6 欲張の紋
【・バビリア洞窟 周辺地域では一二を争う屈指の迷宮。その範囲は未探索な上に恐ろしく広いと推定され、豊富な鉱石に多彩な魔物、資源が存在する】
告げられたそれは紛れもなく「聡慧」の声だ。
感情が相変わらず籠らない声は、単調でも、情報をしっかりと伝えてくれる。
俺専用の放送部兼図鑑。
まあ、ありきたりっちゃありきたりだが、必要不可欠なのもまた事実。
短い期間に進化してしまったけど、今は頼れる先輩だ。
さて、今日は張り切って洞窟探索。
と行きたいところだが。
そんな俺をホールディングしている奴がいる。
それは人に限らず、生けるものにとって欠かせない能力である。
三大欲求。
そのトリオの中でも飛び切り俺にしがみついて離れないそれは、腹の底より顕現した。
『グーぎゅぎゅ』
擬音語にするとこんな感じ。
もうお分かりであろう。
食欲さ。
死ぬ。
これはまぁずうい。
例えるならそう、朝食抜き昼も過ぎて三時になった時とか、ゲームに夢中で食事を一つ飛ばしたりしたときの感じ。
あの悍ましいまでの腹痛。
背と腹がくっつきそうになるあれ。
そも、この体…シャドーは食事の必要がないのでは?
一応アンデットとかそういったもんの部類に入らないの?
なんで空腹を感じるの。
ねえ、聡慧さん?
【・シャドー 精神系魔物スモークの進化体。肉体を持たず、核が飛散し魔力を帯びて顕現している。進化することで影を自在に操れるようになる】
【人族に限らず、生物全てが何かを糧としています。今回の場合はレジデンスが紋「欲張り」を手に入れたことにより、壮絶なまでの食欲を獲得していますが、もとより食欲は存在しています】
図鑑のように見えるシャドーなる魔物の説明文。
そしてこの食欲が来る場所の解説。
新たなる疑問ができてしまった。
棚から牡丹餅…違うな。
一難去ってまた一難?
とりあえず聞こう。
核って何?
【・核 魔物が形質を保ち生きるための器のようなもの。魔力や魂、血、感覚などを司っている】
ん?
心臓に近い物なのかな。
で、俺はその核が飛散していると。
即ち心臓晒しているナウってことか。
どういうこと?
まあ、全粒潰されない限り死なないってとこかな。
粒だけに……いや、うるさっ。
ええと。
それと、食についても聞こうか。
生物全てが糧を必要としているということは、シャドーも普段は何かを食っているということ。
で、何食なわけ?
【魔力を食す、もといそれを持って体を保っています。レジデンスの場合、「欲張り」の効果により、食は魔力だけでは足りません。肉などを魔力に還元して、精力としての分も保つ必要があります】
身体を保つために魔力が必要。
それは食というより燃料っぽいな。
そして不吉な魔力だけでは足りないという文字。
ま、まさか。
魔物とか、に…人間を食べ……おえっ。
いかん、いかん。
人間はやめよう。
何が悲しくて俺の前世の同族を食わにゃならんのだ。
禁忌?
外道?
俺別に廃人ではあっても罪人にはなりたかないよ。
あ、俺人じゃないんでした。
で、その欲張りなる紋はどんな効果があるんですか先生?
【・紋「欲張り」 短時間に多くのスキルを会得することで手に入る。空腹速度が上がる代わりに、飢餓時狂乱して攻撃力が×1000倍になる】
ふむふむ、なるほどなるほど?
つまり、今の俺は攻撃力が0だから1000倍したところで使えない。
スタミナ切れで狂う。
想像だけど、そのままではいずれ死ぬ。
うん。
使えねー(棒)
何この不幸の連鎖。
デメリットしかないってどんな恨みだよ!?
はあ、そろそろ動こうか。
蜥蜴がまたいつ来るか分かったものではない。
俺は留まっていた洞窟の壁際を離れ、あてずっぽうに進みだす。
闇は相変わらず深く、薄茶や青に鈍く色づく洞穴は、空洞音を吠えた。
右に曲がり、崖を上り、迷路のように入り組んだここで、どこを通ったかを覚えるのは無理だった。
唯一、行き止まりが無いのがいい。
もし敵が来ても、袋の鼠ならぬ袋の影にならないからね。
まあ、隠れるところがない、とも取れるけど。
俺はたまに見える鉱石が気になった。
それは黒、いや、薄く銀朱に煌めいている。
それは炎のようだ。
綺麗…?
なんか光ったり消えたりしてる。
んー。
マグマに似ている。
どうも変な危険感を感じるのだが。
これは、あれだ。
「触るなよ、絶対に触るなよ!」って奴だ。
こういうのは得てして罠で、恐らく不幸が訪れるものだ。
そう、俺はこういうので失敗しない。
物理が利かないとしても、この石をトリガーとした魔法なりスキルなりが発動しないとも限らない。
そーっとその石に触れる。
床をすり抜けないことからもわかるように、俺は完全なる幽体ではない。
相手からも俺からも干渉は可能。
黒い指と石の間に隙間がほとんど見つからないとき、後方で爆音が聞こえた。
ファ!?
ソ、ラ、シ、ド!
何だよ!
ビビらせやがって。
そーっと振り向いてみる。
んな!?
そこにあったのは、壁が大きく抉れ、ビーバー野郎が黒焦げで横たわっている景色。
恐らくこの石をかじったのだろう。
何て間抜けな野郎だ。
かくいう俺も小学校ではへましまくったけどね。
何だっけな。
あれだ!
なんか綺麗なキノコがある、そう思ってそのキノコにデコピン食らわせたときにキノコの毒の胞子が飛んで、数日麻痺ったんだった。
あれは人類稀に見ない阿呆だったなあ。
親にも「お前私たちの子なん?」って冗談めかして言われたくらいだし。
さて、俺はいま腹が減っている。
胃があるかはわからないけど、食わせてもらうぜバビリアフラッシュカスター。
黒焦げだけど、魔力がありそうだ。
そう本能(?)が告げてる。
炭に近づいていくシャドー。
爆発による余熱、光、煙。
それをかき分け、彼はそれに近づいた。
それにより、危険が大回りして近づいていることに、気付くことができなかった。
ムッシャムッシャ。
うん、まずい。
いやね、獣臭がするのも原因なんだけど、焦げているのが一層タチが悪い。
でも、仕方がない。
今も、溢れそうになる嫌悪感や空腹による吐き気が酷い。
それを塞いでいくのが分かるから、止められない。
魔力が流れて来るのが分かる。
これは余談だが、死したものには肉体がある限り魔力が留まるらしい。
因みに聡慧さん情報だ。
さて、もう毛皮しかなくなってしまった。
よく考えたら、俺骨も食ったな。
なんで?
なんか吸い込むように吸収されたけど。
それに、焦げているとはいえ、いわゆる生の生物を躊躇いもなく食った。
俺は本能まで魔物になっているのか?
この体には不思議がいっぱいだ。
聡慧の力をもってしても、この俺の存在はイレギュラーらしいし。
うーん。
まあ小難しいことは思考放棄したい。
今は食だ。
飯…メシ…
少ない、少ない。
もっと。
俺がさっき触りかけた石に、寄りかかるものがいた。
まあ、言わずもがな、ビーバー。
『ドガンッ!!!』
どわひゃ!?
けほっ…
真っ黒焦げになったじゃねえか。
あ、もともと黒かったわ。




