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メルトを置いて先に聖堂に着いたアイル。ダリア聖堂とも大きな聖堂となると祈りに来る人々の目が多くあり、銃を剥き出しで持ち込む訳にはいかず、布に包んで抱き抱える形で誤魔化すことにした。先に神官に監察官の身分を明かして入ってもよかったが、妙な違和感を覚えたので何も言わずに礼拝者に扮して祈りを捧げていた。片目を微かに開け、様子を伺う。
(立っている神官達の表情が緊迫してる。とてもお祈りしてられる雰囲気じゃないんだけど)
前に来た時はこんな空気ではなかった。祈りを捧げた後、顔を上げた瞬間視界の端に映った人物に見覚えがあった。思わず振り向きそうになったが、その衝動を堪え、自然を装ってそっと見やる。
(あの男は『ヴェンダ』の!何故こんな所に!)
過激派組織ヴェンダのメンバーに会ったのは六年前。それもたった一度きり。幹部でもなかった。なのに何故かその顔を覚えていた。男は神官の一人と話し込んで奥へと消えた。
アイルは聖堂から出て行く人々の流れに逆らって、掻き分けるように進む。男に追い付いた後、そのまま後をつける。男が進んだ先には、神官長の部屋があった。
(神官長に何かするつもりなの・・・・・・?)
ひそひそと話す小声を捉えようと耳をすませていると、背後に気配があると気付いた。アイルはほどきかけていた布を捨て、振りかざされる剣を銃身で受け止める。驚いたことに剣を振るっていたのは神官だった。アイルの銃身は長い。近距離には不利。神官の攻撃をかわすので精一杯だった。どうするか考えあぐねていると、思わぬ声に制止された。
「──そこで何をしている!」
「ハンヌ神官長!」
アイルは目を見張る。ハンヌの後ろには、先程のヴェンダの男が居た。
驚いたのはハンヌも同じだった。
「あなたは、監察官のアイル殿では」
「アイル・・・・・・あなたがあのアイル様ですか!」
騒ぎを聞きつけ集まったのは神官達と、おそらくヴェンダである男達。彼らはハンヌを攻撃するどころか、むしろハンヌを守るように立っている。それを見てアイルは怒気が閃く。
「ハンヌ神官長、まさかあなたは改革派と通じていたのですか!」
「私は元々保守派ではない。確かに神官長の多くは保守派だが、私は改革派であり、ヴェンダの一員だ」
ハンヌは今年で四十歳、神官長の中では最年少だ。その若さゆえか、改革派の中でも過激派の組織の一員となり、ダリア聖堂の神官達をも引きずりこんだのだ。神官は兵士と同じく過激派組織に属することは法律で禁止されている。
「神官長、この女は?」
「お前はまだ日が浅く知らないだろうが、この者は我らが同志であったライディン殿を救ったのだ」
「あの六年前の!」
若い神官の目には憧憬の念が込められている。しかしアイルにはそんなもの必要無かった。
「何が同志よ、情報漏洩を恐れて謀反の罪を仕立てあげたのは、あなた達改革派じゃない!」
「それならあなたも同罪でしょう」
「そーよ。でも私はライディン様を救ったなんて思ってない。拷問より即死の方がマシだと思っただけよ」
「だが結果的にあなたが我々に協力したことに違いはない。感謝している」
言い返そうとして、これ以上言い争うも無駄だと口を閉じた。だが立場上引き下がることも出来ない。慎重に質問する。
「何をしようとしているの?どうしてヴェンダのメンバーが聖堂に紛れ込んでいるのよ」
「都市封鎖だ」
「都市封鎖?」
「ダリアの市民を人質にして王権交代をさせる」
アイルは耳を疑う。開いた口が塞がらない。今彼が口にしたのはとんでもない重罪だ。
「なっ・・・・・・、国王を変えようっていうの!?あなたはそれが『謀反』という重罪に当たると承知の上で言っているのでしょうね・・・・・・!?」
「当然だ」
「この大都市でそんなこと出来るはずがないわ!ここには王都に並ぶ精鋭の兵士が配置されている。鎮圧されて無駄に消耗するだけよ!」
「それはやってみなければ分からないぞ」
神官長の表情が変わることはなく、あくまで冷静だった。それは、作戦が確実に成功すると確信しているからだろう。その自信はどこから湧いてくるのか。
(何か策でもあるって言うの?)
アイルは生唾を飲む。
「王権交代の目的は?」
「現在の国王陛下は保守派の傀儡だ。いくら保守派と改革派の中立を保とうとしても、結局政治的実行力は保守派が勝る。国王陛下は保守派の力に屈しているのだ!そんなひ弱な王を据え置く訳にはいかない!」
「ならあなた達が倒すべきは保守派でしょう。どうして王と民に矛を向けるの!ヴェンダは民主化を望んでいたんじゃないの?」
「確かに我々の最終的な目的はそうだが、今すぐに民に政権を握らせるのは困難だ。それこそ世の中が揺らいでしまう」
アイルは目を見開く。
「それこそやってみなければ分からないことでしょう。結局あなた達は、自分達に都合の良い王をあてがおうとしてるだけじゃない!そんなの保守派と変わらないわよ!」
そう檄を飛ばしたアイルに、神官長も眉を吊り上げる。
「都市封鎖は我々ヴェンダが行うことで万事つつがないだろう、しかし民主化は不特定多数の人間が関わるから容易ではないのだ!だからこそ、王権交代は民主化への大きな足がかりとなる。それに改革派にも力があると見せしめられれば、改革派に寄り添う王は順当と言える。これによって一層改革派は盛り立てられ、同胞達の立身出世に繋がり、そして死んだライディン殿も報われるだろう!」
どんなに力強い言葉でも、アイルには響かなかった。なるほど、保守派の多い彼が改革派に属するだけあって、ハンヌの志は今までの改革派と方向性が異なるのだ。
「ライディン様は自分達の出世の為にヴェンダに居たんじゃない、大切な人が笑って暮らせるように世の中を変えようとしてたのよ!」
「・・・・・・では我々に協力出来ないと?」
「逆に聞くけど、どうして協力すると思ったのよ」
すると神官長の後ろに居た若い男が前に出た。それはさっきアイルのことを聞いた男だ。
「あなたは同志を助けてくれた恩人です。どうか協力しては貰えませんか?」
純粋で真っ直ぐな目だった。保守派改革派などという派閥か無ければ、アイルが好むような人柄を持ち合わせて居た。けれども。
「私は『監察官』です。監察官の役割は聖堂に納められた宝物を管理するだけでなく、その管理者を監督しなければならない。私はその責務を果たします」
ハンヌは目を細め不快感を示す。
「残念だ。手荒な真似は避けたかったのだがね」
途端、全員が腰の剣や、隠し持っていたナイフを構える。アイルも銃剣を差し、ハンヌへと刃を向ける。
「えらくあっさり教えてくれると思ったら、最初から殺す気だったんじゃないっ!」
アイルは床を蹴って銃剣を振り回す。しかし小競り合いが起こったのもつかの間。すぐにアイルは両手を背中に押さえられ、床に頭を押し付けられた。あまりにもあっさりと捕まるアイルに、神官長は怪訝そうな目をする。
「神官だと思って力を抜いたのか?」
「別に。ここで争っても多勢に無勢だと思っただけよ。・・・・・・早く殺しなさいよ」
「いいや、殺しはしない。君がヴェンダにとって功労者であることに違いはないからな。しかし我々が事を成すのが終わるまで大人しくしてて貰う」
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