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73 雨燕

「任務遂行。直ちに残党及び目標物の残存を確認する」


 俺の隣にいる男に無線か何かでそう口ずさんだらしいが、そんなことを俺がしっかりと聞き取れるはずもない。

 だって発言した当人は遠い平原を歩いているから。

 彼女の本領とも呼ぶべき「刃の忘失」は、一緒にいたこの男「ロミオ=スペクトル」なる人物曰く、山一つ大きく抉ってしまう程の力を持つらしい。

 しかしそれでいて繊細で、たった一つの砂の粒子すら外すことはないらしい。

 刀身が途方もない粒を狙い撃つ。

 どのような鍛錬をしたのか、出生がどこか、何も誰も知らない。

 ただこの世界で言う人族(ヒューズ)にあたる種族であり、元々凡庸な体だったらしい。

 ギェリヴもそうだが、人族には時折、肉体に神が宿ったような個体が見受けられる。

 不思議なものだ、と思いつつその異常な肉体を持つ彼に視線を送る。

 そう、仰向けに倒れたギェリヴのこと。

 ただ、マギーが村に残っていた包帯などで止血してくれているからか、一命を取り留めているらしい。

 それはミレメルも同じらしい。

 ただどちらも切られたというより、殴打や尖ったもので突かれたような跡。

 何か牛とでも戦っていたのかって感じだが、あの白い女ではないのか。

 いずれにせよ良かったと。


「よそ見をするな、私たちはお前にも用が出来た」


 ゾクッと背筋がまた凍った。

 耳元で白い髪が垂れている。

 足音しなかったし、いつ戻って来たのこの人……


「あのぉ、何か俺が気に障ることしましたか?」

「……いえ。ただ、魔族なら納得のゆくその思考の領域。魔物では普通成しえぬはず故不思議に思ったまで」

「お前転生者とか?」


 そう聞くロミオの問いに答えると、納得したように少し頷いた。

 だが。


「こちらの邪魔にならない内は、我々があなたをどうこうすることは無い。ただ、一つ許されざる事情があり、それがあなたのお連れ」


 そう言いながら、女はミレメルとマギーの方を向く。


「まずミレメルと言いましたか。あの者の肉親が、過去に反乱を起こし一国が半壊、それと共に潰れた幾つもの商社、商業人の事業が巡って私たちの組織にまで影響を及ぼしました。また、傍らにいるあの子も、無制限に溢れる魔力によりとある地域を魔物しか住めぬ魔境へと変貌させた過去があります」


 つらつらと報告した後、彼女はギェリヴを見やる。


「そして中でも彼はこの世界で指折りの指名手配犯。うちの組織の支部が幾つも彼に潰されています。既に監獄入りだったはずがまた脱走した故、その手配額は今途轍もないことになっている。我々がケリをつけるのも苦労してきたところだった」


 そこに運よく俺が居たと。

 なるほど確かに問題だらけなのかもしれない。

 ロミオが続けて口を開いた。


「できれば身柄を渡してもらいたい。もちろん、あの二人にはまだ酌量の余地があるが、ギェリヴはそうもいかない」


 ロミオが言っている言葉を素直に飲み込めない。

 酌量の余地?

 は?

