星間兵器スタヴロスを追え!
小惑星の土を踏みながら、チルサトは星空を見上げた。
そろそろ発送連絡のあった星間郵便が届くころあいだ。
チルサトは、捕縛特化型猟銃スタヴロスの砲身を星の海に向け、予定軌道にセットした。
『スタヴロス・サーチモード、オンになりました』
あとは光速飛行するボトルメールを首尾良くキャッチできればオーケーだ。
少しさびの浮いた十字型の砲身が鈍色に光る。
通りがかったうさんくさい星間古物商から買った中古品だが、旧星航海時代の高級品らしくサーチ&キャプチャーの能力は上等だ。
あれこれ手動での設定が必要なことと、現代品よりも、相当大きく・邪魔で・場所を取り・なにに使うのかわからないボタンがいっぱいついている、ことを除けば満足のいく品だった。
「まぁ、おれは好きだけど。ボタンがいっぱいあるってロマンじゃん」
色とりどりのボタンや銀色のレバーを、電源を落としているときにカチポチ触っては、かのロマンあふれる旧星航海時代の雰囲気を味わうのが近頃のチルサトのお気に入りだ。
たくさんのボタンが気になって調べたこともあったが、古すぎてどこの捕縛銃のメーカーにも取り扱いの記載がないので残念に思っている。
とはいえ、チルサトが使うのは電源と星間郵便サーチモードふたつだから、そのボタンさえわかれば事足りるので問題ない。
開拓者を気取って中央コロニーを出てしばらくたつ。
破格で買った小惑星パルシアに引っ越して一公転分を過ごし、チルサトもひとり暮らしにだいぶ慣れた。
走ればすぐに一周できるほどのちいさな星だが、環境調整システムは好調で、宇宙野菜も畑で育ち始めたし、水の循環と安定的供給に欠かせないバクテリアの繁殖具合も絶好調だ。
物足りない日照時間は屋内外に設置した照射器が補ってくれるし、中央コロニーの環境に近く設定しているのでさしたる不調もでていない。
これだけはケチるなと母親に口酸っぱく言われたのを、ちゃんと守った甲斐があったというものだ。
第五アステロイドベルトの物件は事故物件も多いから気をつけろなんて話もずいぶん聞いたが、住めば都。
近くに友人知人どころか、ろくに生命体も居ない生活だが、案外快適で気に入っている。たまに中央コロニーから届く親兄弟や友人の便りを楽しみに生きる。こんなスローライフも悪くない気がしているチルサトだ。
チルサトの目的は開拓だ。
まずはこの小惑星でゆっくりと農耕生活を楽しみながら、順を追って周りの居住不適の小惑星も開拓し、有用・貴重資源発見、ゆくゆくは環境変更プログラムを施し、プラントの建設を夢見ている。
新星間世紀になってからは平和な世が続き、冒険する者も少なくなったが、まだまだこのあたりは未開発のロマンがあるのだ。
チルサトの気にかかることと言えば、本当ならこういう計画には絶対についてくるはずの「アイツ」がいないことだった。
チルサトの見上げる黒い空は、いつも一面の星空だ。
ひときわめだつマイナス一等星の北北西に、ダイヤモンドを集めたような輝きがある。
元親友が好きだと話していた星々だ。ずいぶん遠いが、立派なコロニーもあって、先日スタヴロスを売ってくれた古物商もそこを目指していると話していた。
「イノカリのヤツ、なにしてるかな。イオツ=ミスマルよく見えるぞ、ここならさ」
小惑星パルシアの公転周期に合わせ全天を動く、イオツ=ミスマルをおいかけて探すのもクセになっている。
ぶるぶるとチルサトは首をふった。
思い出しても仕方がない。
大げんかをして別れた親友。難しい試験を突破して軍人になったと聞いたから、きっと今ごろ大好きな銃器の訓練に励んでいることだろう。
