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──六年前。
軍服に身を包み、胸に光る緑色のブローチ。アイルは王都で警邏隊第一班に所属していた。
その日アイルは非番であったが、軍本部に赴いた。目的はある人物に会う為である。本部の中でも最も奥に位置し、見張りの多い区画に立ち入った。扉番に取り次いで貰い、中に居た人物に声を掛けた。
「リオン様、少し時間よろしいですか」
「アイルか。久しいな」
「はい」
アイルの深刻そうな顔を見て、リオンは手を止めた。このリオンという男は、軍の偵察隊を束ねる隊長だ。特にこの国の偵察隊は他国の諜報より、自国の保守派改革派を見張る役割が大きい。だから偵察隊隊長には中立派の人間が置かれる。リオンはその最たる人物であった。
「リオン様は、ライディン様と同期の仲でしたよね」
「ああ」
そこまで言って途端にアイルの口は重くなった。
「・・・・・・では、ライディン様のことで・・・・・・その何か、聞いたことありませんか?」
「何かとは」
「あの、噂とか、ライディンの周りで何かあったとか・・・・・・」
口ごもるアイルにリオンは眉をひそめる。
「話が見えないな、アイル、はっきり言ってくれ。他言はしない」
いつもならもっと上手く駆け引きも出来たが、今日は俄然口下手で、どう話していいか分からなかった。本当なら明言を避けるべきなのだが、アイルは意を決して──リオンを信じて本題を切り出した。
「ライディン様が、改革派であるヴェンダの幹部だと聞きました。偵察隊を束ねるリオン様ならすでにご存知ですよね」
「・・・・・・」
是とも非とも言わなかった。ただその沈黙が全てだった。アイルは拳を握り俯く。
「最初は信じられませんでした。ライディン様は中立派だと思っていましたから。ただそんなことはどうでもよかったんです。私がその情報を仕入れたのは──保守派の人間からです」
リオンは驚愕し立ち上がった。
「保守派にライディンの身元が知られたということか!?」
「確かにこの耳でその会話を聞きました。保守派で有名な議員がライディン様を捕らえて、力づくでヴェンダの情報を引き出すと」
「なんてことだ」
「どうしたらいいんでしょうか!このままじゃライディン様が保守派に拷問されることになります!!」
ヴェンダはいまだ霧に包まれた謎の組織だ。改革派と敵対する保守派がその情報を手に入れたいというのは至極当然だろう。そしてきっとその手段も問わない。国王直下の上層部には保守派が多い。彼らは権威を振りかざし、その分手段も問わない。アイル自身、保守派が拷問した後の事件現場に駆けつけたことがあったが、それはもう凄惨な現場だった。
眉間に皺を寄せて、リオンは椅子に座り直して腕を組んだ。
「ヴェンダに属した時点で本人も覚悟の上だろう」
それはすなわち、リオンはライディンを見捨てたということだ。アイルは机に詰め寄る。
「お願いします、知恵を貸して下さい!このまま保守派に拘束されれば、ライディン様は死ぬよりも辛い目に逢います!王都の兵士であの方の世話にならなかった者は居ません、あんなに優しい人を見殺しになんて出来ません!!」
「だが助ける方法はない」
「言わなかったということは、あなたもライディン様を見捨てられなかったんでしょう。本来、偵察隊隊長であるリオン様がヴェンダのメンバーを知って知らぬふりを出来るはずありません。つまり偵察隊の中でライディン様のことを知っているのはリオン様だけなんですね」
「だが保守派に知られたんだろう。今までは知らぬふりをする事こそ奴を助ける唯一の方法だった。それが出来なくなった今、どうすることも出来ない」
「っ・・・・・・」
言葉が見つからなかった。
兵士には『過激派に属する者を見かければ即時軍に報告』という軍規に従わなければならない義務がある。しかしライディンは警邏隊隊長で、アイルの上官。面倒みの良さと誠実な人柄から誰からの信頼も厚い。それに軍に入った当初から階級を気にせず親身に指導してくれた、恩師のような存在だった。
だからアイルは報告が出来なかった。リオンも同じだ。いくらライディンとリオンが親密な仲であれ偵察隊隊長であるなら尚更その職責は重いはず。それでも黙っていたのは、リオンもライティンに並々なるぬ肩入れがあったから。
アイルは、どうしてよりにもよってライディンがヴェンダのメンバーなのか、何度も心の中で問うた。でもいくら自問自答しても事実は変わらない。
「アイル、君は何をもってライディンを『救う』つもりだ?」
「え?」
「拷問という苦しみからだけ逃れるなら、君がライディンを密告するんだ」
「そんな!」
「そうすれば軍が正式にヴェンダの幹部を捕縛することになる」
「でも捕縛したところで、結局上層部の保守派がライディン様を拷問することになります」
「なら、別の罪を付け加えるか。・・・・・・謀反、とかな」
アイルは目を剥いた。リオンの意図に気付いたからだ。
「リオン様!!それはライディン様の命だけでなく、名誉と誇りをも傷付けることになります!!」
「だが謀反人であれば親族一同即刻処刑となる。苦しむことはないだろう」
「そんなこと出来ませ──」
「──甘ったれるな!!」
「!」
リオンの喝に怯み、アイルは何も言えなくなった。
「君がしようとしていることは、ただ横槍を入れることに過ぎない。言っただろう、ライディン自身はヴェンダの一員となった時点でこうなることを予想していたはずだと。本来中立を保つべき兵士が、どちらか一派に傾くべきでないのなら、自業自得でもある。つまりライディンを『救う』ことは、君の『自己満足』だ」
「でも、自己満足で何が悪いんですか。私は、あの方が苦しむところなんて見たくないんです。このまま保守派に捕まれば、ライディン様の奥様だって危険です!」
「なら選べ。このまま放っておいてライディンが早く死んで苦しみから解放されることを願うか、その他大勢の命と誇りとを引き換えに苦しみから解放するか。・・・・・・二つに一つだ」
これがリオンがアイルに提示した『知恵』だった。