 脚の機能を失うほどの怪我を負ったり、自身の天性に悩んだり、母の手一つの環境で生活を守ったために戦闘狂という癖が身についたり。

 誰も彼も好き好んで成った訳ではないが、必死に今を生きている。

 ミレメルに至っては親がどうと借金取りみたいなことをのたまっている。

 クォーターのミレメルだからこそその親たちも悩んだことも排他されたこともあるのかもしれない。

 反乱だって訳あっての事だろう。


「それをお前らが好き勝手に推し量って、悪だ何だと……」

「「!?」」

「心無ぇのかッ!」


 夢幻闇銃鯨(ムー・ヴ―ル)を放つ。

 単純な質量が二人を押し出した。

 村を覆いかねない巨大な黒い鯨が天を向き突き進む。

 だが、それも数秒も持たず一瞬で切り裂かれる。


「やってくれるなぁ、カゲハルとやら」

「……だが、悪いことをしたとも感じた」

「…? 珍しく低姿勢じゃないっすか『雨燕』さんよ?」

「……」


 女の名は雨燕と言うらしい。

 二人は呟きつつもこちらを見据える。

 未だに抵抗する俺は、シェドラを大量に放つ。

 幸い夜の今、魔力は体がオーバーヒートしない限り出し放題。

 物量でしか押せない今はこれしか方法が無い。

 咄嗟に動いた反動で高鳴る鼓動のようなものを感じつつ、行動に移った。


「いくら出してもッ……!?」


 ロミオは唖然とした。

 黒い濁流を掻き分けた先にいるはずの相手が居なかったのだ。

 綺麗さっぱり、全員が姿を消した。

 村の住民も一人残らず。


「村人まで……あれは囮だったか……雨燕さん、場所分かるか?」

「……」


 白く煌めくまつ毛が一瞬ヒクっと動く。

 肌でも感じ取った何かを元に、雨燕の刀が音もなく抜かれる。

 だがそこには住宅横に置かれた物を入れる「クレート」があるだけで、中には藁くらいしか入っていない。

 抜刀により、藁も箱ごと粉砕されたが、やはりアレはいない。


「カゲハルめ、上になんて言われるか……」

「少しこちらの出方が不味かった処もある。見つけない事には話も出来ないし、急いで探し出しましょう」


 雨燕は反芻する。

 カゲハルが言った「心」という言葉。

 彼女の生まれた場所は息を呑むような秘境だったが、そこにある忍者とも侍ともとれぬ戦闘種族の熾烈な環境で育ち、ある程度の年頃にはおよそ人と呼べる感情が欠落していた。

 里を離れ、街を襲う悪鬼・魑魅魍魎と戦う中で相手の非道を嫌った。

 自分はそうは成るまいと誓っていた。

 ある日突然世界線を越えてしまいこちらに来たが、勇者や魔物、魔王や転生者と呼ばれる者が居て、各地で争いが絶えないことを聞き、どこも変わらぬものと思っていた。

 だが、彼は違うように思った。

 同時に、自身の視野の狭さをどことなく感じていた。


(……何者なのでしょうか)


 ただただ好奇心。

 それと少しの悲哀。

 ロミオが何もない所に亀裂を作りゲートとし、二人はそこへ入って消えていった。




 □□□




 その一方で、俺ことカゲハルはというと、クレートの中に真霊化して潜んでいた。

 肝を冷やしました。

 腰ないけど腰抜かしたわ。

 なんで気取られた?

 端的に言えば存在を消す能力なのに、使い物にならなかった。

 あらゆる攻撃が通り抜けるとはいえ、彼女らは世界線を越えた者達。

 こちらの世界の法則が通用しないことは今に始まったことではないから油断できない。

 視力に頼っていないことが逆に強みに出すぎなんだよなぁ。

 雨燕は視力が無いのか瞼が下りていた。

 研ぎ澄まされた感覚で、辺り一帯の状況が大体わかると言った様子だった。


(とりあえずはチーガフ爺さんの元へ行こうか)


 一応真霊化を解かずに、そっとその場を離れた。

 丘を登り、洞窟に戻ってきた。

 明け方だったが、爺さんは起きて胡坐をかいて座っていた。

 顔を引きつらせているのは、堂々とした体勢に対して対照的だった。

 そりゃ村が小さく見えるほどの飛空艇が現れたら誰でも恐れおののくでしょうよ。

 俺はできるだけ驚かさないよう、手前で真霊化を解き、足音を鳴らしつつ近寄る。


「おお、カゲハル殿……皆は?」

「ええと、こちらに」


 そう言い、俺は壁を向く。

 俺の影とつながった洞窟の陰の一部から、ぞろぞろと人が出てくる。

 影操作との活用でいつもと同様、暴飲の中に村の人々を匿っていたのだ。

 皆チーガフ爺さんの元へ駆け寄り大声で泣いていた。

 誰一人彼の事を忘れるはずもなかった。

 だが、中には茫然と力を抜き座り込んでしまう者も。


「ワダはいなくなったんですが……すみません。何人かは怪我していたし、手遅れの人もいました。とりあえず今いる人はある程度治療していますが」

「そうか。いや、ワダとの因縁に終止符を打ってくれたこと、感謝する。それに君が来てから死んだ者はいないと聞く。全然気に病むことはない。搾取され死ぬ最悪の未来を阻止してくれたのだから」

「……一つ言っておくと実は、ワダを倒したのは俺ではないんです」


 事の顛末を話すと、チーガフ爺さんは顎に手を当て一考した後。


「雨燕と言う名は聞いたことがある。……無尽軍か?」

「むじんぐん?」

「バルパドルとはまた違った組織だ。どちらかと言うと勇者側の勢力に近いが、どこの派閥にも所属しない民間組織で、秘密裏に動く正義という程度の噂を聞いたのだ」

「初めて聞くな…」


 リーダー格が直々に来ていたと考えると相当な事態だと改めて認識。

 多分、異世界人が目的じゃなくて、特異なモノが目当てだろう。

 今後どうしようかと思案していたところで、背後から一つ足音がした。


「頭領『雨燕』を筆頭に構成されているというのは確かに有名だね」


 なんとそこには鳩羅が居た。


「鳩羅!? そういやどこにいたんだよ! 気配感じなかったから心配したんだぞ」

「忘れてたろ?」

「……そんな訳ないだろ」


 いや、確かに危機的状況だったから一刻も早く離れたかったのは認めるが、完全に忘れた訳じゃない。

 そう言い宥めると、彼は話を続けた。


「ま、俺もそれ以上は知らない。バルパドルよりも情報がはるかに少ない。世界をひっくり返す陰謀の阻止だの、勇者に手助けしただの、魔王と論争したこともあるだの、規模がおかしい話ばかり先行してる」

「……世界をひっくり返す、か」


 それが世界線の話なら、胡坐かいて聞いていられない。

 未だにこの世界に降りてきている現象や人、物質、物品の詳細が不透明なまま。

 砂漠で見たワナベルが一番この異常を体現していたが、それも跡形もなく消えてしまった。

 もう誰も追いかけられないし、追及できない。

 遺跡にももう何もなく、考古学者なんかが居ない限りはもう……


「あ、そうそう。チーガフさんがワダからの強奪品は貰っていいって言ってたけど、今回相手した敵勢力全員が対象だよね?」

「ああ、もちろんだとも」

「なら、その雨燕からの物もいいよね?」

「「「「!?」」」」


 何言ってんだこの人。

 そう思ったのは俺だけじゃないはず。

 もったいぶって彼が取り出したのは、硬く青い羽根だった。



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