思いを馳せるチルサトの耳に、ビーッと大きな電子音が届く。
『当小惑星に向けた、光速信号を受信しました。種別:ボトルメール。スタヴロス、キャプチャー・スタンバイ 5・4・3――』
スタヴロスから、透明な繊維で編まれた大きな網がバッと空に向けて放たれる。光速飛行物体のキャッチは、ちょっとしたイベントのようで心が躍る。
「ナイスキャッチ、スタヴロース!」
見事なキャプチャーに、チルサトは拍手を送った。
円錐型の尖った光速郵便ボトルは捕縛をかけなくても小惑星に突き刺さる形で届けられるのだが、着地点が不確定なのと、惑星への光速物体衝突のダメージを考えて、きちんと捕縛銃を使いキャッチするのが宇宙のマナーだ。
「よっし、なにが届いたのかなぁ」
母親からの仕送りを期待しつつ、透明なボトルの首をパキリとおると、ボトルは砂のようにサラサラとくずれて地表に散る。環境循環に配慮された外装だ。
「あー、畑にまけばよかったなぁ。いい肥料になるらしいのに」
ちょっと舌打ちしてチルサトは、ふわふわと浮かんでいるうすピンクの鉱石プレートをしげしげと眺めた。
「差出人名、なし。書き忘れ? リシア電気石かぁ、なにか重要な連絡かな」
守秘レベルの高い、ちょっと特別な連絡をするのに使われる連絡プレートだった。
虹彩認証をして、薄くスライスされた人造石の板をぽいっと上に放り投げると、ブンッと音をたて立体映像が再生される。
どうやら双方向通信モードらしい。
そこに映し出されたのは顔を真っ青にした元親友、イノカリだった。通信がつながると、彼は驚いた表情で張り付くように画面に顔を寄せた。そのうえ、なぜか体育座りをしていてかなり狭いところに居るように見える。
いまや星衛軍のエリートとしてなかなかの活躍をしているはずのイノカリが一体どうしたことか。
「イノカリ! どうしたっ、なんだ、お前どこにいるんだ?」
「チルサト! よし、まだ生きてたな。お前ってやつはほんっとにバカだな! なんで破壊特化兵器スタヴロスなんかを買いやがった!!」
ヒザを抱えたままのイノカリの開口一番の罵声と、理解不能のフレーズにチルサトはフリーズした。
「ええええ? なに? なんだそれ!」
「所持だけで重罪ってわかってなかったのか。緘口令敷かれてて、まだ世の中には知られてないが、軍の中じゃお前、すっかりお尋ね者だぞ。星間戦争以降行方不明だったスタヴロスのコードシグナルが観測されたって大騒ぎだ。お前のことだから、のんきにだまされたんだろうな! うさんくさい商売人の「お買い得ですよ」の口車に乗っただろう、そうだろう!」
「えええっ? なんで知って――」
「よっくきけ、お前が買ったのは旧星航海時代の最終兵器群、コード・カオスの惑星破壊特化兵器スタヴロスだ」
「コード・カオス? 最終兵器? まってまって、おれは捕縛特化猟銃って聞いて……、うそだあああ」
コード・カオスをめぐるいざこざの概要ぐらい、初等科の社会科授業でならった。あまり成績の良くない方だったチルサトだって知っている。
コード・カオスの兵器群は、星間戦争年間に使われた特殊兵器。戦争の発端でもあり数多の悲劇も生んだこれらは忌み嫌われ、検索システムにもその形状や情報を掲載することが許されないほどだ。
まだ疑い半分の顔をしているチルサトに向け、イノカリは縮こまった姿勢のまま、顔を険しくしてぐっと身を乗り出した。
「念のため聞くけど、チルサト。妙なボタンいじってないだろうな。もう一回言うぞ、あれはコード・カオスの惑星破壊特化兵器スタヴロス、だ!」
「…………」
