17
蜂起の計画が明日に迫った夜、ダリア支部が予想よりも早く動き出したとの報せを受けたヴェンダのメンバーと神官達。彼らが真っ先に怪しんで向かったのはアイルの幽閉された部屋だった。
「こんなにも早く軍に知られるなんて!」
「あの女のせいだ!!アイルが外に知らせたに違いない!!」
「殺せ!!監察官を殺せ!!」
ヴェンダのメンバーは部屋の近くの廊下で、ドアが開いているのが目に入った。部屋の前に居るはずの見張りの姿が見当たらない。中に入ると、そこには打ちのめされた若い見張りが一人倒れており、当のアイルの姿は無い。シーツや椅子が乱れており、壁には銃弾がめり込んで争った形跡があった。
「くそっ、遅かったか!」
ふと倒れている見張りが何も持っていないことに気付く。
「あの女、こいつから銃を盗んだのか」
「どうする?」
「見張りは捨てて行く。ひとまず神官共の所へ行くぞ。今頃神官長が宝物を運び出している、その援護が先だ。それに時間さえ稼げれば『応援』も来る」
そう言って彼らは、荒々しい足音をたてながら部屋を出て行った。
──今までの一部始終の様子を見ていたアイルは、彼らが天井を見上げなかったことに感謝する。実はアイルは部屋を出て行ったのではなく、天井にある通気口の蓋を外してその中で潜んでいたのだ。椅子は上がる足掛かりとして使用したが、天井に上ったことを悟られない為に蹴り飛ばしたので、部屋が乱れたのだ。
だが蓋をする時間は無く、上を覗かれたら潜んでいることは一目で看破されていただろう。間一髪で助かった。
アイルは思案する。
(応援が来る、か。やっぱり傭兵を囲っていたのね。でもダリアの兵士に勝るほどの傭兵なんて、どこに居たのかしら)
傭兵には、元々兵士などをしており実力があって転職した者。そして派遣される為に訓練されて傭兵になった者。このどちらかのパターンに当てはまるが、謀反を決起するには人数が必要な為、後者の場合が考えられる。
(謀反の為に一定数の人間が訓練されたはずだけど、それには金も時間も土地も必要。果たしてあの最年少の神官長に可能だったのかしら・・・・・・。でも宝物を動かすってことは、神官長がどうやって王権交代をさせるつもりなのか読めたわ)
十二の宝物は国王の権威そのもの。一つでも欠けたら天変地異が起こるとされ、管理責任を問われ玉座を去らなければならない。しかし破壊すれば民の不安を煽り次の王の政局が安定しない。宝物の存続は国の存亡をかけている。つまり神官長は宝物を人質として、国王に生前退位を望む気なのだ。
こういうことが可能となるからこそ、神官は過激派組織に属してはならないとの掟があるのだ。それは兵士も同じこと。強大な武力を持ち、治安を脅かすことの出来る兵士は常に中立でなければならない。
(ダリアの宝物は『変色の宝石』)
その宝石の名前はアレキサンドライト。親指の爪程度の大きさで、太陽の下とロウソクの下で色が変わる特色を持つ。アレキサンドライトは名前こそ存在するが、何故かこの国の市場では全く流通せず、発掘もされない希少な宝石。十二ある宝物の中身が知られないとはいえ、国はアレキサンドライトの希少性を守る為に買い占めて隠滅しているのではと神官達の間で囁かれるほどだ。
(私が神官長なら絶対に緊急避難経路で逃げるわね)
それは軍も監察官も知らない神官長だけが知る経路。入口は分からないが、地理を考えれば何処が出口かは想像がつく。アイルはその出口に回り込むことにした。
通気口から足を出して床に静かに着地すると、倒れている見張り──オーブリーの呻き声が聞こえた。アイルはもう一度彼の鳩尾に拳を入れ、その場を後にする。
出来れば彼にはこのままここで倒れていて欲しい。そして目が覚めたら戦いが終わっていて、その混乱をぬってどこかに逃げおうせてくれたらどれだけいいだろう。不可能だとは分かっていても、そう願わずにはいられなかった。
予想は的中した。このダリアから脱出する手段として最適なのは船だ。つまり港など人目に付く場所でなく、神官達が乗り込める程の船が隠せる広さも必要。そうなると港のように公的な交通機関ではなく、私有地とされている可能性が高い。海に面している私有地はそう多くなく、絞り込むのは容易だった。
アイルは建物の影に身を潜めて機を窺う。そして神官長が出てきた所を狙って銃弾を放った。頭を狙ったつもりだったが、偶然振り返った拍子に弾は流れて隣に居た神官に命中する。
「敵だ!!監察官が来たぞ!!」
その場に緊張が走り、アイルに向かって神官とヴェンダのメンバーが銃を向ける。
(まずい!)
アイルは咄嗟に身を隠し、閃光弾をポケットから取り出す。ここに来る直前聖堂の武器庫に立ち寄ったが、弾倉や火薬は全て無くなっていた。唯一残っていたのが閃光弾と重くて使いづらい剣だ。銃もオーブリーから盗んできたものなので、弾は今撃ったものが最後。つまりあとは自分の運に任せるしかない。
覚悟を決め、閃光弾を投げたアイル。重い剣を引きずるように持ちながら、神官長に向って走った。
しかしそこに武装した集団が現れ囲まれた。ヴェンダとも神官とも違う統率された空気を感じる。
「援軍だ!」
「今のうちに船に急げ!」
アイルは柄を握る力が強まる。
(これがさっき言ってた傭兵か)
しかし数が分散しているのか、ここには両手ほどの人数しか見えない。アイルは敵が発砲する前に斬り込んだ。そして薙ぎ払うように剣を振り回して銃をはねのけて行く。途中流れ弾が頬を掠めたが、歯牙にもかけないで傭兵の銃から銃剣を奪って、重い剣を捨てる。途端身軽になって機敏になり、アイルの攻撃力が上がった。
神官達も固唾を呑んでその光景を見ていた。たった一人でありながら傭兵達に引けを取らず、自分達に近付いてくるのだ。
「な、なんだこの女!」
「普通じゃない!」
やがて傭兵を九人も打ちのめし、アイルは鬼神のごとく表情で、宝物を抱える神官長へ一直線に駆ける。けれどもその途中、横から銃を構える男が見えた。息を呑んだ。緊迫しているこの状況で不思議と全てがゆっくりと動いて見えた。薄暗いにも関わらず、銃を構えている男が引き金を引こうする手元も鮮明に見えた。
(私死ぬの?)




