、そしたらバチが当たった。あの子との時間は呆気なく終わった。・・・・・・気付いたら無意識に死に場所を探してたわ」


 メルトは眉をひそめる。


「無抵抗に捕まったのはその為か。むしろ神官長とヴェンダがお前を殺さなかったことが、お前にとって誤算だった訳か」

「そうよ。なのにあなたに助けられた時、私、自分で死のうと思えなかったの。ただ監察官としての仕事を成そうとして必死になった。──私いつの間にかちゃんと『監察官』になってたの。勝手に放り出せなくなってた。どうしたらいいの?私は、生きたいの?」


 それは誰に問うてるのか。彼女が己に問うてるかのようにも聞こえた。


「分からないなら監察官を続ければいい。その答えが出るまで。そもそも、お前が自分がライディンを殺したなんて思っているかもしれないが、死に種類なんてないさ。お前が密告せずとも遅かれ早かれ奴は殺されて死んでいたんだ。諸悪の根源はライディンだ。自分の罪も、親族への連座も、お前の苦しみも、全て奴が背負ってしかるべきだ」


 ライディンがヴェンダに入りすらしなければ、アイルが悩むことも、罪を着せることもなかった。メルトはアイルの肩にそっと手を置く。


「ライディンの死を忘れろとは言わない。でも自分を責めるな。お前は自分の信念を貫いてきただけじゃないか」

「信念を貫くことが必ずしも正しい訳じゃないわ。そんなのドーシュにだって申し開き出来ない。親が死んで『仕方ない』なんて、私の信念とエゴがあの子の意志を曲げさせるなんて、それこそ許されないことよ!!私はあの子のかたきなんだから!!」

「・・・・・・でもきっとドーシュはお前がそう思って葛藤していることに気付いているだろう。だから去ったんだ。許すことも許さないことも出来ないから。そして、自分のせいでお前を苦しめない為に」


 アイルはハッとしてメルトを見た。メルトはアイルとドーシュの二人と出会ってまだ日は浅い。だからこそ先入観無く客観的に、あの別れの際にドーシュが何を思っていたのか理解した。ドーシュの目には恨みなんて無く、ただ悲しみだけがあった。


「ドーシュは子供に見えるが、本当はとても聡い子だ。それはお前が一番知っているだろう?だからガリアスからどんな話を聞いたって、お前と過ごした時間を無かったことにはしないだろう。お前の下した決断の意味も、いつか分かる」


 唇を震わせたアイルは、やがて毛布に顔をうずめ声を殺して泣きだした。メルトは隣に腰掛け、その背をでた。


(なあ、もういいだろうライディン。元はと言えばお前のいた種じゃないか。それをアイルに摘ませたんだ。なのに死に際に呪いなんて遺していってくれるな)


 きっとこうして泣いてもアイルの呪いは消えない。だからどうにかして彼女を呪いから解き放ってやりたいとメルトは深く思った。




 ***




「あなたが隊長だったんですね、シグナルドさん」


 アイルはもう一人礼を言わなければならない人物が居た。それが元婚約者のシグナルドだった。


 シグナルドは疲れから少しやつれていたが、アイルを見るなり髪をかき上げて完璧に隠してみせた。


「久しいね。君が生きていてよかった」

「メルトから聞きました。ありがとうございました。あなたの助けが無ければ、ダリアの都市封鎖はこれほど早く解決しなかったと思います」

「仕事をしただけさ。でも」


 シグナルドは真っ直ぐにアイルを見つめる。


「単に君を助けたい一心だったっていうの私情もある」


 アイルは気まずくなって目を逸らした。


「あなたには六年前にも迷惑をかけたと思っているんです。私と婚約をしていたばかりに、苦労したことも多くあったでしょう」

「僕は苦労だなんて思わなかった。一番辛かったのは君が婚約破棄を受け入れたことだ。親が何と言おうと、僕は君を妻にしたかった。それは今でも変わらないんだ」


 アイルは彼に視線を戻し、首を横に振った。


「私には勿体ないです。どうかもう私のことは忘れて、幸せになって下さい」

「・・・・・・そんな残酷な言葉だけ真っ直ぐ告げるんだね。君はもう僕にヴァイオリンを弾いてくれないのかい?」

「ええ。この前演奏したら酷い言われようで、ヴァイオリンはもう二度と弾かないって決めたんです」

「そうか、君はもう僕以外の誰かの為にヴァイオリンを弾いてしまったんだね」


 答えに困って苦笑した。そういうつもりで言った訳ではないが、ここで否定しては彼の名残が尽きなくなる。


「さようなら、シグナルドさん。お元気で」


 アイルはそっときびすを返した。


 本当はメルトにも同じことを言いたかった。でも彼は何故かアイルの背負う十字架から手を離さない。拒むべきだと分かっているのに、彼の支えがあって今を踏ん張っていられているのも事実だった。


 自分は生きるべきか死ぬべきか、答えは見つからない。


 だから見つける為に、アイルは今を生きている。 

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