13
三大都市と呼ばれるダリア、メルデ、デュッセル。中でもダリアはその筆頭で、人口の数、経済で一日に動く金額も随一。国からの予算も王都と並んでいる。だがこれほど華やかで賑わいを見せる街で、往来を無言で歩く二人が居た。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
メルトは黙り込むアイルの方を向かなかったが、ある気がかりがあった。
(ドーシュが居ないと会話が生まれないな)
普段からメルトは口が上手い方でも、話好きでもなかったが、思い詰めたアイルの顔を見ているとどう気を紛らわしてやればいいのか良い案が浮かばない。だが敏感に気配を感じ取ったアイルは何を思ったのか、ドーシュを脇目に見て初めて口を開いた。
「ダリアに来たのは初めて?」
「いや、何度か来た」
「じゃあ他の三都市は?」
「メルデはあるが、デュッセルはない」
「そうなんだ。どの街も活気に溢れてるけど、やっぱりこの街が一番王都に似ている気がするわ」
「ああ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・。・・・・・・何とか言いなさいよ!頑張って会話続かせなさいよ!!」
「無茶言うな!俺がそんな口上手な訳ないだろ!」
ため息をつき、アイルはその場に座り込んで頭を抱えた。
「あーもー、やっぱり監察官なんて辞めちゃおうかな!こんな無口な男とだんまり旅続けるなんて無理よぉ!」
通り過がる人々がアイルを不思議そうに眺めている。昼間だというのに道で寝転ぶ酔っ払いぐらい邪魔になっている。メルトは呆れ、腰に手を当てた。
「なら辞めたらいいじゃないか。元々ドーシュを育てる為として選んだ仕事だろう。それに今のお前はだいぶ無理をしているように見える」
「言うのは簡単だけど、無理やり貰ってきた仕事口だったから、急に放り出す訳にもいかないのよ。拾ってきたあなたのことも含めて」
「お前──」
「───あーれぇー、アイル先輩じゃないっすか。こんな所で何してんすか」
そう言って男は座り込んだアイルの前にしゃがみ、顔を覗き込んでいた。男の顔を見てアイルは片眉を上げる。
「エルマー?」
「どうも、お久しぶりです。邪魔になってますよ」
「知り合いか?」
アイルはのそのそと、エルマーはすくっと立ち上がった。
「兵士時代の後輩よ。あの頃エルマーは訓練生で、私とバディを組んでいたの」
「どうも」とメルトに会釈したエルマーは口元に笑みを浮かべていた。軽い話し方やそのヘラヘラした表情はいかにも軽薄だが、意外にもアイルは嫌いそうにしていない。信頼に足る人物ということだろう。
と思った矢先、エルマーはアイルの琴線に触れてしまう。
「アイル先輩、軍辞めたんじゃなかったんすか?なーんか地方ですごい若い恋人と歩いてたの見たって奴が居たんすけど、オレとタメぐらいに見えますね、いだだだだ!!」
アイルはエルマーの頬を力一杯つねった。頬肉が一回転している。
「あんた目ェ腐ってんの!?どこをどう見たら十も歳下のあの子と私が恋人に見えんのよ!!助手って言ってんでしょーが!!」
「いや見たのオレじゃねーし!!助手って初耳なんすけど!!つか横暴!!いてーっす!!」
メルトは彼の頬からアイルの手を離させた。
「悪いな、今こいつ気が立ってるんだ」
頬をさすりながらエルマーは顔を引きつらせた。
「ひーこえー!つか『あの子』ってことは、アンタとは別人なワケ?」
「・・・・・・あいつはもう居ない」
言葉を詰まらせるメルトと、目を逸らしたアイルを見て、エルマーは何かを察したようだった。
「どうやら色々あったみたいっすねー」
とは言うが、その口ぶり軽い。
「じゃあ監察官になったってマジだったんだ」
アイルは驚かず、ただ彼の表情を興味深げに観察した。
「どこで聞いたの」
「風の噂っすよ」
確実にはぐらかした。しかしアイルはそれ以上追及しなかった。
「ま、あんたが知ってたなら、ガリアスも知ってたってことね」
「ガリアス先輩が?」
その名前を聞いた途端、エルマーは怪訝そうに眉をひそめた。続けて何かを聞こうとした様子だったが、アイルの叫び声がそれを打ち消す。
「あーもー!嫌なこと思い出した!私先に聖堂に行ってるから!!」
「え、ちょっと先輩!?」
聞く耳を持たず、アイルは二人をその場に置いてけぼりにして行ってしまった。特に事情を知らないエルマーは目を瞬かせ首を傾げた。
「何かあったの?」
「あのライディン様の息子と旅!?そこへガリアス先輩の登場!?っはー・・・・・・さすがアイル先輩ぶっ飛んでるなぁ」
これまでの経緯を聞いたエルマーはそう言って、しゃがみながら紫煙をくゆらせた。メルトが話をしている間にすでに三本も費やしている。驚異的なスピードだ。ヘビースモーカーなのだろう、出会った時から微かにタバコの匂いが漂っていた。直前まで吸っていたようだった。