あれこれ楽しく、ポチポチとボタンを押して楽しんでいたこの一公転周期を思い出し、チルサトの顔からサーッと血の気が引いていく。
「このバカ、いじったな」
「いや、でも電源は切ったまま。おれ、機械弱いし。壊れたら困ると思って」
「命拾いしたな、チルサト。アタック・モード起動がばれたらパルシアごと、速攻消されてたぞ。バカのくせにごろつき商人しか通りかからない星域によく住もうと思ったな! 新生海域星衛軍がそっちにむかった。当然、スタヴロスに対抗しうる重装備でな」
「うわわわわわ、どうしよおおお」
パニックで右往左往するチルサトを、立体映像越しにイノカリは怒鳴りつけた。
「どうするじゃない! 潔白を証明するしかないだろう、譲渡契約書はあるのか」
「な、ない」
「なんでだ!!!」
「めんどうだからいいか? って言われたから」
「チルサト……。お前、もういいから爆破されろ。お前みたいなバカは宇宙の害悪だ」
あきらめまじりの元親友の言い草に、チルサトはこれまでの絶交もすっかり忘れて泣きついた。
「うそだろおおお、おい、助けろよおおおお。おれたち親友――」
「……オレたち、ただの知り合いだろ」
「や、うん。ああ……」
不意に冷たくなった言葉の温度に胃がキュッと縮んだ。ずっと後悔していたのだ。幼いころからともに笑い合った、口は悪いが、唯一無二の、親友――!
「イノカリ。おれ、ごめん。あのことは、本当にオレが悪かった。もう二度とお前の高タンパクストロベリー盗み食いしたりしないからっ」
「くっだらねえ。とっとと謝りゃよかったんだ。おい、チルサト! オレたちは!」
「おれたちはっ! しんゆうっ!」
窮屈そうな姿勢から、グッと突き出されたこぶしに答えるように、チルサトもグッと右手を突き上げた。
「オッシ! チルサト、急ぐぞ。お前にろくでもない兵器売りつけたクソやろう、探しに行かないと。どっちに行った? 売った証拠つかんで捕まえて、軍に突き出してやるんだ。ぶっちゃけ、そんくらいしないと許されないぞお前……。完全に犯罪者だからな」
「ううう。あいつ、たしかイオツ=ミスマルの方に行くって話してた。けど、おれはひとり乗りの軽星間航行機しか持ってないぞ。探しに行くにしたって、そんなに遠くへは」
居住地、パルシアの環境を整えるだけでチルサトの懐はすっからかんだ。遠距離航行可能なマシンなんてとても手に入れられそうにない。
迫り来る逮捕・処刑の予感にチルサトがうなり始めると、イノカリはこともなげに言った。
「お前のとこの、そのろくでもない遺物、使うっきゃないだろ」
チルサトはイヤな予感に顔色を青から白に変えた。
立体映像の友人の顔はあくまで笑顔だ。
しかしあれは、ろくでもないことを考えているイノカリの顔だ。チルサトは知っている。
「あんま聞きたくないけど、どういう意味だ?」
「いいか、スタヴロスは設置した星ごと星間航行機に変えちまういわば惑星寄生兵器だ。もうとっくにお前のパルシアに根を張って星の構造を作り替えてる。起動については調べておいた。今からパネル操作とスイッチ教えるから、オレのいう通りに動かせ」
チルサトが苦手な電子パネルの操作と、色とりどりのボタンをめまいしながら操作し終えると。
いままで聞いたことのないような轟音が鳴り響き始めた。
『モード・ステルス展開、および星間航行モードを起動しました』
「うそおおお!!!!」
聞いたこともないモードと音声が、小惑星パルシアに響く。
開いた口の塞がらないチルサトの耳に、また立体映像の親友が話しかけた。
「落ち着けチルサト、まだキャプチャーモードは動いてるな。座標Te/Iu/Lk213をサーチしろ」
