三話
天守の執務室から出たアルヴィは、そのまま自分にあてがわれた部屋へと向かう。
心臓は早鐘を打ち、体中に燃えるような激痛が走るが、アルヴィはそんな様子は一切出さずにいつものようにさも不機嫌そうに歩く。
その途中で何人かの侍女や文官とすれ違うが皆アルヴィの姿を見ると避けるように壁際により目をそらす。
天界一の乱暴者
南の王家の恥さらし
魔族の血を引く忌み子
それが天界におけるアルヴィに対しての見解だった。
物心つくずっと昔から言われてきた言葉だ、今更何とも思わない、死産として殺されなかっただけましだ。
ルファールナの貴族たちはともかく、父と姉は自分を殺そうとすることなく家族として扱ってくれる。
初めての経験であるそれに戸惑うことはあっても、自分のような存在を家族として扱ってくれる二人に不満はない。
体に走る激痛から意識をそらせるためにどうでもよいことをつらつらと思い浮かべる。
そうしているうちに自分にあてがわれた部屋につく。
部屋に入り、扉を閉め、人払いの結界をはる。
「ゲホッ、ゴホッ・・・・・」
結界をはり終えたのと同時にアルヴィは扉の前にうずくまり、咳きこんだ。
赤い、紅い血が零れ落ち床に広がっていく。
身の内を焼かれるかのような激痛に呻き、胸を握りしめる手に力が入る。
「主様!」
そんな、アルヴィを案じるかのような声が部屋に響く。
「ス・・・レ・・・ィ」
息も絶え絶えに声のしたほうを見たアルヴィは今にも消え入りそうなかすれた声でその名を口にした。
そこにいたのは赤い炎の毛並みを持つ一頭の豹、南の国ルファールナの守護精霊であるスレイだった。
「すこ・・・・ま・・・・」
少し待て、自分に駆け寄ろうとして来るスレイに途切れ途切れになりながらもそう告げる。
その後も何度も咳きこみ、吐血する。
しばらくそうして発作による咳と吐血を繰り返していたが少しずつ収まっていく。
発作が収まると手をかざし、小さな声で何かをつぶやく、すると床に広がっていた血がアルヴィの掌に集まり、暫くそのまま留まったかと思うと唐突に消え失せた。
先ほどまであった血だまりは臭いを残して跡形もなく消え失せていた。
それを確認し、アルヴィは顔を上げた。
「スレイ、もういいぞ」
その言葉とともに自分にすり寄って来るスレイの炎の毛並みをなでながらアルヴィはさらに口を開く。
「すまないが窓を開けたい。
体にうまく力が入らないから支えてくれないか。」
そういうアルヴィの姿は先ほどまで執務室でエルネスタと言い争っていた天界一の乱暴者と同一人物とは思えないほどの弱々しさだった。
スレイに支えられながら窓を開け放つと風が草花の香りを運び込み、代わりに血の臭いを運び出していく。
「主様、椅子をお持ちいたしますのでしばしお待ちくださいませ。」
そういうとスレイは四足の獣の姿を取っているとは思えないくらい器用に椅子を運びアルヴィが腰かけたのを確かめると自分はその足元で丸くなり、アルヴィが体を冷やさないように暖める。
そうしているとアルヴィの周りに小鳥やリスなどの小動物たちが集まってくる。
そうやって小動物たちと戯れている姿は天界一の乱暴者として忌み嫌われている者とは思えないほど穏やかなものだった。
そんな穏やかな時を妨げるかのように扉をたたく音がした。
「よぉ、アルヴィまた謹慎だってな。」
アルヴィの返事も聞かずに勢いよく扉を開け放ったのは黒い髪と瞳の青年だった。
彼が扉を開け放った音に驚いたのだろう、それまでアルヴィの周りにいた小動物たちが一斉に逃げ出した。
そのことにアルヴィの機嫌は若干下がるが、主の心情を察したのだろう。
それまでアルヴィの足元で丸まっていたスレイがのそりと起き上がると、子猫ほどの大きさになってスレイの膝の上で再び丸くなる。
「風矢、お前何しにきやがった。」
風で椅子を手繰り寄せて自分の正面に座った西の風華国の第三王子である幼馴染にそう聞くが、風矢は肩をすくめてその質問に答えなかった。
「っにしても、相変わらず謹慎用の部屋とは思えないよなぁ。」
「・・・・・部屋から出られないように窓は小さくしてあるし、テラスもないから謹慎用の用途は一応果たしてるんだろう。」
あからさまに話をそらす風矢にさもどうでもいというようにアルヴィはそう返した。
「一応ねぇ」
その言葉に小さくそう呟いて風矢はもう一度アルヴィにあてがわれた部屋の中を見回す。
部屋の窓は確かに小さくテラスもないが、床に敷かれた敷物に調度品、決して華美というわけではないが、どれもよく見れば細かな刺繍や細工が施されており、見るものが見ればどれもこれも一級品であることがわかる。
まったく、どっちも素直じゃないな。
ふぅ、っと小さなため息をつきながら風矢は声に出さずにそう思う。
アルヴィをよく知る者が見ればこの部屋がアルヴィの好みに合わせて用意されたものだとすぐにわかることだった。
どこまで行っても素直じゃない二人の幼馴染に呆れながら風矢はアルヴィに向きなおる。
「なぁ、それよりさ、アルヴィ
お前知ってるか?」
「何がだよ。」
もったいぶるようにそこで言葉を切った風矢にアルヴィはどうでもよさそうに膝の上で丸まっているスレイの毛並みをなでながらアルヴィはそう返事をする。
長い付き合いからこの風花の第三王子がもったいぶるときは興味がなくとも、先を促す言葉を言わない限りしつこく付きまとってくることはわかっていた。
実際に風矢はアルヴィのどうでもよさそうな返事に待ってましたとばかりの笑みを浮かべて、自分の仕入れ的情報をアルヴィに話した。
「今日、神界から客人が来るんだとよ。」
「ふーん」
笑いながら言う風矢の言葉に心底どうでもいいと言わんばかりに適当に相槌を打つ。
「ふーん、ってなぁ
お前人がせっかく仕入れてきた情報を少しは真面目に聞こうって気は起きないのかよ。」
ジト目で文句を言ってくる府屋に対してアルヴィは軽く肩をすくめる。
「俺は魔族が狩れればそれでいい。
その神界からの客人とかいう奴が俺の魔族狩りの邪魔をしないんならどうでもいい。
んなことよりも、とっとと本題に入ったらどうだ。」
スレイの毛並みをなでていたのを止め、風矢を見据える。
「全部お見通しか。
まぁ、お言葉に甘えて・・・・」
そう言って風矢はここに来た目的を果たすために口を開いた。
ルファールナの守護精霊スレイ登場。
実はスレイは改稿するにあたって作った新キャラです。
なのでフォレストのほうでは出てきません。
改稿にあった手一番苦労したのがスレイが登場するこの三話でした。
スレイの登場から、存在を忘れずにどうやって話にだすか、無い知恵絞って必死に考えました。(笑)