ふと、メルトの視線を見てどう思ったのか、タバコを一本突き出してきた。
「あ、アンタも吸う?」
「いやいい」
「意外ぃ、健康志向なんだ」
「意外って何だ」
アイルが消えてから軍服の襟元を緩めたエルマーは、出会った時より見た目がだらしなくなっている。心なしか一層気だるそうな様子だ。先程までの礼儀正しい(?)態度はアイルに対してだけらしい。
エルマーが息を深く吸うと、大きな灰が地面に落ちた。
「ライディン様はアイル先輩と仲良かったんだよ。特別可愛がられてた感じ。でも、アイル先輩と並んで可愛がられてたのがそのガリアス先輩」
メルトは軽く目を見張る。
「アイルとガリアスは犬猿の仲に見えたが」
「当たり前だぁ。あの二人は知り合った当初仲が悪くて、物好きだったライディン様がわざわざ同じ部隊に入れて両方の手網を握ってたらしい。ライディン様無しに、あの二人に会話すら成り立つはずねーよ」
「お前は今もガリアスとは親しいのか?」
「オレぇ?親しいとかナイナイ。だってオレが王都に居たのは訓練生時代の一年だけだし、そっから向こうはずっとダリア勤務だから。つーかオレ、昔からガリアス先輩に嫌われてたみたいなんだよねぇ」
「あぁ・・・・・・」
「何その納得みたいな声。失礼なんだけど」
なんとなくガリアスとエルマーは相容れないだろうと思ったが、それとは別に内心でエルマーの経歴には感嘆していた。入軍後、訓練を経た兵士のほとんどが地方勤務を言い渡される。だが三都市での勤務なら話は別だ。王都勤務にも劣らない実力の持ち主ということ。
「ならアイルとはどうなんだ。ライディンの一件からアイルに対して恨みは無いのか?」
「あーもしかしてアイル先輩がライディン様を陥れたって噂のこと?それはねーだろぉ。だって誰かを陥れて出世したいなら、皆々様から信頼されてるライディン様なんて選ばねーよ。愚の骨頂。このオレですら分かることだって。むしろ、六年前の件で本当に得をしたのはガリアス先輩でしょ」
「どういうことだ?」
メルトは吸い殻を地面に擦り付け、新しいタバコにジッポで火をつける。
「ライディン様が死に、警邏隊隊長の後任には副隊長が収まった。じゃあその空いた副隊長にって推挙されたのがアイル先輩。でもアンタの知っての通り、周りの反発が酷くてそれどころじゃなかった。結局アイル先輩は除隊、副隊長になったのはガリアス先輩ってな。今じゃ隊長にまで上り詰めたらしーじゃん」
「いがみ合ってた仲の片方が落ちぶれ、片方が栄転なんて、そんな出来過ぎた話があるのか?」
「でしょお?つまりアイル先輩に事情があったのは確かだけど、出世欲なんてしょーもない理由でライディン様を密告したんじゃねーってこと」
まだアイル達の人間関係に疎いメルトにも、ライディン密告事件に何か違和感があることを悟った。あまりにも出来過ぎた話だ。
「なぁ、六年前の件、ガリアスが糸を引いていた可能性はあるか?」
「そこまでは分かんねぇ。でも最初から最後までしっかり潰しに来てるのはあの人らしいとも言える」
「・・・・・・」
(もしかしたらアイルに密告させたところから計画は始まっていたのかもしれない。皮肉にも近くに居たからこそ、ライディンを信頼していたアイルなら、そう行動するとすら読めたのではないか)
エルマーはメルトを一瞥して立ち上がる。
「ま、オレはそろそろ戻るわ。休憩終わるから」
「ああ。・・・・・・ところで余計なことだが、タバコはほどほどにしろよ」
すると口を尖らせたエルマーは吸い殻を踏み潰した。
「勘弁してくれよ、アイル先輩の前では吸うの我慢してたんだよー?先輩タバコ嫌がるからさ」
(アイルが嫌がったらやめるのに、俺が言っても吸うのか)
それがエルマーのアイルに対する敬意と信頼の大きさなのだろう。もし今ここへアイルが現れることがあれば、エルマーはすぐさま襟を正すだろう。
「今更だけどアイル先輩、先行っちゃったけどいいワケ?」
「あれは、一人になりたい口実だろ。最初から俺なんて捨て置けばよかったのに」
不意にアイルの言葉が脳裏をよぎる。
『急に放り出す訳にもいかないのよ』
(あいつは何故俺を連れ回すんだ。ドーシュと違って、面倒を見る道理も無いのに)
怪我は完治した。行くあてが無い訳ではない。ただそこへ戻りたいと思っていないことを勘づかれているのか。それが彼女の重しになっているのではないか、メルトは引っかかっている。なのに──。
ふとエルマーは軽く首を傾げた。
「あれ?アイル先輩とガリアス先輩の話に気取られてたけど、アンタはどこの誰なの?」
「メルト。アイルの新しい助手だ」
──考えるより先に、そう口から出ていた。
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