「なんで」
「いいから!」
もはや半泣きのチルサトが指示された方向へスタヴロスの砲塔を向けると、すぐに反応があった。
『当小惑星に向けた、光速信号を受信しました。種別:星間小包 形状:ボックス。スタヴロス、キャプチャー・スタンバイ 5・4・3――』
機械音声に引き続き、再び捕縛ネットが小惑星を飛び出していく。スタヴロスがとらえたのは大きく不透明な箱だ。無事に回収され転送トレイにころがった荷物にチルサトがあわてて駆け寄ると、箱は内側からバキッと音をたてて開いた。
すっくと立ち上がった見知った友人の姿に、思わずチルサトは悲鳴に似た歓喜の声をあげる。
「い、イノカリいいい」
「よぉ。元気だったかチルサト。相変わらずバカばっかりやってるな。オレを誘ってココに来てりゃ、こんなことに巻き込まれずに済んだのに、ほんっとついてないヤツだよ。お前って」
「イノカリ、お前、星間小包に入ってきたのかっ?」
「見ての通り。いいアイデアだろ? ちゃんとキャプチャーしてくれて助かった。ノーキャプチャーなら死ぬかなって思ってた」
イノカリは人ひとりが入るのがやっとの箱から出てくると、身体をバキバキいわせながら伸び上がって不適に笑みを浮かべる。チルサトはあっけにとられたままだ。なつかしい友人の姿に心がゆるむ暇もない。
いくらボックスに光速航行機能があって緩衝性能も高いからといって、星間小包に入って光速郵送されるなんてとんでもない暴挙にちがいなかった。
「笑いごとかよ! なんでそんな危険なこと」
「きまってる。親友のピンチに駆けつけないヤツを「親友」なんて呼びたくないだろ」
ニッと歯を見せて笑った親友に、ついに感極まったチルサトだったが、抱きつこうとしてひらりとよけられ、パルシアの地面とキスをした。
砂を噛む羽目になったチルサトが不満を言う間もなく、ピピッと軽い電子音が響く。
『モード・ステルス展開完了、および星間航行モードスタンバイ、いつでもリフトオフ可能です』
見上げれば、いままで見たこともないようなランプの数々が、スタヴロスの十字の砲身に星屑のようにチカチカときらめいている。さびが浮いて鈍色だったはずの台座さえピカピカに輝いていた。
「ひええええ、イノカリ、これ本当に大丈夫なのか? なんでお前こんなことできんの?」
「くふふ、腕が鳴るぜ。いまとなっちゃ、このために前時代兵器研究専科にいたと言っても過言ではない。バーチャルで鍛えたオレの星間戦闘能力をなめるなよ」
「お前の言ってること全部怖いけど、お前しか頼れないかわいそうなおれ!」
「行くぞ、星間航行戦闘機、小惑星パルシア! もといスタヴロス! 航行開始!」
思えば、宇宙軍事オタクが高じて星衛軍に入隊した親友だった。
今日び滅多と触れることの出来ない伝説の兵器を前に、いつもとどうもテンションが違う。どこか陶酔したような笑顔を横目に、頭を抱えたチルサトはヒザから崩れ落ちた。
「見ろよ、チルサト。ずいぶん近くまできてたんだな、星衛軍のステルス丸裸だ。こっちの星影は消失したはずだからな、あわててるぞ」
イノカリがスタヴロスを操作してコントロールルームのパネルに映し出したのは、パルシアを目指すおびただしい数の船団だ。
「オレも脱走軍人扱いになるだろうなぁ……。二人そろって犯罪者なんて笑えないよな。けど、どうにかがんばろうぜ。当面の目的地はイオツ=ミスマル、腕が鳴るな! チルサト!」
かくして、チルサトの平和な開拓生活は終わりを告げ、星間最終兵器スタヴロスをめぐる、一大逃走記が幕を開けたのだった。
おわり