五話
バタン・・・
扉が閉じられたのと視界の端に捕らえるとアルヴィは椅子に深く背を預けて目を覆った。
「よろしいのですか?
主様」
その様子を見て黙りかねたかのようにスレイは問いかけた。
「話して一体何になる。
俺があいつらに教えたところで後一年とたたずに無意味になることぐらい、お前にだってわかるだろう!!」
そう言ってアルヴィは目を覆ったまま、風矢とのやり取りを思い返す。
「魔族の、呪いの見分け方を教えてほしい。」
それまでの穏やかな空気を一変させ、風矢はそう切り出した。
「・・・・・・・・」
「先日、風華で魔族が出た。
うちの学者の呪いがないという判断を信用して魔族を打ち取った。
だが、魔族の死後、その近隣に住む村人が呪いによる奇病にかかった。」
アルヴィが何か言葉を発するよりも早く風矢が切り出す。
「・・・・・・・その学者は自分の生涯を魔族の研究に捧げていたといってもいいが、それでも死後に呪いがもたらされるかどうかしかわからないうえ、それすらも絶対とは言えない。」
風矢はそこで言葉を切ると懇願するかのようにアルヴィを見つめて、続きを口にした。
「だが、アルヴィ
お前は違う。
お前は死後の呪いの有無だけじゃない、もたらされる呪いがどのようなものなのかもわかる。
呪い飲むだけでも構わない!
それがわかるだけでも多くの天界人が助かるんだ。
だから頼む
アルヴィ、たのむ・・・から」
教えてくれ、声にならない風矢の言葉。
いつもの飄々とした態度からは信じられないような必死の頼み。
風矢の言うことはもっともだった。
呪いの見分け方がわかればそれだけ多くの命が助かることにつながる。
そんなことはわかっている。
だが・・・・・・
それでも・・・・・
それでも自分の口からそれを告げようという思いは一切湧いてこなかった。
だからこそアルヴィはいつもと同じ答えを繰り返す。
「・・・・・・見ればわかる。
俺から言えるのはそれだけだ。」
『・・・・・そうか邪魔したな。』しばしの沈黙の後、風矢は最後にそう言って部屋を出た。
それまで目を覆っていた腕をだらりとおろし、アルヴィはぼんやりと小さく歌を口ずさむ。
生まれいずる 命が纏いしは
器が持ちし 空の色
魂宿りて 色を成す
そうして命が生まれいずる
即興で作った歌を口ずさみながらクツリ、と口元にわずかに笑みを浮かべる
一つとして 同じ色はなく
数多の色 乱舞する
時には美しく 鮮やかに
時には暗く しめやかに
色は移ろいゆく
時を経て 命失せ
瞬きほどの 安らぎの時
僅かな欠片を残して
全てを忘却し新たに生まれいずる
「・・・・・しぃ」
「主様、
どういたしました?」
歌を口ずさんだ後、思いつめたような顔で沈黙していたアルヴィが突然小さく何がつぶやくが、そのあまりに小さなつぶやきをうまく聞き取れなかったのだろう。
スレイはアルヴィに聞き返すがアルヴィはそれに気づかないままさらに口を開く。
「馬鹿々々しい
なんでいちいち俺が魔族の呪いのことでうだうだ悩まなけりゃいけないんだよ!!」
「あっ、主様
どうか落ち着いてください」
つい先ほどまで沈んでいたのは一体、何だったんだと言いたくなるようなアルヴィをなだめるようにスレイは話しかけるがアルヴィは構うことなく立ち上がる。
「主様、どちらへ行かれるおつもりですか」
というスレイの言葉にただ一言『兵舎』とだけ返して部屋を出ようとする。
「なっ!
なりません主様
あなたはつい先ほど、発作を起こされたばかりなのですよ。
ああ!!
聞いているのですか主様
主様ー!!!!!!!」
と、アルヴィを必死になって引き留めようとするスレイの声が部屋に響くが、果たしてスレイがアルヴィを引き留めることができたかどうかは、未来の彼らのみが知るところである。
スレイに主様と叫ばせたかった