一話
ーーーーーーーーーーー十六年後
巨木の伸ばした枝の一つにルファールナ国の第一王子にして三人の元帥の一人、アルヴィは腰かけていた。
「ったく、あのクソ親父。
次の王は姉上だつってんのに、王位継承者としての自覚を持てだぁ」
冗談じゃねぇ。
そう言いながら、それまでかぶっていた冠帽を外し、肩ほどまでの長さの赤い髪を乱暴にかきあげ、同じ色の瞳に苛立ちを募らせていた。
南の国ルファールナの第一王子アルヴィは異端の存在である。
それは、天界では一般の人々ですら知っていることだった。
ルファールナ王家特有の赤い瞳に数世代ぶりに誕生した赤い髪の王家の男子。
ルファールナにおいて赤い髪というのは何よりも尊ばれるものだった。
なぜならば赤い髪はルファールナの守護精霊スレイとの契約のしるしだからである。
守護精霊は王家の血を引く赤毛のものとのみ契約を交わす。たとえ王家の血を引いていようとも赤い髪を持たなければ契約はかわせないし、逆にどれほど見事な赤い髪を持とうと王家の血を引いていなければ意味がない。
しかし、数世代ほど前から赤い髪を持つものが王家に生まれなくなった。
どれほど見事な赤い髪を持つものを王家にむかえ子をなそうと、赤い髪を持つ子供は生まれずルファールナの民は守護精霊の加護を失ってしまうのではないかという恐怖と不安にさいなまれていた。
そんな中で生まれたのがアルヴィであった、ルファールナの直系王族にだけ受け継がれる赤い瞳に見事な赤い髪。
彼が持って生まれたものがこの二つのみであったならば、たとえ母の身分が低くとも王家の跡取りとして喜んで受け入れられただろう。
そう、それだけならば彼は確かに喜んで受け入れらるはずだった。
だが、そうなることはなかった。彼の額にある真珠色の角が人々にある一つの疑念を与えた。
『王子の角は魔族の血が流れているからなのではないか』
誰も決して表立って口にすることはなかったが、その様な存在を次期国王にするべきではないという者がいるのも確かであり、さらにアルヴィ本人の気性もその声を上長させた。
しばらく枝の上に座って文句を言っていたアルヴィだが、唐突に地面に降り立った。
周囲の茂みに目をやる。
五感が研ぎ澄まされるのがわかる。
愛用の刀を構え、口を開く。
「相手してやっからさぁ、いい加減出てきたらどうだ?」
「君にはルファールナ王家の後継としての自覚はないのか!」
天界中央に位置する光輝塔の主である。エルネスタは叱責する。
人間の歴史と安寧を司る神であり、この天界の最高責任者でもある。淡い金色の髪に灰青色の瞳の天界一の美貌とうたわれる彼は、成人して一年という若輩ではあるが、齢六つの頃から父、閻魔の監督のもと天守としての政務を果たしていた。
エルネスタは美しい顔をわずかに曇らせながら、目の前にいる反省の色が見えない幼馴染を見据える。
「たいたい、魔族の中には死んだ後に呪いをまき散らし、人や土地に害をおよぼす者もいることから発見してもすぐに狩ることはせずに上に報告して対策を立ててからと決められているだろう。
今回は幸いにもそういった呪いをまき散らすような魔族ではなかったからよっかったものの、そうでなかったらどうなっていたことかわからないわけじゃないだろう。」
それでも魔族を狩るうえでの決まりと、それを守らなかった時の危険を告げるのだが・・・・・
アルヴィはどうでもよさそうに自身の赤い髪を弄っていた。
「んなもん、いちいち調べなくても見りゃわかる。
それに、実際にそういう危険がある魔族に遭遇したときは狩らずに報告してるし、死んだときにどんな呪いをまき散らかすのかも伝えているから問題はない、逆に死んだ後に呪いの被害がない魔族に関しては見つけ次第狩ったほうが被害も少ねぇだろうが。」
と、返すばかりで反省の兆しを見せるどころかちゃんと区別して狩っているのだから別にいいだろうという始末。
しかも、その区別がよく外れるか、五分五分ならば苦言を呈することができるのだが、ただの一度も外れたことがないうえに、出るであろう呪いの被害の予測も正確なためエルネスタとしてはぐうの音も出ない。
また、アルヴィの言う通り、呪いの被害が出ない魔族に関しては、はやめに狩ってしまったほうが被害が少ないのも事実なため、それを出されるとこちらとしても何も言えなくなってしまうのだ。
「とにかく、今回も運よく呪いの被害のない魔族だったからこそ、この光輝塔での謹慎で済んだけど、下手をすれば人界に流刑だってありえた。
これに懲りたら今後は軽はずみな行動は慎んでもらおう。」
その言葉に了解という気のない返事をしてアルヴィは執務室を出て行った。